第2話 体内虫

「伊之助は新春とゆうこともあるのか、いつものスーツなる様相ではなく着物を着込み袂を大いに振り上げながら弁士のごとく話を続けてゆく。



「ゆりこ君、君は南米のベール峡谷に生息してると言われてる生き物のことを知っておるかね?」


 唐突に始まった弁舌に、内心が出ないようにとおそるおそる顔を上げてみた。


「グエルと呼ばれている現地の虫のことだよ」


「…はあ」


「無学な君は知らないかもしれないが、此の国にもその仲間は数種ほど発見されており、それもこの帝都周辺でのものが大半を占めているのだ」


「つまり、…それで何ですか?」


「ゆりこ君、相変わらず君は、おなご特有の血の巡りの悪さに侵されているわけだね」


「…すいません」


 こうなると社長の一方的な弁舌は止まらない。私はのごとく振舞うことにした。


 昨年の年末に我社と私の頭を悩ませた、あののように。



「一節では、性別による生体認識や性的反応の違いは其れにあるとも、ある論文で発表されておるのだ」


「…はあ」


「数種もの複合毒を持つ小型多足生物、胡麻脚毒蜘蛛擬きごまあしどくぐももどきの仲間だよ、下世話に言えばと呼ばれておるものだが」


「…」


 そのいかにも如何わしい学術名と、想像もつかない俗称の響きに私は、またもや相槌を重ねるばかりであった。


 「訪れたあの色黒の軍人の話の中に潜んでいたものは、まさしくその珍妙なる虫の性態の描写に他ならないわけだ」


 私には幾度も繰り返される虫と云う言葉が、六足でない蜘蛛に当てはまらず、更に擬きもどきとつくことに思うようなイマージュも浮かばず、社長の弁舌が続くなかそんなことを考えつつも、いつしか先ほどの異様な目つきの薄汚れた軍服を纏った男の事を私は思い出していた。


 それは私にとっては想像もつかない、嘔吐すら覚えるほどの醜悪なる話だった。



 

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