第36話 暁のオーガヴァル――②
風を切る拳の連撃。
事象としても虚空を切り裂くそれを、刀剣の返す刃が弾き返す。
宿る暁の輝きが水しぶきのようにして散る。
その奇怪な音と光の衝突の中、キキン、キキンとぶつかり合う金属音。
交わり弾けるガントレッドとカタナ。
再戦となる両者の戦いは、互いの【アカツキ】の力により一進一退の攻防を可能とした。
「なかなかによおお、楽しませてくれるううう、じゃあねえかっ」
ゾルグが吠えた。
巨躯を覆い被せるかの如く放つ拳が、烈火の一撃を生む。
リアンの胸元目掛けて届いた重い打撃。
刀身を立て防ぐリアンの身体が後方へと持っていかれる――否、自ら飛んだのか。
瞬発的跳躍は、剣技の間合いとは程遠いゾルグとの距離を作る。
ズザザザ――ッ。
リアンは踏ん張る足で地面を削り対峙し直す。
紋章を浮かべる右手は、暁色をゆらゆら燃やす刀剣の切っ先を下方へ向ける。
「強いな。さすがに今のは、いなせなかった」
冷静さの表れでもあるそれも、普段のリアンからすれば冷徹な声音に聞こえた。
リアンは、ゾルグのような自分を遥かに上回る体躯から繰り出される重い攻撃をまともには受けられない。
ゾルグのアカツキは干渉直後に消滅を残す。
それをリアンはカタナに
衝撃を受け流すようにカタナを振るい、体幹を捉えられないよう常に身を移す。
それがリアンの戦い方であった。
「ゾルグ。あんたのアカツキを感じ取ったうえで、俺はあんたの存在がここにあっちゃいけないものだと判断した……あんたはグックのみんなを悲しくさせる」
力強くも粛々と。
リアンの前進がゾルグへと続く。
「えらくご機嫌な喋りをくれるじゃあねえか、ええ?」
「……きっとあんたは出会わなかっただけだ。俺みたいにオーガの存在を知ることができたなら、そんなアカツキの使い方はしなかっただろうし、そんなに苦しむアカツキを使うこともなかった。だから」
「何が言いてえのか知らねえがっ。皇国将軍であり、オーガとなった俺様が必要とする存在は今ここにあるんだぜ。日に日に増すこのアカツキの疼きも――っ、オーガを越えれば完全に俺様のものになるっ」
大きく上下に揺れる肩。
荒く吐かれる息に赤い光の煙を混ぜながら、ゾルグの方もズシリズシリと前進した。
リアンが苦しみと見た鬼のような形相に、怒りが色濃く刻まれる。
「もう終わりにしよう、ゾルグ」
「終わりだあ? 勘違いしてんじゃあねえええぜ。貴様のオーガの力は俺様より上でも同じでもねええっ。気付いてないと思ったか。ええ? 貴様は俺様からカタナを掴まれることをよお、恐れているよなあああっ」
ぐん、と膨大になった圧迫感は大気を震わせた。
大木でも打ち付けたかのようなゾルグの踏み出しは地面を砕く。
刀身を包む光をより一層輝かせたリアンは、既に相手の間合いに潜り込んでいる。
両拳を開き掌底の構えとしたゾルグを、切っ先を後ろより
そして右から胴を薙ぐ軌道のそれが、一瞬にして反転する。
フェイントと呼べるものでもあり、剣技の初動でもあった。
リアンの身体が左足を軸に回る。
回転に追いつくようにして、右胴部へのものだった薙ぎが左上部――ゾルグの肩から切り下ろす斬撃として放たれた。
暁色の残像だけが
――だが。
ゾルグ顔の横。
ぴたりと止まるリアンのカタナ。
刃は赤い灯火の右手に掴まれ、微動だにしない。
「俺様の勝ちだぜええ。貴様に次はねえがっ、俺様にはもう片方のアカツキがあるっ」
諸手のアカツキの特性。
一刀のリアンと異なり、ゾルグは自由になる赤い左拳を持つ。
