第6話 二月十九日 入学試験・後編

 事務室と書かれた窓口にドワーフの女性がいたので話しかける。


「こんにちは、クザス学園の入学試験受けに来たんですけど」


「はいはい、デネブさんとベガさんですね。橋番所のモンドさんから聞いてますよ」


 橋にいた兵士さんから話はいっているようだ。あの人の名前モンドさんっていうのか。


「冒険科を希望ですね。それで試験料の十五万ガイアは先払いですか? 後払いですか?」


「試験料が必要なんですか!?」


 まさか試験を受けるために金が必要だとは思わなかった。どうしようか……。


「はい、でも安心してください。今払えなくても、学園都市内での仕事をこちらで紹介しますのでキツイものなら数日、長くとも半年で払えますよ」


 半年って事はもし今年ダメでも来年までに二回分の試験料を用意出来て、学園都市内で生活してられるって事か。


「じゃ後払いでお願いします。仕事は今選ぶんですか?」


 どっちにしろ二人分で三十万なんて金持ってないしな。働くしかない。


「試験の後でいいですよ。受かった場合、授業料のことも関わってきますからより儲かる仕事に変えたいって方もいます。それに試験の結果によっては割引や免除の話も出てきますからね」


 そっか、ダメだった場合と合格した場合で掛かる金額が変わってくるのか。それなら確かに後で仕事探した方がいいだろうな。


「それじゃ試験を行う教室まで案内しますね」


 事務の人の案内で教室に向かう。


「俺達しかいないんだな」


 教室には試験官らしい人物がいるだけだ。他の受験生は居ない。


「期間がひと月もあるし、受験生の来る時間もまちまちだからね。今日の筆記試験は二十分後にスタートだよ。それまで他の受験者はテキトウな所で時間を潰してるけどその内に戻ってくるんじゃないかな?」


 試験官の人が説明してくれた。だから今は人が居ないのか。


「ニ十分じゃ下手に移動すると過ぎそうだな。このまま教室で大人しくしてるか」


「はい、お兄様」


「君達は八番と九番の席だよ」


 机に貼られた番号を確認しながら移動する。八の席に座ると、隣にベガが座った。九はその一つ隣の席なのだが、まだ試験前だしまあいいか。

 なんとなくボケーとしながらベガの話を聞き流していると他の受験生が教室に戻ってきた。


「そろそろお前も席に移動しとけよ」


「そうですわね」


 ベガも自分の場所に座った。


「受け取っても開始の合図があるまで裏にしていてくださいね」


 試験官が用紙とペンを配っていく。全員に配り終えると教卓に戻った。


「はい、始め」


 合図と共に紙をめくる。

 さて最初の問題は……。枠の中に自分の名前を書いてください。長い場合ははみ出してもよい。か、余裕だな。次もこの絵の中でゾウだろ思うものに丸を付けろとか赤色を選んで丸を付けろとかスイカとリンゴの絵が描いてあってリンゴは何個でしょうだとかだ。最初のへんは楽勝そうだが、こんな問題でいいのか?

 問題を進めていくと文章を読んで以降の問いに答えよ。とかこの世界の創生や五つの種族が生まれた経緯やその特徴について知っている事を書けだの難しそうなものもある。

 でもこのくらいならなんとか答えられそうかな。


「はい終了」


 試験官が答案を回収していく。


「次は実技です……」


 教室に教師達が入ってくる。実技は科によって内容が異なるようで担当の教師が別々の場所に連れて行ってくれるようだ。


『そういえばさっきの試験、最初の方の簡単すぎる問題なんだったんだ?』


 待っている間暇だったので声に出さずベガに話しかける。


『あれは文字を読め、書け、理解できているのかを確認しているのだと思いますわ』


『そっか、ここ以外にまともな教育機関はないもんな。文字が分からない人もいるのか』


 俺の村は薬師の婆さんが教えてくれてたけど、村によっては誰も文字を理解できないなんてこともあるのだろうか。そうだとしたらそこの人は文字を教わる事は出来ないもんな。


『最低限本が読めたりしないと授業にならない訳か』


『後半は本当にどこまで知識があるのか実力を試す問題みたいでしたけど、試験に受かるだけなら半分くらいまで出来ていれば余裕でしょう』


 それなら筆記は余裕だな。

 さて、どんどんと教室から人がいなくなっていく。残ったのは俺達とあと一人、それと試験官をしていた教師だけだ。


「最後に冒険科の人だね。ボクが案内するんでついて来てください」


 さて実技はどんなことをやらされるのだろうか。

 階段を降りていって向かうは地下二階。扉を開けたらそこは洞窟だった。


「はわ~すごい……」


 一緒に来ていた少女は驚いているようだ。それはそうだろう、学園の中だと思っていたら突然ダンジョンに出たんだからな。考えられるのは本当にダンジョンがここにあるか、移動の魔法で繋げてあるか、あとは……。


