第25話 一方的

 結論から言えば、基礎訓練なんてものはなかった。

 行われたのは、一方的な暴力だった。

 

「ほら!」

「ぐふっ!?」


 殴られ蹴られを繰り返される。


「おいおい、死なないか?」

「この程度でHPが0になるわけないでしょう」


 この世界はステータスがある。

 HPが切れたらきっと死んでしまう。

 もうすでに死にそうだ。苦しい。ステータスを見せて無理なことを。


「す、すて」

「馬鹿が」


 わき腹を蹴られ、地面を転がる。


「戦いの最中にステータスを開いてどうにかなるとでも?」


 隣に何かが投げられた。

 木剣だった。


「立て。そして振れ」


 眼鏡の騎士も木剣を持っている。

 転がった木剣を握り、杖代わりにしながら立ち上がる――が、

 脚に何かが当たり、視界がまた空を見る。

 頭から地面に落ちた。


「剣を地面に刺すなど論外だ」


 眼鏡の騎士が言い放ち、残りの騎士たちが笑い声をあげる。


「おいおい、そいつ喧嘩したことないのか?」

「武術も剣術もできないとか、よくそれで勇者候補名乗れたな」


 笑い声。笑い声。笑い声。


「こんな奴のために私たちの時間を割く必要はないですね」


 眼鏡の位置を直した騎士が、ポケットから何かを取り出す。

 蓋の開く音がして、何か液体が顔にかかった。


「あぶっ……!?」

「ポーションだ。痣なんか残すわけないだろ」


 顔面に強烈な痛みが走って、徐々に治まる。

 同時に、殴られた箇所の痛みもなくなっていた。


「明日同じ時間にここに来い。来なければ殺す」


 騎士は俺を一瞥してから背を向ける。

 咳込みながら、小さく「はい……」と答えるのが精一杯だった。

 騎士たちが遠ざかっていく。


 呼吸を、整える。


 何もできなかった。

 できるはずがない。

 今まで平和な世界で生きてきたんだ。

 基礎訓練? 武術剣術? 知るかよ。


「なんだよ、これ」


 なんでこんな目にあっているのかわからない。


***


 倒れた時とは違う客室が俺の部屋となった。

 壁の模様も置物もない、客の執事や連れが案内される部屋らしい。

 しかし、ベッドはあるので、そこに倒れ込む。


 怪我は無くなったが、疲れが心の奥にのしかかってくる。

 わけもわからず、あんな一方的な暴力を受け続けなければいけないのだろうか。

 召喚された俺たちが何も知らないことは知らされていないのだろうか。

 このままでは、いつか本当に殺されてしまう気がする。

 早めに誰かに……騎士団長は、ダメだ。グルの可能性がある。

 エル王女なら大丈夫だろうか。彼女が絡んでたら人間不信に陥ってしまう。


 そんな想像に怯えていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。

 身体を起こす。


「はい……」

「紡車くん、わたし、飛野です」

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