第28話 訪問者
――シャルテは腕を組みじっと見つめていた。
彼女と同じく机上をのぞき込む顔ぶれには、ダリーはもちろんのこと、エリサラや帽子を被る寡黙な男など、シャルテだけでなくリアンとも一度顔を合わした者達が多い。
更には、お揃いの腰巻きを巻くナムを後ろに控えさせる父親らしい男も並ぶ。
ここにカルデオの姿はないが、彼らが『革命の民』の主要メンバーなのだろう。
そして、誰もが注目するのは机上に敷かれた大きな図面。
中央に、外壁に囲まれた『魔力炉』の構造を記す。
現在は皇国の支配下になる施設内部の奥深い場所――核となる精製装置のあるそこからは、各施設へと外形線が延びていた。
「収容所を襲撃するものとばかり思っておったが、”魔力炉”の方が都合が良いのか?」
「色々とな。それでもよ、収容所の方にも作戦部隊は送る。つまり二つの部隊による作戦ってえことだ」
ダリーはシャルテの目を引くようにして、図面のある一点に無骨な指を置く。それから、つうーと延びる線をなぞるようにして動かす。
「これが魔力炉から収容所へ魔力を送るパイプラインだ。重要な施設なんかにゃ、これを使って直接魔力を供給している。それでよ、収容所の奴らを解放するには、壊すのに厄介な牢屋の魔導障壁やら何やらを排除しなくちゃならねえ」
「ふむ。つまりそれらの動力となる魔力の供給を絶つということじゃな」
「そういう事だ。魔力供給が無くなれば、収容所は機能不全に陥る」
「……ならば、それゆえ重要な供給元なればこそ、魔力炉は堅固な守りではないのか。いかに厄介な魔導機構があろうと直接収容所へ乗り込む方が、勝算が高いように思えるが」
説明に理解は示しつつ、シャルテが小さく唸る。
それで、シャルテの意見に応えるのはエリサラのようで――、
「飛行機器があれば別だけど、収容所への出入り口は実質正面からの一箇所。制御室は高層の建物の中間に位置し、そこを乗っ取れれば話は早いんだけれど、私達の戦力じゃ、警備の皇国兵を倒しながら何層も登って行くのは到底無理」
「魔力炉も似たようなものじゃろ。縦には高くないが、図面を見るに相当広く複雑な構造に思える。戦力不足ならば、
「そこがいいのよ。広さは向こうのネックなの。複数の侵入経路があれば、皇国はすべてに警備を配置しないといけない。そして、それは外壁周りに集中していて、内部の施設は手薄になっている」
「いかにも、内部への侵入が容易と言わんばかりじゃの。まさか、誰にも見つからず、ぽんと施設に出られるような都合の良い秘密の通路があるなどと、言うのではなかろうな」
あざけるシャルテに、エリサラはダリーへと話を譲る。
大男の意地汚い笑みがあった。
「そのまさかだ、嬢ちゃん。俺達には精製装置のあるフロアの真下へと抜けられる地下道がある」
「ほう」
「その顔になる気持ちはよく分かるぜ。そんな物がありゃ皇国が放置しとく訳はないってんだろ。ただよ、秘密なんだ。発見されないよう、地下通路の先は床の下に隠されている」
小声になるダリーはその後の質問も見越してか、情報の信憑性をシャルテに説明した。
地下道の存在は『魔力炉』建造に立ち会った者しか知らないものであり、今それを知るものは一部の限られた者。
そしてその者は、皇国側の動きを『革命の民』へと知らせる内通者の役も担う者。
「あそこはよお、要塞としての役目もあったようだ。戦時に指導者や要人が集まったり、そこから避難できるよう地下道は設けてあんのさ。だからよ、グック王家の血を引く俺達のレイニード代表は知るわけだ」
「なるほどのう……思うところはあるが、疑いだしたらキリがないゆえ地下道の件は良しとしよう。して、魔力炉の方が都合が良い色々の他の色はなんじゃ」
ダリーの指が再び図面の上を走る。
数カ所の施設とそこから延びる線の集合地点。
「魔力炉の精製装置自体を叩けば、関連した施設全部が大打撃を受ける。もちろんそれで、魔力補填が必要な魔導機構絡みの物はいずれ使えなくなるが、皇国側の魔導銃の数を考えりゃ、影響は俺達より、あっちのほうが深刻になる」
