第7話 三月二十五日 制服の話
クザス学園都市に来てから一か月以上が過ぎていた。ここは俺とベガが働いている食堂、ユニコーン亭だ。ちなみにユニコーン亭の二階に部屋を借りて生活している。エルフの夫妻がやっている食堂で、授業が始まる時間に合わせて午前の六時半から八時までと昼の十一時から夜九時までの間営業している。
「煮魚定食出来上がりましたわ」
調理場からベガの声がした。カウンターに置かれた品物を取りに行く。
「お待たせしました。煮魚定食です」
「お、待っておりましたぞ」
「ブフ、やはり朝はこれを食べねば」
「ベガちゃんの手料理が元気の源でござる」
眼鏡のエルフと指なしグローブのドワーフ、イノシシの獣人の三人組の所に料理を運んだ。彼らはユニコーン亭の常連で、ベガが調理場に立つようになってからは毎日朝食と夕食、休日には昼間も店に来てくれるお得意様だ。理由は女の子の手料理が食べれるかららしい。
この三人の他にもその目的で来ている男子学生が何人かいるので、今ではベガが調理場を一人でこなし、本来調理場をやっていたギンガさんは皿洗いや、野菜を洗って刻んでおくなどベガのサポートに回っている。店の主人がそんなんで良いのだろうか? 奥さんであるホクトさんはそれで店の収入がアップしているので嬉しそうにしているが。
「これで運んでくるのも女性なら完璧なのでござるが……」
「ブフ、それは言わない約束」
「エリス様は卒業ですしのう」
エリスとはこの店でもともとバイトをしていた人で、彼女が学園を卒業するので交代で俺達が雇われたのだ。
「なんだい、私が運んでくるじゃ不満なのかい?」
「いや、
「ブフ、でも実際に持ってきたのはデネブ氏」
ホクトさんの登場に二人が慌ててフォローを入れる。そんな中、眼鏡は何か考えている様子だ。
「そうですぞ、デネブ氏に女装させればいいのでは?」
眼鏡が光る。何を言い出すんだコイツは。
「は、その考えはなかったでござる」
「デネブ氏とベガちゃんは双子、顔の造りも似ていますし女装をさせれば……」
「ブフ、そこに気付くとはオヌシ天才か?」
「ほ~そいつは面白そうだ」
ホクトさんまで乗り気だ。このままでは本当に女装させられかねない。
『助けて、ベガさん……』
『大丈夫ですわお兄様、制服と下着はわたくしのをお使いください』
『制服はともかく下着はいらねえよ。てかお前もそっちがわかよ』
カウンターの向こうを見ると、すでに女性用の制服を持ったベガがそこにいた。この制服は忙しい時にベガもホールに入れるようにと渡されて結局ほとんど使われてないものだ。
「お、さすがベガちゃん。仕事が早いね」
ホクトさんがそんなベガを褒める。
「さ、奥で着替えましょ」
ベガに腕を引っ張られる。振りほどこうにもピクリとも動かない。こいつ本気だ……。
十分後、店の女性用制服を着て長髪のウィッグを付けた俺の撮影会が行われた。
「おにい、いえお姉様可愛いですわ。マジ天使、こっち目線下さいまし」
その撮影会にベガは積極的に参加して俺にポーズの指示を出しまくっている。こいつ仕事はいいのだろうか?
ホクトさんは撮影に参加しようとしてる人から金をもらっているようだ。ちゃっかりした人だな。
そんなこんなでこの日は女装して仕事をするハメになった。
「お疲れさん。今日は今までで一番の売り上げだったよ。デネブはこれからその格好で仕事しなよ」
「それは素晴らしい考えですわ。お兄様ぜひそうしましょう」
「いやですよ。そんなの絶対」
この時の俺は知るよしもなかった。これから仕事に出る前に毎回ベガによって強制的に女装させられるという未来が待っているという事を。
「まあまあ、これやるから機嫌を直しなよ」
ホクトさんから茶封筒が渡された。
「一か月ご苦労様。家賃と食費は抜いてあるからね」
今日は初めての給料日、この茶封筒は今月分の給料だ。
「この地図もやるよ。明日は学校に必要なものを買いに行くんだろ?」
明日はシマちゃんと三人で制服や教科書を買う予定になっている。それに必要なお店の場所が書かれた地図だ。これは助かる。
「なにから何までありがとうございます」
「明日は休みでいいからね。楽しんでおいで」
「はい」
明日のために今日はさっさと部屋で寝てしまおう。ホクトさん達に挨拶し部屋に引き上げた。
翌日、待ち合わせの場所に行くと、シマちゃんがもう来ていた。まだ待ち合わせの五分前だ。
「ごめん、お待たせ」
「気にしないでください。シマも今来たところですから」
たぶん嘘だろう。シマちゃんの性格を考えると十五分前には確実に来ていただろう。
「また敬語になってますわよ」
気にしなくてもいいと言っているのにまだ敬語で喋るの治っていないな。
「ごめんなさ……あ、ごめん。まだ少し慣れなくて」
シマちゃんはリス系の獣人族とヒト族の間に生まれたため、育った村では見た目の違いから友達も出来ず辛い生活をしていたらしい。そのため他人に対して壁を作り身を守ろうとする傾向があるのだ。この一か月で何度か一緒に遊びに行ったので俺達には慣れ初めてきたが、道はまだ長そうだ。
