第二十九話

第二十九話


 やっと邂逅した織衛おりえ不要人いらすとは虚弱体質だった。


 彼はザトウクジラにジャレつかれて死にそうになり、事態を重く見た職員の方は不要人いらすとを立方体の水槽に移すことにした。


「こんにちわ。私は最早くじらのミュージアムの職員として勤務しているジェットポーです。」


 ジェットポーは背中が羽付きのジェットパックになっていて凄く邪魔そうだった。


「薬師博士はいつか殺す。あとこちらはヨハン孫です。」

「ピボボボボボ」


 ジェットポーは全身が大小様々なチューブに繋がれたホルマリン漬けの巨大な試験管に入ったおっさんを紹介した。


「ヨハン孫は薬師博士に改造されて全身をチューブに繋がれているんだ。」

「ピボボボボボ」


 シャンヤーハイアンは瀕死の人間が二人もいたのだ。

 さて、これで四人の僭称帝が全員揃ったわけだ。


「ではここに山田金烏さんもいるのですか?」


 四人の僭称帝などまるで興味なさそうに薬師博士が訪ねた。

 この対応にはジェットポーも気にくわないようだった。


「ちょっと薬師博士。アタシは背中にジェットパックを取り付けられてから、肩が凝って仕方ないんだよ。いい加減これ取ってくれないかな。」

「ああ、それなら後で幾らでも修正してあげますよ。」


「修正って何さ。それよりアンタが山田サンに何の用だ。」

「山田金烏氏があなた達の頭目なのでしょう?四人の僭称帝が荷蘭東印度公司象牙海岸分社シャンヤーハイアンの筆頭であることはあり得ない。」


 薬師博士が言うと、ジェットポーは頭に疑問符を浮かべたようだった。

 小燕シャオイェンもこれには理解しかねたようだ。


「あのさあ、さっきからずっと俺が言ってるけどさあ、名目上はネオ南朝幕府のトップは四人の僭称帝なんだよね。つまり、シャンヤーハイアンの筆頭も俺たち四人なんだよ。」

「いやあ、あり得ないですよ。あなた達はあくまで"名目上"の僭称帝でしょう?」


「どうしてそこまで頑なかねぇ。まあいいや。俺たちは自分の記憶があるからな。それが何よりの事実さ。」

「そうだ、思い出したぞ。」


 この時、突然声を出したのは記憶を失っていたネオ南朝将軍だった。

 ネオ南朝将軍は頭に被っていた兜を脱いだ。


 兜の下は黄金の烏の頭だった。


「俺はネオ南朝将軍様ではない。俺こそが山田金烏だ。」

「ええ〜」


 黄金の烏の頭の武人は漸く全ての記憶を取り戻したのだ。

 自らをネオ南朝将軍ではなく、山田金烏と名乗ったこの怪鳥頭は勝手に興奮して語り始めた。


「私はネオ南朝将軍様のコスプレをしていたら輩に襲われて記憶を失ったんですよ。」

「えっええ〜…ええ〜」


 薬師博士は目の前の人間が山田金烏だと見抜けなかったことにビックリしていた。


「そうだ…全て思い出した。私はネオ南朝将軍様の直命を受け、林克明と根来蘇生、そして摩利香之介の三名を殺害すべく暗躍していたのだ。」

「一体なぜそんなことを。」


 西大寺千秋はおもわず聞いていた。

 思えば林克明と根来蘇生の死から、シャンヤーハイアンとのイザコザが始まったからだ。


「全ては西大寺千秋、お主を暗殺せんとする反対派を粛清し、六本技ろっぽんぎ六騎将を西大寺衆と同盟を結ばせるため。」

「は?六本技ろっぽんぎ六騎将?」


 六本技ろっぽんぎ六騎将。つい最近どこかで聞いたことがあるが、イマイチピンとこない。


 だがその時、その場にいた全員がいつの間にか床に平伏していた。


 プールサイドから黄衣を纏った男が海パン一丁で上がってきたからだ。


「あああああ」

「久しぶりだな…西大寺千秋。そして宝蔵院お春。俺は神奈皮かながわ県立東突厥高校の校長、六本技ろっぽんぎ六騎将の水戸黄門だ。」


 馬鹿な、四教頭と同等の力を持つ六本技ろっぽんぎ六騎将が何故ここに。

 その疑問はあまりのプレッシャーに、口に出すことすらできなかった。


「やはり…そうでしたか。四人の僭称帝とはネオ南朝幕府を動かすための方便。あなた達の正体は、甲賀忍者だったのですね。」


「如何にもそうだ薬師博士。東突厥高校の芒手のぎすは一般人だったが、御庭番衆の秘伝書を元に忍者の訓練を受けた。

その御庭番衆は徳川吉宗が設立した隠密組織。しかし、徳川吉宗は紀州徳川家出身。さらには、御庭番衆の前身となる紀州薬込衆も、元を辿れば甲賀忍者に行き着く。」


