第三十六話
第三十六話
宝蔵院お春は意外とこの死闘を理解しつつあった。
戦闘者それぞれが己の持つ技能を隠したままの戦いは、客観的に見れば何が起こっているか分からない。
それでも、端々の謎を切り捨てれば、要点はコンスタンティン龍の能力、この一点に集約されるだろう。
「コンスタンティンさん、まさか…」
「それ以上言うな、この術には色々と制約があるのでな。それ以上言えばお前の命も保証出来ん。」
やはりそうなのだ。お春はすんでのところで口にしそうになった答えを飲み込んだ。
思い返せば、今まで何が起こっていたか、あまりにも明快ではないか。
自分と千秋の身にも何が起こっているのか、おそらくこれで説明もつくだろう。
その力の全てを知っているわけではないが、何が出来るのか、結果だけは知っている。
一度もコンスタンティンはそんなことは言ってないが、己の五体とは口ばかり。酷いチートもあったものだ。
この男は本気で千秋とお春を裏の世界から脱出させようとしているのだ。
そんなお春に出来ることはこの男を倒すことだけである。
結局、どれだけ考えてもやはり千秋とお春にそんな選択肢はないのだから、途中で放り出して学園生活に戻るなど出来ない。
そもそも、まだ春休みが終わるまでには時間がある。
「コンスタンティン殿。拙者にはお主の持つ技能が何であるか、皆目検討がつかん。だが、『絶対に攻撃出来ぬ』と分かればそれで良い。俺はただそれも含めて切るだけだ。」
今しがた、無敵の筈のコンスタンティンに二太刀を浴びせたドリームランド柳生の男は不敵に笑っていた。
般若面は半分に割れ、覗くその面相は精悍だ。
人ならざる妖気は今をもって最高潮に達し、その気配は剣豪そのものだった。
「一体なぜ、俺の防御を突破した。」
「一流の剣豪に切断できぬものは無い。」
まるで意味が分からない。真面目に答える気も無いのだろう。
相手が答えを言わぬのだから、こちらも答える義理は無いのだから。
今や両者は構えながら睨み合っていた。
「術もレーザービームも好きに使うと宜しい。ドリームランド柳生は認識したものは全て切断出来ると豪語しよう。」
「待て、柳生殿。奴の無敵の防御の一端が分かったと言うのか。」
緊張する二人の間を掻き分け、刀狩署の藤武蔵が尋ねた。
こんな修羅場に気軽に声をかけるとは、これはこれで大した度胸である。
「何、藤武蔵。簡単なことだ。奴の防御はこちら側からの攻撃に対してのみ無敵の硬度を発揮すると見立てた。実際、それは試してみたが正しかった。
ならば、奴に攻撃が当たる瞬間、相手のカウンターを待ち、"こちらに攻撃させる"のみ。」
「なんと。」
これにはコンスタンティンの方も驚いたようだった。
つまり、刀をコンスタンティンにぶつけるのではなく、
コンスタンティンの動きを待ち、相対的に静止した刀に突っ込ませるのだ。
すると不思議なことに、刃は無敵の筈の皮膚を切ったのだという。
「簡単な話。あの無敵の防御は『対戦者の攻撃を無効化する』能力なのだ。つまるところ奴の能力は『自分の念じたことが現実になる』能力であろうか。」
「本当に固くなっているわけではなく、あくまで『こちらの攻撃が当たらない』だけなのか。なるほどな。」
願いを実現する能力。
一意専心。願いを込めた拳は、一つの到達点に至った時、本当にその願望を成就させてしまう。
それは忍法ではなく、そしてコンスタンティンの願いは…きっと…
「みんな、私のことはとりあえず置いておいて良い。今はコンスタンティンに残りの西大寺衆をぶつけることを考えて。」
「何を仰る、お春殿。俺はとある方の命令であなたを救いに来たのだ。」
お春の突然の言葉には、ドリームランド柳生も驚いたようだった。
「この男は強すぎる。でも、残りの西大寺衆の中に、こいつに対抗できる人間が一人だけいるの。ヘリコプターで連れてきたら分かるわ。」
「お春殿。この修羅場、そんなことを奴が許すと思うか。」
