第5話 十一歳 二月十九日 入学試験・前編

 クザス学園都市は島に建てられている。その島も学園都市のためにワザワザ魔法で海底を引き上げ造られたのだから驚きだ。


「学園では危ない実験や戦闘訓練なんかがありますからね、周囲への被害を考えて少し離れた島に建てられたのですわ」


 ベガの説明を聞きながら学園都市へと繋がる唯一の橋を見る。石で出来た橋で馬車が二台通ってもまだ少し余裕のある広さだ。橋の入口には小屋があり、その前に兵士が立っている。


「おい君達、入学希望者かい?」


 橋を渡ろうとした所で兵士が気さくに声をかけてきた。


「はいそうです。よくわかりましたね」


「この時期にここを通るのは入学希望者か商人くらいなもんだからね。紹介状はあるかな?」


「紹介状? そんなものが必要なんですか?」


 試験を受けるのにそんなものが必要だったのか。誰でも試験を受けれるって聞いてたからとりあえず学園に来ればいいだけだと思っていた。


「紹介状は貴族の方や学園の運営側が実力を認めた方に贈られるものですわ。試験を免除され、好待遇で学園に入学できるってだけで無くても問題ありませんわ」


「そういう事。無いって事は一般受験者だね、じゃあゲスト登録するから小屋に来てくれるかい?」


「ゲスト登録?」


「学園都市に許可のない者が侵入すると警報が鳴るようになっているんですわ。だから受験者には一回だけ入る事の出来る登録をする必要があるのですわ」


 学園には貴族や商人の子供が通っている。それに国で最先端の魔法や魔道具の研究や武器の開発なんかも行われている。悪人や他国のスパイの対策のために登録されていない人間が学園都市に侵入したらわかるようになっているのか。

 小屋に向かうとボウリングの玉くらいの大きさの水晶がテーブルに置かれていた。


「その水晶に手を置いてこれからする質問に答えてくれ。まずは君から」


 俺が指名されたので水晶に手を置く。


「まずは出身地と名前を」


「ナツボシ村のデネブです」


 水晶が白い光を放った。兵士が紙に何かを書き込んでいる。


「ここに来た目的は入学試験を受けに来たで間違いないね?」


「はいそうです」


 また水晶が白く光った。


『これ何してんの?』


『登録ついでに嘘をついていないか確認しているようですわね。それとお兄様の健康状態や魔力適正なんかも確認しているようですわ。危険分子の排除プラス一次審査って所ですわね』


 さすがこういう時に頼れる妹だ。


「希望している学科はあるのかい?」


「冒険科です」


 クザス学園ではどの学科を選んでも別の学科の授業を受ける事は出来る。学科によって進級や卒業に必要な授業や定期試験の内容が違ってくるだけだ。

 冒険科ではサバイバル術や薬草や毒のある植物の事、モンスターとの戦闘訓練などを主に学べる。将来は世界中を旅していたい俺にとってはちょうどいい科だ。


「冒険科だね。じゃあ次の質問だ」


 兵士が得意な武器や習っている武術の流派、モンスターとの戦闘経験の有無など聞いてくる。冒険科を選んだから戦闘寄りの質問が多いのだろう。全部に本当の事を答える。そのたびに水晶が白く光った。


「はい、これで終わり。次はお嬢さんの番だよ。出身地と名前を教えてくれ」


「ナツボシ村のベガですわ」


 俺の時と質問の内容は全く同じのようだ。


「次は学園で特に学びたい事を教えてくれ」


「私はただお兄様のそばにいたいだけですわ。お兄様の事なら何でも知っていますし、今さら学ぶような事はありませんわ」


 水晶が白く光った。それを見て兵士も驚いているようだ。


「嘘ではないんだね。それはそれでなんというか……」


 いやほんとすいません。家族はベガの発言にスルーが基本だったから少し感覚が麻痺していた。外では少し自重させるよう話しておくべきだったか。


『それは違いますわお兄様、これも試験と考えれば、この水晶の前で嘘をついてはいけませんわ』


『それもそうか。ってか聞こえていたのか』


 動揺して考えがダダ洩れになっていたようだ。気を付けないと。


「では将来の夢は?」


「お兄様と幸せな家庭を築くことですわ。子供はそうですね……三、四人はいるといいですわね。一人は女の子で一緒に買い物したり、料理を教えたりしたいですわ」


 えらくまともな夢だな。相手が俺でなければだけどな。


「兄妹での結婚は出来なくはないがオーガ族でそれは珍しいね」


「え、出来るの!?」


「はい、出来ますわ」


「ネズミの獣人は三年くらいしか生きられない上に、兄弟三十人とかが基本だからね、一つの村が親戚兄弟ばかり、子孫を残すためにキョウダイで子を産む事も珍しくないんだ。そのために兄妹の結婚も法律で認められているんだよ」


