3.裏切り

 今はなんどきだろう。すでに夜半を過ぎていたが、まだ朝日までには遠い時間。

 ラティーナは、主人のいない部屋で毛布をかぶっていた。

 シャーは話が終わると、毛布を一枚だけもってそのまま扉から出て行った

。どこにいくのか、とラティーナが尋ねると、シャーは少しだけ笑って、

「やだなあ、オレがそんなに無作法な男にみえます~? 嫁入り前の女の子と一緒の部屋にいるわけにはいかないでしょうが」

 などと、彼らしくもない紳士的なことをいって外に行ってしまった。

 ああいう軽率そうな彼の口から、そういう言葉がすらりと出るとは思わなかったので、ラティーナは意外に思ってもいた。しかし、確かに同室にいるのも気まずいので、助かることは助かっていたが。

 それにしても、今日も色々あった。

 特にシャーに会ってからの状況の変化がめまぐるしすぎて、彼女自身も追い切ることはできなさそうだった。まるで気持ちがついていかない。

 シャーからは気持ちを落ち着けて眠るようにといわれていたが、そんなことを言われても眠れるものではなかった。結局、何度も寝返りを打った末に起きあがってしまう。

 そのまま、毛布を肩からかけたまま、そろそろと歩き出し、狭い部屋の扉をそうっと開けてみた。

 こてんと音がして、もたれかかっていたシャーが、肩から床にずり落ちる。それでも目を覚まさないところを見ると、彼も相当疲れていたのだろう。

 部屋の入り口で、シャーは毛布を一枚被って寝ていた。

 その平和そうな寝顔を見ると、先ほど彼が語った内容も、彼の凄まじい剣も、まるで嘘のようだった。飲んだくれで、陽気で明るい、酒場のシャーそのもののようだった。

 だが、その手にはしっかりと刀がつかまれている。いつでも抜き打ちにできるよう、刃の部分を外向けにしているのも、柄に手がかかっているのも、全て敵を警戒してのことなのだろう。

 彼の語ったことはすべて夢ではない。

 そう思うと、何だか現実を突きつけられる気がして、ラティーナは気が重くなった。

 彼がこんな平和な顔をしていても、明日の夜にはどうなっているかわからない。それが国王に逆らおうとするということの意味なのだ。

 ラティーナは息をついた。

「シャルル=ダ・フールの寝室への入り口を教えてあげるよ」

 と、寝る前にシャーは言った。

「ラゲイラ卿よりも先に手を打たないと、あっちに殺されてしまうかもしれないだろ。あいつらは、オレのことで、ばれたと思ってるから急に行動をおこす。あいつらに勝つには、明日行動するしかない」

 ラティーナは頷いた。

「じゃあ、どこへ行けばいいの」

「……カタスレニア地区の……、とある古井戸があるんだよ。廃屋になったぼろっちい家の近くにね。その、井戸の中は、とっくに枯れてるんだが、横道があって地下水路に繋がっている。そこをずっと通っていくと、まっすぐにシャルル=ダ・フールの寝室にでられるはずさ」

 シャーは、強く頷いた。

「中はそれなりに迷路にはなってるが、オレは何度も通ったんだ。……大丈夫」

 それから、少し寂しそうな顔をしながら彼はいった。

「大丈夫だよ。……オレがラハッド王子の仇を取らせてあげるよ。シャルル=ダ・フールを……ね」

 ラティーナは、ありがとうといったが、何となく複雑な気分になった。

 シャーは本当にシャルル=ダ・フールが嫌いなのだろうか。

 あのときの口調は芝居などではなかったけれども、ずっと仕えてきた相手を裏切るのに心苦しいと思わないことはないだろう。ましてや、シャーは優しい所があるし、そう簡単には割り切れるような男だろうか。

