9.リーフィの色仕掛け大作戦

 いつもの場末の酒場、よりは、少々立派な酒場。シャーのような男がいても、さほどおかしくはないものの、さりとて、いつもの連中で騒ぐには、ちょっと違和感のある程度の酒場だった。宵からすでに酒場はそれなりに盛り上がっていた。例の事件以来、酒を飲む人間も減っているにも関わらず、ここだけはそうでもないらしい。

 まあ、それはおそらく、ここにいる男達の多くが、どこか闇の世界の匂いのする命知らずな連中だということも関係するかもしれない。

 シャーは、珍しく不機嫌だった。酒さえ飲んでいれば機嫌のいい彼が、こんな顔をしているのは珍しい。グラスをぎりぎり握り締めながら、苦い酒を飲むシャーは、明らかにその店では異色の存在だった。彼の握っているグラスが丈夫な金属製だったのはよかったかもしれない。握り締めすぎて手からそれて床に落としても割れないし、意外に握力の強い彼が割ってしまうこともないわけなのだから。

 どこから、得体の知れない視線を感じるが、正直、シャーは、今はそんなことどうでもよかった。今の最大の懸念事項は、ともあれ、リーフィのことだ。ここで多少自分に危険が及んでも、別に返り討ちぐらいなんともない。むしろ、返り討ちできないからこそ、シャーは、軽く貧乏ゆすりをしながら杯をがたがた言わせるはめになるのである。

「……が、我慢ならん」

 酒をあおりながら、シャーはちらりと後ろを見た。綺麗に着飾ったリーフィが、後ろの方の席で男達につきっきりで酌をしているのが見える。その服装が、いつもより明らかに露出が多いだけでも、シャーにとっては大事なのだが、本当の大事はそこではない。

「そうなの。……まあ、とても頼もしいんでしょうね?」

 リーフィのあまり感情のこもらない声が、いつもより何となく甘く聞こえるのは、シャーの耳が悪いからだろうか。

 ちょうど後ろの席で、リーフィは、もうひとりの女性と共に、柄の悪い男達に囲まれていた。体格のほうもいいし、シャーが見る分でも、おそらくそこそこの腕は持っているだろう戦士達である。やくざものというよりは、ジャッキールと同じような流れの傭兵風の印象があった。

 今日のリーフィは、いつもより艶やかな服装をしていた。大きく肌をさらけだす衣装を着て、華やかに着飾った彼女は、いつもの酒場にいる彼女とは、また違う印象がある。

 もちろん、もとから目を引く美人のリーフィだから、男達のほうも何かと彼女に話しかけたり、時にはべたべたとその肩や手に馴れ馴れしくふれたりしている。

 「カディン」「剣」などという、意味深な単語はきかれるので、おそらく彼らをカディンの部下だと見たリーフィの見立ては図に当たったのだろうが、正直、シャーは、カディンなどどうでもよかった。

 リーフィは、なにやら、妙に綺麗な笑みを浮かべている。ああいう笑い方もできたのか、と思うのだが、どこかぎこちないそれは、多分作り笑いなのだろう。

(普段みたいに、ちょっとだけ優しく微笑んでもらえるのはオレだけ)

 そう思うと、シャーの気分も落ち着くといえば落ち着くのであるが、それにしても気分的にはいいものでもない。

 なにせ、あの連中、リーフィに妙に密着して、酌をついでもらったり、なにやら語らって笑ったりしているのだから。何か危険が迫ったら助ける、ということで、シャーが付き添っているのだが、シャー的にはすでに危険が迫って助けてやらねばならない状態のような気もする。

「別に、嫉妬とかそういうんじゃないんだけど、ないんだけど、ないんだけど」

 自己暗示のようにつぶやきつつ、シャーは、やけ気味に酒を注いで飲み干した。じんわりと染みとおるアルコールの感じに、シャーは先ほどリーフィと話した内容を思い出した。





 リーフィによると、例の刀好きの貴族とやらの部下が、この酒場にのみに来るという話だった。カディン本人が来るには、少々柄のよくない酒場だが、どうせろくなことをする部下でもないのだろう。そもそも、彼のやっていることを考えると、こういうところにたむろする連中が関わっていてもおかしくない。むしろ、そういう連中とつながりがあって当然でもある。

 そういうわけで、シャーとリーフィは、この酒場にやってきていたのだが、今日、リーフィは、この酒場で臨時の手伝いとして働くということになっていた。いいかえれば、そういう名目で忍び込んだということなのだが。

