9.終章

終.ジャスミンの花

 

 空は青く澄み切っている。どこまでもどこまでも深く青く、吸い込まれそうだった。

 珍しく上等な服を着て正装したシャーは、中庭を見下ろすバルコニーでため息をついていた。

 頭には布を巻き、宝石で飾った飾りをつけていたが、実はあまり似合ってもいない。顔を半分隠すように薄布で覆っているのは、相変わらず彼はほとんど王宮で素顔を見せない慣習を守っているからだ。

 ここしばらく、ザミルとラゲイラの起こした事件の後始末をつけるため、彼は嫌々ながら王城にこもって生活をしていた。

 ザミルは結局屋敷に幽閉されることになり、ラゲイラの私兵たちも捕縛された。しかし、シャーの命令であくまで処刑を伴う粛清は行わない。賞罰は行ったが、彼はまた血が流れるのを嫌った。

 ハダートなどは甘いといって不服そうだったが、彼はその寛大さで民衆に支持されてもいる。おまけに心情をおもんぱかってもいるのか、カッファは反対しなかった。

「陛下。あの通路ですが、あれは危険ですし、閉鎖することにしました。別の道とつなげます」

 カッファの報告を聞きながら、シャーはぼんやりと答えた。

「了解。でも、オレ、勝手に作るかも」

「作られると困ります。それからラゲイラ卿ですが、その所在自体がつかめませぬ」

「そうだろうな~。逃げるのむちゃくちゃ早かったもんね」

「陛下! まじめに聞いているのですか!」

 カッファの怒鳴り声が、耳にきんきんと響いた。

「いたた、ちょっとカッファ、怒鳴りすぎだよ」

「あなたがまじめでないから怒鳴るのです! 大体、普段からあなたは、私の話など聞いていないでしょうが!」

「そんな剣幕でいわなくたって」

 シャーは、カッファの方を恨めしげに見ながら、ふうとため息をついた。

「オレ、今日はカッファの話聞きたい気分じゃないもん。また後にしてよ~」

「何ですと!」

 カッファはとっさに持っていた書類で頭を張り飛ばしたくなるような衝動に駆られながら、必死でそれを我慢した。こんな馬鹿でも、一応主君だ。

 だが、あの間延びした猫のような声が、カッファの堪忍袋をちくちくと突っついては破っていきそうにするのだった。

 カッファが、道徳心と衝動の板挟みに陥っているのを、ちょうど少し離れた場所から、二人の将軍が見物していた。

「いつまでもつかねえ、あのカッファさんの苛立ち」

「宰相殿は元から気が短い。そろそろダメだろうな」

「あっ」

 ハダートが声を上げた。視線の先で、カッファがとうとう誘惑に負けて、書類でシャーの頭を後ろから張り飛ばしていた。当たり所が良かったのか悪かったのか、被っていた布がはずれてシャーのくるくるの髪の毛が広がった。

「あーあ、やっちまった」

「まあ、気持ちはわかるがな」

 ジェアバードはそんな事を言いながら、文句をつけているシャーと説教をしているカッファをまだ見ている。

「しかし、……あの馬鹿見てるとイライラするねえ」

 不意にハダートがそんなことを言った。

「何がだ? 私はお前の伝達不備でゼハーヴに散々怒られた方がイライラする」

「そういうな、オレも大変だったんだよ」

 ハダートはさらりと言ったが、実際はわざと連絡をしなかったものもある。結局、七部将のまとめ役にしてお目付け役のゼハーヴに、いろいろと言い含められて説教された。

「まったく、あれぐらいで怒るなんてゼハーヴさんも器量が狭いよなあ」

「それは私も同意だな。あの男は何かと細かい」

 二人とも、あまり反省の色はない。ゼハーヴがこの二人を問題児扱いするのは、何度言っても、この二人が自分の好きなようにやるからだった。二人がつるんでいるのが、一番厄介なことだ。

