第3話 五歳 夏のある日

 この世界に来てから五年の月日がたった。今ではこの世界の言葉もだいぶ理解できるようになり、普通に生活できている。


「あらデネブ、ベガまた森に行くの?」


 畑仕事をしている母親が俺達の姿を見て訪ねてきた。家は農家なので畑で野菜を育てている。父親や兄の姿も見えるが、黙々と作業を続けている。ちなみにデネブはこの世界での俺の名前だ。ベガっていうのは女神の分身である妹の名だ。ちなみにこの世界では苗字というものが高い身分の人にしかなく、俺はただのデネブだ。


「うん、僕たち冒険者なの」


「なの~」


 その辺に落ちていた枝を持ちやすいように削っただけの木の棒を掲げて伝える。


「フフフ、そうなの、モンスターに気をつけてね」


 母親が面白そうに笑っている。ただの子供の遊びだと思っているのだろう。実際は森からさらにベガの移動魔法で別の場所に行って剣の訓練をしたり、俺でも倒せそうなモンスターと戦ったりするのだ。


「うん、わかった」


「かった~」


 母親に手を振って森に向かう。この森のモンスター程度でベガを傷付けるとは思えないが、母親はベガの強さを知らないし、ただの五歳児だと思われるように生活してきたので心配になるのは仕方ないだろう。

 森に付いてから周囲に人が居ないのを確認し移動用の魔法を発動する。目の前に鳥居が現れる。鳥居の向こう側には全く違う場所の景色が広がっている。


「さ行きましょうお兄様」


 ベガが先にくぐる。後を追って向かった先はどこかの街の路地裏だった。


「あれ、ゲートって街の中には道を繋げられないんじゃなかったけ?」


 ゲートというのは移動用の魔法の事だ。異なる二か所の空間を一時的に繋ぐ穴を開くことが出来る。これも補助魔法に区分されている魔法なので俺もその内に覚えられるのではとベガに詳しく聞いていたので知っている。


「たしか神様がゲートを悪用して泥棒や人さらいが出来ないようにいくつか制限があったよな」


「はい、所有者のいるエリアにはその所有者が許可した者しか入る事が出来ないってルールや、ゲートを開くのに使う魔力は行き先までの距離やゲートの大きさ、そのゲートを通すもののサイズや重さ、維持している時間でどんどんと増えていくルールですわね」


「そうそう、で街はそこに住む人の物と考え三世代以上に渡ってそこに住んでいる人以外はそういう人に許可をもらわないと街の中にゲートを繋げられないんだよな?」


 ゲートを使える旅人のために村の入口に「ようこそ○○へ」とか「ここは○○村ですよ」とか言ってゲートの許可出す仕事の人とかいるけど、それだってちゃんとした身分のある安全な人にしか許可を出さないはず。五歳の少女にそうそうゲートの許可は出さないだろう。


「それはだってお兄様、今は分かたれたとは言えわたくし元女神ですわよ。ここに住む人間どころか、この世界創った本人から少しぐらいならいじってもいいって許可をもらっていますの。ゲートくらいどこにでも繋ぎたいホーダイですわ」


 さすが女神の分身、何でもありだな。


「それで、今日は何をするんだ? なんだか大きい街に来たみたいだけど」


 遠くに城のような建物も見える。もしかして城下町に来たんだろうか。


「ここはわたくし達の暮らすシュナン王国の王都ですわ。今日はここの図書館で魔法を学ぼうと思いまして。王都なら貴重な書物も色々とあるので」


 魔法は初めてだな。前に魔法を教えてくれって頼んだ時は「魔力量が足りないからまだ無理だ」と言われたんだ。その時より魔力量が増えたんだろうか。


「でもさすがにこの見た目じゃ貴重な本は借りられないだろ」


 五歳児が魔導書を見たいですなんて言っても断られないかな?

 それともエルフやドワーフといった長寿な種族の中には見た目が子供でも中身が二十歳越えてたりする奴もたまにいるから以外と大丈夫だろうか?


