第三十九話

 謎というものが突然に解決することが常道ならば、戦いなどというものもまた順調に攻略が進むなど考えるのもまたおこがましい。

 全ては解決策の投入で突然に全てが氷解することもあるのだ。


 そして、無敵かと思われていたコンスタンティン龍もまた、その無敵の時間が突然に終わりを告げたのである。

 神獣鹿の背に乗り、連れてこられたのは奈落なら誤條ごじょう


 誤條ごじょう。南北朝の因縁深いこの地に誘い込まれたのは、偶然か必然か。お春には分からなかった。

 見渡せば、コンスタンティンの周囲には、西大寺衆が集っていた。


「いくら誤算だろうと。いくらカスどもが集まろうと、俺の前には雑魚に等しい。」


 コンスタンティンはしかし、追い詰められても強気だった。

 そんなコンスタンティンを一心に見据え、杖に跨って空中浮遊しているのは、宝蔵院お春のクラスメイト。

 ただの一般人。たちばなゆわいだ。


 橘さんはフリルの塊のような衣装を身に纏っていた。


「もう終わりよ。コンスタンティンさん。」

「橘さん。やっぱりこいつはそういうことだったのね。」


 生首自転車と化したお春は杖に跨って空中浮遊橘さんに話しかけた。

 橘さんは悲しそうにお春を見た。


「酷い…いくら全能の力を持ってしても、完全なる死者蘇生は不可能。薬師博士も、コンスタンティンの目論見は初めから失敗していたのよ。」

「わかってるわ。私は大丈夫。」


「やめろ。お前は自分の手で親友を殺すことになるんだぞ。」

「いいえ、そうはならないわ。あなたも魔法少女だったとは思わなかった…コンスタンティン龍。」


 橘さんは毅然とした表情で言った。

 コンスタンティン龍はいつも通り、フリルのついたチャイナ服という、折衷様のドレスを纏っている。

 それはまさに、中華系の魔法少女の衣装と言えないだろうか。


 お春もまた、この事実には早い段階に気が付いていた。


「そんな…!コンスタンティン龍が魔法少女だったなんて。」

「ではあの謎の無敵状態は…!魔法少女特有の、人々の夢と命を守るための魔法を使っていただけなのか!!」


 事実を知った橘さん以外の西大寺衆の面々から動揺が広がる。

 無理もない。


 まさか誰も想像すらしないだろう。


 最強の格闘者が鍛え上げてきた拳が。

 人の身でありながら、人の領域を越えようとしたその拳が

 それであって尚、忍法に非ざる特殊能力に位置する、一意専心の拳が。


 その実、魔法少女を目指して振るい、本当に魔法少女になった者の拳であったとは。


「橘…!そうか、魔法界には疎い在野の魔法少女なので気が付かなかったよ。魔法界の王家の者が紀州徳川の重臣橘家だったとはな!!」


 コンスタンティンは悔しそうに叫んだ。


 魔法少女。

 その全貌については知りたくもないし、敢えて知ることもしないが、宝蔵院お春は橘さんが魔法少女だということを知っている。


 それは去年の戦いの中で橘さんがポロっと零した事実で、一度は変身する姿も見ている。


 そして、魔法少女の正体を知られた者が人間界に留まれないことも。


「俺は…子供の時から魔法少女に憧れていた!!故郷の香港で見た魔法少女のアニメを見た時から…!!あの無敵の力、そしてパワー!!魔法少女になろうと思った俺は、拳法の師匠に弟子入りした。」