「でも、オレが今イライラしている原因はあそこだ」

「はあ? 中庭か?」

「そう、あそこで楽しそうに話をしている男女を見ろ」

 ハダートは中庭を指さす。ジートリューは、そちらをのぞきこんだ。。そこには、レビ=ダミアスとラティーナが一緒に座っていた。

「何だ、あれは。レビ王子とあの小娘ではないか」

 ジートリューも気づいたようだった。そしてカッファの小言を背で聞きながら、バルコニーから身を乗り出しているシャーを見た。シャーが何を見ていたのかようやくわかった。彼は親しげに話す二人を、ずっと眺めているのである。

「あの馬鹿の命令だよ。罪は問わない。その代りに、償いとして女官としてしばらくただ働き。仕える相手はレビ兄ちゃん。要するに、レビ兄ちゃんの話し相手をつとめさせてるわけ」

「何? そんなことをしていたのか?」

「ほれ、レビ兄ちゃんとラハッド王子は、お坊ちゃん体質なところが似てるだろ。ったく、新しい恋のお膳立てかなんだかしらねえが、余計なことしすぎなんだよ。レビ兄ちゃんは、新しい友達ができたとしか考えてなさそうだがさ。あの馬鹿、あのネーちゃんのほうだって、心の整理ができてるかわかんないだろうがよ。つーたく、いつも気遣いが空回りなんだよ」

 ハダートは、あきれながらも不憫そうに、何かもの欲しそうなシャーの背を見た。

「しかし、アイツの恋心なんて、あのネーちゃん、気づいてもなかっただろ。全く哀れな奴だぜ」

「そう考えると不憫だな」

「まったく」

 同情の目を向けるハダートとジェアバードに気づいていないのか、シャーはまだため息をついている。カッファも、彼が何を見ているのかは実はよくわかっている。

「やはり男は押しじゃないですか! 殿下!」

 見かねたらしいカッファが強い口調で言った。どこかで聞いたようなせりふだな、とシャーは思う。

「もう一押しすれば、あの子、なびくかもしれませんし!」

「何いってんの~」

 シャーはやる気なくいった。

「……弟の婚約者だったんだぜ。あの子。王のオレが手ェ出してみなさいよ、何言われるかわかったもんじゃねえぜ。それこそ、ラハッドは、オレが殺したって言われちゃうじゃないの。そしたら、皆困るでしょ?」

 目を下に下げると、レビがラティーナと庭園で語らっているのが見えた。レビは、以前より顔色がいいし、ラティーナのほうも沈んでいた顔つきが、かなり明るくなり、前にも増してかわいくなったように思う。

「それに、なんだかレビの兄上といい感じだし。オレは身を引いたほうがいいんだよなあ」

 言いながら、シャーは少し落ち込んだような顔をした。カッファは少し気の毒そうに彼の背を見つめた。

「体の弱いレビの兄貴が、あれで元気になったら、オレは言うことないし……」

「し、しかし、しかし陛下はそれでよいのですか! いまなら、なびくこと確実! この辺で、先手を打ちましょう!」

「だって、オレには敵うわけないじゃん。いーの、オレは孤高の男なんだもんね」

 言いながら、自分でもため息をつく。

「しかしさ、どう考えても兄上の方が美形だし、優しいし、なんか見た目も王様っぽいし、オレより理知的だし、……ああ、オレって負けてばっかり」

「い、いや、あなたにはあなたのすばらしさが! 大体ですぞ、あなたにそっくりだった母上様はとても美しい方でした! 三白眼でしたが!」

「……ほ、ホント……?」

 母の顔を見たことがないシャーには分からないが、何よりも自分に生き写しだというのがどうも不審だと思う

「それじゃ、オレって美形なわけ?」

「うっ、そ、それは――」

 カッファがつまるのをみて、シャーはため息をついた。

「カッファって正直だもん。そうだよねえ……。オレ、世を儚んじゃいそう」

「殿下! そのようなことを……」

「絶対やんないって。冗談だって。もう、ホント堅苦しいんだから」

 はあ~とため息をつく青年は、青い服の袖で口を押えた。こののんびりした挙動に巧妙に隠されている、シャー自身のなんともいえない哀しみのようなものが、カッファにはなんとなく見えるような気がした。