「リーフィちゃん。やっぱりまずいよ。止めとかない?」

 化粧やら準備をしているらしいリーフィを待ちながら、シャーは壁一つ向こうの彼女にそういった。

「いや、そこまで無理することないと、思うのよね」

「でも、ここまで来たんだし、ねえ、シャー、やってみる価値はあるとおもうの」

 リーフィは、妙に前向きである。いつからこの娘はこんなに前向きになったのだろうか。

「価値があるのはわかるけど、でも、なんというか、ほら、リーフィちゃんに危険が及ぶと……」

「まぁ、私なら大丈夫よ」

 リーフィは、なにやら余裕な様子で笑っている。シャーはやや慌てた。

「いや、リーフィちゃんが大丈夫でも、オレが大丈夫じゃないっつーか……」

「でも、私が今日働く分で、シャーのお食事代は払えるっていうし、あなたは久しぶりにいいものを呑んだり食べたり出来ると思うわ」

「い、いや、それはそれで物凄く気がとがめますけど。女の子におごられるのはちょっと、ほら、いくらオレでもねえ」

「じゃあ、私のことを女の子じゃなくて男だと思えば大丈夫よ。それに、シャーは私を守ってくれるんだから、その分だと思えばいいの」

(えっ、やっぱり……)

 どうも、昨今の相棒扱いについてのシャーの悲観的な予測は当たっていたかもしれない。とりあえず、恋愛対象あたりをすっ飛ばして、信頼だけが高まっていたらしい。

(あああ……、なんというか、別に信頼関係があったらいいんだけど、いいんだけど、どうなのそれって?)

 妙にシャーが、そもそもの問題とは違うところで葛藤していると、リーフィは準備を終えたらしく、部屋から出てきた。

 いつもより、少々華やかな化粧をしたリーフィは、またいつもとは違う趣がある。その様子に少々ぼんやりしていたシャーだが、ふとあることに気付いて、ハッと頬を赤らめた。

「あ、あの……リーフィちゃん、そ、その服、一体なんなのかな?」

 リーフィが着ていたのは、珍しく肌の露出が多い服装だ。踊り子だと思えば、そう過激な服装でもないのだが、リーフィは普段が普段なので、少々どきりとしてしまう。

「え? コレ、今日は踊り子のひとりとして忍びこむんだから、と思って……」

「と、思ってってー……あ、あの、オレ、あんまり正視できないんですが」

「……え、そんなに露出度高いかしら?」

 どこまで本気なのかどうなのか、そう聞かれてシャーは苦笑した。

「そ、そんなこと、オレに聞く?」

「あら、聞いてはいけない?」

「あ、いや、その、ねえ……別にそういうことはないんだけど」

 どちらにしろ、シャーの立場とすれば酷である。





 ともあれ、そんなことがあったものだから、シャーは余計に今の状況を見守りつついらいらしているのだった。

 リーフィの座る近くの席で、後ろ向きにちらちら様子を見たり、盗み聞きをしながら飲むシャーだが、危うくここに何をしにきたのか忘れてしまいそうになっていた。

(何くっついてんだよ、ナンパ野郎。……あ、そんな肩に手を!)

 シャーは、グラスをつかんだまま歯をかみ締めた。足をゆすった折に、椅子からかたんと立てかけておいた刀がはずれて音を立てる。こういう時に、刃物などみるものではない。シャーは、あえて目をそらした。 

(り、理性がなかったら、マジで刃傷沙汰起こしそうだよ、リーフィちゃん)

 本当に気が気でない。シャーは、深々とため息をついた。

「そうやってうっかり、剣に手が出たりするか?」

 ふと声が入ってきて、シャーはわずかに眉をひそめてちらりと目をやった。そこには、彼と同じく、少々この店には似つかわしくない男がいた。彼はすぐに無言で隣の椅子に座った。多少いい格好はしているが、それでも、無骨な印象はぬぐえない。

 その顔には覚えがある。確か、メハル隊長とか呼ばれていた、この一件の捜査をしている軍の幹部だ。そういえば、この前、リーフィと歩いていて、例の事件に当たった時に部下の兵士達をどやしつけていた男だ。