 水戸黄門は嬉々としてこれを語った。


「お待ち下され、黄門様。」


 ここに異を唱えたのは地に伏しながらももがく小燕シャオイェンだ。


「俺たち四人の僭称帝は甲賀忍者ではない。むしろ、南朝は甲賀、伊賀、根来、陰陽師衆とともに忍杯を作り出した立場。甲賀忍者を顎で使う立場であるはず。」

「愚かな、まだ自分が南朝の後継者だとでも勘違いしているのか。」


 黄門様はゴミ虫を見るように嘲った。


「どういう…ことだ?」

「山田金烏、いや、山田やまだ金烏右衛門長雅ながまさ、この娘に本当のことを教えてやれい。」


 山田金烏右衛門長雅と呼ばれた怪鳥頭は悲しそうに立ち上がった。


「では僭越ながら、この山田アユタヤ一刀斎金烏右衛門長雅が真実を伝えましょう。シャンヤーハイアンと南朝は何の関係もない。オランダ東インド会社は十七世紀、対して後南朝ですら十五世紀。時代に開きがありすぎるゆえ、因果関係は皆無なのです。」

「馬鹿な、俺たち四人には自天王様の記憶が…」


 そこまで抗議して、小燕シャオイェンはハッとして後ろを振り向いた。その眼はしっかと一人の男を見据えていた。


「や、薬師博士ー!!薬師博士ーーー!!どういうことだ、説明しやがれェェェェ!!」

「あなた達四人は、数年前に私が改造手術をした。その時は、本当にただの外国人だったんです。」


「馬鹿を言うな。記憶は確かだ。この記憶は先祖代々受け継いできた忍法だ。」

「あなた方四人の脳にはチップが埋め込まれていて…まあ、電子組自体が陰陽術の技術的再現を試みる部隊でして…まあそこに、接触を図ってきたわけですね。根来蘇生氏が。」


 薬師博士は悪びれもせずに驚くべきことを口にし始めた。


「根来蘇生氏はある陰陽術を紹介してくれました。何でも人間の脳をコピーして記録媒体とする中世の忍法だそうだ。電子組として、この"未だ実現していない"忍法を再現しないわけにはいかなかった。

いや、流石にこれは当時立場の低かった私は直接には関わってないので、内部資料で知ったことですけどね。」

「じゃあ何かい…俺たちの記憶は…代々受け継いできたわけではない…?」


「違いますね。"代々受け継いできた"という記憶すら、三年前にあなた方の脳内に直接移植した偽りの電気信号です。」

「嘘よ、嘘よーーーっ!!」


 小燕シャオイェンはおかしくなって外国語で叫び始めた。


「へへ…まあ、そんなコったろうとは思っていタさ。俺はそんなに気にしてない。」


 ジェットポーは気怠げに地に伏していた。


「結局、四人の僭称帝とは甲賀忍者が効率よく扱う為の方便に過ぎん。アユタヤ甲賀流は十七世紀よりオランダ東インド会社に編入され、コートジボワールと台湾、そして長崎を中心に隠密活動を続けていた。」


 山田金烏は物悲しげに小燕シャオイェンを見つめながら言った。


「では我々アユタヤ甲賀とは何者なのか?聡明なあなたならお気づきでしょうが…」

「山田長政。」


 薬師博士が呟いた。


「アユタヤ日本人街。江戸時代は鎖国の時代だと思われがちだが、実は違う。鎖国までは、東南アジアに進出してアユタヤに日本人街を作っていた程だ。」

「如何にも。オランダや中国と揉めて、破壊されてしまったがな。」


「あなたは…アユタヤに進出した浪人に混じっていた甲賀忍者達の子孫なのですね。」

「ああ。紀州徳川家の密命を帯び、海外の諜報を行う二重スパイとしてな。しかし、俺たちがどちらかと言えば南朝側なのは真実さ。」


「どうやら…水戸黄門様は甲賀忍者と強いパイプを持っているようですね。」

「ほっほっほ。徳川家の者としては当然の嗜みよ。で、どうする千秋殿。お春殿。」


 黄門様は千秋とお春の二人を見据えた。


「儂が山田金烏を使い、西大寺衆をここまで呼び込んだのは西大寺衆の実力を見込んでのこと。西大寺衆は東突厥を破り、シャンヤーハイアンを掻い潜りここまで辿りついた。しかし尚も組織力で忍杯戦争に覇を唱えようとしているという。」

「そんな…私たちは…」


「騙してしまったようだがな。山田が記憶を失わなければ、すぐに真実を打ち明けさせるつもりだった。根来蘇生、林克明、摩利香之介が邪魔だったのは、あくまで目先の戦いに拘ったからだ。