 シャーは、母親の顔も知らず、七歳までどこかの下町で暮らしていたらしい。それが、たまたま持っていた母親の形見で、セジェシスの息子と知れて、城にあがった。セジェシスは、彼なりに彼をかわいがっていたのだろうとカッファは思うが、忙しい彼はシャーとあまり会うことはなかった。

 彼は普段から「シャルル」と呼ばれるのを嫌い、常々自分のことは「シャー」と呼ぶように言っていた。

 シャルル=ダ・フールという変わった名前は、セジェシスが会った異国の使節団の男の名前という。それは間違いではないが、セジェシスは決して彼を愛していなかったわけではないのだ。それはカッファが知っている。

 セジェシスが付けたシャルル=ダ・フールという名前は、彼曰く、異国の英雄の名前からとったものでもあるのだから。しかし、そんなことをシャーは知らない。

(王位になどつかなければ……)

 と、カッファは思った。あるいはあの娘とももしかしたら恋仲になれたかもしれないし、彼が苦しむこともなかっただろう。

 国王であることは、本来王の器ではなかった彼にとってはずいぶんな重荷であり、そして、無責任に行動しているように見えて、シャーはカッファや将軍達に気を遣ってはいる。

 それがカッファにはシャーを不憫に思わせる。

「……殿下……」

 カッファは、つい、慣れ親しんだ呼び方でシャーを呼んだ。彼にとっては、彼はいつまでも”殿下”なのかもしれない。

「いつか、私が殿下にぴったりの嫁をつれてきてあげます! それまで、ご辛抱なさいませ!」

 シャーがあからさまにあせった顔をした。

「カ、カッファが見立てるの?」

「当たり前ですとも! 様々な有名人の仲人をつとめた私です! 強くて頼もしい嫁を選んでやります! ご安心あれ!」

 カッファのいう「いい嫁」。どうもろくな嫁ではなさそうだ。シャーはちょっと怖気づいてしまう。

「い、いや、それはちょっとカッファの見立てはさ……。オレの好みとはちょーっと違わない?」

「何ですと! どこが気に入らんというのですか!」

 カッファはシャーをつかみにかかった。

「大体、殿下は痩せすぎなのです! だから、嫁ぐらい立派な嫁を!」

「それが嫌なんだってば! オレより強い嫁なんてやだ! オレはもっと優しくて、まもってあげたくなるよーな美人の嫁さんがいいよ~!」

 シャーが言うと、カッファはさっと顔色を変えた。小さい頃から、怒るとたとえシャーであろうが、王族扱いしなかったカッファである。シャーは、身を引いてバルコニーの手すりに身を一杯に寄せた。