「大丈夫ですわ。幻術で見た目を大人に変えますから」


 二人の姿が変わる。オーガ族ではなくヒトの青年だ。前世の俺の姿に似ている気がする。持っていた木の棒も青銅の剣に変えられている。ベガの方もどことなくヘメラさんに似ているな。耳が尖っていて白目の部分がほとんどなく高身長、この特徴はエルフだな。


「では行きましょう」


 ベガが俺の手に抱き着き引っ張る。恥ずかしいので外そうとしたが、見た目ではわからないだろうがとんでもない怪力だ。外せそうにない。


『何を恥ずかしがっているのですかお兄様? 兄妹が仲良く街を歩いているだけではないですか』


 ベガが言葉を使わずに話しかけてきた。二人が持つ特殊なスキル『双子の共感』だ。この力も五年でだいぶ成長した。最初の頃は考えている事が全て相手に伝わっていたが今では伝えたいと思う内容だけを相手に伝えられるようになった。


『兄妹の散歩なら腕を組む必要は無いだろ』


 なんとなく脳内で返答する。


『わたくしだって女の子ですのよ、デートの真似事だってしてみたいですわ』


 この世界に来て五年、ずっと俺の娯楽に付き合っていて、それ以外の時間は家族にバレない様に子供のフリだもんな。たまには彼女のやりたいことに付き合ってやるのもいいか。


『わかったよ。ベガにはいつも世話になってるからな』


『そんな優しいお兄様が大好きですわ』


 腕にかかる力が強くなったのを感じた。


「さ、図書館はこっちですわ。行きましょうデネブ」


 デート気分を出すためか呼び方をお兄様からデネブに変えているのか。


「あーはいはい」



 そんなわけで図書館に着きましたとさ。向こうの世界では図書館なんて小中で利用する必要のある課題が出た時くらいしかし行かなかったな。


「そーいえばこの世界にも学校ってあるのか?」


 村にはそれらしいものは無かった。読み書きは村で薬師をしているお婆さんが村の子供達を集めて教えていたがそれは学校と呼べるものじゃない。農業や狩の仕方は村の大人達が教えてくれていたが兄さんが学校に行っている所は見たことがない。


「ありますよ。この国だと『クザス学園都市』ですわね」


 学園都市とはたいそうなもんがあるんだな。


「そこでは騎士や商人、冒険者や鍛冶師といった国に必要な人材を育てるために作られ、試験に受かれば誰でも入学できますの。この学園で才能ありと認められた者には授業料の減額や免除がなされ、将来的に国の重役に付くことが約束されると言われてましていますわ」


「なんだか面白そうだな。家はアル兄さんが継ぐし、その内に家を出ていく必要があるからな。大きくなったらそこに行くのもいいかもな」


 実家は長男が継ぐことになっている。次男の俺やベガは兄が結婚した時に村の中に家と土地をもらいそっちで暮らす事になっている。それなら学園都市に行った方が面白そうだ。


「その時はもちろんわたくしも一緒ですわよね?」


「すきにしろよ」


 家を出てくのはベガも一緒だ。その後を村で暮らすも俺と一緒に学園に行くのも自由だろう。


「ではお兄様はここにいてください。わたくしは本を取ってきますわ」


 ベガが嬉しそうに離れていく。空いている席に座ってベガが戻てくるのを待つ。

 五分くらい経っただろうか、本の柱が向かってきた。ベガだ。彼女が何十冊もの本をもって戻ってきたのだ。


「そんなに読めないぞ」


 日が落ちる前には帰らないと母さんが心配するし、ゆっくり読んでいる暇はない。


「こっちはわたくしの分ですわ。この世界や国の歴史関係の本ですわ」


 持ってきた本の内三十冊ほどをベガが自分の前に置いた。それでもまだ大量の本が残っている。


「歴史って今更学ぶ必要があるのか?」


 ベガの中にはヘメラさんから受け継いだこの世界の知識がある。転生してからの五年分は俺の周りの出来事しかわからないが、それ以前なら実際に見てきたぐらい正確に知っているはずだ。


「わたくしが知っているのは真実であって、この国で語られている歴史ではありませんの。ですからその誤差をこの機会に認識しておこうと思いまして」


「???」


 それはいったい何が違うのだろうか?