実際その通り。コンスタンティンは絶対に残りの西大寺衆を連れてこないだろう。
ならば望みは置いてきた西大寺千秋か。
片割れの千秋が残りの西大寺衆と合流出来れば、そのまま連れてきてくれるかもしれない。
「無駄だ。この場で決着をつけるぞ。」
コンスタンティンは再び構えた。いつの間にか首と足の傷は消え、体力は全回復していた。
「野郎、体力が全回復してやがる。」
「問題ない。一撃で切ることができればな。」
次の瞬間、コンスタンティンの姿が消えた。
高速で動いたのだ。
「来るぞッ!奴も本気だ。」
忍法『刀合』を完封した際の高速移動。これもまたコンスタンティンの能力の結果である。
目にも留まらぬ高速移動の最中、コンスタンティンは口からビームをそこら中に放っていた。
「ぬんっ」
般若面は藤武蔵を一掴み。眼前に差し出し盾にすると、自分と川上署長を隠した。
武器攻撃を無効化する忍法『
そしてビームを意にも介さぬドリームランド柳生は、手に持っていた脇差を虚空に向かって投げつけた。
「がひっ」
脇差はコンスタンティンの喉笛に見事命中した。
「集中力さえ持続すれば、どうやら俺の速さはお主と大体同じくらいのようでござるな。」
「ぐふうううう」
コンスタンティンと雖も、喉笛に脇差が深々と突き刺さるのは致命傷だ。
致命傷だが、コンスタンティンはサイボーグである。
般若面…ドリームランド柳生は、いつの間にか川上署長の刀を抜いて取ると、コンスタンティンに切りかかっていた。
「致命傷ごときで俺を舐めるなあッ!」
「んふ」
ドリームランドが不敵に笑ったのはその時だけだ。自分の刀を奪われたことに気がついた川上署長は叫んでいた。
「いかんっ!柳生殿。その刀で攻撃してはいかん。」
その時不思議なことが起こった。
ドリームランド柳生が振りかざした刀は、コンスタンティンに当たりもせず、跳ね返って砕け散りもせず、ただただすり抜けたのだ。
「なにっ」
「隙あり」
この無効攻撃にはコンスタンティンもドリームランド柳生も両方が驚いた。
どうやら両名ともに想定外の出来事だったらしく、先に動いたのは柳生の方だった。
柳生は先ほどすり抜けた刀を意にも介さず、再び刀で攻撃。
対するコンスタンティンは、防御の構えを解いて手刀で柳生を切り上げた。
次の瞬間、なにが起こったのか。
コンスタンティンの右腕は根元から転げ落ちた。
「ぐぶううううううう」
「速さは最終的にお主が上回っていた。そちらの勝ちだ。」
柳生は逆袈裟に切り上げられ、体は真っ二つに裂けて死亡した。
「そんな馬鹿な…柳生殿の速さはこれまで貴様を上回っていた筈。」
「ぐはあ…俺は戦いの中で…成長したのだ!!」
脳筋理論で勝利したコンスタンティンは首から血を流しながら、右腕は根元からこそげ落ち、しかしなおも脅威的な闘気を放ち、周囲を威嚇した。
首に突き刺さった筈の脇差は姿を消し、柳生の死骸の片割れに転がっている。
ここで両勢力痛み分けかと思われた時、コンスタンティンは藤武蔵に歩み寄り、胸に拳で一撃を浴びせた。
「ぐぶううううううう」
「貴様の忍法など生身で攻撃すればこんなものだッッッ!!」
しかし、怒りに任せたこの行動はあまりにも不用意だった。藤武蔵の本領は敵が生身で攻撃した時に真価を発揮する。
「愚か者め。俺の全裸剣術はサブミッションがメインスタイルだ。」
サブミッション、それは締め技や関節技などを中心とする極め技などホールドアクションの総称だ。
藤武蔵は全裸で敵に密着取材し、股間を擦りつけるなどして無力化する平和的な戦い方を得意とする。
そして、藤武蔵に纏わり付かれれば付かれるほどに、相手は武器が消滅し、防具が消滅し、やがて全裸になるのである。
「うほっいい男じゃねえか。」
「やめろっ放しやがれ。」
今や辺りは凄惨な光景。
血溜まりや肉溜まり、焦げ跡や融解跡に囲まれ、川の水辺で二人の男が全裸で絡み合っていた。