 なんとなく魔法少女と言っても、その、特徴はなんであろうか。

 しかしなんとなくでも分かることはある。

 アニメに登場する魔法少女のことは。


 一つ。願い事を言いながら魔法のステッキを振るうと、不思議な力で願い事が叶う。

 コンスタンティンは自らの拳を魔法のステッキとしたのだ。


 一つ。魔法少女は人々の夢と希望、そして命を守るために戦う。

 コンスタンティンは裏社会の忍者達の横暴を憎み、お春の命を守るために戦っていた。


 一つ。一般人にはその正体を隠さなければならない。

 コンスタンティンの魔法の正体は西大寺衆にとって謎であり続けた。


 一つ。魔法少女はフリルのついた衣装を着ている。

 コンスタンティンはフリルのついたチャイナ服をいつも着ている。


 一つ。希望を失うと、魔法少女は力を失う。

 コンスタンティンはサイボーグに改造されて以来、希望を失っていたが、菅原さんとの会話や仇敵薬師博士の登場によって希望を取り戻し、魔法の力を取り戻した。


 逆に、柳生の人の太刀筋はコンスタンティンにすら本能的に死を覚悟させ、全ての希望を失わせるほどの殺気だったのだろうか。


 全てが符合する。


「俺は魔法少女になりたくて、拳法の師匠に尋ねた。すると師匠は答えたよ。『願いがあるならば、思いを込めて拳を振るい続けろ。それはいつしか力となり、お前を支える』と。だから俺はいつも拳を振るい続けた。」

「キモ…」


 全裸の変態、十津川勇蔵ですらコンスタンティンの純粋さにはドン引きしていた。


「なんとでも言うがいい。なんとでも言うがいい。魔法少女はあれ程の力を持ちながら、人々のためにしか力を使わない。俺もまたそうなりたくて、拳を振った。そして、いつしか俺の拳は人の領域を超えていた。」

「成る程。原理的には俺たち刀狩署の忍法習得と同じか。」


 藤武蔵は言った。

 コンスタンティンの魔法が、刀狩署の忍法と決定的に違うのは、刀狩署の忍法が理を超えて刀を振るった末に至った領域を忍法と故障したことに対して、

 コンスタンティンは理の果てに魔法少女を目指し、そして本当に魔法少女になってしまった点だ。


「魔法少女になった俺は、魔法界に招かれた。だが、待っていたのは魔法界に蔓延る厳しい掟!!俺は魔法少女の力を人々のために使うために、魔法界を飛び出した。そして、日本の高校に女子高生として入学したのだ!!!」

「えっあっそうなんですか。」


「そこで俺は人々を守るために戦った。怠慢な教師に魔法で指導し、いじめ問題を解決し、不良を懲らしめ、警察を誤魔化した。だが、そこで俺は北朝側の者達と出会い、そして現在の道へと入ったのだ。」

「気持ち悪いわ。正直魔法少女の風上にも置けない。」


 橘さんは同じ魔法少女として思うところがあったようだ。


「色々あったが、それもここまでだ。魔法少女の正体を知られた俺は魔法界へ帰らねばならんらしい。」


 コンスタンティンはお春殿を一瞥した。

 薬師博士に策は失敗していた。そのしわ寄せを受けたのがコンスタンティンだったのだ。


 お春は確認を取るようにコンスタンティンに話しかけた。


「コンスタンティン。あなたは伊痩いせで、西大寺千秋に会う前に薬師博士に会っていた。

そこであなたは、薬師博士から協力を要請された。普通は断るけど、内容は『私と西大寺千秋の戦線離脱』。やがてくじらのミュージアムでその機会が訪れたあなたは、怒りに身を任せつつも、まずは私達を殺害した。」

「そうだ。薬師博士の策に乗るのは癪だったが、一般人がいては皆殺しは出来んからなあ。状況を動かすためにも、まずはお前達二人を殺したよ。」


「あなたが一般人である私達を殺したのは、薬師博士の発明を信頼していたから。あなたの肉体を変えてしまった薬師博士を憎んでいたけど、その技術力は骨身にしみて理解していたから。でも、違った。」 

「そうだ!!お前達二人は、戦闘スーツの力では"生き返らなかった"!!完全に死亡していたんだ!!」


 やはり、そういうことなのだ。

 西大寺衆の面々を見渡しても薬師博士がいないのは、逃げたからであり、その理由は西大寺千秋と宝蔵院お春の蘇生に失敗したからである。


 薬師博士は自分を過信していたのだ。


「俺は焦ったよ。なんの罪もない一般人を殺してしまったことに。元より西大寺千秋を殺そうとしたことはあるが、それは忍者に操られていた時だけだ。そんな時、俺はサイボーグに改造されて以来、自分が魔法を使えることに気がついた。」

