6.襲撃

 ゼダは、差し入れをかごに入れて路地を歩いていた。

 あの後、市場を回って食料品と酒を手に入れて、例の隠れ家に行ったゼダだったが、シャーは留守だった。あの男が外出しているときは、たいていリーフィのいる酒場にいるに違いない。

 ということで、ゼダは、差し入れを手にしつつ、リーフィの酒場に向かっているところだった。

 大人しい青年を演じていても、なにかと派手な服装のゼダは、街中では目立つ。帯刀している上でそんな格好で歩くと、巡回の兵士に目をつけられて面倒なので、このところ、ゼダは、裏側に地味な布を使ってあるリバーシブルの上着を用意して、普段はそれを羽織っていた。そうすれば、酒場についた時に裏返して、いつものように伊達男を気取ればいいのだ。そうして、大人しいそぶりで歩いていると、ゼダは街の中に溶け込むことができて、あまり目立たず、兵士に目をつけられることもなかった。

(ちょっと兵士の数は減ったと思ったけど、この様子じゃ、まだゴタゴタが収まってないんだなあ)

 ゼダは、街の様子を見ながらそう思った。

 大通りから路地に入ったところでも、ところどころ兵士達がうろついていることがあった。もちろん、普段はそんなところを巡回していることはない。それに、周囲の家々を積極的に訪れて聞き込みも行われているようだった。

 王都の一般人にも、神殿で国王を狙った暗殺未遂事件があったことは知らされている。もちろん、詳細は明らかにされていないが、それによって王都からの入出は制限されており、門では厳しい身体検査や身元調査が行われているときいていた。しばらくは、酒場などは軒並み営業を停止していたし、今でも普段のにぎやかさは戻ってきていない。

 今の国王になってからは、基本的に平穏な日々が続いていたので、こんな風にものものしいのはずいぶん久しぶりだ。

 ゼダにしてみれば王家のゴタゴタなど、あくまで他人事ではあったが、できれば街が平和なほうがよいに決まっていた。

 実家のカドゥサ家は、かなりあくどい商売をしている大商人で、その辺の裏側にまったく関わっていないわけでもなさそうだが、お上からとがめだてされるほどのつながりはなかったし、実家の商売とは無縁のゼダにとっては、誰が権力を握ろうが、大して関係がない。実家と折り合いの悪い彼は、実家が取り潰されようが、自分に害が及ばなければそれでもよかった。

 ただ、ゼダも、基本的には街の平和を望んでいる。今のところ徴兵されたこともなかったし、喧嘩で暴れるのは好きだが、内乱や戦争となると厄介だと思っていた。このところのように、遊ぶどころでもなくなってしまう。

(早く問題が、片づかねえもんかねえ)

 兵士が巡回してざわめく街は、彼にとっても何かと居辛い環境に他ならなかった。

「お! あいつ!」

 と、前方を見ていたゼダは、不意に声を上げた。

 ちょうど目の前から見覚えのある男がやってくるのだ。猫背気味で青い服を着た長身の男は、遠目でもシャーとわかる。どこに行くのか知らないが、とにかくシャーを探していたところだったゼダは、手間が省けたとばかり彼のほうに近づいていこうとして、ふと怪訝に思った。

 シャーは、どうやら女と話しながら歩いているようだった。最初は、それがリーフィだと思っていたのだ。彼とリーフィが話しながら歩いているのは、よく見る光景で当たり前のことだった、が、よくよく見ると、どうもリーフィとは服の趣味が違う。髪の毛を二つにわけて長いみつあみにしてお下げにしている。可愛い印象だが、明らかにリーフィとは違う女の子のようだ。シャーとはずいぶん親しいのか、二人とも笑みを浮かべながら話をしている。

 と、彼らを見ていたゼダに、シャーのほうが気づいたのか、ん? と怪訝そうに目を細めた。基本的に誰にでも愛想の良いシャーだが、散々からかわれていて、何となくライバル意識のあるゼダには、敵意むき出しな態度が普通だった。

