第9話 四月五日 ギフト取得

 明日から入学式だ。その前にやっておきたい事がある。ここはユニコーン亭の二階、俺の部屋だ。俺とベガ以外誰もいない。


「ギフト」


 右手に本が現れた。これは俺が生まれ変わる前に女神ヘメラさんから貰った能力『ギフトカタログ』だ。これは俺が良い行いをするたびにポイントが貯まっていき、貯まったポイントと交換で何か新しい特技を手に入れることが出来るの。

 ナツボシ村にいた頃はあまりポイントも貯まらず、何も取らなかったのだが学校が始まる前に何か取れるものは無いかと思い確認したのだ。

 本を開く。最初のページには今まで俺が貯めたポイントやポイントを貯めるために行った行動なんかが書かれている。

 現在のポイントは七十二。村を出る時に見たのは四十八だったよな……。


「いつの間に二十四ポイントも貯まったんだ?」


 十一年間で四十八ポイントしか貯めれなかったのに、三か月でその半分も貯めるとはいったいなぜだろうか?


「原因はこれだと思いますわ」


 隣からベガの指が伸びて一つの項目を示す。


「他者を幸福にした?」


 確かにその項目の数値が異様に伸びていた。これが原因で間違いなさそうだ。


「でもいつの間に幸福にしていたのだ?」


「それはもちろん、お兄様の女装ですわ」


「は?」


 女装ってあれか、バイトの時、毎回強制でやらされてる……。


「関係なくないか?」


「いいえ、関係大ありですわ。お兄様が女装を始めてからお客様が三倍に増えました。それだけ多くの人にお兄様が、いえお姉様が求められているのですわ。そして収入が増えた事でホクトさんを幸福にしていますわ」


 認めたくはないがお客様の喜びようを思い出すと、確かにそれが理由なのだろう。


「でも気を付けてくださいお兄様、あまり同じものでポイントを貯めすぎるとポイントが貯まり辛くなりますわよ」


 他者を幸福にした。は最初二十人を幸福にして一ポイントだったが、今では二百人を幸福にしないとポイントにならないようになっている。確かにこれではポイントを貯め辛い。


「本当だ。そんな仕組みあったのか」


 今まではあまりポイントを貯めれなかったからな。そんな事が起こるなんて知らなかった。


「でも目標ポイントは越えてるな」


 ギフトで欲しい能力があったのだが五十ポイント必要だったので今までは手にはいらなかったのだ。それが今なら手に入る。

 候補は二つ。その能力は痛みの記憶スキルメモリー刻まれし呪マジックメモリーだ。どちらも攻撃を受けることで相手の技を覚える事の出来る能力で、痛みの記憶は体術を、刻まれし呪は魔法を覚えられるのだが、何度攻撃を受ければ覚えられるかはその技の強さと俺の現在の能力との差によって違ってくるらしい。簡単な技なら一回で覚えられるし、難しい技だと百回や千回受けないと覚えられないというわけだ。

 しかも技でなとダメだから、ベガのようただの腕力で斧を振り下ろして山を真っ二つにするなんてものは覚えることは出来ない。受ける事で死の危険があるような技を受ける事はできないし、覚える前に大けがをする危険だってある能力だが、覚えておくと後々に役立ちそうなので早めに取っておきたい。それにこの能力は使い続ける事で能力が強化され、攻撃を受ける回数が減ったり、攻撃を受ける度に筋力や皮膚の固さ、毒の耐性など基礎能力が強化されるようになり、最終的には攻撃を見るだけで相手の技を手に入れられるようになるのだ。そういう意味でも早めに手に入れておきたい。

 ちなみに、この上位特技はポイントさえ払えば手に入れる事も出来るが、それには何千、何万とポイントが必要なので五十ポイントで手に入る最低の特技で成長させる道を俺は選ぶことにした。その方が安く済むし、成長する楽しみもあるからだ。


「どっちも五十ポイントだし、とりあえずは痛みの記憶だな」


 まずは体術の方が多く使いそうだし、人間が使える魔法はベガが全て覚えているから後からでも問題ないだろう。

 ギフトカタログの痛みの記憶を指でタッチする。


『この能力を取得しますか?』


 頭の中にヘメラさんの声がした。もちろんイエスだ。


『確認しました。貴方の人生に幸多からんことを』


 体中に暖かいものが流れ込んでくるような感覚がする。これで能力が手に入ったのだろう。ギフトカタログの傷の記憶の文字が薄くなり、取得済みと書かれている。

 すぐに使ってみたいが、相手がいないと使えないからしばらくはダメだろうな。


「授業で使う機会があればいいけどな」


「ごめんなさいお兄様。わたくしが何かの流派の技でも覚えていればお役に立てましたのに」


「気にしなくていいよ。もしベガが何かを覚えていたとしたら俺も一緒に習っていただろうから結局意味がないよ」


 ナツボシ村には罠や狩を教えてくれる大人はいたが、戦闘の型のようなものを教えてくれる存在はいなかった。もし仮にそういう人がいたとしてその戦闘スタイルは結局二人とも覚えさせられただろうな。


