第二十八話
第二十八話
すっかり本来の目的を見失っていたような気がする。
まあそもそも目的など、この旅に有って無いようなものだと思うが。
それでも忍杯戦争を止めるための戦いは、
とりあえずはシャンヤーハイアンと決着をつけるのが直近の目的になるのだろうか。
「昨日はまた一段と血なまぐさい1日だったな。」
「ああまさにその通りだ。一刻も早くこの愚かな戦いを止めなければ。」
いつの間に意気投合したのか、冬次叔父さんと藤武蔵人魚は日常話でつかの間の平穏を演出していた。
ネオ
くじらのミュージアムへはバスで向かう。
一般市民達も同乗するバス車内で、薬師博士は改めて状況説明を始めた。
「くじらのミュージアムにはシャンヤーハイアンの
「それにしても、テロリストに占拠されてるのに、よくバスなんて出てるね。」
いきなり話の腰を折ったのは宝蔵院お春だ。自分も腰の骨が折れているからといって、話の腰まで折ってしまうとは、昨日の敗北からマゾヒズムにでも目覚めたのだろうか。
「ダメだよお春殿。薬師さんが話してる最中に口を挟んだら困ってしまうよ。」
あまりの折れっぷりに菅原さんが注意する事態になってしまった。菅原さんが人のことを咎めるのはわりと少ない。是非お春殿には反省して欲しいと、千秋は思った。
「どうでもいいけどさあ。なんで俺までついてこなきゃ行けないのさ?」
ここで更に出しゃばって来たのが、昨日の戦いから何故か西大寺衆と同行している
「ネオ南朝将軍様からのメールによれば西大寺衆と協調せよとのこと。つまり、シャンヤーハイアンと協調路線をとることが西大寺の最優先すべき目的なのだ。」
「成る程なあ。シャンヤーハイアンと協力するのが西大寺衆の最優先すべき目的だったのか。なら納得だ。」
西大寺の目的はシャンヤーハイアンと協力することだったのか。
全然知らなかったぞ。
そうだったのか。
…
「そうだったのっ!?」
「今更何を驚いてやがる。元々その為に
そうだったか…?いや、そういえばそうだった気がする。
そうだ。ネオ南朝幕府に戦いを止めさせる為に、まずはシャンヤーハイアンと話し合いの場を設けようと、シャンヤーハイアンに潜入していた
随分回りくどい作戦で、すっかり本来の目的を見失っていた。
いや、それにしても、シャンヤーハイアンか。あの連中と協力するのか。かなり無謀な挑戦を試みているような気がする。
「南朝系天皇の子孫を自称する連中と組まなきゃ行けないのか…気が重いなあ。」
「大丈夫よ千秋さん。私の家柄は何方かと言えば北朝側だけど、
千秋が不安がっていると、橘さんが頼りになるのかならないのかイマイチピンとこない言葉で励ましてくれた。
「まあそれより、僕としてはシャンヤーハイアンの正体の方が気掛かりなんですけどね。」
「薬師博士、いきなりどうしたのだ。」
藤武蔵はいきなり薬師博士が話し始めたことに驚いた様子だった。
「いきなりは無いでしょう。さっきから僕が説明するターンなんですよ。」
「ええい、器の小さい男だ。シャンヤーハイアンの正体くらいなら将軍様に明かしてもらうわ。」
話の主導権を巡っていきなり切れた小心者の藤武蔵はキャスティングボードをネオ南朝将軍様に譲るという暴挙に出た。
ネオ南朝将軍様は
「すまない。記憶を失っているんだ。」
「あああああ!そうだった。しまった。ちくしょう!シャンヤーハイアンのことは調べたが、謎の組織ということしか分からん。主に東南アジアから東アジアにかけて幅広く商売をしているようだが。」
藤武蔵は勝手にピンチになっていた。
「だからさあ。俺たちシャンヤーハイアンは台湾に逃れた南朝系の子孫だって。」
「冷静に考えろ。南朝の意向と雖も、今日までお前達を支えてきた拠り所がある筈だ。それが分からん限り、シャンヤーハイアンの正体が分かったとは言えん。」