 ラティーナは、シャーを起こさないようにそっと彼をよけて通った。

「どこいくの?」

 寝ぼけたようなシャーの声が追ってきた。後ろを見るが、シャーは目を開けてはいない。寝言かと思ったが、そうでもないらしい。気配でわかったのだろう。

「眠れないから、……ちょっと風にあたりにね」

 ラティーナが答えると、シャーは薄目を開けた。

「危険だから、遠くに行っちゃダメだよ」

「いかないわよ。あんた疲れてるんでしょ? 休んでて」

「うん、そうするー」

 答えるや否やシャーは軽い寝息を立てて、目を閉じて眠り始める。どこまで本気なのかわからない。

 ラティーナは少しため息をついて、そのまま外に出た。

 月の綺麗な晩である。ラティーナは、外に出て月を見上げた。いい風が吹いていた。

 まさか、今夜、この都市の一角で、あのような騒ぎがあったとは思えないほど、深夜の街は静まり返っていた。

(ラハッド……)

 ラティーナは、ため息をつく。

(あたし、本当はシャーをこの作戦に参加させたくない……)

 シャーは、作戦の話をするとき、あまりにも寂しそうな顔をする。その理由をラティーナは悟ることはできなかった。

 それに計画を進めれば、シャーを巻き添えにして殺すことになる。捕まればきっと二人一緒に殺されると思うし、助かっても、元主君のシャルル=ダ・フールを裏切ったシャーにはけして未来など開けない。覚悟をしていた自分はいいが、シャーのこととなると何となく心が痛んだ。

(でも、あたし、どうすればいいのかしら……)

 ため息を再び深くつく。

 あの日から、ラハッドの復讐ばかり考えて毎日を過ごしてきたのに、どうして今ごろためらってしまうのだろう。シャーに会わなければ、こんな思いをすることはなかったのだろうか。

 ざり、と音がした。

 シャーが後を追ってきたのかもしれないと、ラティーナはそちらを向いて、そして身を引いた。そこにいたのは、彼女の予想外の人物だった。そこにいるはずのない人物だ。

 月明りでその顔がよく見えた。

「ザミル王子!」

 少し警戒して、ラティーナはその人物を見た。

「どうしてここに!」

「ラゲイラ卿の追ってが、このあたりであなた方に巻かれたというので、このあたりを探していたのです。こんなところにいらっしゃったんですか?」

 ザミルはふっと微笑み、しかし、ラティーナの警戒に気づいてか、申し訳なさそうな顔をした。

「私からもラゲイラ卿に穏便にと注意していたのですが。しかし、まさかあなたと一緒にいる人物が、兄上の影武者を務めた人物だとは思いもよりませんでした。それで、あなたに一言、謝りたくて……」

 ラティーナは黙って立っている。

「まさか、あなたまで騙してしまうことになるなんて……」

「あなたのお気持ちはうれしいですが……」

 ラティーナは顔を横にそむけた。

「やはり、あたしは、ラゲイラ卿のやり方にはついていけません。やるなら、一人でやります」

「一人で? そんな無茶ですよ!」

 ザミルは、慌てていった。

「あなたのことは、私がラゲイラ卿に伝えましょう。ですから、もう少し……」

「いえ。もう決めたんです。今のあたしには、協力者もいますから。どうか、ザミル王子、あたしに全部任せて……。あなたは、どうか、あまり関わらないでください。これが露見すれば、あなたまで罪に問われます」

 ラティーナはいい、ふっとザミル王子のほうを向いた。

「そうですか。それなら、もう、私が止めることもありません」

 ザミルは寂しそうに言い、それからはっと顔をあげた。

「もちろん、このこともラゲイラ卿には言いません。ただ、私は義姉上のことが心配でここまでやってきた次第なのですから。……どうか、無理をなさらないでください」

 慈愛にあふれたようなザミルの綺麗な目が、夜目にもはっきりと見えた。ラティーナは、短く感謝の言葉を述べた。

「……でも、どうやって成功させるのですか?」

「シャルル=ダ・フールの部屋の近道、やはり彼は知っていたんです」

 ラティーナは短く言った。

「あなたのいったことは、確かに本当だったようで……」

 ラティーナは、少しだけ微笑んだ。

「でも、結果的にはよかったのかもしれません。あのままでは、シャーはあたしに秘密を話してくれなかったでしょうから。彼との信頼関係を築けたのは、ある意味ではラゲイラ卿のおかげともいえますから」

