第三章(大和)
第三十話
西大寺千秋は自分たちの首が切断されていて、完全に死亡していることを確認した。
確認と言っても、生首だけの姿ではただ漠然と死を意識するだけしかできない。
それも酷く曖昧で、生命反応が一切無いともなれば、自分が死んでいることすら感覚出来なかった。
何も感覚できない。何も感覚できないことそのものが、この場合は死んでいることの証明になり得ないだろうか。
まあ、とりあえず自分が首だけになっている以上、死んでしまったことは理解できる。
ところが、これだけ自分に対する意識がぼんやりしているのに、片割れの相方もまた死んでいることには、不思議な確信があった。
そう、宝蔵院お春もまた死んでいる。それだけはわかる。
そもそも死んでいるのに何故何かを考えることができるのか。些末な疑問が浮かんだが、しかし、相方が死んでいるという確信がある以上は、片割れである自分もまた死んでいると結論せざるをえない。
「死んだか、千秋殿。」
そんな呼びかけがあったのはまさにお春殿の生首はどこに転がっているのかと考えていた時だ。
あれ程強烈に首を捥がれたのだ。その上遥か彼方へ放擲され、今自分が何処にいるのかすら分からない。
否、分かったところで、それを理解できる脳は停止しているのだ。
二度首を討ち取られる激痛。それは神経を介して全身に伝わる地獄のような感覚であり、薬師博士の戦闘スーツすらコンスタンティン龍には歯が立たなかった。
やはり敵は強く、生半可な女子高生では屍を路上に晒すのがオチだったのか。
そもそも、そもそも、何故、停止した脳で頭で何かを考えられているのか。
「誰だ、お春殿か。」
無意識のうちに自分がそう答えてしまったのには流石に驚いた。
「二人の意識は戦闘スーツの機能を介してクラウド上を行き交っている。簡単に言うと、お前たちの意識は戦闘スーツに保存されているため、死んでいても会話はできる。」
「なんだそうだったのか。」
成る程。よく分からないが、また薬師博士のマッドサイエンスが功を奏したわけだ。
千秋とお春殿の意識はもはや肉体を離れ、戦闘スーツの方に移されていたというわけだ。
「薬師博士の策が功を奏して良かった。その戦闘スーツはまさに人理を超えた力を人理に宿したオーパーツだな。」
「さっきから妙に詳しいけどさあ、でもこれって体が死んでいるんじゃ、死んでるのと変わらないよね。」
「まさにその通りだな。五感を奪われた以上、体が動かないお前達は死んでいるに等しい。お前達が再び動くには死を超越する必要がある。」
「あなた事情に詳しいみたいだね。お春殿じゃないの?」
「お春殿はお前だ。俺はヨハン孫。一応そういうことになるな。」
「ヨハン孫?」
「前から思ってたが、お前達は本当に情報を覚えないな。ヨハン孫はネオ南朝幕府シャンヤーハイアンの四人の僭称帝の一人。くじらのミュージアムで、チューブに繋がれたホルマリン漬けの死体を見たろう。」
「死んでたの?アレ。」
「肉体は既に死んでいる。アレは電子組が脳に埋め込んだデバイスを通して情報を送信し続けるための装置でしかない。ちょっと何を言ってるのかわからないと思うが。」
「そうだね、もっと分かりやすく言って。」
「済まない。だが、分かりやすく言っても分からないくらい難しい話さ。それに分かっても特に意味はない。それよりも、俺は意識だけ生きているということが重要さ。」
「要するに精神だけが存在してるてきなアレだね。」
「精神だけが存在してるてきなアレだ。それに、お前達は感覚出来なかったと思うが、ヨハン孫はずっとお前達と行動を共にしていたのさ。」
「えっ何それこわい。」
ヨハン孫は偏在する。
そもそも四人の僭称帝の中でもヨハン孫だけは既に死亡している。
数年前に薬師博士の改造手術を受けた時点で、ヨハン孫は死んでいた。
薬師博士及び、当時の内閣特殊諜報局電子組が四人の僭称帝に施した改造手術は、後のクライ・マックス少佐(通称泣き虫マックス少佐)と呼ばれる人物が主任を請け負っていた。
泣き虫マックス少佐は少佐と呼ばれているものの、軍に身を置いているわけではなく、どころか電子組に在籍しているわけでもない。
二十年くらい前に、いきなり電子組に乗り込んできて「わしに勇者ロボットを作らせろ」とか言ってきた、ちょっとアレなおっさんである。
最初は敵対組織のスパイかと思われたのだが、どれだけ身元を調査してみても、地元に住む一般市民ということしか分からなかった。
流石に怪しかったが、ならばと試しに改造手術を教えてみたら、これが一般人にしては意外にスジが良かったので、色々教え込んでいるうちに、なんか研究主任を受け持つようになった現代の闇シンデレラみたいなオッサンだ。
後々、つい最近の話なのだが、こいつの身元に興味を持った薬師博士が泣き虫マックス少佐に問い詰めてみたところ、「やっぱり歴史を変えるのって良くないですよね。分かりました。なら僕は未来の時代に帰って父親と同じシャチホコ職人を目指します。ありがとう、父さん。」などと訳のわからないことを白状し、机の引き出しの中に引きずり込まれて消えてしまった。
