第29話 作戦始動――①



 バサリ――。

 フクロウが一羽、ネズミを咥えたまま翼を広げ夜風に乗る。

 先祖の記憶でもあるのか。遠い昔は住処の森であった土地を、奥底に憂いを映す夜目で見るようだ。


 狩りを終えたフクロウが『魔力炉』を通りすがる。


 高い壁の上では明かりがかれ、外部を照らす。

 その外壁に囲まれるようにして、中庭を挟み黒い金属で覆われる建造物。


 自然界では見ない角張る巨大な岩を眺めたフクロウは、次に帰る森への道すがら、人間の穴蔵を発見した。

 木々で覆われていたそこは、普段は人間の姿など珍しい森への入り口。

 フクロウの大きな瞳孔が捉えた先では、集まる人間達がその穴蔵を使い地中へと消えてゆく。




         ◇ ◇ ◇




 皇国の意にそぐわない者達で多くを占め、グック独立派組織『革命の民』の実質的なリーダーであるカルデオも囚われの身となった収容所。

 そのカルデオと奇しくも一緒に投獄されることとなった青年リアン。

 一方リアンの行方を追う旅の連れシャルテは、収容所の解放を企てる『革命の民』と行動を共にすることとなる。


 収容所解放に向け、またグックから皇国の脅威を取り除くべく、独立反対派の者達も加え『革命の民』は作戦行動へ移った。

 作戦は、収容所解放の鍵となる『魔力炉』への襲撃とそこにある精製装置の破壊を目的とする主力部隊と、解放された収容所の者達を援護する増援部隊の二部隊に分かれる。

 主力部隊は『魔力炉』中枢へ通じる地下道を進行し、増援部隊は夜明け近くになるであろう予定時刻まで収容所付近にて潜伏する。


 そして、主力部隊に加わるシャルテ達は、現在地下通路へ降り立ったところであった。

 本来の出入り口とは違う地下道への侵入口は、皇国に気づかれぬよう秘密裏に掘削して繋げた穴蔵。粗い施工の竪穴たてあなを降りれば、古さを十分に感じるものの、石造りでしっかりと補強された隧道トンネルへと出た。


「カビ臭いと申すか、辛気臭いと申すか」


 アーチ状の通路。魔術の光源を頭上にシャルテが言う。


「嬢ちゃん、こっちだ」


 奥の方へと反響したダリーの呼びかけに、水を張る路面がピチャピチャと音を立てた。

 また、そこには水の音を打ち消す、カチャカチャとした魔導銃の金属音やカシャカシャとしたハシゴなどの補助道具の音もあった。


「まったく、この街に来てから走ってばかりじゃのお」


 ナムの差し出す手を断るシャルテを始め、通路の集団は小走りでぞろぞろと駆ける。


魔人マトは体力不足だからな。なんなら俺がおぶってやってもいいんだぜ」


「お主の背中は既に占有があろう」


 シャルテが指すのは、大男の背中一杯で担がれた木箱。

 精製装置を破壊する為の爆弾が梱包されており、並走するダリーの物の他に後二つほど運ばれている。


「箱の上にどうだって話だ」


 相手を思いやる節など見られない笑いが浮かぶ。


「鉄板すら割く威力の爆発を引き起こす魔導機構なのじゃろ。そんな物騒な物の上に座ってたまるか」


「起動ピンを抜かなきゃ大丈夫な代物だ。幾らこっちの遠隔起爆装置を押しても反応しねえよ」


 ダリーは懐から取り出し手にするこぢんまりとした機器をシャルテに見せつける。

 そうしてから、指先にあった突起物をカチリと鳴らす。


「ぬおお、何をやらかしおるっ」


 背中の長物をバタつかせ、短い織物の丈から生える生足が海産物のたこのようにして踊る。

 からかうダリーからはそう見えただろう慌てふためき倒れ込む身体を、前へ前へと押し出しシャルテが駆けた。


「かっかっかっ、頑張って走れよ嬢ちゃん」


 ダリーの励ましは、反響して通路を愉快に走る。






 地下トンネルの終点であり、施設の床の真下となる場所。

 レックスら独立反対派や、まだ少年と呼べるナムの姿も混ざる『革命の民』が天井を見上げていた。

 天井には、帽子を深く被る男の指示のもと設置された『魔導爆弾』がある。

 リングの中に収まる本体機器は、木箱の容量からすると拍子抜けする大きさだ。

 ハシゴを使う男がそこから起動ピンを抜く。

 小さく点灯していた赤色が緑色に変われば、爆発に備える周囲の者は顔を引き締め手にする魔導銃を構え直す。

 気を引き締める仕草は、ここに至るまでの僅かな心のゆとりさえも許さないものだった。


「いいか。兵士だった俺からの助言はたったひとつだ。生きて帰らにゃ家族や恋人には会えねえ」


 ダリーなりの鼓舞が告げられると、帽子の男がエリサラへと視線を送る。

 合図にエリサラは起爆装置のスイッチを入れた。

 空気を震わせた短い衝撃の後には、ガラガラぱらぱら硬い破片を落とし開口部が出来上がる。


 手際よくハシゴが掛けられ、魔力炉部隊は迅速な動きで駆け登った。

 そして――警戒と緊張の糸が張り巡らされた。


 ダリー達が踏み込んだ場所には、重厚な鉄の扉が二つあった。

 部屋とは呼べなくもない正方形の空間ではあったが、その飾り気のない装いと広ささから、役目としては別室と別室を繋ぐ為に設けられた場所のように思える。


「ここの深さはまだ地上ではないし、丈夫な造りが幸いしたわ。これなら爆発の衝撃もそう遠くまで伝わってない気がする」


 状況判断を口にするエリサラには、すかさずダリーからの合図があった。

 エリサラ手が鉄の扉の際にあるレバーを下げる。

 ガラガラと歯車が駆動するような音を立て、重々しい扉は引き上げられていった。

 開扉された二つの出口からは、点々と明かりを灯し、金属板を張り繋ぐ通路が延びる。

 部隊の最終目的地点は、ここからそこを通り上層へと上がった機関制御室――であるが、目を配るダリーは通路の奥ではなく向かいの男を見た。


「レックス。ここを死守する必要はねえからよ。危なくなったら、地下道から退避してくれ」


「ああ、それは承知している。だからなるべく早く戻ってこいよ」


 レックス達数名を開口部の守りとして残し、ダリー達は施設内へと侵入してゆく。

 誰に確認するでもなく、シャルテもその後を追う。



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