「これまでの旅と…薬師博士への復讐心がサイボーグ化したあなたに再び魔法を授けたのね。」


「サイボーグ化した時、俺は絶望から一度魔法の力を失った。だが、それを取り戻した。そして、魔法少女の力でお前達二人を蘇生させたんだ。」


 だが、その蘇生すらも完全ではなかった。


「魔法少女の力にも不可能なことがある。それは永遠の命と、死者を蘇らせることだ。無理矢理死者蘇生しようとすれば、それは人間ですらない存在となり果ててしまう。」


 無理矢理死者蘇生しようとした人間ですらない存在。それこそがつまり、ゾンビである。


「かつて日本は未曾有のゾンビ災害に襲われたことがあったな、橘さん。つまり、アレはそういうことだ。」

「ええ。よく知っているわ。」


 結果、西大寺千秋と宝蔵院お春は復活せずにゾンビ化した。

 ゾンビにもかかわらず、知能が存在するのは、それこそが薬師博士の戦闘スーツが死後も無理矢理体を動かしているからだ。


「肉体的には死んでいるが、中途半端に蘇生はしている。更に、戦闘スーツは徐々に肉体を再生させる。上手くいけばゾンビ状態からお春殿は復活する筈だった。だが、それももう終わりだ。」


 コンスタンティンは悲しそうに言った。


「正体を知られた俺は魔法界に帰らねばならない。故に。二人にかけた魔法も解けてしまい、お前達は再び死ぬ。」

「安心して。そうはならないわ。」


 橘さんがコンスタンティンに言った。


「私は王族特権で正体を知られても許されるの。多少なら魔法で二人をゾンビ化させられるわ。」

「そうか…」


 全てに納得したコンスタンティンは腕を股に通すと、空中浮遊しだした。

 魔法界へと帰るのだ。


「ちょっちょっと待て。我ら宴の祭器達は胡姫様の居所をまだ聞いてないぞ。それに無敵の防御や最速のスピードまでは分かっても、火器を野菜王国へ強制送還したのはどうやったというのだ。」