「そうですわね、例えば精霊神が暇を持て余してこの世界の生き物を改造したって話や、その結果神が精霊界を創って精霊神達をそっちに住まわせたって話は聞きましたよね?」


 転生前にヘメラさんからそんな事聞いたな。五年も前の話だからだいぶうろ覚えだけど。


「でもこの世界の人には闇の精霊神が悪意からモンスターを創り出し、それに対抗するために他の精霊神達がヒト族を基準にエルフやドワーフを創り上げたって事になっていますの。そして精霊神達も戦い、その力の余波でこの世界にそっくりな精霊界が生まれ、傷付いた精霊神達は精霊界で息絶え、その血肉から様々な精霊が生まれ向こうの世界で暮らしていると伝わっていますの」


「その知っている情報の違いが語られている歴史との差って訳か」


 認識の違いとか、記録を残した奴にとって都合のいいようにとか、その歴史を解析した人の解読の仕方とかで微妙に違いは出てくるか。


「ところでさ、俺はこの本全部読まないといけないのか?」


 俺の前に置かれた大量の本を見る。こんなに読めるわけがないだろ。


「いえ、まずはこの五冊の最初の部分を読んでください。その中でお兄様が読みやすかったものを教えてください」


「そんなもんでいいのか?」


 最初を少しだけでいいなら一冊五分もかからないだろう。


「はい、そもそも魔法は神がこの世界に干渉かんしょうしすぎた結果、世界の認識があまくなりこの世界に生きるものの意識で容易に地形の変化が起こるようになってしまったので、その対策として作られたシステムですわ。ですから魔法の本質は世界をどう認識し変化させるか、つまりはイメージの力なのですわ。だからお兄様が一番理解しやすい本、つまりお兄様と考えが近い人の本を読んだ方が効率がいいのですわ」


 そういう訳なのでひとまず読んでみる。


「これが分かりやすそうだ」


 ニ十分が過ぎたくらいで五冊に目を通した。その間にベガも三冊読み終えていた。しかも向こうはちゃんと全部読み終えている。速読スキルも高いのかよ。


「でしたらこの六冊も見てください。その中にお兄様に合った魔導書があるはずですわ」


 ベガが俺の前に積まれた本をまとめていく。渡された六冊と選んだ一冊の計七冊以外は必要ないので片付けてくれるようだ。感謝しながら本を読む。

 最初の数ページだけだがどれも理解しやすい。その中で一番しっくりきたものを読んでいく。

 不思議な感覚だ。文字を読んでいるはずなのに目の前に爺さんが立って俺に直接魔法について語っている。そんな気分だ。

 頭の中に魔法の呪文が浮かんでくる。魔力で武器を覆い破壊力を増す魔法、治癒能力を上げて怪我を早く治す魔法。その二つの魔法が使える気がする。


「お……い……ま、お兄様」


 肩をゆすられて呼ばれている事に気付いた。


「そろそろ時間ですわ。帰りましょう」


「え、まだここに来てから一時間も経ってないだろ?」


「いいえ、もう三時間は立ちましたわ。時間がたったのも気付かないのは相性のいい魔導書を読んだせいですわ」


 言われた外を見る。太陽の位置がだいぶ動いているな。本当に三時間ぐらい経っていたようだ。日が沈むまでにはまだ少し余裕がありそうだがそろそろ家に帰った方がよさそうだな。


「うし、帰ろうか」


 本を元あった棚に返して図書館を後にする。どこか人のいない路地裏にでも行こう。そこからベガの魔法で家に帰ろう。


 良さそうな路地裏があったのでのぞき込んでんる。綺麗な服を着た裕福そうな女の子を小脇に抱えた男と、下水道の入口を開けている男。そして周囲を警戒している男が二人、計五人の人間がいた。少女は布で口をふさがれジタバタしている。


「なんだか面倒な場面に出くわしたみたいですわね」


 本当にな。これは誘拐現場を見てしまったって訳かな。見張りの男もこっちに気付き走って近づいてくる。向かってくるなら仕方がない、やるか。


『ベガ、身体強化を頼む』


『はい、お兄様』


 ベガの力で全ての能力が増す。俺のレベルが一だとしたら五十ぐらいまで上がっただろう。ぶっちゃけ負ける気がしない。

 向かってきた二人と、奥で逃げようとしている二人。全部を素手で簡単に倒すことが出来た。気絶はしたが死んではいないだろう。


「大丈夫かい、お嬢ちゃん?」


 お嬢ちゃんと言ったが小学生くらいの見た目だ、この世界では俺より年上だ。今は大人の見た目だからセーフだろうか?

