第4話 十一歳 九月~一月

 アル兄さんに結婚の話が来た。相手もこの村に住んでいて兄さんとは幼馴染だ。親同士が決めた話だがお互いにこの話には乗り気なようで順調に話が進んでいる。

 さて、兄さんが結婚するという事は俺とベガはこの家から出ていかなければならないわけだ。村にも空き家は何軒かあるし、何もしなければその中のどこかに住むことになるのだろう。だがせっかくなので、前から行きたかったクザス学園都市に行く事にしよう。


「父さん、母さん、アル兄、話があるんだけどいいかな?」


 夕食時、家族が全員集まっている。ちょうどいいのでこのタイミングにこの村を出ていき、学園に向かうつもりだと伝える。


「なんだか気を遣わせちまったか?」


 兄さんが申し訳なさそうな顔をしている。自分の結婚のせいで追い出す事になったと思っているのだろう。


「違うよ、もともと学園に行ってみたかったんだ。将来は冒険者か旅商人になって気ままに世界を歩き回るつもりなんだ。アル兄の事は言い出すきっかけに過ぎないよ」


 学園に行けば魔術も武術も学び放題だ。それに色々な種族の人達に会えるのも魅力だ。この村でもオーガ以外の種族はいるけど、小さい村だから見れるものにも限界はある。せっかくの異世界生活なんだからモンスターや魔法、異世界独特の食べ物とかもっと色々なものを肌で感じてみたいのだ。


「お前がそうしたいなら好きにしなさい。デネブならどこに行ってもきっと大丈夫だろう」


「そうね、貴方は昔からしっかりしていてあまり手のかからない子だったものね」


 父さんも母さんも学園に行くとこには賛成のようだ。


「ベガちゃんもデネブについていく気なの?」


「わたくしとお兄様は一心同体、健やかなる時も病める時も共に生きるさだめ。お兄様がクザス学園に行くというのならわたくしも当然行きますわ」


「そう、ベガちゃんはデネブお兄ちゃんが大好きだものね」


 さすが十年以上俺達の母親をやっているだけあるな、ベガのおかしな発言にもスルーしている。


「学園都市の入試は確か年に一回だけだったよな?」


「そうだよ。二月に試験があって、そこで受かった人が四月から新入生として学園に通えるんだ」


 試験の期間は二月の一か月間。その間に学園都市に到着し受付を済ませれば試験を受けることが出来る。


「アルタイルの結婚もその試験にもまだ時間があるのだし、すぐに出ていくわけではないのでしょ?」


 母親が不安そうな顔をしている。突然子供が出て行くと言ったのだ、寂しいのだろう。


「当然だよ母さん。学園都市までの距離を考えても年越しくらいまでは一緒に居られるよ」


 徒歩だと一か月半から二か月。金を気にしなければ馬を借りる方法もある、それだと一か月。大きな街には王都に繋がるゲートの魔法を使える人が常駐している施設もあるから、馬以上に金はかかるがそこで王都を経由して学園都市に向かう方法もある。これなら近くの大きな街に行くまでなので半月もかからないだろう。もっとも、ベガがゲートを使えるので実は一分もしないで学園都市には行けてしまうのだが、俺以外にベガがそんな事を出来るなんて知らないから普通に徒歩で移動する計画での旅立つ時期を伝える。


「そうですわ、向こうに行っても手紙を書きますし、長期休みには必ず帰ってきますわ」


 ベガも母親の手を握って励ましている。


「そうね、もう二度と会えなくなるわけではないのだものね。この家を出て行っても同じ村にはいるもんだと思っていたらクザス学園に行くと言うのだもの、少し動揺どうようしてしまったわ」


