第24話:夏祭り
戦火によって破壊された街を、
一体なにを燃やしているのかと近づけば、炎の中で死体が折り重なって山になっていた。煙のせいで目が痛い。人々は炎に焼かれ、折り曲がっている。常一はそこになんらかの意図を思わずにいられない。悲しいというより、どこかおかしげな、奇妙な光景だ。人間の尊厳が失われたところには、まっとうな悲劇は成立しないのだろうか。
ああ、またこの光景だ。
常一はいつもの夢だと気づく。背骨を得て以来、くり返し見てきた夢。一体、自分になにを見せようというのか。
一つだけ分かっていることがある。
燃え盛る死体の中には、常一の手によって殺された人間もいるのだということ──。
◆
「
父の声が聞こえた。
目を開けると、常一は病室のベッドに寝かされていた。身じろぎすると、点滴のパックが揺らめく。日差しの中で輸液がきらめく。風が気持ちいい。窓辺から吹き込む風でカーテンが揺れる。
ベッドサイドに座っているのは父ではなかった。
「常一先生、目ぇ覚めましたか?」
「あ、ああ」
常一は咲子をまじまじと見つめた。父の声は気のせいだったのだろうか。いや──。
それにしても体が重い。腕を上げるのもおっくうだ。いま襲われれば、無抵抗のまま殺されてしまうに違いない。
遠くから祝砲のような音が聞こえてくる。
「俺はどれくらい眠っていましたか?」
「四日です。今日は祭りの日ぃですよ」
咲子は、常一の心情などおかまいなしに歌うように語る。
「おっそろしいごどになってきましたね」
一つ一つ、これまでの状況が振り返られる。
「町のまわりで行方知らずになる娘っ子らが殺されでで。それをエサにしで、人魚を養殖しでるって言うでねべか。そっただ、おそろしいごど人間のしでいいことじゃね。しがも、仙台の街を騒がしでだ殺人鬼が事件に関わっでるって。一体なにが始まるんだが」
「咲子先生、あなたはすべてご存知なんじゃないですか?」
「は? なんで、わだしが?」
咲子は驚いたような表情になる。濡れ衣だ、とその顔が語っている。
常一は淡々と続ける。
「家の鍵をあなたも持っていたこと。親父のパソコンだけが狙いすましたように壊されていたこと。学校でうわさが流されていたこと。工場に忍び込むタイミングが読まれていたこと。俺が書いている小説を把握していたこと。油野養殖が仕掛けてくる攻撃を担える人間は咲子先生、あなたしかいないんです」
「……」
咲子は沈黙を続けた。底の知れない微笑みを浮かべている。
常一は最後にこう言い添えた。
「そして、岬さんの使い魔は危険人物に対して吠えます。あなたが現れる時、使い魔は必ず吠えました。それが疑いを持つようになったきっかけです」
ふぅーっ、と咲子は大きく息を吐いた。
「常一先生。わだしにそんなことを言っで、どう対応するか怖ぐねがったんですか?」
咲子の気配が変わった。
不意に廊下で犬の鳴き声が聞こえてきた。次いで
「ジョー君? 大丈夫?」
「常一先生、いい先輩だごど」
咲子が滑るような足取りで窓辺に寄った。
背後には風にそよぐカーテン。
「お見事、と言っておくべか。ええ、確かに全部わだしがやりました」
「どうしてそんなことを?」と常一。
「今日の祭りで全部、明らかになんでしょう。常一先生、いままで楽しがったですよ」
咲子は背後にある窓から身を躍らせる。
突風。
風の中で咲子の声が響いた。
「常一先生。不老不死でない先生が背骨の力を使うのは無理じゃねえですか。あと一回。あと一回が限界だど思いますよ」
風がやんだ時、咲子の姿はなかった。
いよいよ、か。
常一はベッドから身を起こそうともがいた。力が入らない。それでも──立ち上がらなければならない。
真実を
常一はやっとベッドから身を起こした。全身が悲鳴を上げている。
絶対に円理を守る、と常一の目に力が戻っていた。
◆
よく晴れた夏の空に祝砲のような破裂音が鳴り響く。祭りの日が来た。
円理は
仲間たちが調べたところによれば、脚本は
しかし林崎は対外的なアピールについては余念がないらしい。地方のテレビ局を招き、劇の様子を撮影させるらしい。そこにどんな意図があるのか。そこまでは分かっていない。
二果たちも密かに演劇を中継する予定だ。SNSではその予告を済ませてあるという。
いよいよ真実が明らかになる。その予感に円理は緊張していた。
兄が隠している真実とは一体なんなのか。
もうじき舞台の幕が上がる。そこに流れる音曲が聞こえたような気がした。
人魚の里に胡弓が鳴れば──。
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