[5] 第4次ハリコフ攻防戦
モスクワの「最高司令部」は「クトゥーゾフ」作戦が順調に進んでいることを確認した上で、今度はクルスクの南翼でハリコフに対する攻勢作戦の立案に取りかかった。最高司令官代理ジューコフ元帥が南部の前線を視察して参謀本部と協議した結果、攻勢の停止を決定した。
スターリンは「クトゥーゾフ」作戦と連動して即座に攻撃に移ることを望んだが、しぶしぶ攻撃延期を承諾した。南部戦域では依然としてドイツ軍が優位に立っており、ドイツ軍に決定的な打撃を与えるためには、周到な準備と物資の補給が必要であるとヴァシレフスキーから説得された為であった。
ハリコフへの攻勢を主眼とする「ルミャンツォフ」作戦は、クルスク突出部の南の肩からヴォロネジ正面軍が第5親衛軍(クラブチェンコ中将)と第6親衛軍(チスチャコフ中将)による集中攻撃でドイツ軍の前線に穴を開け、第1戦車軍(カトゥコフ中将)と第5親衛戦車軍(ロトミストロフ中将)を西からハリコフに突進させる。ステップ正面軍が東から発進して、ヴォロネジ正面軍の南翼を掩護する。
8月3日、「ルミャンツォフ」作戦が開始された。このとき北方では、西部正面軍の先遣部隊がオリョールに近づきつつあった。3時間も経たないうちに、第5親衛軍と第6親衛軍は北西からドイツ軍の陣地帯を突破した。
8月5日、ステップ正面軍の第69軍(クリュウチェンキン中将)がビエルゴロドを解放した。この日の夕方、モスクワでは勝利の祝砲が轟いた。この後、大規模な都市が奪回される度に、勝利の祝砲が打ち上げられるようになった。
南方軍集団の状況は今や、極度に危険なものになりつつあった。第4装甲軍とケンプ支隊の境界線を裂くように進撃してきたソ連軍に対し、マンシュタインは前線に増援として到着した2個SS装甲師団(「帝国」と「髑髏」)を差し向けた。
8月11日、第1戦車軍がハリコフ=ポルタヴァ間の重要な鉄道線上にあるヴァルキの手前まで進出すると、ボゴドゥコフで第3装甲軍団と衝突した。第3装甲軍団に編入されたSS装甲部隊は戦局を優位に進め、13日までに第1戦車軍と増援に駆けつけた第5親衛戦車軍の先鋒を壊滅させることに成功した。
マンシュタインは第4装甲軍とケンプ支隊の間に突出してきたソ連軍を挟撃して、防御態勢を立て直そうとした。引き続いて第3装甲軍団に南翼から、第24装甲軍団に北翼から挟撃するよう命じた。
ヴォロネジ正面軍の進撃こそ食い止めたものの、100キロほど東翼のハリコフ周辺では、ステップ正面軍の5個軍(第53軍・第57軍・第69軍・第5親衛軍・第7親衛軍)が外郭陣地の攻撃に取りかかっていた。ハリコフの西に布陣していたケンプ支隊麾下の2個軍団(第11・第42)はほとんど全滅しかけており、支隊司令官ケンプ大将は陸軍総司令部に撤退を申し出たが、ヒトラーはハリコフの死守命令を下した。中立国トルコや同盟国ブルガリアに政治的な影響を与えかねないという理由だった。
8月14日、ケンプは再び「延びきった戦線をもはや維持できません」と報告した。ヒトラーはケンプを解任し、北方軍集団の第1軍団長ヴェーラー大将が後任の支隊司令官に充てられた。このときケンプ支隊は第8軍として再編されたが、部隊が増強されることはなかった。
8月20日、北に向けて進撃していた第3装甲軍団はコテルヴァの東で、南下してくる第24装甲軍団と合流した。この合流によって、第6親衛軍と第27軍の大部分が包囲されてしまった。しかし、包囲したソ連軍を殲滅するには、ドイツ軍の兵力は不足していた。多くの部隊は包囲陣の薄い戦線を破り、後方の陣地へ撤退した。
時を同じくして、ハリコフを防衛する第8軍司令部は「弾薬の残量は破滅的な状況で、砲兵が歩兵として戦っている」と報告し、あらためてハリコフからの撤退を求めた。ヒトラーはしぶしぶ「極度に困難な状況」にあっては、同市を放棄してもよいと認めざるを得なかった。
8月22日、第8軍司令部が再び撤退を申し出ると、マンシュタインはただちに撤退許可を出した。第8軍は夜間のうちにハリコフから撤退した。翌23日に四度にわたる攻防戦の末に、ソ連軍は「ルミャンツォフ」作戦のゴールであるハリコフを奪還した。
今や戦略的主導権を完全にその手中に収めたソ連軍はドイツ軍と対峙する全戦線で、次々と攻勢作戦を開始していったのである。
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