「さ、ご飯が冷める前に食べようか」


 話は一段落した所で父さんが言い出した。上手い事話を切り替えようとしてくれている。


 このご飯もあと数か月で食べれなくなるのか……。

 十年以上食べ続け、すっかりこの味に慣れてしまっている。長期休みには帰ってこれるとはいえ、しばらく食べれなくなると思うと少し寂しいな。

 なんとなく、その日の夕食は少ししょっぱい気がした。




 それからあっという間に日々は過ぎていき新しい年を迎えた。新年を祝うと同時に兄さんの結婚式が村で盛大に行われた。俺達が旅立つ前に結婚式をしようとした結果だ。

 結婚式の翌日、俺達は旅に出た。


「本当にそれ持っていくのか?」


 ベガの荷物の中に一つだけ気になるものがあった。それは彼女の腰にくくり付けてある一本の木の棒だ。それは俺が子供の頃から練習に使っていた木の棒だ。

 森で拾ったただの枝、武器として使っても攻撃力も上がらないし、何の効果もない。


「邪魔にしかなんないと思うんだけどな……」


「何を言っているのですか、この宝剣にはお兄様の血と汗と努力が染込んでいるのです。この世のどんな聖剣や魔剣より素晴らしいアイテムですわ」


「お、おう。そうか……」


 本人が気に入っているなら触れないでおこう。ベガのステータスならどんな武器を持とうが誤差の範囲だ。


「じゃあベガの武器は買わなくていいのか?」


 旅立つ時に父さんから武器を買うためのお金を貰っている。まずは武器屋のある村に向かい、そこで装備を整える予定だ。


「はい、私にはお兄様愛用の木の棒と、お兄様のかけ布団を縫い直して作ったローブがあります。この最強装備を上回るものなどこの世に存在しませんわ」


「そのローブの色と柄どっかで見たような気がしてたけど俺の掛布団だったのか」


「はい、これでいつでもお兄様に包まれていられますわ」


 武器だけでなく防具も不要か。この先学園生活の中でも何かと金は必要になるかもしれないし節約出来るに越したことはないか。


「それでこれからどうしますの? わたくしのゲートを使えば今日中にもクザス学園には着くわけですけども」


 それだと早く着きすぎてしまう。徒歩の旅で間に合うように村を出たのだから。


「このまま普通に歩いていくよ。もし間に合いそうになくなったらベガに頼ることにする。ここから俺の異世界生活がようやく始まるんだ。どこまで自分の足で行けるのか試してみたいんだ」


「分かりましたわ。頑張ってください、お兄様」


 


 それから二日して次の村に着いた。さっそく武器と食料を調達しよう。ついでに道中で倒したモンスターの一部も売れるなら金にしたい。


「いらっしゃい」


 武器屋に入る。店員のドワーフが挨拶をしてきた。カウンターにモンスターの角や皮、牙や爪なんかを置いていく。大きな街の商店ならともかく、この辺の村なら物々交換でも嫌な顔をされることは無い。


「これで剣を一本と防具を買いたいのですが…… もちろん足りない分はお金も出します」


 渡した素材もこの辺に出るモンスターだし珍しいものは無い。大した額にはならないだろう。


「そうだな……、これならここからここまでってところだな」


 店の入り口付近の一角に案内された。何の装飾もされてないシンプルなデザインの剣が並んでいる。店の奥には特殊な効果を持った武器や、派手なデザインのものの見られるが、ここにあるのは安さと実用性だけを求められた武器たちだ。その中から柄の握りぐわいや振った時の重さなどしっくりくるものを選ぶ。

 長剣を一本選んで手に取る。次は防具、モンスターの皮を使ったジャケットだ。軽くて丈夫、そして値段も手ごろだ。これならちょうどいいな。


「これを下さい」


 店員に選んだ品物を渡す。その時に店員の後ろの棚にあるものが目に入った。

 ブレスレットやイヤリングといったアクセサリー類が置かれた棚だ。その中に白鳥のヘアピンが目に留まる。なんとなくベガに似合う気がした。


「これも下さい」


 そのままヘアピンも買う。俺ばかりが装備を買ったら悪いもんな。ベガにも何かあげなければ。


「はい、やるよ」


「ありがとうございますお兄様。でもよろしいのですか?」


「俺達の装備のためにって父さん達が用意してくれた金なんだ。ベガにも何か買わないと不公平だろ」


 ベガが鏡の前に行き、さっそくヘアピンを着ける。とても嬉しそうだ。


「どうですかお兄様?」


「うん、すごく似合っているよ」


「えへへ。大切にしますわ」


 うん、こんだけ喜んでもらえるならやっぱり買って正解だったな。

 購入したものをさっそく装備し武器屋を後にする。腰にかかる武器の重みがまだ慣れないけど、ようやくここから俺の異世界生活が本格的に始まる気がしてワクワクしていた。

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