10.カディン卿の歪んだ欲望


 酒が入ると、最初は警戒していたメハルの態度も少々柔らかくなる。というより、シャーにのせられてきているだけなのかもしれないのだが。

「それで、タイチョーさんは、結構苦労してるんだねえ」

 シャーがそう声をかけると、メハルはため息をついた。すっかり、警戒心がうせているらしい。

「まあな。全く、平和になったのはなったでよかったんだが、街の警備にろくな奴がまわってこなくなった気がして。おまけに、俺たちは、どっちかってえと市民に関わる方だからな。頭のいい奴は、みんな貴族の監視にいっちまって、畜生」

 酒が入っているせいか、浅黒い肌をほんのりと赤らめながら、そう愚痴を語るメハルの口は徐々に軽くなっていっていた。

「まったく、そこに今回のアレだろ。正直、困ってるんだよ、俺も」

「そうなんだ~。まあ、こういうときは、ひたすら楽しく飲むのが一番いいんだよ」

 シャーは、メハルの杯に酒を注ぎながら、のんびりと言った。シャーは、別にメハルを酔わせるつもりはないし、彼と話をするつもりもそれほどない。メハルはメハルで、きっと真実をたやすく語るようなことはしないだろう。

 だが、シャーにとっては、リーフィにだけ精神を集中させて、やきもきしている方が苦痛なので、適度に関係のない話をしながら楽しくやっているほうが気も楽だ。とはいえ、リーフィのことをまるでみていないわけでもない。彼女になにか決定的な危険が及ぶようなら、助けに入らないと。

 そんなことを思いながら、シャーが酒を飲もうと杯を口に運んだ辺りで、突然、べらべらと愚痴をこぼしていたメハル隊長が顔色を変えた。

「いけねえっ!」

 思わずメハルが顔を伏せ、シャーの頭を押さえ込む。

「な、何すんの? あ! さ、酒が……」

「酒なんか気にしてる場合か」

 文句をいってやろうとしたシャーだが、メハルの顔色が変わっているのが見えた。先ほどまで、役目を忘れたかのようだったメハルだが、どうやら我に返ったらしい。ということは、それなりの事態が起きたということでもある。

「どうしたのさ。そんなに慌てて」

「後ろにいる奴みろ」

「ええ?」

 シャーは、大きくてややぎょろっとした目だけをちらりと後ろに向けた。急に背後の連中があわただしく席を立っている。突然のことに、リーフィが、少々怪訝そうな顔をしているのが見えた。

 そして、その視線の先に、一人の男がいるのが見える。やたら上等な服装が、妙に煌びやかなのがわかった。大体にして、遊び人は男女問わず、派手な服装をとる傾向がある。ゼダにしても、例の赤い上着をひっかけて、女物かもしれない派手な帯を決めて粋を気取っている。だが、目の前の男は、ゼダともまた趣向が違うようだ。

 ゼダは、どちらかというと、やはりどこか崩れた印象のある着こなしをするのだが、目の前の男は、こういう酒場にいるのが似つかわしくないような、どことなく気品と上品さが漂っていた。布を被っている上に、ちょうど背中を向けているので顔は見えない。だが、メハルはおよそ相手の正体に見当がついていたらしい。

「ありゃカディン卿だ」

「えぇ、アレが?」

 小声でメハルがそういったのをきき、シャーは眉をひそめた。

「なんで、こんなところにいるのさ。だって、この酒場、ああいう連中が来るには少々……」

「まあそうなんだがよ。たまに、ここにも立ち寄る、っていう噂をきいたから、俺だって張ってたんだけどよ。まさか、こんなに早く、ご本人様がくるとは」

 メハルは、後ろを警戒しながらそういった。

「全く、正直いって金持ちの考えることはわかんねえんだが、案外こういうところが好きらしいんだよ。……そういやあ、カドゥサの坊ちゃんも、こういうところをうろついてるっていっていたが」

