第三十五話

 エビとカニのミュージアムを経って三十分。

 移動時間も含めて全てが想像を超えていた。


 コンスタンティンとはこれほど強かったのか。体術の練度は間違いなく最上位の振る舞いだが、如何様にも納得しがたい部分はある。

 剣士や忍者達の忍法が通用しない中、しかし、宝蔵院お春のみが彼の術の正体に気付きつつあった。


「まず間違いなく奴がなんらかの防御術を使用していることは間違いない。」


 藤武蔵人魚が構えながら注意を促す。その両手はまるで何かを握り、前方に差し出しているかのような不自然な体勢だ。しかし、刀はおろか、そこには何もない空洞である。


 彼の両手はコンスタンティンに向けられている。そのコンスタンティンは自転車に跨りつつも、宴の祭器大審院火器の腹部に利き腕を突き刺している。


 兵法において敵の最も嫌うことを行うのは常道。核攻撃能力を持つ大審院火器から仕留めるのはまず初手中の初手だった。

 ただ、単独でそれができるのは世界広しといえども数は限られるだろう。


 コンスタンティンには可能だった。彼の体術は十全である。しかし、彼は不服そうな表情を見せていた。


「俺に二度も術を使わせるとは殊勝な奴らだが、元より己が五体のみで貴様ら全員抹殺できるとは一切想像しておらん。」


 コンスタンティン龍が油断ない発言を尻から反響させた。彼の声帯はサイボーグ化した際に取り去られ、代わりに発声器官を肛門に移植されている。


 そんな尻野郎に、自転車と化したお春は捕らえられている次第だ。


 しかし、この発言で、コンスタンティンが何らかの術を行使していることは確定したわけだ。


「一つの道を極めれば、人理を超える。我ら刀狩署が良い例えだ。奴もまた己が体術を極め、忍法の域に至ったというのか。」

「結論を急ぐな、西堂。奴の使う妙術はあまりにも不可解。まるで俺たちの攻撃を全て躱す為にあるかのようだ。」


 今しがた己の忍法を破られた西堂は焦燥しきっていた。


 無理もない。戦闘時間を極簡略化し、敵を惑わせ己のみが自在に動く忍法『刀合かたなあわせ』。それが、ただの高速移動のみで完破されるとは。


 いや、しかしそれにしても不自然だ。忍法『刀合かたなあわせ』は幾千幾万を超える試合の果てに西堂が辿り着いた神速すらも超える速さの究極のような立会である。


 それに動きを合わせるとは、つまり常時同じ速度で動き続けるということであり、そんなことが出来れば初めからコンスタンティンは西大寺衆を容易に全滅させられるだろう。


「今までの違和感を振り返るに、攻撃が効かない。高速移動する。二つの能力を持っていることになる。これは明らかに忍法の範囲を超えているでござる。」


 指摘したのは、ドリームランド衆の一人だ。彼は般若面を被り、人ならざる妖気を放っていた。構えは正眼だ。


「そもそも奴は織衛おりえ不要人いらすとに使われていた立場。忍杯戦争のルールを考慮すれば、忍者ではなくあくまで一般人であることは火を見るよりも明らか。つまり、奴の妙術は忍法ではない可能性が高いでござる。」


 しかし、それにしても悠長に会話する奴らだ。お春殿がそう感じた時である。

 コンスタンティンの腕に突き刺さっていた、大審院火器が動き出したのだ。


「悪いなコンスタンティン殿。俺の命は胡姫様が預かっているゆえ、通常の手段では倒すことが出来んのだ。」

「何だと。そこまで不死身だったとは。」


 火器が己の腹部を貫通するコンスタンティンの右腕を掴むと、唐突に輝きだした。

 また爆発するのか。端から見ていたお春がそう思ったが、コンスタンティンが左手で顔面を殴ると、火器は動かなくなった。


「少し早く野菜王国へ帰ってもらいますよ。」

「馬鹿な。何をする。止めろ。」


 コンスタンティンの左拳が火器を捉えると、何が起きたのか、火器の体は半透明になり、やがて消滅した。


「少し野菜王国との国境を開かせて貰ったよ。これでも南朝の記憶を受け継いでいるものでね。」


 何が起きたのか。お春は感覚だけで理解した。大審院火器は野菜王国へ強制送還されたのだ。

 一体何をどうしたというのか。


「今の理屈は簡単だ。俺はたまたま野菜王国への行き方を知っていてね。その方法を少々強引に使わせて貰ったのさ。」

「化け物めえ。」


 絶望で半狂乱状態に陥った西堂が飛びかかったと思ったが、即座にコンスタンティンは右横へ移動していた。


「どうやら術を使わずとも、素の体術で俺はギリギリお前の攻撃を避けられるようだ。」

「きいっきいいいいい」


 挑発された西堂は完璧に錯乱状態に陥った。彼女は流石に水着姿で長距離移動するのがはずかしかったのだ。社会的立場もある。年齢もある。きわめつけは、今回の戦いを実は根来衆と結託してユーチューブで生配信していることだ。

