第25話 収容所――②
リアンは身振り手振りを交えてカルデオに話した。
地下倉庫からの脱出時の詳細、後日広場での騒ぎに遭遇し、それに際してニイオが父親の身を案じている事。ダリーが見せしめとしていたぶられていた事。
最後に、助け出すつもりでいた自分が愚かにも捕まってしまい収容所送りに遭ってしまった事――。
「では、ダリーは無事だということでいいのだね」
「あのおっさんなら、追手がいたとしても逃げ切ったろうさ」
椅子となるベッドへどっしりと腰掛けるカルデオに、リアンは目も合わさず言う。
大方話し終えたと判断したのか。今はカチャカチャ足枷の解錠に忙しい。
「リアン。君には随分と迷惑を掛けてしまったようだが、私の仲間を救ってくれて、ありがとう」
「せっかくの嬉しい気分が、ここに閉じ込められたまんまじゃ台無しだ。だから――」
足も自由となったリアンは次に、前方に広がる一面の『魔導障壁』に手を出すようだ。
ペタペタ
「この透明な膜の鍵穴って、どこにある?」
「残念だが、障壁は制御監視室で解錠する機能になっている。君の腕を試せる鍵自体が存在しない。それとそれも止めておいたほうがいい」
リアンが部屋の隅から、今にも勢い良く駆け出しそうな状態にあった。
「人を監禁する部屋なんだし、俺だって簡単に壊せる物とは思っていないさ。けど本物の壁よりは薄いし、何事もやってみなくちゃわからない」
「障壁に大きな衝撃などの異常が見られれば、制御監視室で警報がなる。そして、皇国兵がここに駆けつけてくる」
「……あーただ、試さなくてもわかる何事があるってことも俺は知っている。あと、明朝まで待てばいいことも、もちろん知っている。つまりそういうこと。……にしても、カルデオはいろいろと詳しいんだな」
『魔導障壁』の突破を諦めたらしいリアンは壁際でころんと寝転がる。
「これでも、一昨日までは収容所の皆を救い出す側だったのでね」
カルデオは苦笑する。
それから、しばらくの密やかな時が流れた。しかしながら、大まかな感覚のそれである。
通路から光を拾う部屋でもあり明かりは不自由しない。だが、窓もなく隔離されるここには外の様子を知る手段がない。
ここで唯一、適確な時間の感覚を計れたのは、カルデオの持つ懐中時計だけだったろう。
時計の文字盤に視線を落とすカルデオ。
頭から、明日未明の『革命の民』による収容所解放作戦が離れないでいるのか。予定の時刻へ針が重なるまで、まだ
すぐ近くでは、退屈の相手に飽きたらしいリアンが、もそもそと動いて
「……どうしてカルデオは、皇国と戦おうと思った」
脈絡はありそうであるも、ふとした尋ね。
懐中時計がカルデオの懐へと潜り込むことで、この部屋は再び対話の時間となるようだ。
「これでも私は争いが嫌いな人間だ。だから戦いを望んだわけではないよ。独立の未来に、彼らが障害となっているだけだ」
「それは……独立はカルデオにとって、とても大切なことだから戦うと決めた」
「その通りだよ。私は臆病な自分を奮い立たせて独立の道を選んだ」
「じゃあ、もしグックの独立が間違っていたら、皇国との戦いもカルデオのその覚悟も正しくないってことになるんだろうか」
相手から視線を逸らす呟きは、リアンの自問と見れた。
それでも、カルデオに答えを模索させたようだ。
「リアン。私の中に正しさはある。しかし、その正しさの真実は私が選んだ道の遥か先にある。だから今は、君の言葉を否定できない。けれども、それでも、私は正しい選択をしたと自分を信じたい」
カルデオは自身へ誓うように言った。
だからだろうか。相手からの頷きはない。代わりに上向く引き締まった顔があった。
力強さと清々しさを
「なんだか俺は、いつの間にか目的と手段を思い違いしていたようだ。カルデオの言葉がそのことを気づかせてくれた」
「目的と手段……君の目的はエルヴァニアに向かうことで、その手段が飛行船ではなかったかい」
「ああ、そうだけど、その目的は俺が正しくあるための手段でしかないんだよ」
小首を傾げるカルデオ。
「とりあえずは、私の言葉が君の笑顔になれたことを嬉しく思うよ。それで、リアン……君の正しくとは?」
「あー、カルデオの話に比べたら、大したことのないものさ」
リアンは
「ここには話すことしか出来ない時間がたっぷりとある。リアン、差し障りがなければ、是非とも君の正しさの話を私は聞きたい」
カルデオの促しに、ひょいと立ち上がったリアン。
伸びをしたかと思うと、
その後で、自分を見つめるカルデオと目が合えば、部屋の壁に寄り掛かった。
「本当に大した話じゃないさ……。カルデオのように、自分から選んだものでもないし、自分の中にあったものでもない」
とぼけた声であり、真面目な声であり――、
「……正しいリアンで悲しさと戦いなさい。俺の正しくはそんな言葉を残してくれた、姉さんの受け売りなんだ」
穏やかな声で、リアンは側のカルデオに語りかけた。
そうして声は、今は遠い――いつかの日々へと繋がる。
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