「何を贅沢を! 殿下! 今日という今日こそは、殿下に世の厳しさというものを、徹底的に教えてやりますからな!」

「じょ、冗談でしょ。ちょ、カッファ、オレ王様よ?」

「だから、世の厳しさを教えてやろうというのです! そのためには一時の不敬もやむおえないこと! ごめん!」

 カッファはいつの間にやら腰の剣に手をかけている。シャーは思わずバルコニーの上に足をかけた。

「ちょ、ちょっと、落ちついてってば。ぼ、暴力はんたーい。ね、人間話し合いでわかるって、はーなーしーあーいー……」

「ええい黙れ腐れ三白眼がッ!」

 シャーの口調が悪かったのか、とうとう堪忍袋が切れたらしいカッファが剣を鞘ごとぬいて振り回す。ぬわっという変な悲鳴をあげて、シャーはそれをどうにかかわす。

「こ、殺す気か!」

「ご安心を。あなたがそのくらいで死ぬはずがないことは、私がよく知っております」

「あ、ひどい! カッファの冷たい一言がオレの胸を抉った! あーあ、ホントにオレ世を儚んじゃうからね!」

 シャーは、そういいひょいと手すりから身を躍らせた。あっとカッファは声をあげる。

 一瞬、本気で彼が身投げしたのではないかと焦ったのだ。

「殿下――!」

 だが、この若い王は、バルコニーの端っこに捕まって、そこから猫のように柔軟に着地した。

「それじゃー、隠遁生活(いんとんせいかつ)にいってきまーす!」

「あなたという方は! 今度の今度こそ許しませんからな!」

 そのまま、二階のカッファの怒鳴り声をききながら、シャーは慌てて走り出す。ここで捕まったら、しばらく街に遊びに出かけられない。

 中庭を走りぬけていると、青いものが走っていくのに気づいたレビ=ダミアスが、不意に立ち上がって声をかけてきた。

「あっ、シャルル。どこにいくんだい」

 シャーは、走りながらレビ=ダミアスの方を見た。そばでラティーナが彼の方を見ていたが、それはもう前のような視線ではなかった。ふっと笑いながら、シャーは吹っ切るように明るい口調で応えた。

「ああ、兄上、ちょっと散歩です。散歩。ごきげんよう~!」

「あっ、シャルル! ちゃんとご飯は食べて、ちゃんと睡眠を取らなければならないよ。調子が悪くなるとすぐに帰ってくるんだよ」

 レビ=ダミアスが心配そうにそう告げたが、シャーからしてみると体の弱い兄からかけられるセリフではないと思う。

「オレからすれば、それはどっちかというと、オレが無茶しすぎな兄上にいいたい言葉ですが」

 シャーが頭をかきながら言ったとき、ラティーナが慌てて立ち上がって軽く礼をし、何か言いたげな顔になる。それを見るとなんだか悲しくなりそうで、慌ててシャーは後ろに向けて手を振った。

「兄上、それじゃお元気で。あとは頼みます」

「ああ、わかったよ。気をつけるんだよ」

「はーい、りょうかい」

 シャーは兄の声をききながら、ふうとため息をついた。追いかけてきているらしいカッファの声が遠くから聞こえ始める。シャーは慌てて駆け出しながら、ぼんやりと思った。

(でもさあ……、オレ、こんな不真面目に見えるけど)

 前から来る兵士は、なにやら不審な侵入者が走ってきたといった目で彼を見ている。それをかわすため脇道に入りながら、シャーは正装の青いマントを脱ぎ捨てた。

(オレはこの国が嫌いって訳じゃないんだよ。だから、守るときは守ろうとは思ってるんだぜ、カッファ)

 いちいち口にするのは恥ずかしい。絶対にそんなことは言わないけれど、実は彼はそうなのだ。

 彼はこの王都と国を、憎みもすれ愛してもいた。それは間違いない。

「それじゃ、しばらく留守にするから、後々はお願いね!」

 シャーは、追いかけてくるカッファにそう叫ぶと、例の秘密の抜け道に入り込む。その瞬間、彼はもう、シャルル=ダ・フールでもなく、王でもなく、将軍でもなく、剣士でもなく、ただのシャー=ルギィズだった。そして、彼がなによりもそう他人から見られることを望んでいるのは、痛いほどカッファにはわかっていた。

「殿下!」

 叫びながら、どこかでシャーが街で馬鹿騒ぎして幸せに暮らすのを、カッファはどこかで願っていたのかもしれない。そういう彼の顔には、どことなく安堵の表情があった。

 


  *


 砂埃にまみれた街は、どこか乾いている。

 あれほどの事件があっても、カタスレニアの街中はさほど変わらない光景だった。

 少しさびれた雰囲気のけだるい街並み。そんなに離れたわけではないのに、なんとなく懐かしい感じがした。

「あーダメダメ。オレったら、すぐに引きずっちまうんだよな」

 はあ、とシャーはため息をつく。

「街に出たらもう気分変えなきゃ。どうせ引きずったってシアワセになれっこないんだし」

 口だけそういいながらも、なんとなく元気がでなくてシャーは、ずるずるとサンダル履きの足を引きずりながらいつもの酒場に歩いていこうとしたところ、いきなり表通りに連なる路地から馬車が飛び出してきた。