 異議を申し立てたのは宴の祭器達の天竺美器である。


「それは簡単だ。薬師博士に植え付けられた南朝の記憶の中に、野菜王国への行き方があってな。それを魔法の力で無理矢理野菜王国へのゲートを開いたまでよ。」

「なんという力技。呆れてものも言えんわ。そして、胡姫様は何処に。」


 美器がしつこく尋ねると、コンスタンティンは千秋の首から下を指差した。


「そこの娘から人の気配がもう一つするよ。おそらくそこにいる。」

「おおっ感謝する。」


 言うが早いか、宴の祭器達は千秋の体に飛びついた。


「さて、では俺は本当に帰るよ。」

「待って。コンスタンティン。なぜあなたは魔法の力でサイボーグから元の体に戻らないの。被虐趣味なの。」


「…ああ!」


 コンスタンティンが最悪の返答ミスをした時だ。

 空の彼方から飛翔するおっさんが現れたのは。


「貴様ら、この川上黄爺こうやを置き去りにしおって。」

「あっじじい。」


 コンスタンティンはとりあえず驚いてみた。


「貴様、いい感じにシメようとしておるが、裏社会のクズどもとはいえ貴様が奪った命、罪にならぬと思うなよ。成敗してくれる。」

「面白い。じじい。やってみろよ。」


 秘密を打ち明けて気が軽くなったコンスタンティンは腕を構えた。


 相手は空中浮遊する川上署長。

 その手には刀がしっかと握られている。


「いかに飛翔、変型刀術を用いようと、所詮は刀。見きれぬものではないわ。」

「…コンスタンティンよ。」


 その時、お春は不思議な光景を見た。

 巨大な神獣鹿の背に乗り、構えるコンスタンティンに対して、空中浮遊しながら抜刀状態で突っ込む川上署長の姿。


 その光景が遠大に続いたまま、何もないところからコンスタンティンが押し潰され、血を吐きながら地上へと落下する光景を。


「この川上黄爺こうやが刀を握っているなどと、誰がいつ言った。」

「決まったな。忍法『刀いらず』。」


 血を吐き、ボロ雑巾と化したコンスタンティンをすぐさま藤武蔵が全裸サブミッションして取り押さえた。


「コンスタンティン龍。殺人容疑で逮捕じゃ。」


 刀狩署の忍法は全てが抜刀術を極めたことで開眼した能力である。

 しかし、抜刀術と一言に言っても、抜刀の所作には三つの段階が存在する。


 西堂さいどう尾汽笛おぶえは抜刀術の『抜刀』を、

 藤武蔵ふじむさし人魚にんぎょは抜刀術の『納刀』を、

 そして川上黄爺こうやは抜刀術の『帯刀』を極めたことで忍法に目覚めたという経緯が存在する。


 川上署長は忍法を志してより以前から、常に帯刀状態で行動することを旨としていた。

 風呂に入る時も、飯の時も、犬の散歩の時も、戦闘機のパイロットをしている時も。


 彼は常に傍に刀を帯び続けた。

 すると、何が起きたであろうか。なんと刀を帯び続けたその肉体は、いつしか刀を帯びずとも、刀を帯びているかのように見えるようになったのだ。


 忍法『刀いらず』。真の戦士に剣などいらない。今日においては日本刀とかいう芸術品よりも、小銃や戦闘機爆撃の方がよほど破壊力、殺傷力ともに大きく、敢えて日本刀のみで戦いを挑むメリットはゼロである。


 そして、刀を帯び続けたことで刀の幻影を常時伴うようになった川上署長の姿は、その攻撃全てが斬撃のように見えるようになった。

 今の彼は小銃で人を撃ち殺そうと、油断した敵に戦闘機で体当たりしても、川上以外には刀を振るっているようにしか見えない。


 たとい戦闘機に乗っていても、戦闘機から降りない限りは戦闘機の爆音も聞こえないし、ただ単に空中浮遊する抜刀状態のおっさんがいるだけに見えてしまう。


 そして、油断仕切っていた魔法少女コンスタンティンは、川上署長の忍法にまんまと戦闘機アタックをされたのである。

 その精密運転は、コンスタンティンの両腕を完全に破壊し尽くした。


「両腕を破壊した。これで貴様はもう二度と魔法少女にはなれん。」

「離せっ!俺は魔法界へ帰るんだ!!みんなを幸せにするんだ!!!」


 取り押さえられ、地を這いながらも全力で暴れるコンスタンティンが最後に見たのは、失望しきったような視線で見下ろす菅原さんの表情だった。


「残念だよ。コンスタンティンさん。あなたは筋肉の人だと思ってたのに。そんなドーピングに頼るんだな。」

「うおおっ!見るなっ!俺を…見るなァァァァーーーーっ!」


 コンスタンティンは逮捕された。

 二時間後、薬師博士は森で自殺しようとしていたところを見つかり、三回拷問を受けた。

 つづく




☆【大和編】忍杯戦争関係者一覧☆


○西大寺衆

・千秋とお春一行

西大寺千秋

宝蔵院お春

西大寺冬次

薬師博士

太乃悧巧りこう

十津川勇蔵


・根来衆

愚蘭坊グランぼう

乳出ちちで御児兵衛おごべえ


・伊賀組


・胡姫禁中宴の祭器達

別業なりどころ胡瓶こへい

(のこり四名)


・ドリームランド公国

(のこり二名)


・裏正倉院


・和歌病県警刀狩署無刀課刀係

藤武蔵ふじむさし人魚にんぎょ

ニャース

川上黄爺こうや


・シャンヤーハイアン

×織衛不要人

山田金烏

×西堂尾汽笛

ヨハン・ソン(尊孫王)

ジェット・ポー(尊武王)



○忍法西軍

謎のスケスケ忍者

×コンスタンティン・龍(尊龍王)

×シャオ・イェン(小燕)(尊燕王)


・神兵衛南郎組傘下有門組

×壺阪鬼勝

×前裁金之助

×二階堂三四郎



○忍法東軍

・南郎組傘下忍道会

鬼子母妖子

岡寺マリオ

犬飼万葉


・南郎組傘下鶴詠会

平端華文

畿央いそみ

天理雲中丸




忍杯戦争参加者一覧

×外道げどう 一群斎いちぐんさい

藤武蔵ふじむさし人魚にんぎょ

濃尾のうび透助ノ介すけすけのすけ

本堂ほんどう兵庫ひょうご

×織衛おりえ不要人いらすと

未知判丸みちわかまる

×芒手のぎす血樽子ちだるこ

猿紅葉えてもみじ母宗ははむね

ゆき初蓮それん鎌槌かまつち

諸兄もろえ盤也たらいや

海蛍うみほたる

福雷ふくらい茶釜ちゃがま

すわり

別業なりどころ胡瓶こへい

     以上十四名

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