「幻術か?」


「幻術ですわ」


 すぐにベガから答えが来た。やっぱりマボロシを見ていたか。


「そう、この洞窟は幻術魔法で造られているから死ぬことはないよ。でも大ケガはするかもしれないから気を付けてね。君達には三人で協力してゴールを目指してもらいます。冒険者には即席のチームでダンジョンに挑まなくてはならないこともありますからその訓練だと思って頑張ってください」


 伝えるべきことだけ言うと教師の姿が消えた。これも幻術で実際には近くで見ているのだろう。


「じゃ、まずは自己紹介でもするか。協力するためにも仲間の能力は知っておいた方がいいだろう? 俺はナツボシ村のデネブ。剣で戦うか回復魔法でサポートが出来る。で、そっちは妹のベガだ。魔術師で炎と風が使える、遠近両方で戦うことが出来る」


 炎と風はベガの本来備わっている魔法特性だ。それ以外の魔法もエクストラスキル『女神の写し身』の効果で使えるのだがそこは緊急時まで隠しておくつもりだ。


「クルミ村のシマです」


 シマちゃんか。茶髪でショートカットの少女だ。特徴的なのは彼女の頭から飛び出しているリスの耳と縦縞のある尻尾だ。見た目は人間だからリス系の獣人とのハーフだろうな。


「ごめんなさい、シマ戦闘の経験は無いです。魔法も使えません」


「そうなんだ、じゃあベガのそばにいて。そこなら安全だから」


 例えどんなモンスターが相手でもベガのそばにいれば死ぬことは無いだろう。ベガに彼女を守る意思があればだけど。


「お兄様がそうおっしゃるのなら全力で守りますわ」


「はうっ、ご迷惑をおかけしてすみません、すみません」


「かまわないよ。生まれたばかりのドラゴンはクマより弱いって言うだろ、最初から強い存在なんてこの世にいないよ」


 ただし生まれた時から最強な例外がすぐそばにいるんだけどな。俺の思考を読んでいるのかベガがニヤニヤしている。


「冒険者として必要な事を学ぶために冒険科があるんだから、まだ戦えなくても問題ないだろ」


「はわわ~デネブさんは優しいんですね」


「当り前ですわ。お兄様は心が広く慈悲深いお方。この世に舞い降りた癒し系大天使なのですわ。アナタにだけ特別優しいわけでな無いのですわ。勘違いなさいませんように」


 なぜだかベガさんが怒ってらっしゃるようだが突然どうしたのだろか。


『お兄様はわたくしにだけお優しければそれでいいのですわ』


「はうっ、調子に乗ってごめんなさい。なんでもしますからいじめないでください」


 シマちゃんが頭を押さえしゃがんで震えている。


「大丈夫、いじめないよ」


 シマちゃんに優しく声をかける。


『ほら、ベガもなんか言ってやれよ。中の悪いままじゃ試験にも支障が出るだろ?』


『も~仕方ないですわね……』


「本当にいじめませんか?」


「アナタがお兄様の妹の座を奪わない限りわたくしがアナタに手を出す事はありませんわ」


「はひ、わかりました。絶対にデネブさんの妹にはなりません。だから許してください」


 なんだか訳のわからない牽制が行われているな。妹になるならないってなんだよ。 


「そんな弱虫でどうして冒険科なんて受験したんですの?」


「実はシマ、前に大きな病で死にかけたんです。その時に旅の薬師様に救ってもらったことがあるんです。それでシマも恩返しというか、苦しんでいる人を救いたくて」


「冒険科には薬学もあるからな、なるほどそれで……」


「それに村に居づらい事情もありましたから……」


 居づらい事情、なんだろそれは。


「混血だからですか?」


『どういう事だ?』


『獣人はイヌならイヌ系、ネコならネコ系というように同じ系統の獣人で村を造る傾向にあるんですわ。そのため一部の者が他の系統やヒト族とのハーフを嫌悪けんおしひどい事をするという話を聞いたことがありますわ』


