第52話 抱きしめた少女

 ――――まだだっ!


 朦朧とした意識を無理やり起こすように、自身の腹から突き出たゴブリンの腕を掴む。


「冒険者二人ってのは、火遊びしすぎだな」


 ――火魔法発動。


 俺を巻き込みながら、スカルヘッドを覆うようにして青い炎が生まれる。


 「ゲスゥДゲスゥД!」


 熱を帯びた空気に苦しんでいるのか、スカルヘッドの独特な呼吸音が間近で聞こえてくる。

 同時に腕を引き抜こうとしてくるので、全力で阻止する。

 こちら側も背中が爛れていくがそんなこと気にしてる余裕なんてない。


 対してゴブリンは俺の首を掴む。尋常じゃない握力が喉を抉ろうとする。

 このパワーでネイクラさんの首をもいだのだろうか。しかし、まだ俺は耐えられる。潰れなきゃどうってことはない。

 声を絞り出す。



「ナナ!」

「ぁ――」


 ナナが顔を青くする。


「お前が倒さなきゃ終わらねえぞ」

「で、でも」

「ここで燃えてるのはセンの仇だぞ!」

「セン……」


 勢いよく振られたスカルヘッドの腕が俺の腹部から抜ける。

 腕によって止められていた血が溢れるのを余所に叫んだ。


「いまだッ! やれッ!」

「――セン!」


 ナナが立ち上がり杖を構える。


「アビリティ――七閃セプ-雷-・ソヴィオト!」


 雷鳴と共に、眩い光がスカルヘッドに直撃した。


◆スカルヘッド・ゴブリン

 種族 :ゴブリン

 レベル:120

 HP :0/988


 スカルヘッドがふらつき、そして四散した。


「よく、や――」


 意識が闇に飲まれていく中、最後に見えたのは駆け寄ってくるオウカの姿だった。


***


「……あれ」

「ご主人様、大丈夫ですか!?」


 目を開けると、オウカの逆さまな顔があった。

 後頭部には柔らかな感触。


「俺は、どのくらい」

「ほんの数十秒です。動かないでください」


 オウカの腕が伸びていく。

 緑色の光が見え、腹部の痛みが徐々になくなっていく。

 回復魔法は、回復薬と違って痛みを伴わないのか。なるほど、教会が囲うのも納得がいく。


 余裕が出てきたところで視線をずらすと――ドラウグルが佇んでいた。


「大丈夫です、先ほどから動く気配がありません」


 俺の言いたいことを読み取ったのか、オウカが答える。 

 ドラウグルは何かを見失ったかのように、白い眼をきょろきょろと様々な方面に動かしているだけだ。


「ご主人様、あの生物はなんですか?」

「ドラウグル……アンデッドの類だ。ネイクラさんが持っていた剣で切られた生物はあれになるみたいだな」

「ご主人様の声に反応しなかったのは……」

「剣を持っている人ではなく、斬った者を主人として扱うみたいだ。センを斬ったのはスカルヘッドだったから、指示がなくて動かなかったんだろう。

 いまはもうスカルヘッドも、いない、から」

「……誰の、指示を」


 同じ疑問にたどり着いたのだろう。

 二人で首を回して探したのは、


「ナナ!」


 ナナが、ドラウグルに近づいていた。


「セン……倒したよ、仇をとったよ。もう、元に戻ってもいいんだよ」


 唇を震わしながら、無理矢理作ったかのような笑顔を浮かべている。


 ダメだ。彼女はまだ現実を見ていない。


「セン――」


 二人の距離が数センチになり。


 ――ドラウグルがナナの肩を掴むと同時に頭へと喰らいついた。


「――!」


 目の前で血しぶきが踊る。

 ドラウグルの巨大な口元が赤く染まり――


「ああああああ!!!!」

「ご主人様!」


 痛みを殺して立ち上がり――駆ける。

 アイテムボックスから短剣を取り出して、ドラウグルに飛びかかった。


「離せ! 離せよぉ!」


 巨大な顔にナイフを突き刺す。

 何度も、何度も突き刺す。


 ドラウグルの口元が少しだけ緩んだ。

 すかさず、ナナの肩を掴んで引き剥がす。


「ナナ!」


 地面に倒れた少女には首がなかった。


「畜生! 出せ! 吐き出せ!」


 再度ドラウグルの顔に短剣を突き立てる。

 固い感触――魔石にぶつかった。


「くそっ! おい!」


 魔石のあるらしき箇所を集中的に攻撃すると、ドラウグルが地面に倒れた。

 完全に緩みきった口に手を突っ込んでまさぐる。


 こつん、と大きなものに触れた。すかさず両手で引っぱり出す。


「これで」

「ご主人様!」

「オウカ、これで」

「ご主人様……もう」


 振り向くと、オウカが哀れんだ表情を浮かべていた。

 それを見て、冷静さを取り戻す。


 ……助けないとって、オウカが言っていたんだ。

 助けようと、思っていたんだ。

 スカルヘッドを倒して、助けることができたと――少しでも思った俺が馬鹿だった!


 何も助けてない、救えていない。


「そう、だよな…………すまない」


 両手に抱きしめた少女を見つめ、開いた瞳を指でそっと閉じる。

 

 何も――――。


「すまない……」

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