 次回の市長選の為に行った行動が裏目に出て、恥ずかしさのあまり発狂したのである。


 そもそもが幾たびもの剣術の試合回数をユーチューブで配信して忍法の域に高めてみた動画で若者の票を獲得して新愚しんぐう市長になった身の上だ。精神的駆け引きには慣れていなかった。


「忍法は脅威だが、精神が未熟すぎる。」

「黙れえええ本来私の忍法は無敵の筈よ。」


 しかし、この己を見失った西堂の無呼吸連続斬撃が意外と功を奏した。

彼女は手当たり次第に刀を振り回したが。忍法『刀合かたなあわせ』。一つ一つの試合時間をを強制的にゼロにする能力は、彼女の乱暴な斬撃一つ一つですら所作をゼロにした。


 手当たり次第の攻撃といえども、能力の効果上、数打てば普通にコンスタンティンに当たるのである。


「この女強いぞっ!」

「オラオラオラァ!」


 神速を超える乱暴な剣撃を、コンスタンティンは紙一重でかわしてゆく。が、そのうち幾つかの太刀筋はやはりコンスタンティンの皮膚をなぞる。致命傷は運良く避けられているが。


「ドリームランド殿。奴に物理攻撃は効かない。確か火器殿の忍法も不思議に通用しなかった筈だ。一見西堂が追い詰めて見えるが、次の攻撃、おそらく返す刀でコンスタンティンは西堂を殺害するだろう。」

「藤武蔵殿。拙者も同じ見立てでござる。」

 

 死闘の最中、藤武蔵とドリームランド柳生は悠長に会話を交えていた。


「藤武蔵殿。真の無敵などこの世にあるわけがない。きっと何かタネがある筈。拙者なら奴の無敵の術ごと切って見せようぞ。」

「ドリームランド殿。気持ちは分かるが、あまり得策とは言えぬな。とは言え他に方法もなし。なら俺が囮になるから、奴に一太刀浴びせて見せてくれ。」


 二人が言葉を交わしていると、ドリームランド柳生は上空を見た。そこでは一同をここまで引っ張ってきた中年男性が、相も変わらず周囲を飛び回っている。まるで降り立つ地面を探しているかのように。


「ところで、あれは誰なのだ。」

「川上黄爺こうや。刀狩署の長官だ。」


 川上は抜刀の体勢のまま、上空を自在に飛び回っていた。が、そのうちどこかへ消えて見えなくなった。


「どうやらどこかへ着地したようだな。アレでも信頼できる御仁だ。俺たちのタイミングに合わせて援護してくれるだろう。どうするドリームランド殿?仕掛けるなら今しか無いぞ。」

「無論。西堂殿が次に仕掛けた時に一斉に飛び掛かろう。」


 一斉攻撃の気配は、流石に西堂も感じ取っていた。忍法『刀合かたなあわせ』の利点はその速度上、肉体的疲労すらゼロになり、使えば使うほどに心に余裕が生まれる点にもある。


 そして西堂の構えを見たコンスタンティンもまた、拳を前方に突き出した。


「かかれっ!」


 まずは西堂が一閃。

 それまで通用していた筈の剣が、不意にコンスタンティンの皮膚を通らず、刀は砕け散った。


 やはり、何かの術を使用しているのだ。


「ぬう」


 心構えをしていても、驚くものは驚く。西堂の一瞬の隙を見逃さなかったコンスタンティンが、拳を西堂の顔面に叩き込もうとする。


 が、西堂も戦闘のプロ。何と彼女はコンスタンティンの殺人パンチを避けたのだ。

 両者の視線が交錯したのは一瞬。コンスタンティンは仕方なく口からビームを放った。


「あっ」


 この凄惨な光景に思わずお春殿は狼狽した。狼狽という言葉の意味を理解もせずに今まで口にしていたが、ここまで狼狽したくなるような景色を見せつけられては、狼狽という言葉の意味も正しく理解してしまう。そんな決着だ。