「ああ、アレはね」

 ゼダは、まあ、親に反抗している上に、もともとが元々なので、多少事情が違いそうだが。

「上等な酒のめるんなら、上等なの飲んでりゃいいのに。金持ちの考えることはわからんね」

 メハルがそういうのをきいて、シャーは一瞬だけ苦笑した。

「ま、こういうところのほうが、案外お酒はうまかったりするもんなんだけどね、主に精神的に。……と、それはまあ、いいとして……」

 シャーは、眉をひそめた。

「……あの連中とただ遊びにきたってわけでもないんでしょうねえ、今日は」

「さあ、そこまでは……」

 ちらりと目を向ける。カディン卿と呼ばれる貴族が顔の向きをかえたため、今度は顔をのぞくことができた。細く、切れ長の目に、あまり太陽の光を浴びていないらしい、やや病的なほど白い肌。上品な顔立ちをしていることは間違いない。黒髪に、口と顎にヒゲをたくわえているが、それも無精ひげというよりはちゃんと手入れされたものだった。

 どちらかというと上品に整っていて格式ばっている点と、何となく陰気印象があるところは、ゼダよりもジャッキールに近い。だが、なんとなく武官風に見えるジャッキールと違い、そういう荒々しい部分はあまりない。どこか柔和で神経質な、ともすれば軟弱な感じがする顔立ちは、いかにも、貴族の坊ちゃんらしいと思った。

「あ、ああ!」

 カディンの来訪に気付いたのだろう。慌てて立ち上がりかけた男達に手をやって、カディンは鬱蒼と笑んだ。

「少々、用があってな、こちらに寄ったのだ。待ち時間をただすごすのもつまらんのでな」

「し、しかし、まさか、いきなりおいでになるとは……」

 男達の一人がやや焦ったような顔をした。

「なにも、このような酒場においでにならなくても……。あなた様にはあまりにもふさわしくない場所です」

 確かに、ここは少々カディンには相応しくない。彼らのちょっと異様な気配に気付いたのか、周りの客達が知らぬふりをしたり、こっそり席を立っているのも見える。だが、そんなことはカディン本人には、大した問題でもないようだった。

「しかし、相応しくないという割りに、そこな娘は、ではなんだ? 楼閣にもいないような美女を横にはべらせて、そのようなことをいうとは、無風流もいいところだな」

 ちらり、とカディンの細い目が隣にいたリーフィに向いた。

「街というのは、本当に何があるかわからんものだ。……こんな美しい娘は、楼上にもいるまい。そうであろう?」

「は、はあ。そうでございますが」

 確かに、リーフィは、あんな隅っこの酒場においておくのがもったいないような美人ではある。着物と装飾を変えれば、別に妓楼にいてもおかしくないし、どこかの王様が愛妾としてはべらしていても、ごく自然なほどの器量でもある。彼女に明らかに足りないのは、その表情の柔らかさと媚態の程度の問題だろう。どこかさらりとした冷たさを持つリーフィは、そうしたところで妓楼の娘達と大きく違っていた。

 だが、カディンのような男には、それがかえって目を引いたのだろうか。手下の連中を追い払うと、カディンはリーフィを手招いた。リーフィは、あまりためらうこともなく、カディンに近づき、軽く一礼する。

「リーフィと申します。以後よろしく……」

「そうか、そなたはリーフィというのか」

 飲み物を注ごうと、酒の入った陶器を持とうとしたリーフィの手を、カディンは取って止める。一瞬、リーフィの動きが止まった。それを覗いていたシャーが、危うく声をあげそうになるが、隣のメハルに押さえつけられて、テーブルに沈められているのを、彼らはきづいていない。

 しかし、シャーが心配するほどのことはなかったらしい。カディンは、その手を離して首を振る。酒を注ぐ必要はない、ということだろう。

「その格好からすると、そちは舞いをやるのか?」

「ええ、心得はございます」

 カディンの目は笑っていない。どこか不気味な雰囲気をもつ彼を、リーフィは静かに見返す。その瞳には、目だった感情は浮かんでいない。逆にいえば、気後れしている様子もない。作った無表情さではないので、それは無礼には見えないものでもある。それを何ととったのか、やがて、カディンは目を伏せながら笑った。

「なるほど。面白い女だ。……一つ舞ってみてもらいたいのだが」

「お望みでしたら、ぜひとも。私には光栄なことですわ」

「そうか、では、店のものに用意をさせよう」

 カディンは、隣にいる連中に目配せした。慌てて彼らがざっと立ち上がり、店の奥に入っていく。踊りの準備を交渉しにいったのだろうか。

 彼らが動き出し、リーフィは踊りのために店の奥に小道具をとりに引っ込む。カディンは、シャーたちを背中から見る位置に座り、側近らしい付き人のすすめる酒を飲み始めた。 彼らの注意がそれたあたりで、メハルはようやくシャーを押さえつけていた手を離した。

