理性と脳みそを巡る寓話
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理性と脳みそを巡る寓話
最初に、こんな発明があった。首筋あたりの脊髄に、簡単な外科手術でそれはぺたりと貼り付けられる。それ自体は単純な外部との移動体通信を行い、神経と電気信号を送受信するパーツに過ぎない。
それを接続された人間が何かものを考えようとする。すると、その兆候を読み取ったそれは通信を開始する。分析や推量を必要とするものであれば外部のコンピュータ上で深層学習だか何だかを行うAIが適切な答えをはじき出し、人間にその結果を伝える。あるいは、関連付けされた情報が簡潔かつ詳細にまとめられ、同じ様に伝達される。接続された人間は元々の知能に関係なく、常に最適な判断を下すことが可能になる。
『外部接続型知能強化』という、無味乾燥な名前のついたその技術を造った発明家は、それをせいぜい効果の確実なスマートドラッグか、レーシックの延長程度にしか考えていなかった。その予想はすぐに覆された。
被験者は全く個人差無く、すばらしい知的労働者となった。数十万円程度のコストで製造されたデバイスを接続されただけで、最も多額の教育費を費やした人々以上のパフォーマンスを見せた。
当然の様にそれは尋常でない速度で普及した。誰もが平等に最高度の理性を得た。第二の啓蒙主義の隆盛期、文明の終わりの無い黄金時代。
『外部接続型知能強化』技術はさらに洗練されていく。脳髄というバイオコンピュータへの最適化が進む。デバイスからの刺激により、創造性や感性までが強化の対象になり、かつて天才と呼ばれた人々が独占していた分野の知的活動は、万人の領分になった。人間の内面のあらゆる面が最適化された。
一つだけ問題があったとするなら、それは全ての個人が同じ限界まで賢くなった上で競い、争わなければならないことだった。
誰もが最良の判断を下し利益を最大化するゆえに、あらゆる個人間の競争は激化した。知能の個人差の消滅は、持てる者と持たざる者との差を永遠に固定する。能力に差が無ければ、後は外部要因だけが勝敗を決めた。
唯一の対応策は、他者より一秒でも長く思考し、活動すること。個々人の労働時間は飛躍的に増大し、余暇は消滅した。知能差がないので、個人はより代替可能な財となる。失業者への福祉は今や事実上存在しない。最高の知能を持つ個人が、働けないはずが無いからだ。万人の万人に対する、終わりの無い闘争。
最高理性に満たされて無限の発展を続ける世界の片隅で、誰かが心の中で叫ぼうとした。
「一体どうすればここから抜け出せるんだ!」
だがそんなことを考える間に仕事量が減れば、その人間は容易に代替されるので叫ぶ余裕さえ無いのだった。
理性と脳みそを巡る寓話 go_home_journey @mukaihikisara
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