第2話 兵士と青年と少女と


         ◇ ◇ ◇


 真上に昇る穏やかな太陽の下でのことだ。

 今まさに、小さな小さないざこざが起きようとしていた。


「貴様っ、抵抗する気かっ」

 

 硬質の胸当て腰当てと武装する兵士が声を荒げる。


 構図としては、少年の面立ちも残る青年と歳の頃は十四、五の少女に見える二人が、兵士から魔導銃ライフルを突きつけられていた。

 こうなる経緯は、軍属と思しき兵士の仲間が、対峙している青年の手によって素早く背負われ投げられていたからだ。


――仰向けになった蛙のようにして無様に転がる兵士の片割れ。


 背中から地面へ叩き落され、あえなく意識を手放した。

 優美な鷹の紋章が刻まれるプロテクターの効能も虚しく、起き上がることのない仲間の醜態。

 それを目の当たりにした相方の兵士が、その顔を一気に険しくさせ声を荒げた……そのような場面であった。


「待ってくれ。今のは事故だ。そっちが突然掴み掛かってくるから、つい反射的に。あんたらをどうこうしようと思ってやったものじゃない」


 こぢんまり上がるジャケット革の上着の両袖。

 相手に手の平を見せる青年リアンは、ついで日に焼ける顔で光る白い歯も見せ、にこやかな態度を示す。

 対して兵士の男は、構える魔導銃を更に突きつけることで応えた、


――刹那である。


 青年の真っ直ぐ伸ばす上体が、すうと前のめりになったと思えば、すらりとした体躯が流れるようにして兵士の鼻先へと移った。


 その無駄のない動作の中で、払う左手は向けられていた銃口をいなし、右手の掌底は相手のあごを突き上げていた。

 リアンが意識の刈り取りに成功したのだろう。

 魔導銃の兵士がクタンと地面へと沈み込んだ。


 そうして、二人の兵士が地面で寝転がることになったこの場に向け、


――ため息がつかれることとなる。


 見惚れるような鮮やかな手際でありはしたものの、感嘆と違うそれは、リアンに自身の短い黒髪をポリポリと掻かせた。


 吐く息一つで青年にバツの悪そうな顔を作らせたのは、後方で傍観してした小柄な女子。

 艶やかな色彩の羽織りを帯にてまとめる衣装。

 その背中には、彼女の身の丈程はあろうかという長物が帆布で包まれ背負われていた。

 髪の色も艶やかなもので、髪飾りを挿す紫がかった銀髪。

 長い銀髪は、尖る耳先を見せるようにして左右に一つずつ束ねられている。


 リアンの全体的に質素であり地味な身なりと比べ、何かと特徴的な『魔人マト』である人、シャルテ。

 その白い肌によって際立つ桜色の唇が、愛らしくも大仰に開かれると再び嘆息が漏れる。


「少しは言葉だけで乗り切るすべを学んではどうかの」


「言われるまでもない。俺だって話し合えるものだったらそうしているさ」


 悪びれるでもなく言えば、リアンは『けど』と言葉を継いだ。


「シャルテも聞いていただろ。なんの目的があってここへ来たと尋ねられ、飛行船が目的だと素直に答えれば、怪しい奴め! と問答無用で拘束しようとしてきた。だったら、こうもなるだろ?」


 足元で寝転がる兵士達を見やった後、戯けるようにして肩をすくめてみせる。


「たぶん、質問が家畜の豚がなんて鳴くか知っているか? で、俺がブウブウと答えたとしても、こいつらは不審者と決めつけて、同じように銃口を突きつけてきただろうさ」


「では、次からはモウモウと答えてやるべきじゃな」


「ああ、今度からはそうするよ。でも、その機会は今じゃなくていい」


 彼らが反応した通りの先。まだ遠いと思えるそこから、ドタドタと駆けてくる気配とともに、先程の兵士と同じく鷹の紋章を胸に持つ集団が現れた。

 それから虚空を、雷色の細い光が短い帯を描きながら、ビユンビユンと飛んでくる。

 光線は男達が扱う魔導銃より放たれた魔力の塊であり、対象の捕獲を目的とするこの類の魔力弾まりょくだんは、感電による気絶を引き起こす。


 むろん、被弾すればの話であるのだが――致死には至らないものと知ってか。あるいは、立ち姿からも見て取れるしなやかに鍛えられた身体を持つ戦士の余裕か。

 ともあれ、過る弾道に狼狽えることのないリアンが、何かを訝しむ顔でシャルテへ向き直る。


「大体どうして、皇国の兵士がグックの街中をうろついてるんだ。ここはもうエルヴァニア領のはずだろ?」


「さあな。知らん」


「自称大魔術師のシャールウ・シャルティアテラ様の通り名は、稀代の知恵者じゃなかったか」


「歳を重ねると世俗に疎くなるもんじゃ。ワシが耳にしているのは、グックはエルヴァニアからの独立賛成派と反対派とで、数年前から何やらごたついていた。そのくらいであるな」


 見合う二人の呼吸が重なる。


「兎にも角にも、じゃ」


「さっさとここから離脱したほうが得策だろうってのは、俺も知っている」


 迫ってくる兵士達に背を向けた二人。

 どうやらこれを捨て台詞にするようだ。

 リアンとシャルテは吐いた言葉を置き去りにするようにして、脱兎のごとく走り出した。

 王都エルヴァニアへ向かうため他所から訪れた彼らにしてみると、港街へ到着した矢先の災難であった。



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