「うおっ! あぶねえ!」

 慌てて避けて大事には至らなかったが、馬車は横柄にもそのまま通り過ぎていった。

「ちっ、なんでえ!」

 舌打ちしつつも、文句を言う相手が走り去ってしまったので、仕方なくその場を立ち去ろうとしたところ、ふと後ろから彼を呼び止める女の声がした。少しかすれた声だが、妙に可憐でもある。

 女はどうやらシャーの後ろにいて、慌てて駆け寄ってきたものらしい。

「さっきの、危なかったわね。大丈夫だったかしら?」

 そう声を掛けられて、シャーは慌てて愛想笑いを浮かべて振り返った。どこの娘か知らないが、ちょっとカッコ悪いところを見られたな、と思ったのでやや苦笑い気味だ。

「ああ、ありがとう。いや、オレ、前見てなくて……」

 と言いかけて、シャーは思わずドキリとして動きを止めた。

「そう、よかった」

 ほとんど笑っているのかどうかわからない無表情さで、背後にいた女はそう言った。

 冷たさすら感じさせるほど涼やかな、しかし、どこか浮世離れした雰囲気を持ち、彼女はそこにたたずんでいた。つややかな黒髪に切れ長の瞳をしていて、比較的かわいい女の子のいる店があるカタスレニアでも、ちょっと浮いてしまうほどの美人だ。

 誰だろう。おそらく、まだ会ったことはないのに、どこかで会ったような。

「これ、あなたの?」

 気を取られていたシャーに、彼女は何かを差し出してきた。見れば先ほど財布を落としたらしい。いつものシャーならわざとらしく大げさに驚くところだが、今の彼にはそんな余裕すらなかった。

「あ、ああ、ありがとう」

 そういって受け取ると、彼女はほんの少しうっすらとほほ笑んだ。

「お財布を落とした代わりに、今日は貴方にいいことがあるといいわね」

 そんなまじないのような祝福の言葉を残し、そして、彼女はそのまま立ち去っていく。涼しげな風が彼女の周囲に吹いているようだった。

 シャーはそれをぼんやりと見送っていた。

「あれー、兄貴だ!」

「最近見かけなかったですが、どうしてたんですか? 生きてるかどうか心配してましたよ」

「オレたち今から飲みに行きますけど、兄貴もどうせ来るんでしょ?」

 横道からでてきたおなじみの顔見知りの連中が、シャーを見かけて声をかけてきた。

「ちょ、お、お前ら!」

 シャーは慌てて彼らを捕まえて、小声で聞いた。

「あ、あのコ、誰? 知らない?」

「あのコ?」

「見なかったのかよ? あの、すげー美人なコ!」

「あれー、知らないんですか? 兄貴意外と遅れてるなあ」

 カッチェラが肩をすくめて言った。

「あれはリーフィっていって、評判の踊り子なんですよ。最近、特に舞踊が評判になってて有名になってきたんですけどね。ま、確かに、この辺においとくにはもったいないような美人ですけど」

「踊り子? 酒場にいるコなの?」

「もちろんですよ。あ、でも、リーフィはやめといたほうがいいですよ。美人だけど、あんまり笑わないし、難攻不落で有名ですからね。兄貴なんか玉砕必定です」

「ひ、ひどいなあ、そんなんじゃねえって。ち、ちょっと綺麗すぎるもんで、びっくりしただけだよ」

 シャーはそう釈明しつつ、去っていく彼女の後姿を見やった。

「ふーん」

 皆でがやがやと酒場に向かう中、シャーはこっそりとつぶやいた。

「なかなか、面白い娘(こ)みたいじゃないか」

 やはり、街は楽しい。

 これからも、どうやら楽しいことが待ち受けていそうだ。




 ――国王シャルル=ダ・フール=エレ・カーネスの暗殺未遂事件。それは、無事に幕を閉じたが、この若い王がまだ平穏な日々を過ごせるようになるのは、ずいぶん先のことである。

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