その傾向は衣装にもあらわれている。シマちゃんの頭には大きなベレー帽がかぶせてあり、ロングのスカートを履いている。これによりリスの耳と尻尾は隠され、遠目に見れば普通のヒト族の少女に見えるだろう。髪で隠れているので気付かれ辛いだろうが、近くで見ると本来ヒトの耳のある位置には何もないので勘のいい人は気付く可能性はある。
一緒にいる時はシマには内緒でベガがこっそり幻術でヒトの耳を創り出しているので今の所それでトラブルに巻き込まれた事はない。
「別にいいよ、それで屋敷の仕事は上手くいってる?」
最初は三人でユニコーン亭で働こうと思ったのだが、他人が怖く接客には向かないシマちゃんは一人だけ別の仕事を選んだのだ。そっちは募集人数が一人だけだったのと、シマちゃんが自分のために俺達が仕事を選ぶのを気にしそうなので彼女の好きにさせて俺とベガはユニコーン亭にそのまま決めたのだ。
「はい、マルローネ様には優しくしてもらっています。今日も長めの昼休みを下さって、夕飯の準備までに帰ってくればいいとおっしゃってくださいました」
シマちゃんが働いているのは錬金術科のマスタークラスに所属する人の家だ。そこで一緒に暮らしながら身の回りの世話をする、つまりは家政婦として働いているのだ。
「それにしても、学生なのに一日中自宅の研究室に引き籠っていていいなんてマスタークラスはすごいな」
三人そろったので目的地に向かいながら話を続ける。
「本来は上級クラスを終了すれば卒業できますからね。それでもまだこの学園で何かしら学びたかったり、研究を続けたいお人だけがマスタークラスに上がるのですから、授業に出る義務はありませんし、そもそもマスタークラスに教師はおりませんわ。マスタークラスに在籍しながら上級クラスまでの教師をして研究資金を稼いだりして、マスタークラスの者で集まって研究発表や意見交換をするのが一般的ですもの」
学園には初級、中級、上級、そしてマスターの四段階のクラス分けがされている。それぞれのクラスに最低で一年、長いと何十年も在籍することが出来る。そして毎年、年度末に行われる試験に合格する事で上のクラスに行くことが出来る。これは種族ごとに体の成長する速度が違うために出来た制度で、獣人は三年でさっさと卒業しないと生きている内に卒業できない可能性があるためだ。これは入学の条件でもわかる。入学する年齢に特に制限はないのだ。一歳で入ってくる者もいれば、八十で入ってくる者もいるのだ。
だが早く卒業できるだけだと、長寿な種族は暇を持て余してしまう。そのために出来たのがマスタークラスだ。上級クラスを卒業しひとり立ちするに十分な知識と技術を得た後でも特に制限なく好きに学び続けられるようにと。
「マルローネ様は特定の商人と契約していて、新しい
俺とベガはそのマルローネさんには会ったことが無いけど、仕事を紹介してくれた事務員さんやシマちゃんの話を聞く限りの情報ではドワーフで、十三歳の天才少女らしく、一度研究を始めると周囲の事が目に入らず、食事を忘れ部屋も散らかり放題になるらしい。
マスタークラスに上がってからは自宅兼工房から一度も外に出ず、依頼をしていた商人が何度か餓死寸前の彼女を見つける騒ぎや、実験中に近所で異臭騒ぎがあったりして家政婦を雇う流れになったそうだ。
「良い人そうでよかったな」
周囲からの評判は変人だったが、シマちゃん本人の評価はなかなかいいもののようだった。
「はい」
「服屋はここですわね」
話をしている内に目的地に付いたようだ。糸と針の描かれた洋服屋の看板と、クザス学園制服と書かれたのぼりが目に入った。
「いらっしゃいませ」
「クザス学園の制服頼みたいんですけど」
「新入生の方ですか」
「そうです」
「お名前を教えてください」
「ナツボシ村のデネブとベガ。それとクルミ村のシマです」
「はいかしこまりました。制服を取ってまいりますので少々お待ちください」
名前だけを聞くと店員さんは店の奥に行ってしまった。
「採寸とかしなくていいのか?」
「学園都市に入る時に水晶を触ったじゃないですか、あの時にもう体格のデータは取られていましたので、入試に合格した時にこの店に制服作成の依頼と身長とかの情報が届けられているんだと思いますわ」
「それでこんなスムーズな対応なんだな」
「はわわ、そんな事が分かるなんてベガちゃんはすごいね」
「当然ですわ。だってわたくしお兄様の妹ですのよ」
それの何が当然なのだろうか?
「はわ、という事はデネブ君はもっとすごいの?」
「兄より優れた妹などこの世に存在しませんわ。お兄様が本気を出せばわたくし足元にも及びませんわ」
いや、産まれた時から
シマちゃんもすっかり信じているようだ。期待するような顔でこっちを見ている。
「ないない、ベガは俺とは比べ物にならないくらい優秀な妹だ。今のはベガの謙遜だよ」
ここでちゃんと否定しておかないと後々面倒な事になる気がする。俺には大したことは出来ないのだから。
「お待たせしました」
店員さんが制服をもってやってきた。
「微調整もしたいので奥の部屋で試着してください」
制服が来たのでここで話は切り上げ。俺達は奥の部屋に向かった。もちろん俺だけ別室での試着であった。
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