要するに藤武蔵さんは南朝系の天皇の子孫を名乗るこいつらに仕えて海外に逃れた武士がいる筈だと主張しているのである。
その話だけ聞けばそれはネオ南朝幕府のリストに名を連ねる
しかし、南朝系の天皇の子孫が海外に逃れたなど。初めて聞く話である。
一五世紀に滅んだ筈の東ローマ帝国の子孫が京都に逃れていたくらいありえない話だ。
「いやっ俺たちに拠り所なんて無いだろ。だって、俺たち四人の僭称帝は記憶承継の儀式によって代々自天王様の記憶を受け継いできただけなんだぜ。俺だって記憶が目覚めたのはつい最近だ。」
「ならば
なんだか一気に話がきな臭くなってきた気がする。これだけ人物が揃って二人の正体が分からないとは、何事なのだろうか。
ここで、会話に加えてもらえない薬師博士がついに挙手した。
「実は私もそこが気になってましてね。
「ほう。政府の役人様ですら気になることなのか。」
「ええ。言ってみれば国際問題ですからね。シャンヤーハイアンというのは中国語で、漢字表記だと象牙海岸。更にフランス語に訳せば、これはコートジボワールのことです。彼らがアフリカの国家名を冠する理由は?」
「俺が知るかよ。オシャレだろ。」
それにしても。コートジボワールか。これはまたアフリカンな名称が出たものである。
もしかして構成員全員がコートジボワールの人なのだろうか。
「言っておくが、俺は香港出身だよ。ヨハン
「これはまた随分と国際性が豊かだな。」
これまで出てきたあまりにも国際色が豊かすぎて、なんだか分からなくなってきた。
「まあ、答えは
薬師博士が言った通り、バス車窓からは巨大なクジラが大地に打ち上げられ、直立したまま石化してしまった凄惨な光景が広がっていた。
それはまさに地獄のような光景で、この世とは思えない程だった。
「酷い。クジラが石化している。一般市民だけではなくて、海の生き物にまで手を出すなんて。酷すぎる。許せない。」
この残酷な景色に、千秋は外道行為を働く忍者達への怒りを新たにした。
「なんか勘違いしてるみたいだけどさあ。あのオブジェは元々あった彫像だからな。」
千秋の勘違いを
「えっ」
「多分お前ら、大分勘違いをしてると思うんだけど。ネオ南朝幕府は忍杯戦争でもかなり優良な方だと思うぞ。」
「えっえっ」
それどころか、観光客が多く、賑わいを見せている程である。
「ネオ南朝幕府は基本的にテロリストに襲われた"演出"をすることで、一般人にうまく取り入ってイルカショーを支配したんだよ。」
「は?」
思えば刀狩署やシャンヤーハイアンはその行動に常識的な面が伺えなかったといえば嘘になる。
刀狩署の藤武蔵は、西大寺衆と邂逅した当初、警察を買収し、忍杯戦争のルールを一方的に捻じ曲げた菅原さんを逮捕しようとした。
それどころか、怒りから、忍杯戦争参加者達への明確な殺意を見せていたのである。
シャンヤーハイアンに潜入していた
ではシャンヤーハイアンはどうだろうか。
彼らはくじらのミュージアムに上手く取り入り、かなり平和な方法でイルカショーを支配していたようだった。
「くじらのミュージアムにもイルカショーはあるんだよ。知らなかっただろ。」
「あんた達悪の組織とかじゃなかったの。」
「いや、どう考えても武力にばかり頼るお前達西大寺衆の方が悪だと思うぞ。」
「ぐぬぬぬぬぬ」
なんか負けた気分になった西大寺衆は負けムードでくじらのミュージアムを堪能した。
くじらのミュージアムは、
くじらのミュージアムで一番見ておくべきなのは、やはり屋外で行われるクジラショーだろう。
そして、クジラショーのプールには忍者装束を纏ったおっさんがビショビショになりながら溺れていた。
「助けてくれ、俺は泳げないんだ。」
