第三十一話
第三十一話
西大寺千秋は生首になった。
宝蔵院お春は自転車になった。
「一体なぜ…こんなことに…」
「仕方ないんだ千秋殿。私は死の間際、どうしても死にたくないと思った。それと同時に、生まれかわったらクロスバイクになりたいと思ったんだ。」
一体なぜクロスバイクに。千秋はその疑問をすんでのところで抑えた。人間誰しも、よくわからない願望の一つや二つ、あるものだ。
それをわざわざ聞いてやるほど、千秋は親切ではない。
「一体なぜ、そんなことを思ったのか。なぜなら、クロスバイクは雄大で…
「そうか。それでそんなことに。」
そんな千秋も生首に背骨のようなよくわからない機関が生えている状態なので、何も言えない。
そもそもこんな姿で生きていると言えるのか。
「さて、話は済んだかお二方。」
コンスタンティン龍が千秋の首を掴んだ。
この男こそ、二人がこのような醜態を晒した原因であり、そして今もっていよいよその目的が分からない謎に満ちた男である。
「一応、先に言っておこう。この尊龍王ことコンスタンティン龍と貴様らの味方、薬師博士は共同戦線を張っていることになっている。」
「やはりそういうことか。あの薬師博士、そんなことだろうと思ったわ。」
「死んでるのに元気だな。だが安心しろ。別に薬師博士がお前たちの敵に回ったわけではない。あくまで共通の目的の元、共同戦線を張っただけだ。用事が済めば俺は自分の役割を果たさせてもらう。」
「なんだよ。薬師博士敵じゃねえのかよ。」
千秋とお春は同時にため息をついた。これで薬師博士が敵なら抹殺する大義名分が出来たのだが。
「あのさあ。お前ら本当はあの博士に感謝すべきなんだからな。そして俺のことはもっと怖がるべきなんだよ。」
「はあ?一体何を言ってるんだよ。」
「一体なぜ、西大寺冬次、橘結や菅原琴美といった一般人が逐次忍者組織に投入されたのかを考えろよ。普通何らかの力が働いてると思うだろう。」
「アレはみんな自分の意思で参加を決めたじゃない。」
「俺は詳しいことは知らない。兎に角お前ら一般人を無理矢理参加させる"動機"を作った奴が居るんだろ。」
「?なるほど。」
成る程。ある程度一理はある。
そもそもこの戦い自体をひきおこしてしまったのが…
「私じゃねーか!!!」
「えっ」
「忍杯戦争を起こしたのは私じゃねーか!!結局全部私の責任だろ!!えっ?じゃあ何?これは薬師博士の罰なの?甘んじて受けるべきなの?」
「いや、そうではない。状況を考えろよ。薬師博士はお前たちを戦線離脱させようとしているんだ。」
千秋は黙った。
コンスタンティン龍はお春殿に跨るとペダルを漕ぎはじめた。
「いいか?これは
「薬師博士が…?」
「あいつなりに必死にお前たちを無事に日常に戻す手立てを考えたんだろうな。俺はこの後、他の一般人を拉致しつつ錦城高校まで案内する役目を頼まれている。全面的に賛成だ。そのために奴は自分を含む他の連中の命を差し出したんだからな。」
「そんな…一体どうして。」
「お前は下手に戦力になる。だから、こうしてちゃんと死なないと戦いから逃れられないのさ。勿論、俺は一般人以外は全員殺すつもりだがな。」
「分からない。なぜ?薬師博士はあなたの憎むべき仇でしょう?そんな奴の言うことを聞くの?」
「聞くよ。俺は怒ってても頭を使うのは止めないからな。あと俺は四人の僭称帝だという自負はあるが、四人が四人とも、数年前に改造手術を受けた時点で、北朝側と通じていたんだよ。そうじゃなきゃ、わざわざあいつらの改造なんて受けないだろう?」
「ああ…全部建前なのね。」
だがそんな建前にしがみついて離れられないのも確かなのだ。
結局、本音と建前からは誰しも逃れられない。本音も、建前も。
コンスタンティン龍はお春殿を漕ぎながら、道路を遥か走って行く。
「お前はもっと頭を使え。頭を使わねば、騙されてばかりだぞ。何も悪辣な嘘ばかりとも限らん。本当に何より辛いのは、優しい嘘を吐かれた時だ。優しい嘘で隠された己のエゴは反省のしようがない。」
「ああ…そうだな。」
これだけタメになりそうな言葉を吐きながら、感じるのは強い殺意だった。コンスタンティン龍は未だ、自らが良いように操られていた事実に怒っているのだ。
あの時、千秋とお春の首を討ち取ったのも、真実なのだ。
ただ、このある種の二面性がコンスタンティン龍を彼たらしめる要因なのだろうか。
「ところで…ヨハン孫には会ったか?」
「ヨハン孫を知ってるんですか?」
いきなり聞かれて答えたが、これは要領を得ない回答だった。
コンスタンティン龍は勿論ヨハン孫を知ってるに決まってるし、千秋が聞きたかったのは、ヨハン孫が意識の世界だけで生きていることを知ってるかどうかだ。
「ああ。奴は偏在するそうだな。これも道中薬師博士を通して知ったことだ。彼は理論から仮説を立てていた。証明できたようで良かった。」
コンスタンティン龍は猛スピードでお春殿を漕いでいる。最早現在地がどこなのかすら分からない。
車が行き交う中、そのスピードに並行して自転車を操縦する技術は流石である。
よく見ればわざわざ自転車用のスポーツウェアに着替えているくらいだ。
その時、後方から迫り来る一台の自転車があった。
「貴様はッ!胡姫禁中宴の祭器の一人、大審院火器!」
「お春殿達は返してもらうぞ。」
デスレースがはじまった
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます