第32話 絆喰らい

「……はっ」


 喉から声が漏れる。

 次第にそれは大きくなる。


「はは……ははは、ははははははは!」


 笑う、しかなかった。

 この終幕に、この絶望に。

 どうしようもない自分に。


 しかし――


「――――」


 ドラゴンは一度だけ瞬きをして、穴の奥へと戻っていった。

 まるで、食べる価値すらないゴミをみるようだった。


「…………く、すり」


 一人残されて、己の状況を思い出す。

 動く手でアイテムボックスを開き、回復薬を頭から浴びる。

 痛み、なんて気にならない。

 己の肉体が元に戻ることに少しだけ安堵した。


 空間が少しだけ暗くなる。

 見上げれば、光明石の明かりが弱まり始めていた。


「……くふ」


 またも、笑い声が漏れる。

 何がおかしいのか、自分でもわからない。

 ただ、笑ってでもいなければ、ぽっかりと空いた心が広がってしまう気がした。


「Д――」


 ゴブリンの声。

 まだ、やるか。

 殺りたいのか。


 ――いいだろう。


 立ち上がる。短剣を握る。

 穴の奥を見つめる。暗いその先を見つめる。


 光りは要らない。闇の奥底でいい。

 温もりは要らない。冷たくてかまわない。


 そして、視界は鮮明になった。

 青みがかった、冷たくて綺麗な。


 穴の奥からゴブリンが入ってくる。

 血の匂いに反応したのか、ドラゴンがいなくなったから来たのか。

 どっちでもいいか。

 ぞろぞろと、他にも様々なモンスターが入ってくる。

 無意識に相手のスタータスを覗く。


 ◆ゴブリン◆ゴブリン◆ゴブリン◆クイーン・アシッドスライム◆ゴブリン

 ◆ゴブリン◆ゴブリン◆ゴブリン◆タンダーウルフ◆タンダーウルフ

 ◆タンダーウルフ◆タンダーウルフ◆ゴブリン◆ゴブリン◆ゴブリン◆ゴブリン

 ◆オプス・ゴブリン◆ゴブリン◆オプス・ゴブリン◆ゴブリン◆アシッドスライム

 ◆ゴブリン◆タンダーウルフ◆タンダーウルフ◆タンダーウルフ◆タンダーウルフ

 ◆ゴブリン◆オプス・ゴブリン◆ゴブリン◆オプス・ゴブリン◆アシッドスライム

 ◆ゴブリン◆ゴブリン◆ゴブリン◆ゴブリン◆ゴブリン◆ゴブリン◆ゴブリン

 ◆オプス・ゴブリン◆ゴブリン◆アシッドスライム◆オプス・ゴブリン

 ◆ゴブリン◆ゴブリン◆ゴブリン◆ゴブリン◆ゴブリン◆ゴブリン◆ゴブリン

 ◆アシッドスライム◆ゴブリン◆オプス・ゴブリン◆ゴブリン◆ゴブリン

 ◆タンダーウルフ◆タンダーウルフ◆タンダーウルフ◆タンダーウルフ

 ◆ゴブリン◆ゴブリン◆ゴブリン◆ゴブリン◆オプス・ゴブリン

 ◆アシッドスライム◆ゴブリン◆ゴブリン◆ゴブリン◆ゴブリン◆ゴブリン


「ふ――」


 生きなきゃいけないんだ。

 死にたくないんだ。

 ぽっかりと空いた心に何かが埋まる。

 唸る。

 何も考えるな。

 必要のない意思を捨てろ。


「くふふ……ははははっ!」


 食うか、食われるか。

 二つに一つ。


 心してかかれ。

 心殺してかかれ。


「――アビリティ」



 絆喰らいキズナクライ



 己の影が伸びてゆく。


 消えゆく明かりの中で蠢く。


 喰らい尽くせ、何もかも。



 ――最後に聞こえたのは、モンスターたちの断末魔だけだった。


 ***


 気が付いたら、ベッドの上だった。

 俺と目が合ったヒヨリがどこかえと駆けていった。

 その後、光本やエル王女、団長が集まってきた。


「よく意識を取り戻したな、紡車くん」

「本当に……よかった」


 そんな声が聞こえてくる。

 俺は隣にいたヒヨリに顔を向ける。


「ん、なに?」

「お、れは……何日、閉じ込められて」

「……6日間。わたしたちが遠征から戻った夜に、ツムギくんがいないことに気付いて探したの」

「そ、うか……」


 薬を頭から被った後の記憶がない。

 ドラゴンが出てきたせいで、他のモンスターが怯えて近寄ってこなかったのか?

 それとも、無意識のまま戦い続けたのだろうか。

 どっちにしても、だ。

 生きて、戻ってこれたのか。

 

 少しだけぼやけた視界は、どことなく青みがかっている気がした。

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