「すなわち収容所と解放すると同時に、作戦後の本格的な皇国との戦いを想定しての工作も兼ねていると言うのじゃな……」
「理解が早くて助かるがよ。どうした、えらくしょぼくれた顔になったじゃねえか。俺達の作戦がそんなに気に入らねえか?」
「当たり前じゃろっ。ワシらがこの街へ立ち寄ったのは飛行船が目的なのじゃからな」
ぷう、と膨れる頬。
図面には飛行船乗り場と『魔力炉』とを結ぶパイプラインがある。
それはダリー達『革命の民』による収容所解放作戦成功の後には、飛行船そのものが使えなくなることを示す。
「ワシは海上での旅を勧めたというのに……飛行船に乗ってみたいなどと子供のような
「賢い嬢ちゃんなら、言わなくても分かるだろうよ」
「収容所は機能不全に陥った時点で、収監者が味方になるの。一方の魔力炉は、地下道があるとは言え敵地のど真ん中へ侵入を試みることになるの」
「俺達が戦力を割くのは”魔力炉”の方だ。よろしく頼むぜ」
ダリーからは頼もしさを求めた要望。
返事には、心底といった様子のため息が送られる。
地下倉庫の隅に寄せてあった酒樽程の大きさの酒樽ではない木箱。
シャルテが何気なく興味を示せば、ナムが精製装置を壊すための爆弾だと得意気に説明する。
しかしながらエリサラから、作戦の
そのような端の一幕とは別に、地下倉庫の主戦場では、ここに集まる誰もが興味を示す光景があった。
シャルテも例外なくである――ものの、そこにて
ただし、独立反対派の主要人物が訪れていることはナムから知り得たようで、ダリーとその訪問者による対話の動向に、遠巻きながら聞き耳を立てるようだった。
「俺達はずっと気掛かりで仕方がなかったからよお……その、来てくれたこと、ありがたく思うぜ、レックス」
「来ざるを得なかったといったところだ。今はお前がカルデオの代わりを務めているのか」
「ま、そんなところだ……」
ダリーのような大男が近寄れば、レックスと呼ばれた男が小柄に見えた。
しかし纏う雰囲気は、名が出たカルデオのような堂に入った風格を感じる。
「ダリー。初めに伝えておくが、俺達は『革命の民』には今も賛同できない。やはり周辺の情勢から、後ろ盾もないまま独立には踏み切れない」
「ああ、十分理解している。だからこそ、今回のことでグックに争いを持ち込んじまう俺達は、あんたを始め街の奴らに顔向けできない」
ダリーがそうであるように、口惜しい言葉に『革命の民』の者達は皆渋い表情となった。
その中心となるレックスの表情も硬い。
「すまねえな……レックス」
「苦渋の決断だとは知っている。そして、レイニード代表の決断だとも知っている。その上でだ」
目元に力が入る顔でレックスはダリーに詰め寄った。
「昼間の広場の出来事で、俺達の考えも変わった。皇国、いやあのゾルグ将軍は脅威だ。この街から皇国を追い出す戦いには、我々も『革命の民』に協力しようと思う。今はグックが一つにならないといけない。これは俺の考えでなく独立反対派の総意だ」
どっと押し寄せた熱であった。
地下倉庫では高鳴る鼓動を抑え付けるような握り拳を掲げ、歓喜を食い縛る顔の面々に溢れた。
「レックス。感謝する」
握手が交わされれば、室内の熱気は最高潮になった。
対立する二つの勢力が、皇国に立ち向かうことを目的に手を取り合った。
「なるほどのお……。行き過ぎた恐怖が、脅威として人々を奮い立たせたか」
壁にもたれ掛かるシャルテは腕を組みながらに呟く。
「さてさて、皇国のゾルグとかいう者はここまで読めた先見の将であろうか、ただの愚者であろうか……」
考えることはできてもシャルテがこれ以上その答えに近づくことはできない。
ゆえに今は、刻一刻と迫る作戦へと気持ちを移すようであった。
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