「あれ……」

「やっぱり、お前は少々怪しいな」

 メハルは、酒をふくみながらカマをかけるような口調で言った。

「本当は結構できるんじゃないのか?」

「何が?」

 シャーは、わからないといいたげな口調で言った。

「あくまですっとぼけるつもりか? じゃあ、別の言い方をしようか」

 メハルは、ちらりと目を輝かせた。

「……お前、なんか探ってるだろう?」

 メハルが突然そう切り出してきた。シャーは、慌てて首を振る。

「そんなわけないでしょっ? 何勘違いしてるのよ。オレは、別に……」

 だが、メハル隊長は、大きな目を疑わしげに彼のほうに向ける。

「いや、オレの目はごまかせないぞ。……テメエ、只の馬鹿じゃねえだろ」

「いやー、ただの馬鹿でいいですよ、扱い」

 シャーはそういって、酒を飲む。だが、メハルは、シャーの目を見ずにどこか別の場所を見ているようだった。さしずめ、その酒杯を持つ手。

「それじゃあ、まあ、ただの馬鹿っつーことにしとくが、それでも、お前、手だけは嘘をついてないんじゃねえのか」

「手、といいますと?」

 シャーは、酒を飲んでいた手をふいに止めた。

「剣を握ったことがない割りに、妙に物騒な手をしてるだろ。ただの酒飲みの遊び人なら、もっと柔らかい手をしてていいんじゃねえのか?」

「なあに、どういうこと?」

 シャーは、いぶかしげにメハルを見上げた。メハルはにやりと笑ったままだ。

「そういうの世間じゃ剣ダコっつーんじゃないのか?」

「剣ダコ? 冗談じゃありません。さあ、これでも労働してますから、それじゃないすか?」

 シャーはすっとぼけた。

「へー……、それじゃあ、この前に手を広げて見せてみろ。俺も剣には心得がある。心得のあるものの手ならすぐわかるぞ」

「ナニソレ。……つーか、男の手みたって面白くないでしょが、そういう趣味でもあんの?」

「あるわけないだろうが! なんだ、それ以上口答えすると、しょっ引くぞ!」

 思わず立ち上がって、大声になるメハルに、シャーは慌てて唇の前に指をたてる。幸い、盛り上がっている連中は、彼の大声にも気付かなかったらしい。シャーに半ばとがめられる形で、メハルは自分の失態に気付いて黙り込んだ。

「忍んでるんじゃないの? 血の気多いね、あんたも」

 シャーは、やれやれとため息をつく。

「なるほど、あんた、最初に会ったとき、オレが何を見てたかわかったってわけ?」

「当たり前だ。貴様、顔でなく傷口を確認していただろう。その時の様子が様子だったからな、さっきからずっと観察していたのだ」

 顔に似合わず、見ているところはちゃんと見ているらしい。シャーは、肩をすくめた。

「んで、後ろからオレの手ばかり見てたわけ。ちぇっ、暇人だねえ」

 どうも、先ほどから感じていた視線は、この男だったらしい。道理で色気のない視線を感じると思った。

「で、どうなんだ? 認めるのか認めねえのか?」

 メハルは、まだ追求してくる。これは、ごまかして逃げるというわけにもいかなさそうだ。必要ならこの場で殴られてもよかったのだが、どうもメハルという男、観察眼も鋭いが、そこまでわかるということは、おそらく実際剣術の腕もそこそこ立つのだろう。生半可に演技をすると、かえってばれてしまうとまずい。シャーは根負けしてため息をついた。

「わかったよ、わかりました。……ソコソコってことにしといてくれよ」

 メハル隊長は、しかし、納得できないといった顔をする。

「ソコソコだと? 貴様のようなナンパなヤツが実は……などと信じたくないが、そういう人間ほど怪しいのは経験でよくわかっているのだ」

「怪しいって……。外見はよく怪しいっていわれるけどさあ、内面まで怪しいっていわれると辛いなあ、オレ」

「何が辛いなあだ」

 シャーの軽口にあきれたのか、メハルは少々ため息をつく。しかし、すぐに気を取り直して、こう聞いて来た。

「……その剣、見かけない剣だな。貴様、他にも異国の剣を使えるのではないか?」

 どうも、何かを含む言い方だ。奥歯にものをわざと挟んだような、何かを言わせたがっているような口調に、シャーは、頬杖をつきながら答える。

「そりゃ、ま、慣れればそこそこはねえ……。要領つかめば同じですから」

「ほう、でかい口を叩く」

「いや~、でも、オレなんか大したことないほうだよ」

 シャーは適当にそんなことをいってみたが、メハルの態度はどうも固い。なにやら目的の見えない会話を続けながら、しかし、シャーにはメハルの考えが大体わかってきたような気がした。