「何、慌ててんだお前は! 騒いだらまずいだろが!」

 小声できつく言われ、シャーは不機嫌そうにつぶやいた。

「だ、だって、いきなり野郎が手を握ったりなんて……! オレなんて結構長い付き合いになってきてるのに、まださりげなくでも手も握ってないのに! ならず者連中と違って、なんか、こうまずい感じがするのがたえられない!」

 シャーが、ぶつぶつ言いながら、まだ後ろを心配というより、未練がましく見ている。

「あんなにアッサリ初対面で手を握るなんて! ううう、痴れもの! 悔しい! 悔しすぎる! オレなんて手を出した時点で、相手の子がひいちゃうのに!」 

「あのなあ、てめえの個人的な事情なんてどうでもいいんだよ」

 メハルは冷たくいって、ため息をつく。

「とにかく、アイツの尻尾を捕まえるためにも、もう少し静かにここで見張ってるしかねえ。……ちょっと予定が狂っちまったが、本人がいるんだから、ここは絶好の機会とおもわねえと」

「そんな……。というか、オレは正直ここから出て行きたい気分」

 シャーは、口を尖らせつつつぶやく。

「何言ってんだ。あの女、お前の連れなんだろうが」

「……だから余計にってこともあんのよ」

 そもそも、あんな格好で踊るの自体反対だったのだ。シャーは、頭を抱えてテーブルに半ば顔をつけながら、酒をすする。店の中では、すでにかなり準備が進んでいるようだった。 物音もそうだが、ちらりと見ると中央が空けられて、そこでリーフィが踊ったりなにかするのだろう。

 と、視線を感じたような気がして、シャーは目だけをそっと後ろに向ける。そろそろ、リーフィの舞台が整いつつあるのだ。楽師たちが呼ばれて、楽器を持ち出し、リーフィは小道具をもって酒場の中心にいる。皆がそれに注目しているのに、何故かカディンの目は中心にない。

 こちらを見ているのだ。カディンは。一見、ぼんやりとしたような、虚ろなまなざしにも見えるのだが、何故か不気味なものがあるような気がしてシャーは、違和感に眉をひそめる。

 だが、シャーは、自分が見られているわけではないこともわかっていた。カディンの目を見ているのに、一向に視線が合う気配がない。あきらかに見ている対象が違うのである。

(オレをみているのでなくて)

 視線が低い。大柄のメハルを見ているわけでもないようだ。しかし、その瞳がちらちらと揺れているのがわかる。それに、シャーが覗きみていることには気付いていないようだ。

 酒を飲みながら観察していて、シャーはようやく、彼が何を見ているかわかった。それは、自分たちのちょうど足元から腰辺り。そこにあるのは、椅子にたてかけた剣である。

 音楽が鳴り始め、客の視線はリーフィの方に向けられるが、カディンはそちらを向いていない。興味はすっかり剣のほうに移っているのである。

(……なるほどねえ)

 シャーの剣は、見かけからして見事な東方の刀。そして、メハルが立てかけているのは、おそらく西渡りの剣。そのどちらをじっくりみているのかは、今はわからないのだが。

(コレは、また。ジャッキールのせいかどうかしらねえが、またヤバイのが来たな)

 しゃらん、という甲高い鈴の音と共に、ふわりとした布がリーフィの手の動きにそって宙に舞う。カディンが薄く笑ったのは、その時だった。

 もちろん、それは舞う乙女をみているのではなく、二本のつるぎのどちらかを見ているのだった。







 が、と激しく打ち合う音が響く。すでに、そこにいた男はどこかに逃げてしまい、狭い路地には二人の男がいるだけだった。しかも、かなり対称的な二人といえるかもしれない。共通点は、どちらも剣を握っているということだ。片方は、少々崩れたところはあるが市民風の青年、もう一人は流れの戦士風の男。ゼダの先の湾曲した剣が、月の光に動くたびに乱反射を起こしている。