「あっ」


 決着は一瞬である。

 ビームは横滑りに西堂の顔面を通過し、西堂は瞬時に茹だって跡形も残らず爆死する。


「あっ」


 コンスタンティンのビームの勢いは止まらず、ドリームランド柳生は上に飛んで避けたが、ビームはそのまま藤武蔵を通過した。


 コンスタンティンの攻撃の隙を突き、遠方から川上黄爺こうやが脳天をライフル狙撃したが、やはり奇妙な無敵現象でそれも跳ね返った。


「俺に三度も術を使わせた上、忌まわしい薬師博士の力まで使わせるとは。」

「隙ありいいい」


 先ほどのビームを跳躍して回避したドリームランド柳生は、そのままジャンプの勢いでコンスタンティンに飛びかかっていた。

 が、コンスタンティンは一切微動だにせず、ドリームランド柳生はコンスタンティンを袈裟斬りにした筈が、刀は砕け散った。


「馬鹿な、本当に真の無敵とは。」

「ふんっ」


 不用意に圧倒的絶滅領域に踏み込んでいたドリームランド柳生は、コンスタンティンの回し蹴りに薙がれた。


「ウワアアアアア!!」


 あまりのコンスタンティンの強さにお春は叫んだが、そこへ駆けつけたのは先ほどまで上空を飛び回っていた中年男性。刀狩署長官の川上黄爺こうやだ。


「無事か、藤武蔵。」

「俺に"も"物理攻撃は効かないことは知ってるだろう、署長。だが、西堂は死んでしまったよ。」


 中年男性が当たり前のように呼びかけると、藤武蔵は何事も無かったかのように起き上がった。


「忍法『刀納かたななおし』。」


 お春は目の前の出来事が理解できなかったが、これは故・西堂さいどう尾汽笛おぶえが幾たびもの抜刀を繰り返して忍法の域へ至ったのと同じ理屈だ。


 藤武蔵人魚。類い稀なる用心深さを持つ彼は、抜刀術の本質をむしろ刀を抜いた後、残心しつつ刀を『納刀』する瞬間にあると考えていた。

 そんな彼が行った修業。それは一日中何万回も『刀』を鞘に『納』めるという行為だ。


 何度も刀を納める内、その速度は尋常のものを超え、次第に視覚ですら捉え難くなってゆく。

 そして、ある地点を超えた時、彼の両手から刀と鞘が消滅した。


 究極の『納刀術』の完成である。


 故・摩利香之介は彼の『納刀術』を評して「その手にはあらゆる武器は握れぬが、その代わりあらゆる武器は握られた瞬間に鞘に納められるだろう。神速の彼方に消滅した鞘の中へと。もっと全身を使って納刀してみたら。」と言った。


 その指導を受けた藤武蔵は、両手だけでなく、全身で納刀術を試してみた。口や腋、足、髪の毛や瞼、股間、肛門に至るまで。

 ありとあらゆる全身で納刀術を極めた。


 今や、藤武蔵の肉体のどこにでも、その身に触れた武器は何処かへと消滅する。

 これこそが忍法『刀納なおし』。


 関東の方言には無い語彙だが、古来より現代は関西以西でも、物を収納することを動詞で『なおす』と言う。


「しかし、僥倖ですなあ。コンスタンティンが何か術を"纏っている"ことが確定した以上は、俺の『刀納なおし』で引き剥がせる。」

「油断するなよ。奴の妙術の正体すら暴けてないんだ。」


 藤武蔵と川上署長が会話しつつ、二人は奇妙な光景を目にした。


 圧倒的優位を誇っていたコンスタンティンが、額から汗を流している。

 それは精神的動揺から来る冷や汗に相違無かった。


 そう言えば、なぜドリームランド柳生の人はいつものマシンガンではなく刀で攻撃していたのかと、宝蔵院お春は今更になって気が付いた。


「何者だ。」


 コンスタンティンが辛うじてそう呟くと、彼の首筋と左足首からは勢い良く鮮血が迸った。

 その太刀筋は深い。


「俺の術を突破しただと。何故だ。」

「いやはや。まさか本当に真の無敵とは恐れ入った。しかし、無敵なら無敵とそう理解して切れば、この世に切れぬものなど無いぞ。」


 この世に切れぬものは無いという剣の術理。人理を超えずに、修業の果てにその域に至ることはそう簡単ではあるまい。


 コンスタンティンの回し蹴りを折れた刀で斬り結びつつ、とうに背後へ回っていたのは、ドリームランド柳生だ。

 彼の般若面は半分割れ、精悍な男の顔が覗いていた。


「面倒だが、これも親戚付き合いという奴でな。とある者の命令でそこのお春殿は返して貰おうか。」

「何者だっ!貴様!」


「ドリームランド柳生を舐めてもらっては困るよ。」


 愛刀を破壊されたドリームランド柳生は、脇差に手を掛けていた。

つづく

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