「あれが俺たちシャンヤーハイアンの代表選手、
「えっ…なんで溺れてるのあの人。」
「それがあいつの忍法なのさ。」
一体、何故
そもそも何故、溺れているのか。
「ヨダレカケ…という生物がいる…らしい。これはあいつが言っていた事なんだが。」
「ヨダレカケ…」
その最大の特徴は、『水が苦手』なこと。魚なのに。
ヨダレカケ達は、普段海と陸の境目の岩場などに張り付いているらしい。
水は苦手なので、皮膚呼吸がメインなのだが、あまり水のない場所に行くと干からびてしまう。
かといって、水の深いところへ行けば溺れ、他の魚に食べられてしまう。
そして、数代にわたる形質遺伝と厳しい修行の末に、ついにその身にヨダレカケの特性を宿すに至った…のだという。
「これが俺の忍法『水浸し』。俺は水の無いところでは干からびて死んでしまう。かといって水の深いところでは、えら呼吸出来ないので溺れ死ぬのだ。」
「…」
「笑え。俺を笑うがいいさ。この体はこうして定期的に水と陸地を行き来しないとすぐに死んでしまうのさ。くじらのミュージアムの職員達が俺を受け入れてくれたのも、俺の命の儚さを憐れんでの事さ。」
「あっゴンドウクジラがこっちに来た。」
ゴンドウクジラとは小型のクジラで、見た目はイルカと見違えんばかりに小柄だが、分類上はクジラになるらしい。
ゴンドウクジラは
「きゅーきゅー」
「ああっ止めろ、俺はクジラにじゃれ付かれるだけでも命懸けなんだ。止めろ。」
「きゅー」
「ああああっ!死にたく無い!死にたく無い!ごぼぼぼぼぼ」
西大寺は目の前で突然起こった凄惨な光景をただ黙って見ているしか出来なかった。
「ごぼぼぼぼぼっ!死ぬ前にお前達に教えてやろう。俺たち
「あっすみません、日本語しか分かりません。」
「
「は?」
「オランダ東インド会社!コートジボワール支店が俺たちの正式名称さ!世界最初の株式会社!十七世紀!東アジア貿易を席巻したオランダの商人達が目をつけた忍法者達!それが俺たちの起源さ!
アムステルダム、ホールン、エンクハイゼン、デルフト、ロッテルダム、ゼーラント!六支社からすらも秘匿された第七の支社!それがコートジボワール支社!当時既にフランス領となっていた"それ"を敢えて本拠地とし、台湾を中心に広域諜報活動を行うには忍法者達との協力が不可欠だった!!」
「うわあ長文で語り始めた。」
「知らないのか?江戸時代の黎明期には東アジアに日本人が数多く進出していた!江戸時代の話さ!日本人街の情報を得るには日本人のスパイが必要だった、それが俺たちシャンヤーハイアンの始まりさ!」
「えっあの、すみません。出来れば要点だけまとめてくださると有難いです。」
「ならばまずは助けてくれ〜!」
「えっっああ、はい。わかりました。」
千秋はプールに飛び込み、
「ひい〜もう忍杯戦争なんて、こりごりダァ〜!」
「なんだこの人。」
つづく
☆【紀州編】忍杯戦争関係者一覧☆
○西大寺衆
・千秋とお春一行
西大寺千秋
宝蔵院お春
西大寺冬次
薬師博士
太乃
十津川勇蔵
・根来衆
×
・伊賀組
・胡姫禁中宴の祭器達
・ドリームランド公国
・南郎組傘下忍道会
・南郎組傘下鶴詠会
・神兵衛南郎組傘下有門組
・裏正倉院
○和歌病県警刀狩署無刀課刀係
ニャース
川上
×ホットドッグフェイス(
×林克明
○シャンヤーハイアン
織衛不要人
山田金烏
×根来蘇生
西堂尾汽笛
コンスタンティン・龍(尊龍王)
ヨハン・ソン(尊孫王)
ジェット・
シャオ・イェン(小燕)(尊燕王)
・死刑囚
×竜田川龍之介
×妙法寺太郎
×他一名
忍杯戦争参加者一覧
×
×
お
以上十四名
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