第三十二話

 見渡す海は遠く、クジラの石像達が見送って行く。海を取り囲む山々は存在感を増し、視点は急速にくじらのミュージアムという幻想から遠ざかってゆく。


 思えばこんな楽しそうな場所には争い以外の目的で訪れたかった。貴重な初体験を無駄にしたのだ。


 そして日本全国に充満するアスファルトの道路の上で、コンスタンティン龍と大審院火器の二人はデッドヒートを繰り広げていた。自転車で。

 しかもコンスタンティンの乗る自転車は宝蔵院お春の成れの果てだ。


「貴方が来たかァ、音に聞く仙人様よ。」

「さあ二人をこちらへ渡してもらおうか。私がなぜ一人で来たのか、分からぬお主ではないだろう。」


 火器は張り付くようにコンスタンティンの後尾を猛追していた。

 対するコンスタンティンは、自転車の速度を速め、その車体は国道を走る自動車達を容易に追い抜くほどだった。

 それでも火器は引き離されない。


「…宴の祭器様よ。古の説話に聞く、貴方ほどの者なら俺様のことなど手に取るように分かるのだろう。しかし、万一のこともあるので一応立場をハッキリさせて頂く。」

「敵ながら礼儀を弁えた奴。申してみよ。」


 景色はすでに美しい海岸が消え、再び山や川、住宅や信号などが無造作に立ち並ぶ実に近畿的な光景に様変わりした。

 二人は自転車で爆走しながら、気位の高い者同士にしか通じない会話を続けていた。


「薬師博士との最低限の密約により、この尊龍王は千秋殿とお春殿を錦城高校へ送り届ける所存。同じ西大寺衆の一般人達も無事に日常生活へ帰還させる。だが、お主達裏の人間は全員死んでもらう。これは単に俺様がムカついたからだ。」