 曲がったまま飛んでくるようなゼダの剣を読みながら、ジャッキールは重い剣をそのまま突き上げる。伸びてくるゼダの剣の中心に当たり、重い音が響く。

「うっ!」

 指先に来る衝撃はゼダの想像以上だ。ジャッキールの剣は、ゼダのそれよりも重い。そもそも体格的に大分差がある。それにしても、あんな重い剣をこの速さで正確に振り回してくるとは思わなかった。

 だが、ゼダはあえて後退しない。そのまま体勢を軽く立て直すと、ジャッキールめがけて、そのまま直接剣を振り下ろす。 ほとんど体当たり同然で飛び込んでくるゼダを見ながら、ジャッキールは冷たく嘲笑った。

「そんなもので……!」

 ジャッキールの声が笑いを含んでいた。剣がぐっと伸びてくる。ゼダは、自分の読みの甘さに気付いて、振り下ろすのを中止して防御に回った。

 案の定、ジャッキールは力ずくで弾き返してきた。ゼダの判断は正しい。そのまま、押し切ろうとすれば、ジャッキールに押し切られていたかもしれない。それでも、かなりの力で押し戻され、ゼダは後退しながら危うく倒れそうになる。空いているほうの左手でバランスを取りながら、壁際に背をつけるようにしてゼダは、相手を見た。

 ジャッキールは、随分と余裕な様子で狭い路地の中、剣を引っさげたまま、こちらを見ていた。

「鎌剣か。……昔、みたことがあるぞ」

 ジャッキールは、そういってマントを払いながら体勢を立て直す。

「癖が強すぎるので、なかなか使い手とはあたったことはなかったが、噂通り、読めない太刀筋をしているのだな」

 だが、と息を整えながらジャッキールは言った。

「だが、そんな小手先だけでは俺には通用せんぞ、小僧!」

 なるほど、とゼダは内心舌を巻く。シャーがあれほど言っていたので、何かあるとおもってはいたが、想像以上だったかもしれない。

 腕自体には、シャーと大きくは変わらないはずだ。だが、修羅場をくぐった経験では、ジャッキールのほうがおそらく上である。年齢のこともあるのだが、それ以前に何か育った環境的なものの意味でも。

 戦い方としては、ジャッキールはシャーと比べると、随分と力と勘に任せた戦い方をしているようだった。そこそこ力はあるほうのゼダでも、さすがに体格だけでも随分差のある彼には力では適わない。おまけに、だからといって力任せだけかというと、何かに取り憑かれたような恐ろしく精密に狙い済ました一撃を出してくることも多い。シャーとは全く戦い方の違う男である。そして、どうも、この男はゼダにとっては、少々厄介な相手になるようだった。

 そして、もう一つ、決定的に違うのは、この男には、どうも恐怖心というのが欠けているような気がする。

 自分もそうだが、あのシャーにも、飛び込んでくるまでにはそれなりの決意も勇気もいるものだが、ジャッキールはためらいなく懐に突っ込んでくる。シャーがイカレた男だと彼のことをいうのは、その辺のことも含めてなのかもしれない。

 しかし、まだジャッキールは、どうもそれでも本気で戦っていないらしい。今のはもし本気ならそのまま押し切られていたかもしれないが、彼の顔には、まだ妙な余裕があった。おそらく、それは芝居ではない。

「……それじゃあ、小手先じゃなければ通用するのかい?」

 ゼダは苦笑気味に言った。

「ほう、貴様に今以上のまねができるのか? ……見たところ、速さも力もそれが限界だろう? 太刀筋の不安定さだけで俺を煙に巻こうなどと、まさか思ってはいないだろうな?」

 ジャッキールは、冷え冷えとした笑みを浮かべた。

「今なら逃がしてやっても構わんぞ。貴様の程度は知れた。俺は今忙しいのだ。……いのちが惜しければ去れ」

「そりゃあありがたいんだが、厄介なことに、オレもそう簡単には引き下がれねえ性分でさ」

 ゼダは軽く肩をすくめる。ジャッキールは、目を伏せて笑った。

「それでは仕方があるまい。……俺は降りかかる火の粉は消す主義だ。見れば貴様は一般人でもないらしい。後から文句は言わさんぞ」

 ゼダは、にやりとした。

「安心しな。死人は話ができねえし、きけねえからよ。どちらにしろ、おたくが、オレの文句をきくことはねえ」

「それも道理だな」

「それじゃあ、納得ってことだな!」

 だ、とゼダが地面を蹴った。そのまま走り寄ってくる。先ほどの攻撃とそう変わらないパターンだ。それを見たジャッキールは、そのまま流して軽く相手をしようと考えたが、相手の動きを見た途端、急に表情を変えた。

「む!」

 顔をそらしたジャッキールの短い髪の毛をかすって、ゼダの刀が跳ね上がる。ジャッキールが自分の剣で相手の剣を弾いたのだ。そのままジャッキールは、素早く飛びずさり、追って来る相手の影を力任せに横なぎに払う。だが、手ごたえはない。ざっと壁際まで引いて、ジャッキールは相手を見た。かすかな痛みにもならない違和感より前に、頬に何かが流れる感覚がした。

「さすが。……追撃はそう簡単に許してもらえねえってか」

 ゼダは息をついた。肩にかけていた上着が地面に落ちていた。ジャッキールの剣にかすられたらしく、左の袖の部分が裂けている。

「さて、もう一度評価を聞くぜ。……今回のでも、小手先かい?」

 ふっ、とジャッキールは笑った。

「コレは迂闊だったな。貴様を多少甘く見ていたようだ」

 ジャッキールは、うすく切れた頬の傷をぬぐった。ゼダが飛び込んできた時点で、ジャッキールは先ほどの攻撃を相手がどうやって繰り出したかは経験上わかっていた。大きく右方向にたわんだような攻撃が、鋭さを増したのを考えればすぐに結論は出る。月の光に照らし出される光景も、彼の予想を裏付けていた。

 ゼダは左手に剣を握っていたのだ。つまり、最初の攻撃の時から持ち替えているのである。そもそも、ゼダは、左利きだ。右にもっていたということは、当初ジャッキールを試すつもりだったのか、それとも、隠し玉にとっておいたということかもしれない。

「ふん、小細工を。……確かに、左右を入れ替えると多少混乱するがな」

「混乱してソレかい?」

 じり、と音を立て、ゼダは少しずつ相手に迫る。しかし、左に持ち替えても、相手に必ず勝てる自信はない。というのも、どうもジャッキールという男、先ほどの反応を見る限り、修羅場をくぐった数が多いせいか、左利きの相手への対策も慣れているようなのだ。

「評価を変えるぞ。思ったより出来るな。では、俺ももう手心を加えなくてもいいということだな?」

「やっぱり、最初は手加減してたのか? あんたのそういう態度は結構命とりなんじゃねえの?」

 ゼダはわざと軽口を叩く。

「さっきの、本気でやっとけば、オレの首から血が噴いてたかもしれねえのにさ」

「一撃で殺しても仕方があるまい。そんなことを喜ぶなら、もっと弱いものを狙っていればいい。危険な相手と戦うのがすきなのは、殺しではなく、戦いの過程がすきだからだ。俺は純粋に戦いがすきなだけよ」

 ジャッキールは、剣を振って握りなおす。

「一撃でなどというつまらんことには興味がない」

「なるほど。じゃあ、そういう理由で、あんたは最近の事件にかかわりがねえと、こういうことか?」

 ゼダは、ふと話を変えた。ジャッキールは答えない。

「やっぱり、あんたがあの三白眼野郎の言っていた男だな。さすがといえば、さすがか」

「……貴様、アズラーッド・カルバーンの知り合いか?」

「アズラーッド? ……へえ、アレはそういう風にも呼ばれてたのかい」

 知らない名前に、ゼダはぽつりとそうつぶやく。ジャッキールは、陰をひくような笑みを浮かべた。

「なるほど。奴を知っているというのか。……さすがに奴の周りには面白いことがおちているものだな」

 月の光がいっそう強まった気がした。輝く光に背を向けながら、ジャッキールは言った。

「面白い。さすがはメフィティスの招いた狂宴だ。俺も乗ることにしよう」

「まあいいさ。……行くぜ!」

 砂の擦れた音が響く。ジャッキールは、ゼダの言葉が終わる頃には、すでに自分から仕掛けていた。

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