第22話:仲間たち
夕方、
二果の家は個人商店を営む古い家だ。と言って、経営しているのは祖母で、父親は会社員をしている。母はすでに亡い。
一階にある商店では、ほこりっぽい臭いの中、雑貨や駄菓子などが並ぶ。居眠りする祖母は果たして店番をしていることになるだろうか。ほとんど趣味でやっているとしか思えない。実際、客の姿はなかった。
円理と二果は静かに商店部分を抜け、居間を通り、階段を上がって二果の部屋へ入った。そこに集まっているのは二果の仲間たちだろう。全員、男子高校生だ。窓は開いているが、部屋には男臭い汗の臭いがこもっている。
思わず円理は顔をしかめた。
しかし、円理がなにか言う前に二果が先んじた。
「もー、男臭いなあ。女の子の部屋って感じがどこかに吹き飛んじゃいそうだよ」
言っていることはひどいが、二果の声には蔑む響きがない。気の置けない仲間同士の悪態という印象だ。仲間たちも「ひどいなあ」と言って笑っている。彼らは学校で見たような。円理はほとんど印象に残っていなかった。改めて二果が一人一人紹介していっても顔と名前はなかなか一致しない。
さて、と二果は円理の肩に手を置く。
「みんなは円理のこと、知ってるよね?」
もちろん、と仲間たちはうなずく。
二果はリーダーらしい調子で報告を求める。
「
「それなんですが」
仲間たちの一人がスマートフォンの画面を見せる。
「村木先生は仙台の大学に通っていましたよね。その時のことを知っているらしき人間があれこれ書き込むようになってます。やっぱり犯人じゃないか、っていうのがネットの大勢です。反論を書き込んだ人は攻撃されていますね」
ふだんなら円理は「そんなはずはない!」と叫んでいただろう。だが、いまは事態の行く末を見定めようと思う。なにが真実なのか。誰が嘘を言っているのか。その目的はなにか。複雑化してゆく事件にただ翻弄されていた円理はもういない。
ただ、事実関係は確認しておきたい。
「何故、いまになって兄さんが疑わしいと? なにか決定的な証拠でもあるのか?」
「先生の小説だよ」と二果。
「小説?」
「先生がネットに投稿していた小説が犯人しか知らないことを書いてあるって、ネットではうわさしてる」
二果の説明によれば、常一は変身ヒーローの物語を書いていたらしい。そのヒーローは夜な夜な街で殺人をくり返す。その舞台は外国だが、グールメイジの事件と酷似して言うのだという。
そして、なにより──。
「ヒーローは妹を食い殺そうとしているんだ」
二果の言葉は冷たい可能性を示してくる。
それでも逃げないと決めた。
円理は二果のとなりに座って仲間たちにあいさつすることにした。
「みんなとは学校で接する機会もなかった。だから、いきなりわたしのために協力して欲しいとお願いするのは、都合が良すぎるかもしれない。それでも、わたしは無力だ。人の力を借りなければ、兄さんの潔白を証明することはできない。だから、よろしく頼む。手を貸してくれ」
二果の仲間たちは無言でうなずいた。頼もしい表情が並ぶ。「円理さんとは仲良くしたかったんだよなー」「おまえなんて相手にされないって」「ははは、おまえだってな」
和やかな雰囲気は居心地が良い。
円理は不思議な思いがした。いままで自分は兄など、ごくわずかな相手にしか心を開いてこなかった。円理の世界には縦に線が引かれていて、その内側が味方で、その外側が敵だった。しかし、そのような考え方が自分を追い詰めていたのではないか。兄だけを見つめ、兄だけを支えに生きてゆく。
それは恋じゃない。もっと歪な、醜いものだ。
自分は変わろうとしている。円理はそう予感した。
では、まずなにを始めよう?
二果が今後の方針を語り出した。
「これを見て」
二果が取り出したのは祭りのチラシだ。神室町では夏になると祭りを開く。その祭りの時期がもうすぐ来ようとしている。だが、その祭りがどうしたのだろう? 円理はチラシを眺めながら考える。盆踊りのパレード、歌謡ショー、花火。いつもと同じ内容だ。
いや、少し違う。演劇?
「ここ。演劇をやるってあるでしょ」
二果に言われて、円理は演劇の部分を見た。『人魚の里に胡弓が鳴れば』というタイトルの演劇。聞いたことのないタイトルだ。いや、それはいい。問題は協賛が油野養殖という点だ。やつらは一体なにを考えている?
しかもストーリーはグールメイジの事件を想起させる。田舎町で起こる連続殺人にちらつく兄の姿。犯人は本当に兄なのか。ヒロインである妹は愛情と疑念の間で苦しむ。まるでいまの円理そのものだ。
見届けなくては、と思う。
「じゃあ、やることは決まったね」
二果が真剣な表情で一同を見渡して方針を定める。
「この舞台で油野養殖がなにをやろうとしているのか。グールメイジの事件とどう関係しているのか。それを調べよう」
仲間たちは思い思いの方法で調べることする。ある者はスマートフォンでネットの海に飛び込み、ある者は足を動かして人の海に分け入ってゆく。
そして円理は、二果から分厚い原稿を渡された。常一がこれまで書いてきた小説だ。ここから本当の兄を見つけ出さなければならない。円理は一人、広大な筆の海へと漕ぎ出した。向こう岸はまだ見えない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます