第8話 三月二十五日 授業の話
「お兄様見てください」
ドアを勢いよく開けてベガが入ってきた。
「あら、お兄様の試着はもう終わってしまったのですね」
普段着姿の俺を見てベガががっかりしている。別に四月になれば毎日のように見れるんだから今見れなくてもいいだろうに。
「うん、問題なくピッタリだったからそのまま即終了だったよ。それで何の用なの?」
「そうでしたわ。お兄様はズボンとスカートどれがいいか聞こうと思っていたのですわ」
ベガは現在ズボンを履いていて、手には長いスカートと短いスカートが掛けられている。
「女子はその三タイプから選んでいいのか?」
男子の方はズボン一択だった。ま、スカート履けると言われても履かないがな。
「そうなのですわ。わたくしとしてはお兄様とお揃いのズボンで行きたいのですが、お兄様の意見も聞いておこうかと」
別に本人がそうしたいならそれでいいんじゃないか? 俺に服の事とか聞かれても正直分からないし。
「うん、それでいいんじゃないかな。似合ってるよ」
「嬉しいですわ。では余ったスカートはお兄様にあげますわ」
ベガが笑顔で俺にスカートを渡してきた。
「いや、履かないよ!?」
昨日もユニコーン亭で女装させられたし、そんな二日も連続で女装させられてたまるか。
「履かないやつは店に返すんじゃないのか?」
これは試着だから全部そろってるが、本来貰えるのはその中の一つじゃないのか。だとしたら俺に履かせる余裕は無いはずだ。
「いいえ、三種類全部もらえるそうですわ。その日の気分とか彼氏に合わせてとか山道を歩くからとか戦い辛いとか様々な理由で履き替える人が多いからだそうですわ」
「そうか。見せ終わったんなら着替えて来いよ。シマちゃん待たせてるんじゃないか?」
「そうですわね。シマさんの方もそろそろ終わってるでしょうから戻りますわ」
なんだ、シマちゃん待ってる間の時間つぶしに来ていたのか。さてと、俺も荷物まとめて二人が試着している部屋の前まで行くか。
「お待たせしましたお兄様」
「遅くなってすみません」
少し待っていたら二人が部屋から出てきた。ベガが戻ってから五分もたってないからシマちゃんそんなに気にしなくてもいいのに。
「ベガがそっちの部屋に戻ってから五分もたってないだろ? そんなに待ってないよ」
これだけ言えば本当に待っていなかったことがシマちゃんに伝わるだろうか?
シマちゃんの顔は若干不安そうだが、さっきよりは柔らかい表情になっている。たぶん大丈夫だろう。
「それじゃ、次は本屋だな」
次は教科書だ。目的の本屋は三軒先にある。制服の代金を支払ったらすぐに向かおう。
本屋では中に入ってすぐの台に各学科ごとに分かれた必修科目に必要な教科書がまとめられたセットが置いてある。
「まずこれを買えば良いんだな」
冒険科のセットを三セット持つ。
「はわ、デネブ君シマの分は自分で持つよ」
「ううん、レジに行くまでの間くらい持ってるよ。それより他の教科書見に行こう?」
これぐらいの量なら別に重くない。これから他の本も見ていくんだから手は空いてるほうがいいだろう。
「シマさんはもっと他人に甘える事を覚えるべきですわ。そんなに遠慮してばかりでは疲れてしまいますわ」
「う~ん……」
納得はしてないだろうが従ってくれたようだ。
「それでシマちゃんは何か受けたい授業あるの?」
「そうですね……薬草学は必修で入っているし、初級で受けられる授業では料理かな?」
「料理?」
シマちゃんって料理出来ないのかな。そういう話はしたことないけど、家政婦のバイトしてるのに料理ができないと困るんじゃないかな?
「村では木の実しか食べてなかったのでシマお肉や魚を使った料理が出来ないんです」
リス系の獣人の村だって話だったけど、木の実だけなのはそのせいかな?
「それじゃ家政婦のお仕事はどうしてましたの? 料理を用意するのも仕事なのでしょ?」
「木の実を練りこんだパンや木の実のスープは作れるから。それと後は買ってきた総菜を切っただけの野菜と一緒にお皿にのせて出してるの。マルローネ様は食べ物に執着が無いからそれでも今の所は問題ないんだけど、出来れば肉料理や魚料理を作れるようになってマルローネ様に出してあげたいんだ」
「それでしたら授業が始まるまではわたくしが教えてあげますわ」
「いいの!? ありがとうベガちゃん」
「はい、ユニコーン亭が休みの時間帯に来て下さいな」
「ベガの料理はユニコーン亭でも大人気だからな」
男性客の数がとんでもないが、女性の客も少ないわけではないし、そんな女性客もベガの料理に満足しているようだし間違いないだろう。
「それに教え方も上手いからな。大船に乗ったつもりで頼っていいよ」
俺に戦闘や魔法を教えてくれた時もわかりやすく要点を掴んで教えてくれた。面倒見のいいやつだしシマちゃん相手でもきっとわかりやすく教えてくれるだろう。
「うん。お願いねベガちゃん」
「はい。それとわたくしも一緒に料理の授業を受けますわ」
「うん? 別に必要ないだろう」
ベガの料理の腕なら今更学ぶ事があるのだろうか?
