第44話 水の王都エルヴァニア



 王が治めし国エルヴァニア。

 王位は何世代にも渡り継承され、現在では数少ない歴史ある国の一つとなるだろうか。


 グックとは比較にならない程の広大な領地は緩やかな平野で占められる。

 青々とした緑地と岩肌を縫う河川など、自然も美しい風光明媚めいびな土地柄であるが、王城を構える王都を始め、近隣諸国との交易が盛んな港を中心に、人々の雑踏で活気を見せる立派な街並みが広がる。

 そしてそれらの都市構造に、豊富な水源を活用した水路があるのもエルヴァニアの特色だろう。


 その自然との調和が顕著けんちょな王都の風情から、水の都と呼ぶ者がいるほどである。

 また、古くから残る水路の渡し舟を使った地域間の交通手段は、地域活性を促しエルヴァニアをより大きな国へと繁栄させた要因でもあった。

 近年では魔導機構の動力を搭載した渡し舟もあり、その仕事ぶりを向上させているようだ。

 お陰で、リアンとシャルテがフローベルの内港からエルヴァニア城を目にするまで、さほど時を要することはなかった。


 遠目に見える城の鐘楼しょうろう

 そこから時を知らせる鐘が鳴る今は、昼下がりといったところか。

 綺麗な水のせせらぎと水鳥のさえずりを足元に、橋げたはアーチを描く石造の頑強なつくりの橋梁。

 通行する馬車や人の気配がないのをいいことに、リアンらはゆったりとした幅員ふくいんの大橋の真ん中を通る。


「この辺の雰囲気は割りと好みだけど、城のほうはあまり気ノリがしないな」


「お前が思うほど、堅苦しい者ばかりでもないぞ」


「雰囲気の問題さ。俺はシャルテと違って、自分の品位をわきまえている」


「ワシと違って、教養とは無縁のお前じゃからのお。しかしながら、これからはエルヴァニアの為政者とともに歩まねばならぬ。良い機会を得たな」


「わざわざそんな機会にすることもないさ。その辺はシャルテに任せればいいだけだからな。俺は常に城の柱とでも遊んでいるさ」


「丁度良い遊び相手やも知れぬな。物言わぬ柱相手なれば、さすがのお前も皮肉を語りようがないしのお」


 楽しそうに言うと、シャルテはてとてと歩くその足を早めた。

 リアンは億劫おっくうな様子で付き従い、石畳を静かに踏み鳴らしてゆく。


 二人の顔が上向く先では、もう間近にと迫った王城がそびえる。

 息をのむような壮麗さの白き城。手前には、綺麗に加工された石を積み上げ造られた城門が待ち構えていた。

 垂れ幕には、国章の一角獣が描かれている。

 その下の門扉は引き上げられ、大きな口を開く。

 ただし、扉の代わりと言わんばかりに、槍を携えた三人の若い門兵らが鎮座ちんざする。

 そして。

 一人は様子を見守るようにして遠巻きに。残り二人が先程より近づいて来ていた者達の前へと立ち塞がるようだ。


「ここより先はエルヴァニア城内になる。遠慮願おう」


「シャールウ・シャルティアテラじゃ」


 自分の名を告げれば、シャルテは事もなげに門兵達のあいだを進んでゆく。

 すると、カシャカシャ身を包む装備品を鳴らす兵士らから進路上へと回り込まれる。

 慌てた様子の相手へは、ぱちくりとしたまなこ


「なんじゃ」


「なんじゃ、じゃない。あまりにも堂々と通ろうとするから我々のほうが驚いたくらいだぞ」


「ここから先は通れないって、コイツが言っていたのを聞いてなかったのか」


 門兵の一人が親指を使い、困惑していた同僚を指差す。

 ふむ、とシャルテは小さくうなずく――のであったが、それが兵士二人の目に留まることはない。

 彼らの視線は銀の頭を通り越し、近寄るリアンを注視していた。


「俺達は観光目的の旅行者じゃない。ここへ用件があって来た。俺達が来ることはあらかじめ伝えていたと思う。そうだよな、シャルテ」


「うむ。ならば今から伝えてもらうとするかの。……本来なら、そのような手間もいらんのじゃがな」


 シャルテは正当性じみた言葉を付け加え、このように言うのであったが。

 バツの悪そうなリアンを見るに共感を得ることはないようだ。

 それは相対する二人の兵士も同じようで、


「悪いが、君達のような訪問があるとは聞いていない。そして、我々の仕事は君達の伝言を受けることじゃない」


「不当な訪問者を追い返すのが、俺達の仕事ってことだ」


 ガンとして壁になる態度から、取り合うつもりがないことが分かる。


「あー、なあ、あんた達。銀の妖女って知っているか。たぶん聞き覚えがあるはずなんだけど?」


「ワシを幼子にしてどうする。銀妖精の魔女じゃっ」


「その名の知れた魔女がここにいるんだが。それでもここを通して……くれる気はなさそうだな」


 リアンの前では、きょとんとした兵士ら。

 ついでに隣では、兵士らの反応にむっとする魔女。

 素性を分かってもらえれば――そう思い立ったらしいリアンであったが、状況が好転することはないようだ。


「自称、銀妖精の魔女様はどうする? どうやら俺達はここを通してもらえないようだ」


「どうもせんわっ。門兵らよ、少しばかりそこで待っとれっ。まったく……まどろっこしいの。どいつもこいつもワシの名をないがしろにしよってからに……」


 ぶつぶつ言いながら、シャルテはきびすを返す。

 そのままリアンを引っ張るようにして、兵士らから距離を置いた。


「あやつらの教養の無さを責めたところで事態は変わらぬ。ちとしゃくだが、ここはお前の力を借りるとしよう」


 うんしょと背負う長物が下ろされ、ほれ、と投げ渡された。


「門兵どもにお前のアカツキを見せてやれ。城の者なら暁騎士オーガが力になる伝えは耳にしているはずじゃろうからな」


「いいのかよ」


「構わん。ここはもうエルヴァニアじゃ。ガウから課せられていた封は解かれている。大体、いつまでそれをワシに背負わせておく気じゃ。ワシはお前の小間使いではないぞっ」


 文句の後すぐ、待たせたなとばかりに再び門兵らとシャルテが向き合う。

 腕を組むその傍らに、躊躇うような足取りでリアンが並ぶ。


 そして。

 帆布はんぷの口紐が解かれ、中身のカタナがその柄の部分を露出させたところで――。


 ピーッ、ピーッ。

 辺りに甲高い笛の音が響いた。


 一歩引いたところから事を成り行きをうかがっていた兵士が鳴らしたその警笛は、城門の中から颯爽さっそうと駆けつける多くの兵士達を呼び寄せた。

 リアンとシャルテがみるみるうちに取り囲まれ、槍を突きつけられる。


「あー、抵抗する気はない。それだけは言っておくよ」


 カタナを構える暇もなかったリアン。

 案の定といった具合で、両手がこぢんまりと上がる。

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