「でもそれってネズミ系獣人のためにあるような法律で他は関係ないだろ? 倫理的にもどうなんだよ」


「いいえ、これは私達を祝福するために作られた法律ですわ、お兄様。さ、今すぐ私に角を下さい」


 角をあげるとはオーガ族に伝わるプロポーズの言い回しだ。オーガ族の男性には互いに想い合う相手をオーガ族に変えてしまう能力がある。その結果相手の女性には角がはえてくる。オーガ族同士の場合でも眉間に三本目の角が生えるので、「角をあげる」「角を下さい」がオーガ族の中では「結婚しよう」と同じ意味として使われているのだ。


「いや、しないよ結婚」


「も~お兄様は恥ずかしがり屋さんなんですから。素直になれるまでわたくし待っていますから」


 何を言ってもこれだよ。ベガの事は大事な家族だし可愛い妹だとは思っている。だがそれは決して愛だの恋だのでは無い。


「そんな事よりさっさと終わらせちまえよ」


 兵士も待っていてくれているし早いとこ質問を終わらせてゲスト登録とやらを終わらせよう。


「はい、そうですね。お待たせして申し訳ありません」


 ベガの質問が再開させられた。そして問題なく終了した。


「よし、これで二人とも終わりだよ。この封筒をクザス学園の事務に渡せば試験を受けられるよ。学園は街の中心にあるし、迷っても学園の時計台が街のどこからでも見えるようになっているからそこを目指していけば大丈夫だよ。学園に着けば門の近くに守衛さんがいるから事務室の場所はそこで聞いてくれ」


「ご親切にありがとうございます」


「じゃ、試験頑張ってくれよ」


 兵士に別れを告げて橋を歩くこと約十分で渡りきることが出来た。橋の反対側には学園都市を囲む巨大な壁、そして巨大な門がある。

 ここは扉を左右に開くタイプじゃなくて上から落とすタイプなんだな。なんてことを思いながら門を通過する。肌にすこしピリッとする感じがした。


「なんだ今の?」


「学園を覆う結界に触れたのですわ。わたくしは問題ありませんでしたが、簡易的なゲスト登録なのでお兄様の方には何かミスがあったのでしょう」


「なんか運が悪いな……」


 俺だけ痺れたのか、これから試験を受けるというのに幸先が悪いな。今回の試験大丈夫だろうか?


「お兄様、逆に考えればここで不運を使ってしまったので後は幸運しかありませんわ。だから試験なんてきっと楽勝ですわ」


「なるほど、そう考えればいいのか」


 何事も悪い方に考えないで考え方を変えてみるって大事だな。なんだかやる気が出てきた。


「んじゃ、このテンションのまま試験に向かうか」


「はい、頑張りましょうね、お兄様」


「あ、お前はあんまり頑張らなくていいぞ。周りの実力を見てほどほどに抑えるんだぞ?」


 ベガが本気で頑張ったら入試なんて楽勝だろう。それだとその後の学園生活でも注目されて面倒だ。


「本当のわたくしを知るのはお兄様だけ。二人だけのヒ・ミ・ツですわ」


「ア~ソウダネ、ウン」


 なんでもプラスに考えるのはいい事だろ思ったか、ほどほどが一番だなやっぱり。

 さてと、兵士の話では時計台を目指しながら歩けばいいと言ってたよな。


「あそこだな」


 見上げると大きな時計台がすぐに見つけられた。ほかの建物より頭一つ飛び出しているし、かなり大きいので目立つ。これなら簡単にクザス学園まで行けそうだ。

 それじゃ、試験を受けに行こうか。

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