第三十四話
水槽に放逐され、激闘の渦中から一時解き放たれた西大寺千秋には、心の余裕が発生した。
余裕というほどに自分の体は余っておらず、むしろ首から下が足りていないが、しかし、頭が残ってるので何かを考えることは出来る。
これからなんとかして建物の外に出るべきなのだが、それまでのほんの少しの間、思考する余地がうまれた。
何を考えるのか。それは薬師博士のことだ。
未熟であれ、何かに利用されていることが例え事実であれ、西大寺千秋は自らの意思で忍杯戦争に関わることを決断した。
その覚悟は宝蔵院お春も同じはずだ。
一般人であることを主張する自分達二人が、一体なぜこんな修羅の道を通ろうと思ったのか?将来の就活の為に都合のいい具体的なエピソードでも欲しかったのか?
そうではない。そんなことよりももっと一時的な、一般人やイルカさん達への申し訳ないという感情で動いている。
そも、今回の忍杯戦争が西日本各地のイルカショーを支配する競技になったのは、西大寺千秋の不用意極まる発言が原因である。
それが自分たちらしく無けれど、命知らずであれど、薬師博士に止められる筋合いはないのである。
けれども、その薬師博士は裏社会の側の人間でありながら、千秋やお春殿をこの世界から完全に放逐しようとしている。
明らかに不自然だ。確実にこれは善意からの行動ではないだろう。
敵である筈のコンスタンティン龍は「一般人に害を加えない」という理念にのみ薬師博士と共感し、その一点を守ることを約束し、こうして千秋とお春を連れて錦城高校まで案内しようとしている。
しかし、薬師博士がそのような殊勝なタマではないことは明白だ。
千秋やお春だけではない。菅原さんも、橘さんも、殆ど喋ってない七本槍達も、千秋の身を案じてくれている冬次叔父さんですら、生半可な覚悟で自らの命を投げ打つことを良しとしてここにいるのだ。
そんな千秋たち一般人にとっては、社会に裏も表も、本来ないはずである。
にも関わらず、薬師博士が自らの命をコンスタンティン龍に差し出してまで、千秋達を止める理由はない。
そもそも、千秋達を今回の戦いに誘ったのは、薬師博士本人ではないか。
明らかにこれまでと矛盾する行動ではないか。
薬師博士が千秋達をこの旅に誘った理由は?
それは…何故だった?
「何か…重大な秘密があるのか?」
千秋はひとり呟いた。
傍では根来衆への帰属表明をした
「重大な秘密というと、薬師博士の不審な動きのことかな。」
これは彼が全裸で槍を振り回している以外は割と優秀な人材であることに起因する、秀才ゆえの察しの良さだ。
「お前頭良かったんだな。私は、どうして薬師博士は私をこんな状況へ追いやったのか考えてたのさ。」
「んなもん俺は知らねえけどよお、そもそもアンタらがこの戦いに参加したのは一般人の側から各忍者勢力に忍杯戦争のルールを強制する為だったんじゃねえのかよ?その為に俺たちは戦って勢力を拡大してたんだろ?」
千秋も最近は漸く、自分達が忍杯戦争の参加者としてではなく、外野として参加者達も無視出来ぬ力で一般人に迷惑を掛けないようにルールを強いることが当面の目的なのだと、理解しつつあった。
何せ、行動を起こしたばかりの時には、そのような目的すら存在しなかったのだ。
「薬師博士は頭を下げて私に戦いに関わって欲しいと言ってきたんだ。その薬師博士は、今度は私を一度殺してまで、錦城高校へ戻そうとしている。」
「よくわからねえなあ。薬師博士が錦城高校へアンタを送ろうとしてるんならさあ、それはきっと日常生活とかではなくて、やっぱり戦わせる為だろ?そういう奴だろ、アイツ。」
確かに。言う通りだ。
その可能性は考えていなかった。
コンスタンティン龍はあくまで敵。その龍に対して、薬師博士が言ったことがすべて事実とは限らない。
「そうだ。DVDだ。あそこから全部始まったんだった。」
薬師博士の目的が明快になるにつれ、千秋の記憶も徐々に鮮明に数日前の出来事を思い出しつつあった。
「松平前総理が…忍杯に私を推薦したんだ。それで、でも、太乃長官はあの時動ける政府の組織が殆どないって言ってた。だから私たちに力を貸して欲しいって…政府の組織?」
「政府の組織といえば、内閣特殊諜報局だよな。それが動けねえのは、なぜなのか。今のあんたにも分かるだろ?」
コンスタンティン龍は北朝の側の人間だ。
しかし、その北朝とはあくまでネオ南朝幕府の側から見た言い方であり、北朝は確か、現在は真っ二つに分かれて、狂都はまさに現在の応仁の乱の様相だと聞いた。
しかし、その北朝とは…
「よくかんがえたら北朝って…内閣特殊諜報局のことじゃないの?」
「だよな。少なくとも中核は政権の下の忍者達が担っている筈だぜ。」
北朝とは…内閣特殊諜報局、甲賀組や伊賀組、電子組、陰陽組達のことなのか…?
