第14話:工場へ

 次の日になると、二果にかは動画を中継する準備を整えていた。リアルタイムでSNSによる中継が可能になった。二果が用意したのは放送部の機材であるカメラで、動画を撮ることも可能だという。


 その便宜を図ってくれた咲子さきこは部活の監督やらデスクワークやらで深夜まで学校にいるそうだ。その苦労は教師である常一じょういちにはよく分かる。無理に顔を出さなくてもいい。心の中で咲子をねぎらう。

 工場に侵入するのは常一と岬の役割だ。


「行ってくる。円理を頼んだぞ」


 と、常一は二果に円理を頼んだ。

 みさきも家に使い魔を残してくれるという。それなら安心だ。

 常一は岬とともに車で出発した。今夜は雲が厚い。月は姿を隠したままだ。忍び込むには格好の夜だと言えよう。


 油野養殖の工場は町外れにある。川のほとりに建つ大きな工場は、町にとって貴重な稼ぎ場所だ。そこで働く住人は多い。さて、と常一は車を止める場所を探す。道の脇に止めたところで警察からなにか言われることはないだろう。しかし目立つ。

 ふと常一は工場の近くで黒々と茂る林に目を留めた。

 あそこなら、とハンドルをさばいて林道を進む。少し奥まった場所まで進んだところで車を止める。


「岬さん。ここからは歩こう。使い魔なしで大丈夫か」

「大丈夫よ。目は見えなくても鼻でだいたいのことは分かるから」


 二人は暗い林道を進んだ。月のない夜の道は暗く、林道が舗装されていないこともあって歩きにくい。常一は何度か木の根に足を取られてしまった。一方、岬は足の裏に目でもついているのか、心地よく散歩するかのような足取りだ。

 林の中は静かだ。骨のきしみさえも鮮明に聞こえるかのよう。


 常一はカメラを手に思いを巡らせる。

 油野養殖は人の道を外れた。その行為が白日のもとにさらされれば、会社として大きなダメージを受けるだろう。さすがに警察もなんらかの対処をしなければならなくなる。父の死を追ってきた円理にとって、充分な成果が得られるはず。いや、そう思ってもらわなければ困る。


「臭いがひどくなってきた」


 不意にとなりを歩く岬が声を上げる。


「生魚の臭いね。養殖をしているそうだから、おかしなことではないけど」

「親父は、油野養殖が人魚の養殖をしていると推測していたんだったね」

「ええ。魔術にはキメラという生き物を合成した存在を生み出す技がある。それを利用すれば、そう難しいことではないかもね」


 林道を抜けると、油野養殖の工場が見えてきた。工場はいくつかの棟が渡り廊下で接続されており、規模はかなりのもの。木々が並ぶ庭も広い。もう深夜だというのに駐車場には車が目立った。おそらく社員の車だろう。二四時間、工場を稼働させるために社員を酷使しているに違いない。


 敷地内は明暗がはっきり分かれている。外灯の下だけが明るく、それ以外が暗い。身を潜める場所はありそうだ。

 敷地のまわりはフェンスが囲む。フェンスの上には鉄条網が張り巡らされており、一人では登るのは無理だろう。かと言って、ゲートには詰め所がある。警備員の姿が見えた。また監視カメラも何台か設置されているようで、警備は万全のように思われる。

 常一は監視カメラの死角からフェンスに近づいた。


「岬さん。そこに膝をついて、肩を貸してくれ」

「いいけど。どうするの?」

「俺が先行する」


 常一は助走をつけて岬の肩を踏み台にした。高飛びの要領で背を反らせ、鉄条網を越えようとする。背中、腰が鉄条網の上を通過。一瞬、鉄条網の棘がズボンをこすった。ひやり、と肝が冷える。そして、足も通過。そこで常一は空中で一回転し、芝生の上に着地した。見事な跳躍だった。


「岬さん。なんとか越えた。呼びかけるまでゲートの近くに身を潜めていてくれ」


 そうして常一は闇の中へと消えていった。



 円理はその頃、二果からスマートフォンの画面を見せられていた。先日の廃病院で撮った画像を、二果がSNSに投稿していたのだ。画面には、不気味な廃病院の姿と、流れてくるコメントが映し出されている。


『うわっ! この子、美少女!』

『絵になる~』


 コメントが速過ぎて読みきれない。

 ただ、これは。円理は眉根を寄せて嫌悪感を示す。なんというべきか、自分が性的な目で見られているようで不快だ。

 円理の不機嫌を察したのか、二果はスマートフォンを円理から離した。


「円理は色々、思うことがあるだろうけど、けっこうな反響だよ。あたしのフォロワー、そんなに多くないんだけどさ、それにしちゃあがんばった方」

「フォロワー?」

「んー、説明が難しいんだけどね。円理に分かりやすく言うと、回覧板が回ってくる関係かな」

「うん、分かったような気がする」

「でさ。一番、重要な部分のアンデッドだけど、そこは一瞬しか撮れてなくて、作り物じゃないかって意見もけっこうあるんだよね。それに、あたしはこうして帰ってきて動画を投稿しているわけだし。ブレア・ウィッチ・プロジェクトの第一作みたいな終わり方なのに、投稿者が生きてたら興ざめだよね」

「でも。わたしは二果が生きて帰ってくれてうれしい」

「ありがと。あとは先生のがんばり次第かな。いい画を撮ってくれるといいんだけど」


 二果がそこまで話した時、玄関で物音がした。

 なんだろう? 円理と二果は顔を見合わせる。


「二果。いま、物音がしなかったか?」

「うん、したね。ポストの音? ちょっと見てくる」


 二果は席を立って玄関に向かった。

 残された円理は少し落ち着かない。ポスト? こんな夜更けに郵便配達があるとは思えない。じゃあ、一体?

 二果はすぐに戻ってきた。A4の茶封筒を携えてある。


「円理。ポストにこれが入ってたよ。差出人は不明。宛先は円理だね」

「わたしか?」


 円理は身を乗り出して茶封筒を受け取る。

 ハサミ、ハサミ、と膝をすらせて引き出しからハサミを取り出す。封を切ったところで中をのぞく。二果も興味を示した。


「なにが入ってるの?」

「書類? いや、写真?」


 そう言えば、と円理は思い出す。岬に写真を送ってもらうように頼んでいた。ようやく届いたか、と円理は急かされたように写真を取り出した。


「ひっ」


 瞬間、裏返ったような悲鳴を漏らし、円理は写真を取り落とす。

 悲鳴を飲み込むように円理は口を押さえた。顔は青ざめている。


「え? どうしたの、円理?」


 二果が気づかわしげに尋ねつつ、写真を拾った。映し出されているのは黒い水面。その中央に少女の白い顔が映っている。まるで水面から顔だけ現したような。その顔は──円理と瓜二つだ。

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