「そうですわね。わたくしとお兄様は常に一緒、同じものを見て同じ事を感じ、思い出を積み重ねてきたのですものね」


「ア、ウン。ソウダネ」


 ベガが頬をあかく染め、潤んだ瞳で虚空を見つめている。ここは適当な返事をしてやり過ごすしかないな。


「それとベガ、分かっていると思うがクザス学園都市にいる間は本気を出したらダメだからな」


 ベガが本気になれば学園の誰よりも強いだろう。それだと注目を浴び、要らぬ厄介事に巻き込まれるかもしれない。国の重要人物として将来的に自由が無くなるかもしれない。


「入試の成績を考えるともう手遅れかもしれないが、それでも一応な」


「わかっていますわお兄様。わたくしは将来お兄様の妻として家庭を守るつもりです。そのためには国から有用な駒であると認識されてはいけないのですわね?」


「おおむねそんな所だな」


「学園にいる間は入試で出した程度の身体能力に抑えていればいいのでしょう? そして使える魔法も火と風、それも弱い魔法だけなのでしょ」


 これなら大丈夫そうだな。ベガは俺に喜んでもらうために時々張り切りすぎる事がある。だから入学前に改めて確認したがこれなら大丈夫そうだ。ベガは俺との約束を破る事は絶対にしないからな。


「もちろん命に係わるようなトラブルに巻き込まれた時は約束なんて忘れて自分の身を第一に考えてくれ」


 狂暴なモンスターが学園都市に攻めてくるとか、他国が戦争を仕掛けてくるとか、それこそ俺がこの世界に送られた目的である魔王が活動を始めるかもしれない。そうした時に俺との約束を優先して死んでしまっては意味がない。


「はい、わかりましたわ。お兄様」


「明日も早い。そろそろ寝るか」


 入学式の前にユニコーン亭での朝の仕事が待っている。夜更かししている余裕は無い。


「そうですわね。おやすみなさいお兄様」


 ベガが二段ベットの下段の布団に入っていった。それを見届け俺も上段の自分の布団にもぐりこんだ。





 今日もユニコーン亭は大繁盛だ。


「デネブちゃん、注文お願い」


「デネブちゃん、コーヒーおかわり」


「お姉様、キツネうどん上りましたわ」


 メイド服を着た俺がホールを動き回る。ホクトさんやギンガさんもホールを手伝ってくれているが手が回りきらない。二人は俺のメイド服に合わせて執事の恰好をしている。それが女性客の受けが良く、より大量の客をこの店に呼ぶ結果となった。

 そもそも普通に店の制服を着ていたのがなぜメイド服になったのかというと……。


「キツネうどんお待たせしました」


「まっておりましたぞデネブ氏」


「ブフ、今日もデネブ氏は可愛いですな~」


「そんなに固い顔をしてないで、ほらスマイル、スマイルでござる」


「は、はい……」


 イノシシと眼鏡と指なしグローブの常連三人組だ。この人達の「デネブ氏の可能性を探求しよう」発言にベガとホクトさんが乗っかり、三人組の持ってきたメイド服を着させられたのだ。しかも一日ごとに少しずつ変化させられていて、スカートの長さを変えたり、えりそでにフリルがあったり無かったり、エプロンのデザインが変化したりしている。この人達はどうしてこんだけ似たような服を複数用意できるのか不思議だ。

 ちなみにホクトさん達の執事服はホクトさんが用意したもので毎回同じものだ。


「どうしたでござる?」


「もしかしてメイド服にはあきたでですかな?」


「ブフ、だったら次はナースとか良いんだな」


「着ねーよ」


「いや次は修道女でござるよ」


「いやいや巫女服を忘れてますぞ」


「や、やっぱりナースなんだな」


 反論してみたが三人は次に俺に着させる服について討論を始めたので聞いていない。他のお客様もいるから仕事に戻ろう。

 なんで朝からこんなに疲れにゃならんのだろうか。そう思いながら必死に働く。


「デネブ、ベガ、もう上がっていいよ」


 朝の仕事が終わるまでにはまだ時間がある。お客様の数は減ったがこんなに早くていいのだろうか?


「今日は入学式だろ。そろそろ準備しておいで」


「はいありがとうございます」


 そういう事ならお言葉に甘えよう。さっさと着替えてクザス学園へと向かった。

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