[3] 橋頭堡の拡大

 9月末、ソ連軍がドニエプル河に構築した橋頭堡の数は大小合わせて23個に達していた。特にキエフ周辺では、ヴェリキィ・ブクリンの橋頭堡が有望そうに思えた。この橋頭堡は第40軍によって確保されていたが、攻撃を続けるためには増援が必要だった。

「最高司令部」はヴェリキィ・ブクリンの橋頭堡を拡大するため、空挺部隊の投入を決定した。すでに9月初めに、いくつかの空挺部隊に対して、改めて落下傘訓練を受けるよう指令を出していた。3個親衛空挺旅団(第1・第3・第5)が即席の空挺軍団として再編され、ヴォロネジ正面軍に編入された。

 9月24日の夕刻、ヴェリキィ・ブクリンに近いドニエプル河畔のカーネフの上空に、大編成の輸送機からパラシュートを装備した空挺兵が次々と放たれた。この作戦はほとんど賭けに等しいものだったが、その結果は惨憺たるものに終わった。

 ドニエプル河を目指す無理な進撃がたたって、GPUにはドイツ軍の防御配置に関する情報をヴォロネジ正面軍に渡す時間がなかった。この時、空挺部隊の降下地点には第8軍の第24装甲軍団(ネーリング大将)が味方の後退を支援するために集結中だった。

 ドイツ軍の真上に降下してしまった空挺兵の約6割が、着地する前に機銃掃討を受けて命を落とした。残りの兵士は風に流されてソ連軍の陣地やドニエプル河の川面に着地し、敵陣の背後で生き残った兵はパルチザンに助けられて、チェルカッシィの西に広がる深い森へと逃れた。この作戦の失敗が基になって、スターリンはこののち大規模な空挺作戦の実施をためらうようになった。

 南西部正面軍(マリノフスキー上級大将)と南部正面軍(トルブーヒン上級大将)はドンバス地方へ進出していた。対峙する南方軍集団の第1装甲軍と第6軍は装甲部隊の予備を持ち合わせていなかったにも関わらず包囲を免れて、サポロジェから黒海に至るドニエプル河沿いの「パンテル=ヴォータン」防衛線への退却を続けた。

 キエフのはるか南方に位置するサポロジェでは、南西部正面軍が第1装甲軍と対峙していた。サポロジェには巨大なダムと水力発電所、ドニエプル河にかかる大鉄橋があり、独ソ両軍から戦略的な要衝とみなされていた。

 10月10日、南西部正面軍は3個軍(第12軍・第3親衛軍・第8親衛軍)を投入して、サポロジェへの総攻撃を開始した。ソ連軍の攻撃に対し、第1装甲軍は第40装甲軍団(ヘンリーキ大将)と第17軍団(クライジング大将)などをまとめたヘンリーキ支隊が頑強に抵抗した。

 10月13日の夜、南西部正面軍は戦略予備の第1親衛機械化軍団や第23戦車軍団を前線に投入して大規模な攻勢を実施し、大きな損害と引き換えにドイツ軍の戦線を突破することに成功した。

 10月14日、南西部正面軍の先鋒がサポロジェに突入した。この状況を受け、第40装甲軍団長ヘンリーキ大将は鉄橋とダムの爆破を命じ、翌15日に日付が変わる頃に爆破された。サポロジェ陥落の責任を取る形で、第1装甲軍司令官マッケンゼン上級大将は解任された。後任にはスターリングラードの包囲から生還し、シチリア島における遅滞作戦を成功させたフーベ大将が任命された。

 サポロジェの南翼では、第6軍が「ヴォータン」と呼ばれる陣地線を守備していた。

 10月23日、第4ウクライナ正面軍(南部正面軍より改称)は「ヴォータン」陣地の南翼に位置する要衝メリトポリを攻略した。第6軍を南北翼に分断しつつドニエプル河下流域に突進し、クリミア半島に第17軍を閉じ込めた。

 9月末から11月半ばまで、独ソ両軍はドニエプル河に沿った地域で膠着状態に陥ってしまった。戦線の推移に伴い、キエフからアゾフ海に至る南部のソ連軍は10月20日付で、ヴォロネジ正面軍が第1ウクライナ正面軍、ステップ正面軍が第2ウクライナ正面軍、南西部正面軍が第3ウクライナ正面軍、南部正面軍が第4ウクライナ正面軍に改称された。

 第1ウクライナ正面軍がヴェリキィ・ブクリン、第2ウクライナ正面軍がクレメンチュグ南方にそれぞれ、ドニエプル河に橋頭堡を確保していた。南方軍集団はこの2つの橋頭堡を封じ込めてしまい、逆にニコポリ東岸に橋頭堡を保持していた。

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