 ザミルはそれを黙って訊いていた。ふいに月がかげり、彼の姿も少し暗くなる。

「ザミル王子、だから、すべてあたしに任せてください。あなたも、どうかラゲイラ卿から離れて、静かに今は忍んでいてください」

 そういいかけたとき、不意にザミルの口元が歪んだのが、暗闇にも見えた。ラティーナが、怪訝そうに眉をひそめた瞬間、その唇はこういったのだった。

「そういうわけにはいきませんよ」

 いきなり、ザミルはラティーナの手をつかんだ。それがあまりにも強い力なので、慌ててラティーナは引き剥がそうとする。

「な、何をなさるんですか!」

「……そうか、地下道の場所を聞き出したのか」

 急にザミルの口調が変わった。ラハッドに似た顔に、彼とは違う邪悪な色が浮かんだ。

「シ、シャ……!」

 ラティーナは驚き、声をあげようとするが喉に短剣を突きつけられる。冷たい感触が、鋭くラティーナに迫った。

「……声をたててあの男を呼ぶ気か?」

 ザミルは、口をゆがめて笑った。

「近くにいるのか?」

「い、いやしないわ! 別の場所にいるの!」

 震える声で言いながら、ラティーナは少し睨むようにザミルを見た。時間をかせいでごまかさなければ、今度はシャーも殺される。

「あ、貴方、今まで、嘘をついていたのね!」

 ザミルは無表情に見えた。月が隠れたのか、暗い闇が広がる。

「あたし、ずっと、この計画は、ラゲイラが首謀者だと思っていたわ。……でも違うのね。あなたが本当の黒幕……」

「黒幕? 嫌な言い方だな、義姉上」

 冷たくザミルは言った。

「それが、婚約者の弟に言う台詞か?」

 ぎり、とつかまれた手が軋んだ。痛みにラティーナは顔をしかめる。

「ラゲイラは、前の宰相のハビアスと仲が悪かった。だから、奴が立てたシャルル=ダ・フールが気に食わないんだろう。それにカリシャ家の血を引くモノに跡目を継いでほしかった。だからこそ、私が話に乗っただけだ」

 それに、といい、ザミルはラティーナを舐めるように見た。ラティーナは、びくりと身を震わせる。

「兄上にはもったいないな」

 ザミルの目は、蛇のようだった。絡みつくように、じっとりとしている。

「……兄上の代わりに、私の相手をする気はないか?」

「な、何を!」

 ラティーナは手を振り払おうとしたが、細い体に似合わず、ザミルの力は強い。

「そもそも、前々から思っていたのだがな、ラティーナ。……兄にくれてやるには、少し惜しい」

 そういって、ザミルはラティーナを引き寄せようとした。

 と、ふとザミルはラティーナを突き飛ばして、さっと横によけた。何か銀色に輝くものが、壁に当たってはじけたのが見える。月の光を嫌うように、闇の内に誰かが立っている。顔は見えないが、それが誰であるか、ラティーナにはすぐにわかった。

「シャー!」

 ラティーナは思わず叫んだが、すぐに周りからザミルの護衛らしき者達が数人現れ、ラティーナを押さえつけ、後ろに控えていた馬車へと引きずっていく。

「手荒なことはするな! ラティーナを離せ!」

 シャーの声が、闇に響いた。

「お前が青兜アズラーッド・カルバーンだな? アルシールの養子だろう?」

 ザミルが訊いたが、シャーは答えなかった。

「あのままシャルル=ダ・フールから離れていればよかったものを! そんなにあの無能な兄がいいのか?」

「オレは、その子を離せといったんだ!」

 シャーの声は低く、一体誰の声なのかよくわからないまでになっている。

「シャー! もういいから!」

 ラティーナは思わず叫ぶ。

「こっちにはラゲイラの私兵でいっぱいよ! 早くにげて!」

 そう言った途端、ラティーナの声がとぎれた。馬車の中に無理矢理押し込まれていく。

「くそっ!」

 シャーは慌てて走ったが、ザミルのところに行くまでに、すでに四散していたラゲイラの兵隊達がわっと数を頼りに飛びかかってきた。正確には何人いるかわからないが、少なからず十人はいるようだ。