 今日もせっかく女の子としゃべっていたところを、邪魔者がやってきたのでちょっと不機嫌な顔になった、というところのようだったが、ゼダは構わずシャーに近づいた。

「おー、どうしたよ、ネズミ。なんだ、不景気なツラしやがって……」

 シャーがそう話しかけるが、ゼダは、返事をせずシャーの腕を取った。なにやら、真剣な顔だ。

「ちょ、ちょっと来い」

「な、何だよ? オレ、今忙しい」

 いきなり腕を引っ張られて、シャーは戸惑う。普段なら、振り払ってやるところだが、ゼダの顔つきが妙にまじめなので、面食らってしまう。

「いいから来いって!」

「な、なんだよ、見りゃわかんだろ。オレ、忙しいって」

 ゼダがぐいぐいと腕を引っ張るので、シャーは、彼女にあわてて言った。

「あ、ご、ごめん。ラティーナちゃん。ちょっとそこで待ってて!」

 ラティーナは、きょとんとしつつ、うなずいたようだったが、ゼダは、そのままラティーナから遠ざかって、裏路地に彼を引き込んでようやく手を離した。

「何すんだよ! オレ、今、人を送ってく途中で忙しいんだ。テメエに構ってる暇ねえんだよ!」

 シャーは、不機嫌にいってゼダをにらみつけるが、ゼダのほうもなにやらマジメな顔つきだ。がっと肩をつかみ、ゼダは真顔で尋ねて来た。

「お前こそ、どうした?」

「な、なんだよ」

 ゼダがあまりにも真顔すぎて、シャーは、ちょっと気圧される。

「何か思いつめてるなら相談に乗ってやるぞ。だから、早まったことはやめろ、な!」

「し、真剣に心配すんな」

 いや、確かに悩み事がないというと嘘にはなるのだが。何故、ここまでゼダに心配されなければならないのか。調子が狂う。

「いや、お前が、リーフィ以外の女連れてるとか、一大事だろ。ヤケになってるなら、今のうちにやめとけよ。そういう時に酒と女に逃げると、お前、絶対破滅するぜ。お前みたいなのは、特にヤバイんだ! オレは、そういうやつ何人も見てるから、よくわかるんだぜ! お前、そういうので深みにはまると、色々こじらせるタイプだろ!」

(あ、当たってる!)

 ドキリとしつつも、いやいや、とシャーは首を振る。

「な、な、何色々勝手なこといってやがる。だ、第一、お前と違って女のコ連れ歩くだけの金もねえっつの。なんでそう見えるんだよ。それに、彼女、飲み屋の女の子にも見えないだろ」

「それはそうなんだが、普段のお前がリーフィ以外の女を口説いて同伴できるとは思えねえ。素人女となりゃあ、余計だろう。お前が素人女に手を出すようじゃ、状況はそりゃあ末期的だ。だから心配してるんだろが!」

「お前、それ、オレに対して失礼すぎるだろ! な、なんでえ、そのいいかたは。大体、誤解もいいとこだよ!」

 シャーは、むっとする。

「か、彼女は、オレの古い知人なの! んで、リーフィちゃんとこの酒場に、わざわざオレに会いにきてくれたから、大通りまで送っていくところで、そんな深い意味はねえってば!」

「あー」

 と、ゼダは、声を上げた。

「なーんだ、そうなのか」

 ゼダは、納得したのか、急に手を離した。切り替えの早いゼダは、誤解が解けたら、あっという間にいつもの生意気な表情に戻っていた。

「そういうことなら、いいんだぜ。それなら良かった」

「なんで、そういう誤解すんだよ」

 シャーはため息をつきつつ、肩をすくめた。ゼダは、笑っていう。

「いやあ、ここんとこ何かへこんでたの知ってるし。そんな時に、いきなり女連れのお前なんかみたらびっくりするじゃねーか」

「べ、別に、へこんでなんかねーよ」

 シャーは、認めるのが嫌なのか、口を尖らせて不機嫌に言った。

「へえ、そうだったか? ここんところ、からかっても反応鈍かったじゃねえか」

「べ、別に。ちょっと街がえらいことになって動揺してただけよ。リーフィちゃんとこの酒場も始まったし、そろそろ平常運転に戻るとこなんだい。余計なお世話だ」

「へー、それならいいんだけどよ。んじゃ、あの娘送った後、酒場にもどって来るんだよな?」

「ま、まあ、そういう予定だけど」

 ゼダは、からかうようにシャーを見た後、ラティーナの方に目を向けた。

「それじゃあ、オレは、先にリーフィの酒場に行っておくけど、その前に彼女に挨拶していくわ」

「え? ええ? な、なんで、お前が?」

 いきなりラティーナにご挨拶などといいだしたゼダに不審を覚えて、シャーが問いただすような口調になると、ゼダは当然といわんばかりに答えた。

「そりゃそうだろ。いきなり、テメエをこっちに引っ張ってきちまうなんて、失礼なことをしたんだ。非礼については詫びなきゃな。最低限の礼儀だぜ」

 その辺は流石に遊び人のゼダというべきか、変なところで気遣いが細やかだ。

「べ、別にいいって。オレが弁明しとくから」

「そういうなって。ささっと挨拶するぐらいじゃねえか。時間はかけねえよ」

 ゼダはそういって、シャーに先だってラティーナのほうに向かって歩き出した。

 ラティーナは、彼らが気になるのか、こちらの路地を覗き込んでいる様子だった。喧嘩になったらどうしようと思ったらしいが、どうやら二人の話がついたらしいことには、少しほっとしているようだった。

