【 Ogreval――51~】

第51話 ミラ――①



 謁見の間がある居館とは別棟になる門衛棟。

 エルヴァニアの兵士らが詰めるそこも、屋上バルコニーともなれば人の騒がしさからは遠い。


 大地の香りを運ぶ風が、心地良さを伴いそっとでてくる。

 一人たたずむミラ・クルトゥは眼下の街並みを望む。

 暮れる兆しを見せ始めた陽射し。

 和らぎでもあり陰りでもある斜光を浴びながら、ミラは、すうと伸ばす手を空へ向けていた。


 首元までは掛からない栗色の髪が紅くも映る。

 毛先をざっくばらんに切りそろえた髪は、少女の可愛げを隠す凛々しい顔つきも相まって、少年のような活発な印象を与えてくる。

 またそれは、戦闘で支障をきたす身なりに嫌いがあるミラの気質を表すかのようでもあるが、一方で外見にはとんと無頓着な性格を表すそれでもあるだろうか。


 肩を出す一枚布のタイトな上着は、艶と張りのある肌を見せるばかりではなく、膨らむ胸の丸みや引き締まった腰のくびれなど、身体の線をあらわにした。

 対照的に、下半身はぶわりと膨らむ膝丈のズボンを履き、足元は具足で固める。

 それから携える物には、応答が無くなったベネクトリアからの通信機械が収められた巾着袋と二刀の武器がある。

 小物入れである袋は右腰の後ろに。

 二本の武器――二刀のカタナであるそれを、腰に巻く二つのベルト各々に吊り下げ左側のやや後ろに差す。


 こうした風貌の暁騎士オーガの少女ミラ。

 整った面立ちにあどけなさをまだ残すも、生まれてから十六年の歳月でオーガの高みへと届いた逸材でもあった。

 

 そのミラに、年頃の少女相応の微笑みをもたらしたものが、どこからともなく上空からやって来た。

 止まり木に見立てるようにして、小鳥が少女のかざす指に止まる。

 ミラの愛しむような眼差しに見つめられながら、小鳥はちゅんちゅんとさえずり羽根を休める。


――しかしそれも、短い休息となったようだ。


 ミラの止まり木の指から、慌てるようにして小鳥は羽ばたき去る。

 敏感な小鳥は、近寄る人間の気配に耐えきれなくなったのだろう。

 すう、とミラが後ろの降り口を確認する。

 小鳥と違い平然としたその様子から、既に感じ取っていた人影だったか。

 そこには、見慣れた武器を一つ腰から下げるボサくれた短い髪の青年。


「そう。あなたがオーガヴァルの……」


「リアンだ。そっちは」


「ミラよ」


 リアンのだらりと気の抜けた姿と比較すれば、ミラは十分な威圧で向き合ったと言える。


「あー、タイミングが悪かったのなら、謝るよ」


「必要ないわ。それで、私に何か用? 私はあなたに用は無いけど」


 ツンケンととげのある態度はリアンを苦々しくさせ、ポリポリと頭を掻かせた。


「俺もミラに用はないな。けど、シャルテが話したがっていた」


「そう。なら、案内して」


 軽く弾んだミラの声。

 その明らかな変化に、リアンがしたり顔になる。


「やっぱり、シャルテとは知り合いだったんだな」


「当然でしょ。あなたも『倫果の資質を持つ者フォルセティニ』だったんなら、クーシー・シャルテのお世話になったはずよ」


 重々しい喋りに戻し、ミラは冷ややかにそう言い放つ。

 だが、「あなたも」と相手を自分と同列にしたミラが、初顔合わせとなるリアンの過去を知ることはない。

 それでも、暁騎士に至る自身の経緯から、ミラがリアンの過去を探るのは容易いだろうか――――。


 獣人ジュウトの人々が集まり暮らす辺境の地。

 降り積もる雪が絶えない故郷で、ミラは周りから忌み子として嫌われ育てられた過去を持つ。


 眩い光を放ち、事ある毎に何かしら周囲の物を溶かす気味が悪い娘。

 生来から倫果の力、その片鱗を見せていた幼いミラは、集落の者達からそのように罵られ邪険にされた。

 そして、感情の高ぶりにより無意識下で【アカツキ】を高めていたミラが、倫果の力をコントロールすることは難しく、集落の者達同様、自身ですらその眩く光を恐れ憎んでいた。


 年を追う度、ミラは集落での居場所を失っていった。

 母親が病気で亡くなれば、父親からも見放されたミラは孤独となった。

 同じ子供達からは、石を投げられぶつけられた。


 わんわんと泣き叫ぶも、忌み子のミラを助けようとする者など誰一人としていない。まして、石つぶてが身体から放つ赤い光に触れては消えるのだから、なおのこと近寄る者などいない。

 ゆえに必然だったろう。


 誰から言われるでもなく、ミラは集落からその身を遠ざけた。

 行き先があるわけでもなく、集落を離れたミラは、吹雪の中をただただ真っ直ぐに歩いた。

 そして、どのくらいの距離を進みどれくらいの時間が経過していたのか。

 気づけば、ミラは岩肌の影に潜り込んでいた。

 手足の感覚も意識も鈍い様子で縮こまり凍えた。


 きっと年端もいかない子供でも、このまま明日が訪れないこと実感していただろう。そのうえで、もしかするとミラ本人は、悲しさが断たれる命の結末を願っていたのか知れない。

 しかし、ミラがここで人生の終焉しゅうえんを迎えることはなかった。


――迎えたのは、自分を抱きしめる銀髪の女だった。


 暖かさに包まれたミラは眠りにつくのであったが、こうしてシャルテから命を救われる事となった。

 そして、この出来事は単なる偶然でもなく、シャルテの役目であり目的がそうさせた。


 この時既に、シャルテは暁騎士と監視者クーシーの盟約を結ぶ。

 盟約には、アスーニ大陸から倫果の資質を持つ者フォルセティニを発見し報告する義務が課せられている。

 周囲の物を赤い光で溶かす忌み子の噂を耳にしたシャルテは、獣人の集落へ立ち寄りそこからミラを探し求め雪山に入ったのだった。


 倫果の資質は、少女を故郷から追い出した。

 それでも、シャルテを呼び寄せたのはその資質があったからこそになる。

 少女が呪った倫果の光。

 それでも、極寒の中、少女が未来を繋ぎ止められたのはアカツキが寒さを緩和していたからだ。


 シャルテから暁騎士の道を説かれたミラは、この日を境に徐々に倫果の力を受け入れ、今ではオーガの高みへと到達した。また一方で、ミラにとってシャルテと出会ったこの日この時は、リアンにとって大切な姉と別れを告げたその時でもあっただろうか。


 しかしそこまでをミラは知る由もない。

 少女が知るのは、自分を暁騎士の秘境アスガルムへ預け、シャルテが新たなフォルセティニを迎えに旅立った事。

 そして、暁騎士のおさガウの意向で、シャルテがそのフォルセティニと行動を共にする話――。


「でも、オーガヴァルのあなたは……」


 ミラがリアンとの間を詰める。

 汚れのない瞳は、品定めをするようにじっくりと見つめた。

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