「その男は生かしても殺しても構わないが……」

 ザミルが馬車に入りながら言った。

「生かすつもりなら、動けないまで打ちのめしてから連れてこい。そうでなければ、手におえんからな……」

「畜生! てめえ!」

 シャーは、唸ったが、飛びかかってくる連中を刀を抜いて払いのけるので精一杯だった。

 あちらこちらから、一斉に刃物が身に迫ってくると、さすがの彼でも無事ではすまない。奇襲をかけられた形になったシャーは、仕方なくその一角を破るため近くにいた男に体当たりをくれて、そのまま走り出した。そんな彼を追い、彼の先に回り、ラゲイラの刺客達は刃を剥く。

「鬱陶しい!」

 刀を振り回すと、がきいん、と音がし、敵の刀が折れて飛んだのがわかった。崩した一角を狙って正面突破する。

 ラティーナの顔が、馬車から一瞬こちらをみた。

「シャー!」

「ラ、ラティーナちゃん!」

 シャーは、それにどうにか追いつこうとしているようだが、もうすでに距離は離れすぎている。シャーは、仕方がなく大声で叫んだ。

「ラティーナちゃん! 絶対助けるから! だから、オレ……!」

 言いかけたシャーの横から剣がざっと飛び出てくる。シャーはさっと飛びずさってそれをよけ、反射的にそれを反対側に返した。それを剣で正面から受けてしまった男は、そのまま倒された。

「畜生が!」

 さすがの彼もかなりいらだっているらしく、鬱陶しそうに縋り付いてくるような追っ手達を見る。軽く肩で息をしつつ、その息を整えながら、シャーは刀を握り直した。

「お前らの相手してる暇なんかねえんだよ……! 通してもらうぜ!」

 そういうと、彼はたん、と地面を蹴る。飛びかかってくるのかと思った男達は、身構えたが、直前になってシャーの姿がふっと消えた。シャーは、建物の影に走り込み、馬組を隠して相手を巻くつもりだったのである。

「言ったろ! 相手してる場合じゃねえんだよ! 早くラティーナを助けないと……!」

 シャーは、奥歯をぎりと噛みしめた。

(早く助けないと……! もし、あの子がこれ以上辛い思いをして、またオレが何もできなかったら……)

 それは、あの時とまるで同じことをしてしまう。それだけは駄目だ。

 と、何を思ったのか、はっとシャーは顔を上げた。

「おおっと!」

 シャーは慌ててたたら足を踏んだ。というのは、目の端で銀の光が流れたのが見えたからである。間一髪、刃物の襲撃をかわし、シャーは壁伝いに逃げて体勢をととのえた。

「なんだい、あんたかい?」

 シャーは月の光に見える相手の顔を見て言った。そこに立っているのは、大男のベガードだった。彼はすでに大剣を引き抜いて、殺気をみなぎらせていた。

「今度こそ、お前をぶっ殺してやる!」

 先ほど油断をしてやられたこともあり、今回は彼はやや慎重だ。

「へぇ~助けてやったばっかりの命をすぐに捨てるとは、助け甲斐のないやつだねぇ」

 シャーは、にんまりと笑った。

「そんなに要らないっていうなら、買い取ってやってもいいんだぜ」

「な、何だと!」

 ベガードはすでに頭に血を上らせているが、シャーは冷たい目で相手を見ながら、嘲るようにいった。

「しっかも、アンタ、この真夜中に周りを起こしまわりながら歩いたんじゃねえだろうな、すげー近所迷惑だぜ! とっとと帰って寝てろよ!」

 ベガードの太い眉毛が怒りに震えた。

「うるせえ!」

 そのまま剣を薙いできた。シャーは、壁を背にそのまま横っ飛びに飛んでよけ、その間に刀を抜いて、剣を撥ねた。ぱちいんという音が夜の街に響き渡る。

「オレは急いでるんだ。勝負は急がせてもらうぜ!」

 シャーは言うと、そのまま剣を引いて構えた。

「……今度は油断しねえ!」

 ベガードは寝不足もあいまって充血した目を、更に殺気に血走らせる。シャーは、それを冷めた笑みを浮かべて迎える。その笑みに更に腸を煮えくり返らされたのか、ベガードは燃え上がるような憎悪を滲ませて飛び掛ってきた。