待て。ならば、薬師博士と"北朝"との繋がりが未だ断ち切られていない証左など、どこにも無いではないか?
むしろ、いつの間にか内閣特殊諜報局長に就任していた薬師博士など、渦中の人物では!?
薬師博士のことだ。内紛状態に陥った政府機能を遠巻きにして、自分達は周辺勢力を取り込んで勢力を拡大しようとしていたとすら考えられる。
では…では、西大寺衆を肥大化させた上で、千秋達を単独で狂都に地理的に近めの錦城高校へ先に向かわせた理由は?
薬師博士は千秋やお春達に、何かさせたいことがあるのでは?
いや、これ以上考えるのは止めておこう。何はともあれ、今は戦いの真っ只中だ。
早くコンスタンティン龍達の戦いを目撃せねば。
「おごべえさん、お願い。私をコンスタンティン達の戦ってる場所へ連れて行って。」
「合点承知。」
しかし、外ではエビの着ぐるみを着た男以外誰もいなかった。
「あれっコンスタンティン達は?」
「ああ、彼らなら、一般人を巻き込みたくないから場所を移すって言って、人気のない場所を求めて旅に出たよ。」
エビの人は答えた。流石はエビとカニのミュージアムである。
「何してるのあの人たちーーーーー!!!」
千秋の虚しい叫び声がこだました。
一方その頃、一般人を巻き込みたくないという強い思いから、人気のない場所を求めて旅を続けていたコンスタンティンや刀狩署の面々、大審院火器やドリームランド衆の一名などは、ついに
100キロ以上の距離があるが、これは速く移動すれば短時間でたどり着ける距離だ。
「なかなか健脚だなあ。」
「いやあ、それほどでもない。」
場所は川の中、宝蔵院お春バイクに跨ったコンスタンティンを囲むように、
さらに上空には抜刀状態の中年男性がホバリングをしていた。
この中年男性は明らかに厄介で、前回の大審院火器との交戦の際も、地面を炸裂させた謎の忍者がこの者に他ながらなかった。
「さてと。ではまずだれから死にたいかな?」
明らかな挑発。コンスタンティンは流石にこの兵どもに囲まれて焦っていた。
「知れたこと。全員でかかる。」
藤武蔵が冷徹に言った。剣士達の中で、コンスタンティンと藤武蔵のみが素手である。
「皆、油断するなよ。この男の膂力は最強。それに妙な術も使うと見た。」
火器が周囲に注意を促す。
「こんな」
忍法『
これが
「成る程な。こんなものか。」
だが、焦っていたコンスタンティンはまるで意に介さずに、一言返した。
「成る程。西堂殿。その忍法はだいたい理解した。ならばそれ以上の速さで動くまで。」
それは全然一言ではなかったが、コンスタンティンがよく分からないことを言った後、次の瞬間には大審院火器が後方へ殴り飛ばされていた。
「ウゲェ」
「もっと試合が終わるよりも速く動けば…おそらく自在に動ける筈。違うか。」
「えっ何いってるのこの人。」
流石に怖くなった西堂が抜刀状態のまま、剣を構える。と、次の瞬間には彼女はいつの間にやらコンスタンティンの脇を駆け抜けていた。
「怖いわ。速く死んで頂戴。」
「逃げろ西堂。それは残像とかいう奴だ。残像なんて初めて見たぞ。」
藤武蔵が注意したが、既に遅かった。
西堂の動きの速さを捉えたコンスタンティンは、猛スピードで大審院火器の顔面を殴っていたのだ。
「くっ!防御が間に合わない!」
「逃げろ西堂ーー!」
西堂の防御など全く意味もなく、コンスタンティンの拳は大審院火器の腹部を貫通した。
やっぱり戦いは一番厄介な奴から潰すに限るよね。
つづく
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