「成る程。暴君という訳か。その立場を表明してくれて助かる。ローマの火に焼かれるが良いわ。」


 火器の両手から青白いチェレンコフ放射がなされた。

 今まさに忍法『大秦のローマ・ファイア』が解き放たれようとした時、それまで前方を走っていたコンスタンティンが、突如として速度を緩めて火器の真隣へ横付けしたのだ。


「どうしました?その核爆発を起こさぬのですか?」

「うぬっ!!なんと卑怯な。」


 大審院火器の忍法は絶対必殺の爆破術である。

 そしてコンスタンティンが取った爆破術対策。

 それは、生首の千秋を引っ掴み、火器の眼前に晒すことで盾とする戦略だった。


「卑怯で結構。元よりサイボーグとなった時より正々堂々たる戦いは諦めておりますゆえ。」

「貴様〜〜〜ローマの火を舐めるなよ。ローマの火は会敵必殺、海上戦において無敵。」


 火器がチェレンコフ光を控えると、両手から代わりに液体のような物が放出された。

 液体は道路一面に広がり、これは油のようであり、自転車は漕ぎにくくなった。

 漕ぎにくくなっただけで、コンスタンティンには別段いみはないようなのだが。


「貴方が小規模の核爆発を操る特殊体質であることは、柳死やぎゅうの遊牧民達を通して知っております。」

「まあ、生まれつき俺の体はあらゆる爆発物を複製出来る特殊な体質でな。ベルサリウス様の虎の子とは俺のことよ。」


 西大寺千秋と宝蔵院お春は嫌な予感がした。そして、それはコンスタンティンも同じであるようだった。

 コンスタンティンは自転車に乗ったまま、二メートル飛んだ。


 瞬間、地面が光ったかと思うと、轟音とともにあたり一面は炎に包まれていた。


「この臭いはッッッ灯油ッッッ!」

「理解しろ…私が体内で精製する以上、この世の爆発物はローマの火となることを。」


 忍法『ローマのローマ・ファイア』…それは、単に核爆発を操る程度の忍法にとどまらない。

 その真の力は、この世のあらゆる爆発物と同化し、自在に体内で精製、爆発の規模と動きを自在に操る、悪夢の戦略忍法である。


 生来、「爆発物を体内で増やしてしまう」という奇怪なる体質を持つ彼がこれを忍法化する末にたどり着いた、爆発物同化増殖能力である。

 なお、爆発物のみ精製する前提上、彼の忍法で精製されたあらゆる爆発物は爆発以外の用途に使われることはない。


「私がローマである以上、私の肉体を通過したあらゆる爆発物がローマ火だっ!喰らえ、ローマ火をーーー!」

「野郎、地形を破壊するつもりか!好都合!」


 コンスタンティンが空中で構えると、爆発物の勢いを利用して火器が飛翔してきた。

 コンスタンティンが必殺の意を構えで示したところ、火器は手刀でこれに応えた。


「じゃっっっ」


 火器の手刀はコンスタンティンの頬を火花を散らしながらも傷一つ付けられなかった。


「硬いでしょう。私の体は。千秋殿の攻撃も一切通用しなかった。」

「愚か者め、その手刀は火花を起こすためのもの。ローマ火を体内から食らうがいい。」


 すでにローマ火(爆発物の広義の言い方)はあたり一面に充満していたのだ。気体として。

 そのローマ火は正確には水素という爆発物だ。酸素と結合することで、水素爆弾となる。


 コンスタンティンの口から、目から、鼻から、身体中からチェレンコフ光が放たれた。


「こっこれは!」

「爆死ぬが良い!千秋殿とお春殿はまだ我ら西大寺衆に必要だ!」


 爆発の間際、コンスタンティンは生首の千秋と自転車のお春を川に投げ捨てた。

 その勢いを利用したまま、火器の右肩に拳を一閃したかと思うと、大審院火器の右腕は根元から千切れ飛んだ。


「があああああ」

「これが、これがローマの…」


 コンスタンティンが言い終わる前に、彼の肉体は光に包まれた。

 そして、空中で小さなキノコ雲が上がった。


 豪風と放射能が撒き散らされる中、地面に着地した大審院火器は右肩を抑えながら川へ向かった。


「強い…強いぞコンスタンティン殿よ。お主のような人間は久方ぶりだ。お歳暮を送りたいレベルで強いぞ。」

「こ、コンスタンティン龍が、普通に死んだ。」


「回収しに来たぞ二人共。薬師博士がコンスタンティン殿に依頼したのはあくまで保険とのこと。お主二人を失うにはまだまだ早い。」

「えっ?いや、それは」


 矛盾しないか?色々と。

 具体的なことは分からないけど。

 千秋とお春は疑問を口にしなかった。


「というより、二人共。お前達は早く自分の祖父のことを調べたほうが良い。こんなことで油を売ってる暇は無いと思う。個人的な忠告だが、全てを終わらせるなら、さっさと西大寺真冬を調べろ。」

「ええっ?それはどういう」


 この時、キノコ雲が空中で爆散した。

 キノコ雲の中から出てきたのは、青白く光り輝くコンスタンティンだった。

 光は収まり、コンスタンティンは地面に急落下した。


「『防御プロテクション』。」

「馬鹿な。…馬鹿な。…馬鹿な、無傷だと。」

 

 コンスタンティンは傷一つ負わず、瞬きをしようと思うよりも早く、火器の眼前に移動していた。


「言ったでしょう?私の体は硬い。それにしても私に術を使わせるとは流石宴の祭器。」

「術だと。お主は己の五体一つで戦うのが好きなタイプとかではないのか。」


 コンスタンティンは右手で火器の口を顔面ごと掴んだ。


「貴方が一番知ってるでしょう?磨き上げた肉体は特異点を突破し、やがてそれは人の理すらも超えると。」

「むぐう…修行の果てに…忍法を体得したと言うのかっ」


 コンスタンティンの左拳が火器の心臓に突き刺さった。


「ぐぶううううううう」

「あなたのように汚らしい忍法などと同じにしないで頂きたいッッッ!」


 火器は貫かれた心臓が即座に再生しつつあった。

 如何なる肉体の作用か。

 火器は右腕すらも再生し、両手でコンスタンティンを掴んだ。


「午前11時、座標ともにジャストォ!」

「何ッ」


 全く予期しない攻撃。誘い込まれたのだ。コンスタンティンは。攻撃地点に。

 一体何が起こるのか。


「刀狩署長の川上黄爺こうや氏の忍法を耐えられるのは宴の祭器のみらしい。私も詳細は知らぬがな!!!ハハハ!まあ私に聞かぬ忍法などお主にも効くまいて。せめて目眩しとして二人を連れて逃げ帰」


 火器が全てを言い終わる前に、遥か上空を一機のオッサンが高速で通過した。

 何の変哲もない、抜刀した状態で構えたままのオッサンである。


 アレが刀狩署長、川上黄爺こうや


 オッサンが上空で抜刀しながら高速飛行していた意味を考える間も無く、

 大地は爆撃に包まれた。


 一体何が起こったのか、全くワケも分からず、コンスタンティンは火器と拳撃を交えつつ、軽くいなして千秋とお春殿を抱えて爆撃地点から去ってしまった。


 その後も超高速で自転車を漕ぎ続けたコンスタンティンは、あっという間に何十キロも先の海水浴場にいた。

 よほど余裕があるのか、いつの間にやらその服装も自転車用のスポーツウェアから普段着に変わっている。


 普段着といえど、その服はかなり独特で、黒を基調としたやたらボディラインの浮き出る布地で、両手や裾にフリルのようなものがついた、まさに中洋折衷のようなチャイナ服だ。

 スリットの下にはダボついたズボンのようなものを履いており、何となしに格闘家っぽい服装ではある。


「やれやれ。術を二回も使わせるとは大した連中だよ。さて二人共。俺はこれから熊脳古道くまのこどう大辺路おおへちを通り、和歌病わかやま県西側へむかう。」

「えっ?それはどうして。」


「先回りし、刀狩署の本拠地、エビとカニのミュージアムへ向かう。そこで西大寺衆を返り討ちにした後、中辺路なかへちを経由し、大峯大駈道おおみねおおかけみちを北上して奈落県ならけん止野よしのへ向かう予定だ。」


 コンスタンティンが未だ無傷であることに、千秋とお春は軽く絶望していた。

 つづく

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