第三十三話
地が裂ける程の激闘から一時間、千秋とお春は未だコンスタンティン龍に拉致されたまま、早くもエビとカニのミュージアムにいた。
中には水槽やプールが多々設置されており、百五十種以上の甲殻類が様々に暮らしている。
この甲殻類の中に、ウミガメも含まれている。デリケートな生き物を扱うとは、水棲生物たちへの深い知識と経験の程がうかがえる。
くじらのミュージアムからエビとカニのミュージアムの間は距離にして47キロ。つまり、コンスタンティン龍は時速47キロ近くの速さで宝蔵院お春を漕ぎ続けていた計算になる。
「何らおかしいことではない。プロの自転車競技ではモーターバイク以上のスピードが出る。俺も戦うのに気をやっててな、自転車自体はそこまで速くこげなんだ。」
千秋の疑問に対して、このようなことまで言いだす始末だ。
さて、コンスタンティンは千秋やお春にとって敵であるが、そのコンスタンティンは西大寺衆から二人を引き離し、この忍杯戦争から日常生活へと引き戻す所存である。
そうして、先回りして刀狩署の本拠地である、ここエビとカニのミュージアムへたどり着いたわけだが、
果たしてここで何をするつもりなのだろうか。
「お待ちして居りましたぞ。私は館長の登大路春麿でごじゃる。」
入口から出てきたのはエビとカニのミュージアムの館長、登大路春麿だ。
登大路春麿は揚げ春巻きをわさび醤油に漬けて食べる方法で特許を取得した、世界で最初の人間である。
「ではこの私がエビとカニのミュージアムの海の生き物たちを紹介しながら、美味しい揚げ春巻きわさびわさび醤油漬けの食べ方を伝授してあげよう。」
「宜しく頼む。」
千秋はコンスタンティンが普通に観光目的でここを訪れたことをこの時初めて悟った。
ていうかこれ刀狩署の罠なんじゃないの、とも思ったが、コンスタンティンは敵なので敢えて指摘はしなかった。
館内では警察官や自衛隊員などが見守る中、春麿氏が甲殻類の紹介はそこそこに、美味しい春巻きの食べ方についてコンスタンティンに延々と解説をしていた。
コンスタンティンもコンスタンティンで、実に興味深そうに春巻きの解説を聞くのである。
「この水槽はエビですな。ところでこのエビ春巻きはブラジル産ブラックタイガーをふんだんに使って居りましてな。このブラックタイガーの茹でると色が赤色になるのですよ。」
「そうか。」
館内に犇めく警察官や自衛隊員達は緊張した面持ちでこの二人のやりとりを見守っている。
成る程、と千秋は感心する。
この忍杯戦争、千秋の余計な一言のせいで、如何にイルカショーを支配するかの戦国シュミレーションゲームと化した。
そしてこのエビとカニのミュージアムは、藤武蔵人魚が属する刀狩署の本拠地、つまりイルカショーである。
エビとカニのミュージアムにイルカはいないが、地理的にも人数的にも、日本のイルカショーの数は限られるので、これは仕方ないだろう。
しかし、その館内にイルカの代わりに部下の警察官や自衛隊員を導入するとは。
警察官はまだ分かるが、まさか自衛隊員とは。刀狩署は自衛隊にまでコネクションがあるということである。
そう、警察官や自衛隊員達は、皆一様にイルカの着ぐるみを着ているのだ。
「成る程ね。これで一般客達も怖がらないね。小銃構えてるけどね。」
「館長、米です。」
サングラスをかけた自衛隊員が巡回中の春麿館長に炊きたてのお米をよそう。
館内の緊張感が増す。米ですね。
「うむ。コヒシッ…コシヒカリだね。」
「噛みましたね。」
因みに日本お米検定の準二級を持ってる千秋から見て、その米はあきたこまちと思われた。
「その米はあきたこまちではないですか。」
「なっ何を言っているんだねこの生首は。」
館長は今更千秋の存在に気づいたようだ。
因みにお春殿は駐輪場でお留守番だ。
コンスタンティンは千秋の生首を掲げた。
「討ち取りました。」
「えっ…ああ、そう。」
その時、片隅にあった水槽が爆発した。
水槽からでてきたのは宴の祭器の一人、大審院火器だ。
「馬鹿め、俺が生粋のエビマニアだとも知らずにまんまとエビとカニのミュージアムに現れたな。助けに来たぞ千秋殿。」
「馬鹿な、なぜ貴様がここに。」
この意外な登場にはコンスタンティンも驚いたようだった。
火器は口から炎を吐いていた。
「さて、なぜだろうなあ。お前は先回りしたつもりかもしれないが、俺たち西大寺衆の方がお前より頑張って早めに先回りしたんだよ。」
「そんな馬鹿な。根性論だと。」
