第14話 塔の月刻

「ぷくぅ」


 リスがいる。頬を大きく膨らませて、怒っていますと言わんばかりの表情だ。

 大きな三角の耳にふさふさの尾っぽ。これリスじゃなくて狐だ。オウカちゃんです。


「なにをそんな怒ってるんだ?」

「だって……」


 奴隷オウカの務めは、俺の仲間になること。

 契約期限は1年間。

 衣食住は提供。報酬は銀貨30枚(前払い)。


「シンプルでいいだろ?」

「私はご主人様に仕えるための奴隷です。奴隷はご主人様に尽くす存在です」

「うんうん」

「なのに私は――ただの数合わせで買われたってことじゃないですかー!」


 オウカが両腕をぶんぶんと振りながら叫ぶ。


「近所迷惑だぞ」

「近所なんてないじゃないですかー! ここ森じゃないですかー!」


 現在、俺とオウカは森の中を歩いている。

 冒険者の街ソリーは周辺を森で囲われている。街の近くは管理されているが、それよりもさらに奥の方までやってきた。

 時間としては午後9時か10時くらいか。こちらの世界で表すなら「塔の月刻げっこく」である。


「まあ、数合わせって表現は間違っていないな」


 俺はオウカに「仲間になって欲しい」と言った。

 耳障りのいい言葉だが、捉え方は人それぞれだろう。

 オウカがどうとらえたか知らないが、俺の言う仲間は「一時的な」という意味を孕んでいる。


「ギルドの昇格試験は二人以上で参加なんて、私も初めて聞きましたよ」

「大丈夫だ。俺も数週間前に聞いたばかりだ」

「そういう問題じゃなくて!」


 さらに強く両腕が振られる。


 ギルドという組織は、一般民からの依頼を難易度別に分けて冒険者へと斡旋している。

 難易度別というのが、Aランクを筆頭にFランクまでの6段階に分けてある。


「Fランクは冒険者なりたての奴が冒険者稼業に慣れるための仕事。一定量こなすと自動的にEランクになる。ここからはモンスターの討伐とかも依頼される」

「そこからDランクに上がるためには、一定量の結果と昇格試験が必要なんですね?」

「試験の条件は『キズナリストに一人以上登録者がいること』――簡単だろ?」

「ですが……」


 俺は自分の首元をオウカに見せる。

 正確には、首元に刻まれたキズナリストの『00』。


「この世界はキズナリストが重要視されている。それは人類が魔族に勝つための唯一の手段だからだ」

「人類の素の力では魔族に到底太刀打ちできない……それは確かに記憶に残っています」

「これはギルドでも同じだ。冒険者は、友を持ち輪を広げ、仲間と共に戦わなければならない」


 ギルドのDランク昇格試験は非常に緩い条件で、誰でもすぐに突破できるものなのだ。

 ――ぼっちでなければ。


「ご主人様、お忘れではないですか?」

「ん? なにを?」


 オウカが人差し指をぴんと立てる。


「奴隷はキズナリストの恩恵を受けられないんですよ?」

「ああ。それは百も承知だ。なんなら俺だって受けてない」

「ああいえばこういう!」

「お前ほんとに奴隷?」


 ご主人様への態度が雑すぎて、本当に契約が結ばれてるのか心配になってくる。

 それとも、この世界の主と奴隷の関係はこんなものなのだろうか。

 もしくは「仲間になってくれ」という言葉に従った態度なのか……。


「それで?」

「どれで?」

「これらの問題を抱えたまま、どうして森に来てるんですか?」

「ああ」


 どうやら、オウカの中では今の状況が繋がっていないらしい。

 まあ、彼女は記憶が曖昧だし、細かい情報を伝えてるわけでもないから仕方ないのだが。


「とりあえずは奴隷の制約をある程度潰す」

「――!」


 オウカの足が止まった。

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