 シマちゃんもそんな奴にイジメられたのかな。それでこんなに怯えてイジメないか確認したのだろうか。


「全くくだらない話ですわ。わたくし達オーガからしたら混血なんて普通の事ですのに」


「そうなんですか?」


「そうだな。ウチの母さんは元ウサギの獣人だし、婆さんはドワーフだったらしいからな」


 獣人も住んでいたが混血を気にする人なんてあの村には居なかった。良い村で育ったんだな、俺。


「はう、ベガさんもお優しいです。シマいままで生きててこんなに優しくされたの初めてです」


「これからいい事が沢山ありますわ。そのためにもこの試験を無事に乗り切りましょう」


 ベガが褒められたのが恥ずかしいのか顔を赤くしている。


「うし、じゃそろそろ行こうか」

 



 さて、そんなわけで洞窟を進んでいったわけですが……。

 地面にワイヤーが張ってあった。俺とベガはそれに気づいてまたいで通る。シマちゃんは気付かづに足を引っかけた。壁から矢が放たれた。


「ファイヤーアックス」


 ベガが木の棒を取り出し炎でオノを形作る。そしてシマちゃんと矢の間に挟んで庇う。矢が炭に変わる頃、シマちゃんは自分に起きた事を理解した。


「はわわ」


「お怪我はありませんか?」


「はひ、ありがとうございます」


「別にアナタのためではありません。お兄様に頼まれたから守っただけですわ。勘違いなさらないでくださいましな」


 まるでテンプレのようなツンデレセリフだな。


「お二人ともあの罠に気付いてたんですか?」


「うん、俺達の村の近くには森があってね、トラップを使った狩もよく行われていたから罠には敏感なんだ」


 森は子供達にとっての遊び場でもある。だから子供が誤って罠にはまらないように罠の仕掛け方や見つけ方、間違ってかかった時の解除方なんかをみっちりと教え込まれている。だから罠を仕掛けやすい位置なんかが何となくわかり、そこには視線がいくようになっていた。


「そうなんですか。すごいですね」


 そんな話をしながら進んでいく。


「そこ落とし穴ですわ」


「はわ?」


 シマちゃんが落とし穴に片足を踏み出した。慌てて彼女の手を掴む。巨大な穴が地面に空いたが、落ちる事はギリギリで阻止できた。


「ふー危なかった。大丈夫?」


「はう、ありがとうございます」


「無事ならそれでいいよ。さ、行こう」


 落とし穴を飛び越え手を差し出す。シマちゃんが飛び越え手を掴む。無事に渡れた。


「ほら、ベガも」


 ベガの場合は自力でも飛び越えられるだろうが、シマちゃんにやって彼女にやらなのでは不公平だろう。


「ありがとうございますお兄様」


 穴を飛び越えてから抱き着いてきた。手を伸ばした意味とは……。


「ウフフ、お兄様」


 ま、嬉しそうだからいいか。


 さ、そんなこんなでやってきました最深部。トラが一匹いた。いや、体はトラだが、頭はサルで尻尾はヘビのモンスターだ。背後にはゴールと書かれた扉があり、トラの首に首輪がされていてそこにカギが下げられている。こいつを倒すかカギを奪わないと先には進めないようだ。