 少女の口に巻かれた布を取る。


「ありがとう。お兄ちゃん強いんだね」


 少女がキラキラした目で見ている。それはそうか、四人をワンパンで一瞬のうちに倒しちまったんだもんな。


「毎日鍛えてるからね」


 本当はベガのドーピングのおかげだけど、少女には夢を見させてあげよう。


「そうなんだ~。私もあれくらい強くなれるかな?」


「そうだね、家のお手伝いをして、良い子に過ごして毎日サボらずに訓練していればきっと強くなれるよ」


「うん、私頑張るね。お兄ちゃんみたいなカッコイイ大人になるの」


 素直ないい子だな。それにしてもこのお嬢ちゃんどうしようか。


「ねえあの男達に捕まる前、アナタはどこにいましたの?」


 ベガが少女と同じ目線までしゃがみ尋ねる。そうか、もといた場所が分かればそこで家族が探しているかもしれないもんな。


「じいやとお洋服を買っていたの」


 じいやと来たか。金持ちそうだなと思ったが本当に良家のお嬢様だったか。じゃあさっきのも身代金とかが目的の誘拐だったのかもな。


『服屋なら商店街のほうに行ってみましょう』


『任せる。俺この街の事はわかんないし』


『わたくしも五年前の情報ですから確実とは言えませんが、とりあえず歩いていればじいやさんを見付けられるかもしれませんわ』


『そうだな、行く先々でこの子を探しているじいやさんについて聞いていけばいいか』


 ベガとの脳内会議を終了し、少女に話しかける。


「そんじゃ、お兄ちゃん達とそのじいやさんを探しに行こうか」


「うん」


 少女を連れて商店街に向かうと、馬車が目に入った。


「あの馬車もしかしてお嬢ちゃんの?」


「うん、そうだよ」


 もしかしてと思ったけど当たりのようだ。


「おじょ~さま~」


 執事服の老人が走ってくる。あれが少女の言っていたじいやさんだろう。無事に再会できてよかった。


「ご無事で何よりです。試着室からお嬢様が消えた時は心臓が止まるような思いでしたぞ」


「このお兄ちゃんに助けてもらったの。お兄ちゃんすごいんだよ、一瞬で四人をパパーンて倒しちゃったの」


「そうですか。どこのどなたかは存じませぬがお嬢様を助けていただきありがとうございました」


「いえ、いいんですよ。たまたま見かけただけですから。無事に再会できて良かったね」


 少女の頭を撫でる。


「うん、ありがとうお兄ちゃん。そうだ、これお礼にあげる」


 少女がペンダントを首から外す。赤い宝石の中に鳥の羽のような模様が描かれている。ずいぶんと手の込んだものだ。宝石の価値とかわからないけどずいぶんと高い物なんじゃないだろうか。じいやさんも驚いて声も出せないといった感じだ。


「いいのか?」


「うん。また会おうね、このペンダントはその約束の印だよ。それまで大切にしてね」


「分かった。大切にするよ」


「じゃあ首にかけてあげるからしゃがんで」


 少女の手が頭に届く位置までしゃがむ。ペンダントが首にかけられた。


「私の事忘れないでね」


 頬に少女の柔らかな唇の感触がした。


「じゃあね、お兄ちゃん」


 少女がすぐさま馬車の中に隠れてしまった。自分のした行動に恥ずかしくなったのだろう。

 少女が居なくなるまで俺はだた呆然と立っていた。


「お兄様、ハーレムを作るのは法律上問題ありませんが、妹枠だけはわたくし以外を選んではいけませんわよ」


 ベガの視線が痛い。なんだか怒っているようだと双子の共感によって理解できた。


「ハーレムや妹枠がなんの事かわからんが、これは幻術で作られた姿だろ。次に会った時にあの子が俺を俺だと気付きはしないさ」


 あの子も今日の事などその内に忘れるだろ。そして別のいい男に出会えるだろうさ。


「それもそうですわね。でもお兄様、女の執念を舐めない方がいいですわよ。女神からの神託ですわ」


 神託ときたか。じゃあこれから気を付けて生きていこう。


「それじゃ、俺達もそろそろ帰ろうか」


「はい」


 予定よりも遅くなっちまった。家に着くのは日暮れギリギリになりそうだな。母さん心配してないといいけど。

 ベガの移動魔法で俺達は無事に家まで帰る事が出来た。ペンダントはベガの魔法で不可視の状態にして首に下げることにした。なんとなく外すのはあの子に悪い気がしたからだ。

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