「死にやがれ!」

 おもいっきり振りかぶった刀を打ち下ろす。その勢いからシャーは、避けきれないと判断し、刀で受け止めた。じいんという痺れが、手に伝わり、シャーは思わず押されて壁にぶつかった。

(チッ! 馬鹿力が!)

 心の中で毒づいて、シャーは手を振ってから刀を握りなおす。壁にシャーの背をつけたことで、ベガードはシャーを追い詰めたような形になっていた。思わず勝利の笑みが、口に浮かび上がっている。

「ふらついてるぜ! どうした! 疲れてるんじゃねえのかあ!」

 シャーは、彼らしくもない暗い笑みを浮かべる。

「……寝起きは機嫌が悪いのさ」

 ベガードは、くっくっと笑った。シャーはそこから観念したように動かない。疲れ果てているのだと、ベガードは思った。

「いい冗談だぜ! 完全に目がさめねえうちに、今度は永遠に寝かしつけといてやる!」

 ベガードはそのまま剣を振り上げて、真っ向からおろそうとした。が、その一瞬をつき、シャーは、逆にベガードの懐にすでに入り込んでいた。

 シャーは、わずかに笑みながらこう叫んだ。

「寝かしつけられるのはあんたらしいぜ!」

 シャーの声が、ベガードに届いたどうかはわからない。

 その直後には、シャーは刀の柄頭で思いっきりベガードの腹部を突いていたからだ。シャーが駆け抜けたあと、鈍いうめきが聞こえ、ベガードの刀が落ちたのが分かった。そのまま、彼の巨体は地面にだらしなく伸びた。シャーは、地面に伸びたベガードを忌々しげに見やった。

「今度は助けようとは思わなかったが……」

 シャーは、軽く息を整えながら刀をおさめた。

「……止めを刺すと時間がかかるからな。ありがたくおもえよ」

 シャーは人が来るのを嫌い、ベガードをそのままに、小走りにその場を離れた。

 しかし、ラティーナの連れ去られた馬車はもうどこにも見あたらない。行き先はおそらくラゲイラの屋敷だと思われたが、今から助けに入るのは自殺行為だった。もう奇襲作戦はきかないし、相手の守りも堅いだろう。

 それに何より、背後にあの王子がいるのだ。

「くそっ!」

 彼にとっては庭同然のカタスレニアの複雑な道は、追っ手をうまく惑わせてくれた。

 廃屋にまぎれた複雑な路地の奥の一角に身を投げ出して、仰向けのまま荒い息をついた。疲れている上に、寝起きの身体で大立ち回りするのは、さすがの彼にも辛い。顔に手を当て、その指の隙間から、シャーは狭い路地裏の屋根の間の狭い星空を見た。

「何で、オレはあの時、あの子を一人だけで外に行かせたんだ! 危険だって事はわかってたはずじゃねえか!」

 シャーは、軽く息をつきながら、険しい表情でそう言った。夜気は冷たく、暴れて火照っていたシャーの身体を冷やした。

 その寒さは、何か身にしみるようなものだ。

 彼は起きあがると息をついた。

 さてどうする?

 どう考えたって今からは助けに行けない。

 シャーは、自問自答した。

「ちッ、別にわかってるさ! 反撃はその時しかできねえってこともよ!」

 シャーは、独り言をいいながらうめいた。

「……畜生! てめえの好き勝手にゃさせねえからな!」

 夜の空気に、息が白くなっていた。シャーは、狭い星空を見ながら立ち上がる。

 思えばそれは酷く気の重い仕事でもあった。

 だが、こうなった以上、いい加減、自分も決着をつけなくてはならないだろう。そして、多分、今がその時だ。

 かしゃりと音が鳴る。シャーは、腰の刀の柄をいつの間にか押さえていた。



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