「アンタ、オレを疑ってるね?」

 ちら、と視線を投げてシャーは訊いた。

「まあなあ。ちょろちょろ周りを動き回ってる連中の中ではお前が三番目に怪しい」

「一番と二番は?」

 メハルは顔をゆがめる。

「オレがなんではなさなきゃならねえ」

「まあそういわず」

「話すわけねえだろうが」

 シャーは、それはすみません、と前置いて、それからこういった。

「じゃ、オレの予測いっていいかな? 全身黒くて顔色の青い、ちょっと言動のやばい兄ちゃんと、そんで、育ちと階級だけはいい、あそこにいらっしゃる方々の親分でいいんでしょ?」

「まあそういうとこ……って、なんでてめえが」

 うっかり乗ってしゃべってしまい、メハルは慌てて立ち上がる。シャーは慌ててなだめた。

「まあまあまあ。あ、じゃあ、カドゥサのお坊ちゃんっていう噂はデマだったわけ?」

 思わず言いかえそうとしたものの、シャーに素早く尋ねられ、メハルは考えた末に座った。

「ああアレはな。……そもそも、カドゥサなんて相手にしたって意味ねえし、そういう意味じゃあよかったんだが……。どうも別の方向で、なあ」

「何かお困りごとでも」

「いや、あのカディン卿が……」

 そこまで言いかけて、メハルはハッと顔をあげた。

「お前、オレのことを誘導尋問にかけてるだろう!」

「いいええ、かけてません、かけてませんてば。まあまあまあ、折角の酒の席なわけですし、ほら、もうこの際酒どんどんいっちゃわない?」

 シャーは、両手をふってごまかすと、ふと思い出したように、メハルの杯に酒を注ぎだした。

「なに、ごまかしてるんだ! オレは……!」

「おねえさんー! 追加おねがいー!」

 シャーはメハルを無視して、通りすがった女性にそう声を上げた。

「てめえっ! オレの話をきいてねえだろ!」

 メハルはそういったが、シャーがマジメに返すはずもない。仏頂面のまま、メハルは注がれた酒を飲み干し始めた。座りなおした拍子に、立てかけていた彼の剣がかたんとゆれた。シャーは、素早く目を走らせた。

 メハルの剣には、ジャッキールの剣と似た細工が施されているような気がした。




  **




 一人の青年が酒場に娘を訪ねていた。

 穏やかで気の弱そうな表情の青年は、どことなくだが、育ちのよさを感じさせるところがある。それは、その青年が、さりげなく貴族や大店の名前をだしながら、そこの坊ちゃんに言われて、この事件を調査しているものなのです、と名乗ると何となく信用してしまうほどの信頼性を持っていた。

 その青年の腰に、なにやら物騒な剣があっても、そのあたりをごまかすのも、また彼の才能といえるかもしれない。

 酒場の主人に金をやり、しばらく娘を外に連れ出す。穏やかな彼の物腰に、娘もさほど警戒はしなかったようだ。

「あなたが、パリーアさんですね」

 ゼダはつとめてていねいに言った。娘は、こくりと頷いた。

「ええ。……あの、お話というのは?」

「ああ、すみません。恐ろしいことを思い出させてしまうのは、本当に申し訳ないことなのですが、私のご主人様が、この事件について興味を持たれ、また一刻もはやく、不安を取り除いて街に遊びに出たいとおっしゃっているのです。それで、何か犯人をさがしだせるような情報を探しているものですから」