薬師博士は泣き虫マックス少佐のことについてそれ以上考えるのを止めたが、一番怖かったのは、もし国家が転覆して、自分が失業する羽目になれば、シャチホコ職人にでも転職しようか、などと常日頃から考えていた事実だった。あと息子の名前はマックスにしようとも思っていたので流石に考えるのを止めた。
泣き虫マックス少佐のことは何も分からなかったが、兎に角、ヨハン孫は改造手術を受けたということだ。
「そんなわけで俺は精神だけの存在になったんだ。」
「へ、へーそうなんだ。」
千秋はヨハン孫の昔語りにちょっとついていけなかった。
「それで何だったっけ?何で俺がキミの意識に働きかけているか、って話だったよね。確か。」
「いや、私としてはこの状況自体がよく分かってません。」
「まあその内慣れるよ。要するにね、僕は電子組と薬師博士に改造手術を受けた時には既に死んでいたわけ。」
ヨハン孫に施された改造手術は、他の四人の僭称帝と異なり、サイボーグ化のための物では無かった。
死体を用いた改造手術とは、死体をサイボーグ兵として利用する為の実験である。
ヨハン孫の死体は当時、サイボーグ兵化の為ではなく、その死体にダウンロードする人格を形成する為の"本体"として持ち込まれた。
この死体兵の計画は、単に死体をサイボーグ化して復活させるのみならず、蘇った死者に統一された人格を割り振って、より効率的に運用する為の人類"端末"化計画である。
一人の人間の死体をマザーコンピュータ、その他の死体兵を端末として操る、壮大な人造人間兵団形成の為の足がかりとなるプロジェクトである。
ヨハン孫は死体兵を操るマザーコンピュータの部品として使われたのだ。
この計画自体は頓挫したが、ヨハン孫の死体には一定の改造が施された。
泣き虫マックス少佐の発想が飛躍的だったのは、ヨハン孫自身の人格を機械を通して死体兵にダウンロードするのではなく、
機械を通して、まずはデータ上に構築された擬似人格をヨハン孫の死体の脳にダウンロードしたのである。
本体と死体兵は機械の端子を通して意識を共有するが、その為には人間の人格という複雑な構造物を機械の上にデータ化する必要がある。果たしてそんな芸当が可能なのか。
ならば、発想を逆転すれば良い。データの擬似人格を死体の生身の脳に移植できれば、死体兵のサイボーグにも問題なく移植出来るというわけだ。
要するにAIだ。
この改造自体は失敗したが、こうして一旦ヨハン孫の死体の脳内を介して、情報を集積することで形作られた擬似人格が誕生した。
この擬似人格は薬師博士にも電子組の誰にも感知されることはなく、自らを『ヨハン孫』と定義づけた。
「ああ、苦労なされたんですね。」
よく分かってない千秋はとりあえず労うことにした。
「そういうことさ。今や俺はどこにでも存在する。ただ他の人間が、それを感知出来ないだけさ。」
「そんなあなたに何故私は話を出来ているんでしょうか。やはり私が死んだからですかね。」
「キミの意識は戦闘スーツを介してデータ化されている。つまり我々が会話しているのは長州征伐ロボシュバリエ一号のコンピュータの中なのさ。」
「そうなんですね。」
ここまで話を聞いて、よく分かってないことが二つある。
まずはヨハン孫がAIならば、なぜ遍在するのか。
ヨハン孫の死体の脳内に生まれたAIならば、ヨハン孫の肉体からは出られないと考えるのが常道ではないか。
そして、もう一つ。
何故、ヨハン孫は千秋達の事情に詳しいのか?まるでこうなることが分かっていたかのように、千秋の意識に接触してきた。
「結論を述べると、千秋とお春殿、キミは"死体兵"となって動いてもらうことになる。」
「ああ、やっぱりそうなるんですね。」
「龍は良く動いてくれたよ。極めて忠実に我々の任務を遂行してくれた。これで実に動きやすくなる。」
「いや、あのよく分かってないんですけど、私は助かるんですかね。」
「ああ、薬師博士のお墨付きだ。間違いなくキミは生き返ることができる。全く、大した技術だよ。」
「えっそれはどういう」
そこまで言おうとして、千秋は自分の意識が覚醒するのを感覚した。
千秋は自分の生首が物産センターの前に転がっているのを俯瞰的に眺めていた。
「あれ?生きてる。」
口に出してみれば、しっかりと声が出た。
「おお、生きてる生きてる。」
動こうとしたが、生首なので体が動かない。しかしよく見てみれば、顔半分は包帯のようなものに覆われており、首から下は脊髄のようなよくわからない部品が生えつつあった。戦闘スーツが身体の細部にまで喰い込み、既に再生と補完を始めようとしているのだ。
「漸く目が覚めたようだな。」
声がしたと思ったら、目の前にはコンスタンティン龍がいた。
「薬師博士も大した奴だ。死んでも動く兵を作り出すとは。」
「えっ…と、これは一体どうなってるんでしょうか。」
「そうだな…お前はこれから俺に拉致されることになる。そこの宝蔵院お春とともにな。」
コンスタンティン龍が親指で指差した先には、生首となって、首から下から自転車が生えたお春殿が転がっていた。
「ごめん千秋殿。どうも戦闘スーツの再生に失敗したみたいだ。」
「ウワアアアアアアアア」
千秋の中で宝蔵院ネクロバイクお春殿の呼び名が誕生した瞬間だった。
つづく
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