これが闇の戦いの激しさなのか。
致命傷を負ったコンスタンティンは藤武蔵の凶悪なサブミッションを振り解けずにいた。
「ぐああああ!ぐああああ!」
「ほら、ここにストレッチパワーが溜まってきただろう?」
これには川上署長も苦笑い。
コンスタンティンが大ピンチのその時、草の茂みから不意に短刀が飛び出し、藤武蔵の背中に突き刺さった。
「うおおっ痛いねえ。」
「何者だ。今までそこに誰かいるとは気づかなかったが。」
藤武蔵が呻き、川上署長が己の不覚を自覚した時、そしてコンスタンティンが叫びながら抵抗していた時、お春の背後の草むらが、奇妙にボヤけ、一部分の景色が揺らいでいることに一同が気付いた。
「騒がしいので来てみれば、どうやらそこに居るようですねえ、コンスタンティンさん。迎えに来ましたよ。」
「新手の敵か。所属と名前を言えっ!」
ボヤけた視界から、不意に長髪の美人の男が首だけ顔を覗かせた。
「あなた方の言う北朝側の西軍の参加忍者の一人ですよ。名前はまだ言えませんが、あなたたちはスケスケですねえ。」
「うむ、スケスケだな。では名前を名乗る前に死ぬがいい。」
川上署長がすかさずこの新手の敵を斬り殺そうとしたが、この美人の男は突然口から水蒸気のような煙を吐き出した。
「忍法『
「なんだ、この水蒸気は。纏わりつくぞ。」
敵が口から吐き出した水蒸気は川上署長に纏わりつき、それはやがて透明になり、川上署長の着ていた警察服は雨に濡れた女子高生の制服のように生地が伸び、透け透けになってしまった。
「なんだ。これは。服が伸び…
「うーん、のーびのび、すけすけのすけだねえ。」
川上署長の服の生地は伸びてピチピチに体に張り付き、どんどん透けてゆき、次第に輪郭がボヤけ、周囲の色と混ざるように消滅していった。
しかし、川上署長に纏わりつく服は視界から消えたものの、存在はするようで、服に纏わりつかれた署長は動けなくなってしまった。
この隙を敵は見逃さなかった。
ボヤけた視界から全身を現した敵は、案の定全裸だった。
全裸の男四人が揃った。
「あんたがコンスタンティンさんか。お楽しみのところ悪いが、ついて行ってもらうよ。」
「ワシの存在を忘れるなよ。」
動けなくなった筈の川上署長が叫ぶと、名前の分からない敵キャラの首に一筋の閃光が迸った。
「ぎ、ぎええええ!なんだこのオッサン!一体何をしやがった!」
「くそっ!服が伸び伸びの透け透けの透けで上手く当たらない。」
この意外な事態に驚いた名前の分からない敵キャラは、懐からボールのようなものを取り出し、地面に投げつけた。
「いけっ!ドガース!煙幕だー」
「ドガース」
ボールの中から出てきた紫色の空中に浮かぶ鞠玉みたいな生き物は、体から濃い煙を吐き出した。
一同がこの有害な煙に苦しむ中、気がつけば名前の分からない敵キャラも、コンスタンティンも、宝蔵院お春さえも何処かへと連れ去られており、刀狩署は犯人を取り逃がしてしまったのだった。
つづく
☆【大和編】忍杯戦争関係者一覧☆
○西大寺衆
・千秋とお春一行
西大寺千秋
宝蔵院お春
西大寺冬次
薬師博士
太乃
十津川勇蔵
・根来衆
・伊賀組
・胡姫禁中宴の祭器達
(のこり四名)
・ドリームランド公国
(のこり二名)
・南郎組傘下忍道会
・南郎組傘下鶴詠会
・神兵衛南郎組傘下有門組
・裏正倉院
・和歌病県警刀狩署無刀課刀係
ニャース
川上
・シャンヤーハイアン
織衛不要人
山田金烏
西堂尾汽笛
ヨハン・ソン(尊孫王)
ジェット・
○忍法西軍
コンスタンティン・龍(尊龍王)
×シャオ・イェン(小燕)(尊燕王)
忍杯戦争参加者一覧
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お
以上十四名
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