「初級の内容は大したことないのですが、お城の料理番を任されるような方も学ばれる所ですからね。上級クラスでは幻の食材を使った料理や色々な国の料理なんかも学べるのですわ。だから料理の幅を広げ、お兄様にもっと美味しいものを召し上がっていただくために勉強しようと思ったのですわ」
「はわ、そうなんだ。実は一人だと不安だったんだ。ベガちゃんが一緒だと嬉しいな。せっかくならデネブ君も一緒にどう?」
「ごめん、せっかくだけどその時間は剣術の授業を取るつもりなんだ。だから俺は無理だよ」
本屋の壁には授業の時間割が張られている。それを見ると料理と剣術がちょうど被っていた。それにしても昼前の時間に体を動かす授業なんてエグい配置だな。
「はう~それは残念だね」
料理か~。簡単なものなら作れるし、実家暮らしだったから今のところは困ったことは無い。旅の間もベガがいたから何とかなった。でもこれからもそうだとは限らないもんな。少しは覚えた方がいいのだろうか?
「お兄様の食事はわたくしが一生面倒見ますから心配しなくても大丈夫ですわ」
「二人は本当に仲良しさんだね」
シマちゃんもだいぶベガに慣れたようだ。この程度の発言ならそんなにきにならないらしい。
「そういえば、二人はどの戦闘科目を選ぶの?」
冒険科は何かしらの武器または武術の授業を取らなくてはいけない。俺の場合は剣術だが二人はどうするつもりなんだろう?
「はう、シマは武器とか使った事ないですし、武術も……」
入試の時もそんな事言ってたな。戦うのに向いた正確じゃないもんなシマちゃんは。
「だったらまずは武術を学べばいかがでしょうか? シマさんは初心者ですから武器を学ぶよりまず体を鍛えるところから始めるべきですわ」
俺の最初のうちは武器を軽々と持てるだけの筋力や持久力をつけるところから始めたもんな。
「いいんじゃないかな。薬師として旅をするにも護身術ぐらいは身に付けとかないと危ないもんな」
「二人が進めてくれるならそうしてみようかな」
「それでしたらこの授業はどうでしょうか?」
「アルフ流無手格闘術……」
ベガが指さした授業名を口に出して読む。
「講師はホクト……これってあのホクトさん?」
ユニコーン亭のおかみさんと同じ名前だ。授業があるのは店の定休日だし、この時間ってホクトさんいつもどこかに出かけているとは思っていたけどまさか講師をしていたとは。
「前に講師の仕事もしていると聞いたことがありますし、お客さんの中にホクトさんを先生と呼んでいる人もいたのでその通りかと」
「はう? 知り合いですか?」
「この講師の人、俺達のバイト先のおかみさんみたいなんだ」
買い物をすませたら直接本人に聞こうという事になった。そういう訳でさっさと教科書を購入する。
「それは間違いなく私の授業だよ。なんだい、三人とも私の授業を受けてくれるのかい?」
ユニコーン亭に戻ってホクトさんに聞いたところ間違いないようだ。ちなみにアルフとはホクトさんの育った村の領主だったエルフの名だそうだ。その人が村人に護身のために伝えた体術らしい。
「はい、そのつもりですわ」
ベガが答えた。三人で受けるなんて話してなかったのに……。
その時間に受けたい講義がなかったからまあいいか。
「うれしいねぇ。でも私は家族だからって手加減なんてしないよ」
「むしろ厳しく鍛えてください。強くなりたいですから」
住み込みバイトの俺達の事を家族と言ってくれるのはうれしい。だけど家族だからこそ甘やかすのでなく厳しく鍛えてくれた方が将来的に俺達のためにはなるだろう。モンスターとの戦いは命の奪い合いなのだから。弱い者には死が待っている。ホクトさんもきっとそう思ってああ言ってくれたのだろう。
「任せときな。さてと、何か食べていくかい?」
俺とベガは休みだがユニコーン亭は営業中だ。昼の間は授業で学生は少ないし、俺達も授業でシフトに入れない事も多くなるから二人でも回せなくはないのだろう。
今の店内は俺たち以外いない。ゆっくりしていても問題ないだろう。時間的におやつでも食べようか。
「そうだね。シマちゃんどうする?」
メニューと水とおしぼりを取ってきてテーブルに置く。
「シマ、お金が……」
シマちゃんが小さな声で答えた。今日は制服やら教科書やらで大量に金を使ったからな、手持ちがないのだろう。
「大丈夫、今日はデネブのおごりだよ。遠慮せずに食べな」
ホクトさんが豪快に笑っている。
「はわ、いいのデネブ君?」
「うん、大丈夫だよ」
お金はまだある。シマちゃんの収入がどれくらいかわからないけど、ベガは授業料が免除されていて二人分の収入があるこっちの方が金銭的余裕はあるだろう。
それに純粋にシマちゃんの助けにはなってやりたいよな。
「ありがとう」
お礼を言ってシマちゃんがメニューを見始めた。彼女の嬉しそうな顔が見れるのなら少しくらいの出費はどうでもいいや。
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