第11話 邪視

「自分の記憶がない?」

「はい……」


 少女を連れて宿屋へと戻ってきた。

 シングルベッドとサイドテーブルがひとつずつしかない殺風景な部屋だ。ベッドがあるってだけでもまともな方ではあるが。

 椅子もないので少女をベッドに座らせ、自分は立ったまま窓際に寄りかかる。


「あの、ご主人様を立たせているわけには」

「いいのいいの。てか、俺がご主人様だっていうことはわかってるのね」

「はい。そのことは心にしっかりと刻み込まれています」

「数十分前に刻んだ生傷なんだけどね」


 話によると、妖狐の少女は自分が誰なのかわからない。

 しかし、俺がご主人様で自分が奴隷だという自覚はある、らしい。

 最初に『私は誰でしょうか?』と言われたときはこちらが戸惑った。


「何を覚えていて何を覚えていないのか……ってのも聞いていかなきゃわからないか」


 実際問題、彼女のステータスには名前が表示されない。ステータスの情報は本人の記憶に準じているのか、もしくは生まれつき名前が無いのか。


「名前を忘れているにしても、このままじゃ困るし新しい名前をつけるしかないか」

「あ、あの! それならご主人様が付けてください!」

「俺が?」

「はい! なんでもいいですから!」


 少女の尾っぽがマントから飛び出しベッドの上でふぁさっと揺れた。

 なんでもと言われても、ペットにつけるような軽々しさではダメだろう。ステータスで名前が表示される以上、偽名を使うなんてことも難しい。つけるならば、真面目に考えねばなるまい。


 改めて少女をまじまじと見つめる。

 マントの隙間からチラリと見える細い脚。枕になりそうな大きな尾っぽ。あまり食べていなさそうなスレンダーな身体。フードを外して露になった小さな顔と、その顔をもう一個載せたような大きさの二つの狐耳。


「狐耳かぁ……」

「あのぉ……私の耳になにかついてますか?」


 気づけば少女の耳をモフモフしていた。モフモフ。いい艶だ。


「いやいや、ついてるといえばその包帯だよ。どうして目に包帯なんか巻いてるの」

「私……青色の瞳なんです」


 少女が暗い声で呟いた。


「なのでこれは外せません」

「……ごめん、青いと困るの?」

「え」


 狐耳が少しだけ固くなった。


「青色の瞳ですよ? 青色の瞳は邪視なんです! 世界を闇に葬る悪の力なんです!」

「ごめん聞いたことない」


 この世界に召喚されてから、邪視という言葉を聞いた記憶はない。


「魔族とか魔王を倒さないといけないってのは聞いてるんだけど、邪視もその類ってことか?」

「邪視は魔族とはまったくの別物です。人類と敵対していることを考えれば、第三の勢力と言うべきでしょうか」

「ややこしいな……」


 この世界は人類と魔族の戦争だけでなく、邪視という存在もなにか企んでいるということだ。

 つまり、魔族と魔王を倒すだけでは終わらないっぽい。

 王女もそれを伝えておいてほしかった。混乱を避けるためなのかもしれんが。


「じゃあ、その邪視がお前にもあるってわけだ」

「はい、なのでこれは外せません」

「ふーん」


 耳のモフモフを止めないまま話を進める中、俺の視線は尾っぽにロックオンされていた。

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