第10話 模様

「ありがとうございます。それでは契約を行いましょう」


 男がナイフを一本取り出す。


「魔法による奴隷契約は、主の血を奴隷に飲ませることで完了します」

「書類より手軽!?」

「魔法は既にかかっていますからね」


 渡されたナイフで親指を切る。


「で、どう飲ませれば……」

「垂らすなりしゃぶらせるなりご自由に」


 男の口元だけがニタァと動く。なんか悔しいので垂らす方にした。

 少女には大きな首輪がついているので斜め上を向いてもらい、深めに切った親指から血を垂らした。

 すると、大きな首輪の内側が青白く光り、一瞬にして弱まっていった。

 ガチン、と大きな音を鳴らして首輪が外れる。


 少女の首元にはハートの形に似た青い模様があった。

 これが奴隷の模様なのか。街中でも何度か見かけたような気がする。

 

 この世界の人の首元には本来、神によって与えられたキズナリストの数字が赤い模様として表れている。俺で言えば『00』だ。友達いません。

 対して奴隷は数字ではない青色の模様。ジョブが奴隷になっている者はキズナリストの恩恵を受けられないと契約書に書いてあったな。罪人は絆を深められないのだろうか。神様厳しいな。


「これにて契約完了です。これで少女はあなたの奴隷となりました」

「一つ聞きたいんですが、この包帯は?」

「それは絶対に外してはなりません」


 少女の目を隠している包帯を指さすと、男がグイッとまた顔を近づけてきた。


「それでも外したいと申されるのであれば、宿に戻ってからを勧めますよ。誰もいない、二人きりの部屋で」

「は、はあ……」

「細かいことは本人に聞いてみればよろしいかと。誰もいない、二人きりの部屋で」

「……彼女は性奴隷ではないのですが」

「もちろんです。性奴隷の契約は別物です。手を出してはイケマセンよ」


 男から紙束を渡される。契約書の写しや奴隷の手引きだ。いつの間に用意したんだ。血を飲ませている時か。

 さらに、少女には耳や尾っぽを隠すようにマントを被せる。


「この度は当商会をご利用いただき、誠にありがとうございました」


 男がまたも仰々しくお辞儀をする。


「それでは」


 パンッ


 両手を叩く音が響いた瞬間、目の前は商店街だった。

 転移魔法? いや幻覚魔法か。

 いつの間にか商店街にある脇道まで移動させられていたらしい。

 商売の話だからと気を抜きすぎた。というか、奴隷を購入したことに動揺しすぎていた。商人のステータスも確認しそびれている。


「まあ、終わったもん買ったもんは仕方ないし」


 一旦宿に戻ろうと決めてから少女を見て、驚いた。

 少女もまた、こちらへと顔を向けていた。

 驚いたのはそのことではなく、向けられた表情だ。

 いままでの無表情ではなく、明らかに困惑した様子で、その口元が震えていた。


「あの……誰 、でしょうか?」


 少女の第一声がそれだった。

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