 その場所は、もう少しで大通りに出られる裏路地の一角だった。酒場のあるカタスレニアのような治安の悪さはなかったが、大通りから一歩入ったそこは急に人気のなく、さびしく感じられる場所だった。ラティーナのたっている場所も、それほど通行人が多いわけではない。

 そして、彼女の立つ場所の向かい三階建ての建物があった。かつては共同住宅かなにかだったらしいが、今は誰も住んでいる様子はなく、廃墟のようだった。そんな建物があること自体は何気ないもので、この王都でも取り立てて珍しくもない、何の変哲もない光景だ。

 しかし。

「何だ、アレ?」

 不意にゼダが、ポツリと言って建物の屋上に視線をやった。シャーもつられてそちらを見る。キラリと何かが太陽の光を受けて反射している。そこに黒い人影が見えた。その影が、妙な殺気を放っているような気がした。

 光っているのは、金属か?

 そこまでぼんやりと思ったとき、不意にシャーは、はっとした。何か嫌な予感がして、彼はゼダを押しのけるようにして、ラティーナの元に走り寄った。

「ラティーナちゃん、こっちだ!」

 きょとんとするラティーナの腕を強引に引き寄せた時に、ひゅうと空気を切り裂く音が聞こえる。ラティーナを引っ張り込むようにして裏路地の建物の壁に彼が背をつけた時には、先ほどラティーナが立っていたところには、もう矢が突き立っていた。

「動かないで!」

 ラティーナにそういい含め、シャーは、彼女を後ろに引き寄せて、裏路地の建物の壁に隠すようにした。ついで攻撃してくるだろうと思って身を潜めていたが、すぐに追撃は来なかった。

「おい! もう逃げちまったみたいだぜ! 人影が見えなくなった!」

「何?」

 振り返ると、ゼダが、血相を変えて駆け寄ってきたところだった。ラティーナ自身は、まだ何が起こったのかわかっていない様子だったが、シャーより先に建物の屋上の人物に気づいていたゼダは、一部始終をきちんと目で追っていたらしい。

 ゼダが人影が見えないといい、追撃がこないところをみると、相手は確かに逃げたのだろう。だが、今ならまだ捕まえられるかもしれない。

「ネズミ! 彼女を!」

「おう」

 シャーは、ゼダにラティーナを託すと向かいの建物に向かって走り出した。

 確かに屋上には、もう誰もいない様子だった。シャーは、左手で刀の鞘を握ったまま、扉のない建物の入り口に入り込んだ。そこから暗く狭い階段が上に伸びていた。人気や殺気の類は感じられない。

 上のほうから外の光が差し込んでくる。シャーは、そこを目指して一気に駆け上がり屋上に出た。

 まばゆい陽光が差し込む屋上には、もう誰もいなくなっていた。

 シャーは、きょろきょろとあたりを見回す。すくなくとも近くに潜んでいる気配はない。そっと屋上から下をのぞいてみると、背後の家の屋根が見えていた。容易に飛び移れる高さだし、先ほど自分達からいた場所からは、死角になって見えない。そこから逃げてしまったのかもしれない。その下には、狭い路地が縦横に走っていた。

 改めて、人がいたはずの場所に立って見ると、ゼダがラティーナを背後にかばうようにしながら自分を見上げているのが見えた。

 シャーは、ふと何かを見つけてしゃがみこんだ。床の上に、矢が一本落ちている。

 彼は、それを拾い上げてみた。何の変哲もない矢だ。白い羽が矢羽として使われているが、鏃にしてもそれにしても、普通の矢で誰のものか特定できるものではなさそうだった。

(今のは一体……)

 シャーは、歯噛みした。この間、レビ=ダミアスが神殿で弓矢で襲われたばかりだというのに、今の襲撃は何かそれに関係があるのだろうか。なければいいのだが、ラティーナは、外野からみれば、レビ=ダミアス、つまり、表向きはシャルル=ダ・フール王の数少ない友人の一人として見えている。シャルル=ダ・フールの暗殺を狙う一派が、彼女が襲う可能性は低くはなかった。

 しかし、ラティーナを確実に殺すつもりなら、追撃してきたはずだが、射られた矢はたった一本。その後、矢の主は、煙のように逃げおおせてしまっていた。だが、手の込んだ、悪質ないたずらとも考えづらい。この行動に何の意図があるのだろう。

(そもそも、今のは、ラティーナを狙ったのか、それともオレを狙ったものなのか)

 それすらも今の状況ではわからない。

 しかし、それは、先日の暗殺未遂事件が、まだ終わっていないということでもあった。あの時の矢の主は、まだこの街に潜んでいる。そして、まだ獲物を探して活動をしている。それだけは確実なことだった。

「サギッタリウス」

 シャーはぼそりとその名をつぶやき、ぐっと矢を握り締めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る