 俺とベガは武器を構える。


「俺が前に出るから、ベガはシマちゃんを守りつつサポート頼む」


「はいお兄様」


 トラに動く気配は無い。試験だしある程度まで近付かなけれは始まらないのだろうか。


「加速せよ、加速せよ。魔力の補助にて更なる力を、アクセル」


 戦闘前に強化魔法でスピードを上げる。


「そんじゃ、行ってくる」


 そのまま突っ込む。狙いは首輪だ。カギさえ切ってしまえば後は扉を開けて逃げればいい。


「グルルルル」


 トラの爪が迫ってくる。紙一重でかわっす。スピードを上げてなかったら危なかった。

 そのまま首のカギを剣で狙う。


「シャー―」


 ヘビだ。ヘビが剣に噛みついてそれを阻止する。


「ち、仕方ないか」


 トラからの追撃が来たので剣を放していったん下がる。ヘビはすぐに剣をどこかに投げ捨てた。


「お兄様ご無事で?」


「うん、大丈夫だ。剣を拾わないとな」


 ヘビが捨てた剣の位置を確認する。トラはもうやる気なようでこっちに向かってきている。


「ベガ、足止め頼めるか?」


「はい、お任せください」


 木の棒に炎のオノが現れ、ベガがトラに向かっていく。


「あの、シマにも何か出来る事はありますか?」


 剣を拾いに行こうとした所を呼び止められる。シマちゃんに出来る事か……。


「じゃあ俺が剣を回収したらアイツの首に下げられたカギを奪いに行ってくれるかい?」


 シマちゃんなら小柄だし俺とベガで隙を作れば奪えるかもしれない。


「俺とベガが必ず守る。危険な事だけど頼めるかな?」


「はい、頑張ります」


 迷いなくすぐに返事があった。スピードアップの魔法をシマちゃんにかけて剣の回収に向かう。


「それじゃ、行ってくる」


 剣の回収は簡単だった。ベガが足止めをしてくれているのだ危険などあるはずがない。

 トラの背後から攻撃を入れる。ヘビが応戦してきた。


「今だよシマちゃん」


「はひっ」


 シマちゃんが正面からカギを狙う。トラの爪が彼女を襲おうとするが、ベガのオノによってそれは阻止された。

 シマちゃんの手がカギを掴んだ。カギは簡単に首輪から外れ、シマちゃんはそのまま扉に向かって走る。


「開きましたよ」


 二人でトラの相手をしている背後でカギの外れる音と扉の開く音が聞えた。俺もタイミングを見てトラから離れる。

 後はベガだけだ。トラの攻撃を捌きつつこっちに近づいている。シマちゃんはそんなベガの事を心配そうに見ていた。俺の方はうっかりベガがトラを倒してしまわないかが心配ではある。


「盾よ、迫りくる脅威を止めよ。マジックシールド」


 あと五歩でベガが扉に届きそうな距離の所でトラとベガの間に魔法の盾を出現させた。これは相手の攻撃を防ぐ魔法なのだが、相手の攻撃力にもよるが少しの間なら足止めにも使える。


「今のうちに逃げるぞ」


「はい、お兄様」


「いくよ、シマちゃん」


 突然の事にシマちゃんが反応出来ない。俺がマジックシールドを使える事とか伝えていなかったしな。仕方がないので彼女の手を掴んで扉の向こうまで引っ張る。


「はわ、はわわ」


 驚きながらも無事についてきた。最後にベガが走り込み扉を閉めた。


「ゴールおめでとう、皆さん」


 扉の向こうは普通の教室だった。試験官も教卓の前に立っている。


「まさかヌエの所にたどり着くだけでなく三人で無事に脱出するとは。皆さん文句なしに合格ですよ」


「合格……」


「やりましたねお兄様」


 なんだかあっさりと合格を伝えられたもんだな。なんだか実感がわかない。


「ありがとうございます。お二人のおかげで私も合格できました」


「それを言うならトラからカギを取ったのも開けたのもシマちゃんじゃないか。三人で協力したから合格できたんだよ」


「はい」


 うん、無事に合格出来てよかった。


「いや~ヌエに到達なんて三年ぶりですよ。ベガさんは筆記の成績も素晴らしく、歴代の入試四十六位の成績ですよ。これは入試と学費の免除が認められます」


 四十六位かベガにしてはずいぶんと手を抜いてくれたようだな。


「また他の二人も無事生還できたので入試の試験料が免除になりました。住む所や学費など今後の事は事務室で相談してください。今後に必要な書類もそちらで渡します」


 お、試験料免除はありがたいな。授業料のために仕事を探す必要はありそうだけど。


「四十六位なんてすごいですねベガさん」


「ありがとうございますシマさん。四月からまたよろしくお願いしますね」


「はひ、こちらこそです」


「そうだシマちゃん、もう同級生なんだから年齢とか気にせずタメ口で話してよ」


 いじめられてた過去とか色々あったりして敬語なんだろうけど、なんだか壁を感じてしまう。せっかく一緒に冒険した仲なのだからもっと軽い付き合いをしたいもんだ。


「はい……じゃなくて、うん。ありがとね、デネブ君、ベガちゃん」


「おう、じゃ三人仲良く事務室に行くか」


「はい、お兄様」

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