しかし、西大寺衆は違う。お主達は人命を尊び、被害を最小限に抑える為に動いている。その心に儂は感動したのだ。」

「一体どうしてそこまで私たちに肩入れしたの。」


「それはな、六本技ろっぽんぎ六騎将に錦城高校の理事会がいるからじゃよ。これまでの全ては繋がって居るのだ。」

「ええっ」


「儂もお主の昨年の頑張りよう、しかと見受けさせてもらった。故に、東突厥高校をけしかけ、試させて貰ったのだ。

どうだ。儂らと組めば四教頭の力と合わさり、容易に忍杯戦争を支配できるぞ。」

「お春殿。これを断らない手は無いでしょう。」


 薬師博士がなんか言い出した。


「薬師。お主は途中で気付いていたのか?」

「それはもう。おかしいとは思っていました。あなたが関わっていると気づいたのは、つい先ほど。」


 黄門様は不愉快そうに微笑んだ。


「はじめにおかしいと思ったのは、千秋殿から林克明のことを聞かされた時。彼はシャンヤーハイアンの構成員でありながら、東突厥高校のヤンキーと遊牧民が合体して林克明になるという、独特の生態を持っていた。

つまり、あなたが関わってないとおかしかったわけですね。」

「ほっほ。どうやらお主も同じで企みがある様子じゃ。」


「ええ勿論。実は我々も六本技ろっぽんぎ六騎将の影響力を利用できないものかと、太乃長官達と密談しまして…!今回の一件に掛けさせてもらいました。」

「なんじゃ。はじめから気づいておったのではないか。」


 黄門様は愉快そうに微笑んだ。


「千秋殿。お春殿。黙っていて済みません。東突厥高校とはいろいろありましたからね。みだりに口にしないよう、あなた方がいない間に取り決めていたのです。」

「ええ?ああ、まあ。うん。」


「なんか納得いかねえ。私たち重傷を負わされただけじゃないか。」

「そうよ。これだけ苦労しておいて、やるなら伊痩いせで出来たんじゃないの!?」


 千秋とお春は納得がいかなかった。納得いかないので、とりあえず抗議することにした。


「だいたい。なんで手を組む為にこんなに苦労しないといけなかったのよ。」

「ふん。それはなあ、お主の仲間のヤクザ達のせいだ。」


 黄門様が歯がゆそうに何かを言おうとした時、何かが割れる音がした。

 振り向くと、小燕シャオイェンが織衛さんの水槽を発勁で破壊していた。


「ウフフフフ。これでロンは自由の身。私たち忍法西軍は忍杯戦争の勝利に一歩近づく。」

「しまった。水槽が破壊されたせいで織衛が死ぬぞ。」


 黄門様が言ったが、もう遅かった。

 織衛は小燕シャオイェンのありったけの発勁で心臓を破壊されて死亡したのだ。


「近寄るなお前達ッ!俺は偉大な尊燕王だぞ!!お前達が尊燕王を裏切るというならッ!俺…私も北朝に寝返るまで!結局のところお前達は私が北朝と通じていたことすら気づかなかったな!!」

「何を言ってるんダ、小燕シャオイェン。」


「近寄るなポー!私は尊燕王だぞ!!私は…私は…!」

「死ね、全員だ。」


 王の怒りが炸裂した、と思った。

 その名は尊龍王。

 織衛が死に、忍杯戦争のルールによる支配から解き放たれたコンスタンティンロンは最早自我を取り戻し、


 一撃で千秋の頭部をもぎ取っていた。

 お春が何か反応する前に、王の手刀はお春の首も完全に切断していた。


「え」

「悪いがお前達から殺す。しばし行動を共にさせて貰ったが最早容赦はせん。俺は尊龍王。暴君だ。」


 千秋は自分の切断された首が即座に繋げられる光景をまざまざと見ていた。この時久しぶりに、薬師博士の発明がすごいと思った。

 心臓の破壊すら治療する戦闘スーツ。それは断頭であれ同じだったのだ。


「なるほどな…殺しても死なないのか。なら殺す。俺は今機嫌が悪い。」

「忍法『山月記』。」


 宴の祭器達の一人、山月記虎器が忍法を唱えると、そこには身の丈三メートル程の大きな虎がコンスタンティンロンに襲いかかっていた。


「この偽の神器どもっ!!貴様らそろいも揃ってこのコンスタンティヌス・ロンを謀りおって!!!」

「危険人物め。この場で粛清してくれる。」


 次の瞬間にはコンスタンティンロンは虎の一撃を掻い潜り、怒りのままに一撃を加えていた。


「尊っ」

「ぐふぅ」


 虎は辛うじて一撃を避け、形勢不利と見るや、すぐさま決着をつけようと構えた。

 しかし、ロンはいつの間にか千秋とお春の首を再びもぎ取っており、二人は確たる意識はあったものの、ロンは大きく跳躍すると、クジラプールの床面に蜘蛛の巣状のヒビを入れた。


「こいつらなどこうしてしまえ。」

「ああっ何をする。」


 ロンは怒り狂いながら千秋とお春の首を遥か彼方へと投げ捨ててしまった。


「があああ」


 僅かに残る意識の中、千秋が見たのは黄門様に綺麗な正拳を打ち込む尊龍王の姿だった。


 第二章 完

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