ニヤリと笑った鬼の顔――そしてそのまま、相手を穿つ拳が繰り出されることはなかった。
ゾルグの眼前にはリアンの後ろ姿があった。
一度止まった回転が再び起きていたのだ。
たとえ刀身を抑えられようと、リアンは回っていたのである。
それはつまり、ゾルグの拳を物ともせず、硬い鎧も物ともせず、肩口から斜めに逆側の腹へと切り下ろす、
すう、とゾルグを分かつ赤い境界線。
互いにズレ合う部分から、ぼふうと吹き出す閃光。
ゆらゆらと燃えるような光は上下に広がりゾルグを包み込む。
微笑みを携えたまま、皇国将軍ゾルグの存在が
リアンのカタナから暁の光が、しゅっと失せる。
「勘違いなんてしていないさ。俺は
リアンは背後の虚空へと言葉を投げ、戦いの終止符を打つ。
それからそこへ、シャルテが歩み寄った。
「練度によりアカツキの高さも異なる。アカツキの性質に同等以上の発想がない時点で、あやつの敗北は決まっていたようなものじゃな。ま、偽りのオーガゆえそれを知ることも叶わぬが」
「けど、知らずにあそこまで
突如身構えたリアンが、周囲を見回す。
目を凝らせば見える程度の黒い塵が無数に浮遊していた。
それが段々とはっきりとした形で風に混ざる。
「なんだこれは!? ただの黒い塵じゃない。寒気のような変な感覚が強くなる。何の現象だ、シャルテ」
「分からん。じゃが、気を抜くな。確実な異変じゃ。ひしひしと嫌な勘が働きおる」
足元に魔法陣を展開させていたシャルテ。
リアンのカタナにはアカツキが再び灯る。
黒い塵が渦巻く。
その範囲は魔力炉の屋上全体に及び、中心となる場所へ集まるようにして流れている。
「……そういうことであったか。ゾルグは先天性ではなく後天性。ただの倫果の資質を持つ者ではなかった。偽り者は暁騎士が――それが習わしじゃと。くぬ、ガウの奴めっ、よくもぬけぬけと。『監視者』の盟約を結ぶワシに隠しておったなっ」
一人得心した様子のシャルテが、歯を噛み締める。
そして、周囲の更なる変化を察したリアンがシャルテに声を上げる。
リアン達を遠巻きに囲む者達。
初めは少年ニイオであった。
なんだか急に具合が悪くなった、と父親に告げた直後その腕の中へ倒れ込んだ。
それから次々に蒼白な顔と耐えるような汗を流し、『革命の民』が地面へと伏せた。
その対面側でも、皇国兵達がガチャンガチャンと魔導銃を落とし、同じく地面へと膝から沈んだ。
「シャルテっ」
「案ずるな。おそらく塵に混ざる倫果にアテられ、気を失っておるだけじゃ。それよりも、集中しろリアンっ。生半可な事では切り抜けらぬ危機が現れようとしとるっ」
尖る早い口調がシャルテの焦りと恐れを伝える。
注意を促す場所では塵が黒い帯となる。
リアンがゾルグを討ち果たしたそこに、質量を持つ影が生まれようとしていた。
立ち昇る
足元からと呼べるように、そこから形成されつつあったのは人影。
集まる黒い塵が帯状となり、それが巻き付くようにして人と
「やはり現し世に還るか……
シャルテが忌々しげに漏らすのと同時に、リアンが切っ先を向ける。
ミストの中には、相手として認識できる男が
絡まるように伸びた黒く長い髪。
面立ちを隠すそこからは、赤くも見えた眼光。
深く深く息を吐き、男は空を仰ぎ見た。
天を
一糸まとわぬ上体の体つきは、鍛え抜かれたもの。
その浅黒い身体を、常に漂う黒い揺らぎが衣のようにして覆う。
「――その烙印。
見開かれた男の瞳は朱色を放つ。
凍るような声――そして、僅かながらに微笑む。
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