第6話 苦手な男
「じゃあ決まりだ、沢田くんこちらのご婦人にも名簿を」
呆然と立ち尽くしたままの私にまた、伊之助が命じてきます。
「すいません、前の方が少し汚されて…」
慌てて先程の名簿を奥様に渡し、血で汚れてしまっていることを取り敢えずお詫びしました。
「いえいえ、もう乾いているようですから大丈夫です…少しばかり残念ですけど…」
「ん?」
先程の名簿を受け取った奥様の妙な受け答えと、怪しく変わった目つきに私はまた違和感を感じてしまいました。
「沢田くん、きみ、話しを聞いておるのかね?最初の相談の専門意見を聞きたいから、手苦君に連絡をいれたまえ」
その言葉に私は我に返りました。
「あっ、はい?」
「早急にだよ!!、早急に!!」
「はい!ただいま!」
訝しげな表情が顔に浮かんでいたのだろうか、伊之助の声は一際大きなものだった。
思わず顔に出してしまったのは、伊之助の帝大時代の学友と称するあの如何わしい男が、私はどうしても好きになれなかったからなのです。
ジロジロと舐め回すような視線を放ち、小声でねっとりと喋るあの男を私は生理的に受け付けなかった。聞いたことも無い多数の分野で博士号を所持しているとの自称にも、胡散臭さが匂い立つ。そんな思いに駆られながらも社長命令には背けずに、渋々と連絡をいれました。
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