コンスタンティンよりも早めに頑張って先回りした西大寺衆は、皆思い思いの水槽を用意し、あたかも海の生き物達のように泳いでいたのである。
「喜べ、ここが俺たちの水着回だ。」
火器は全身競泳水着になっていた。
コンスタンティンはその覚悟に頷いた。
「水着回ですって。橘さんや菅原さん達は。」
千秋は無駄なことが気になって仕方なかった。
「安心しろ。二人は安全な場所に移動してもらっている。ここにはいないさ。」
「えっ!じゃあ女子高生達の水着回は…」
「何を言ってるんだ千秋殿。命をかけたやり取りに女子高生の水着姿は危険だろう。それくらい理解できている常識人だと思っていたが。」
「女の子には妥協できないポイントとかあるの。」
「いや、そんなものは無いよ。ここは戦場になるから危ないからね。」
しかし、この無駄な心遣いに千秋は納得がいかなかった。
水着回だぞ。貴重な水着回だ。それをこんな意味不明なローマ人の正論に潰されるなんて。
だいたい
しかし、別に自ら進んで水着になりたいとは思わないし、出来れば友人達と一緒に海で遊びたいくらい、うまいこと羽目を外したいという、我儘な願望があるばかりだ。
とはいえ、水着回だと餌を目の前に出され、それを活用もしないでは、千秋としてはかなり消化不良だ。
「コンスタンティンさんっ!ここは私が水着回になるわ!早く私を水槽の中に投げ入れて!!!」
「承知した。」
コンスタンティンも女子高生の水着姿が見たかったのだ。コンスタンティンは千秋の生首を近くの何も入ってない水槽に投げ入れた。
当然、水着もなく、生首の千秋では、水槽に生首が沈むばかりだ。
「よっしゃあ!!これで女子高生の水着回だ!!」
「水着回って何。」
水着回…それは、旅行に行った時、とりあえず水着になってみようという場の雰囲気の段階のことを言うらしい。集団行動と水着が嫌いな千秋は詳しく知らない。
「で、どうするんだよ。」
「えっと…!」
春麿館長がメチャクチャ冷徹に場の盛り下がりを指摘した。千秋は焦って場を盛り上げようとするあまり、会話の雰囲気を白けさせてしまったのだ。
千秋が水中で半泣きになり、なんとかつなぎの発言を模索していると、幸運なことに、隣のフロアから助太刀が入った。
「火器殿、コンスタンティンが現れましたな。」
「我らドリームランド衆が来たからには百人力。」
「この西堂尾汽笛もいるわ。」
「藤武蔵人魚もいるぞ。」
現れたのは団体客。根来衆の
全員水着回ルックで、どうやら水槽に入ってコンスタンティンを待っていたようで、床はビチョビチョだった。
「何人現れようが同じだ。俺は裏社会全てを憎む存在となった。もはや全員殺すまで。」
コンスタンティンは拳を構えた。
「さて、世界を憎むコンスタンティンさんには死ぬ前にこの
言うが早いか、功を焦った
そして、その筋骨は引き締まっている。
すると、
「俺は元々刀狩署の警察官だったがね。俺の剣は忍法の域には至らなんだ。だが、外道一群斎のジイ様が手ずから忍法を伝授してくれてね。それがこの忍法『霞槍』さ。」
「一群斎のジイ様はもういないがね。この忍法があるから、俺は根来衆さ。もう刀狩署に戻るつもりはない。愚蘭坊も似たような見解さ。」
すると、どうであろうか。高速で振り回されたビキニは視る者の眼ではブレて、境界が曖昧に見えるのだ。
ビキニを振り回す速度は勢いを増し、今やそこには超高速で回転する靄のような物体が眼前にあるばかりだった。
これが忍法『霞槍』。
これは着物が脱ぎやすく、ゆったりとしている利点を活かし、高速で振り回し、靄のように見せることで、スペインのマタドールのように敵を幻惑させるという、補助系の忍法である。
『霞槍』。それは衣服を振り回して敵の視界を幻惑させつつ、隠し持った槍で一突きにするのである。
そう、もうわかるよね。
「シィッ!」
隙を見抜いた
「馬鹿な、誰もいないだと。俺の槍を避けたというのか。」
それほどまでにコンスタンティンは早かったのか。
「いや、室内で戦うのは迷惑だから、みんな外に出て行ったよ。」
千秋は現実を突きつけた。
既に館内には水槽に浸かった千秋以外誰もいなかったのだ。
「シイッット!!」
憤った
「よっしゃあ!これで完全な女子高生の水着回だな!」
千秋は勝利の雄叫びを叫んだ。
そこには、じょしの生首と断面から生えた背骨のような物体、そしてバナナ柄のビキニがうかんでいた。
つづく
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