 ゼダは、きれいにそう喋ってから、やさしく付け足した。

「もし、ご気分が悪くなければ、ご協力ください」

「は、はい」

 パリーアは、ゆっくりと頷いた。

「でも、わたしもその顔をみたわけではないんです。ただ、影がみえただけで……」

「え、そうなのですか? でも、確かあなたは黒い服で三十がらみの男をみたという風にお話しされたとききました」

 ゼダは、軽く首をかしげる。

「ええ、そうなのですが……」

 パーリアは、少しだけ俯いた。

「よく考えれば、私が見た人は、あの人を殺した犯人じゃないような気もするんです」

「え、それはどうして?」

「私は前に怪しい人影をみたんです。でも、その黒い服装の戦士風の人は、後ろにいましたし、それに……」

 パーリアは、思い出し思い出ししながら答えた。

「あの人は、どうかしたのか、と聞いてきたんです。それに、表情もただ不思議そうに私をみただけで……」

「ということは、あなたは、その人は関係ないのではないかと?」

「そこまではわかりません」

 パリーアは少し自信なさげにいった。

「でも、あまり悪い人には見えなかったような気がします」

「なるほど、そうなのですか」

 ゼダは、なにやら考えながら頷いた。 

「ともあれ、あなたが見たという人の特徴を教えていただけませんか?」

 ゼダがそう聞くと、パリーアは頷きかけたが、その表情がふと凍った。

「あ……!」

 ゼダはさっと目を向ける。

 悲鳴と共に、細い路地から人が飛び出してきた。飛び出てきた男は、怪我をしているようだが、慌てて走り出し、そのまま逃げ去っていく。それを追ってもう一人が続く。黒いマントが、月光にかすかに映った。

「あ、あの人!」

 パリーアは小さな声で、そういった。

「あの人、あの時いた人です」

「え、追いかけていった人のほう?」

「はい」

 パリーアの声とともに、向こうでも、金属のぶつかる音がなる。恐くて震えているパリーアをそっと後ろにやりながら、ゼダはため息を一つついた。

「やあれやれ」

 その声色だけでも、先ほどと随分違う。

「あああ、マジかい。折角人が今日ぐらいは、大人しくしようとしてたのによ」

 いきなり横にいた青年の口調が変わったので、パリーアはぎょっとする。ふと目を向けた先の青年は、先ほどの穏やかな顔つきから一変していて、どこか不敵な印象があった。パリーアは一瞬、これは先ほどの青年だろうかと思う。

 そのゼダは、視線に気付いたのか、途端妙に悪戯っぽい笑みをうかべながら、懐に手を入れて、パリーアに袋を持たせる。

「ありがとうな、パリーアさん。今日の礼はこれで頼むぜ」

「え、あ、いえ、こんなに……」

 袋の中身が金であることはわかったが、それは結構な額になると思われた。パリーアは慌てたが、ゼダはパリーアをもう一度見ていった。

「早く店に戻った方がいい。悪いね、パリーアさん。気をつけて帰んなよ」

 寧ろ、パーリアには、目の前でおきている荒事よりも、目の前の召使だと名乗った青年の豹変ぶりの方が印象深いだろうが、目を丸くしながらも、彼女はゼダのいうことを聞いて、店のほうに駆け出した。

 ここから店はそう遠くない。彼女には危険はないだろう。ゼダはそう判断し、騒ぎの元の方に近づいた。すでに勝負がついているのか、場は静かになっている。ただ、おびえたような男の息遣いが響いていた。

「カディンの手先か? 貴様」

 男の声が響いた。

「一体、何が目的だ? やはり、フェブリスが目的か? それとも、貴様らが持ち去ったものに関係があるのか?」

「俺はしらない、俺は知らない!」

「知らない? 馬鹿なことを言うな! 俺の素性を知っているなら、ある程度のことはきいているはずだ!」

 ゼダは足を進める。ちょうど袋小路になっている狭い路地裏で、背の高い男がもう一人の男を追い詰めていた。長身に闇のような黒いマントを被った体。剣を握っているからだろうか、近くの建物に反射光がうつっていた。

「あんた、何やってるんだ?」

 ゼダが訊くと、相手を追い詰めていた男がこちらを向いた。月光を浴びて青ざめた顔に、鋭い目が光る。三十前後の男は、月光のさして明るくない光でもその顔立ちがよくわかった。冷たい、どこか闇を引きずるような顔立ちだ。

「……通行人か?」

「そう見えるかい?」

「……通行人なら黙って見なかったことにして通れ」

 男は低い声でそういったが、ゼダは軽く笑うばかりだ。

「本当に通行人に見えるとしたら、あんた面白すぎるぜ」

 男は、追い詰めていた相手から目を完全に離し、ゼダのほうに向き直る。その手には、月光にぎらつく剣が握られていた。

「なるほど、素人ではないということか? なら俺は容赦せんぞ」

「どう容赦しないのかね?」

 ゼダは、そういって相手との間合いをはかる。顔を見てすぐにわかった。この男は、おそらく――。

「死にたくないのなら退けといっているのだ」

 ざっと男の手から光が飛んだ。

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