第二十七話
第二十七話
偽の神器による大儀式の正体は遥か彼方の宇宙で記録されたエクササイズビデオだった。
ハンバーガーボーイの講習によって五千兆年分のダイエットプログラムに強制参加させられた千秋とお春、そして三人の死刑囚達は、時空間圧縮プログラムによって僅か一分で一キロ痩せてしまった。
「ダイエットプログラムはこれで終了だ。私はハンバーガーボーイ。ではまた何処かの銀河で会おう。」
ハンバーガーボーイが言い終えると天空に映し出された映像はそこで途切れた。
「嘘じゃあ。嘘だと言ってくれええ」
この儀式の発動の為に人生を賭けていた根来忍者、摩利香之介は副作用で顔面がホットドッグになったまま叫んだ。
「こうなれば全部終わり。儂の激ヤセダイエット忍法でお前達を抹殺してくれる。」
完全に発狂した摩利香之介は鎖鎌を振り回し出した。
もう片方の手には先程の偽の神器。錆び付いた鏡が握られていた。
「喰らえい忍法『乱れ鎌』。」
摩利香之介の手に握られた神器が再び輝きだすと、もう片方の手で振り回している鎖鎌も共鳴するように輝きだした。
「なんだ。また光りだしたぞ。あれはダイエットの光りだ。」
「きっとあの鎖鎌に切られると激ヤセして肉体を切断されるんだ。みんな逃げろ。」
いち早くこの忍法の危険性を察知したのは死刑囚達だった。死刑囚達は先程のエクササイズの効果で肉体が融合し、阿修羅の如き姿に変貌してしまっていた。
「ちくしょおおおおきっと時空間の圧縮に肉体が耐えられなかったんだ。俺たちはただ正当な手続きで裁かれたかっただけなのに。」
「酷いわ。これが宇宙エクササイズの効果だというの。」
妙法寺太郎と名前の知らないもう一人の囚人は既に完全に発狂しており、笑ったり泣いたりするだけ頭部だけとなっていた。
残る意識は竜田川龍之介のみ。その姿はまさに本当に妖怪腐れ佐藤さんになってしまったのである。
「俺が一体何をしたというんだ。俺はただ正当な死刑を望んでいただけなのに、外道〈げどう〉一群斎〈いちぐんさい〉の叔父貴に脱獄させられてよお。その楔を断ち切ったと思ったらこれだぜ。俺はただ人を殺しただけだ。」
「怪物めえこの摩利香之介の忍法『乱れ鎌』の餌食になるといい。」
一方千秋とお春は前より体が引き締まった以外は別に無事だった。
「あっ駄目だ。やっぱりなんか気持ち悪い。重症のままエクササイズとかしたからだ。」
「なんで私たちだけ無事なの。」
それはハンバーガーボーイが四教頭の持ってきた暇つぶしのビデオで、四教頭の趣味性向、つまり女子高生には比較的やさしいプログラムで出来ているからだった。
この場にいる誰も知らないが、ハンバーガーボーイのダイエットビデオの記録が保存されていた鏡の元になった隕石は四教頭が持ってきたものである。
錦城高校の四教頭達は宇宙より遠い場所、つまり概念の外から出てきたイレギュラーそのものである。
そんな彼らは地球に飛来する前、L1500星系の銀河でお土産として買ってきたのがこのエクササイズビデオだったのだ。
そのエクササイズビデオに使われた記録保存用の無機微生物のみが古来より秘密裏に有効活用されていたというのは、随分と皮肉な話である。
「なんか今一瞬四教頭の可能性が頭をよぎったんだけど。」
「やめておこう。今は考えるだけ疲れる。」
さて、四教頭の加護を受けられずに阿修羅と化した妖怪腐れ佐藤さんは同じくホットドックフェイスとなった摩利香之介と殺しあっていた。
しかし殺し合いとは名ばかりで、一般人の妖怪腐れ佐藤さんが根来忍者に敵うはずもなく、ホットドックに切り刻まれるばかりだった。
それでも妖怪腐れ佐藤さんは死ななかった。
「何故だ。何故俺はまだ死なない。」
「儂にもわからん。三人分の肉体が融合した余波か。どうやら死ねなくなったようじゃのう。」
本物の妖怪になった佐藤さんは死ねない体になっていたのだ。
佐藤さんは口から炎を吐くと摩利香之介の顔面を焼いてしまった。
「があああああ」
「馬鹿めジジイめ。これで焼きホットドック頭になったなあ。」
「いや、よく考えたら今更頭が焼けたところでホットドックである事に変わりはないじゃろ。」
「なん…だと…」
二体の怪物の死闘が泥仕合いの様相を呈し始めたところで、対峙する両者に割って入った者があった。
それはシャンヤーハイアンでも西大寺衆でもない。
「そこまでよあなた達。面白かったからずっと黙って眺めていたけど、それ以上は面白くなりそうにないわ。」
「お前よく今までしゃしゃり出てこれたな!?」
あまりの事態に西大寺千秋は突っ込んだ。
元はと言えばここは賭け場で、その元締めが
千秋の叫びには答えずに、
「私は面白ければ何でもいいのよ。でもこれ以上の狼藉は私への攻撃と見なすわ。」
「血迷われたか
「貴方と根来蘇生殿の悲願は最早塵芥よりも価値の無いゴミとなった。故にこれ以上貴方の失態は見たく無い。だからそれ以上何かするなら、私も黙ってはいないわ。」
「ていうかお前全然田舎言葉じゃねえじゃねえか。標準語も話せたのかよ。」
「黙れ。もう頭きた。私の方から仕掛けちゃう。」
「何を馬鹿な」
摩利香之介が狼狽すると、シャンヤーハイアンの
その叫びには恐怖が含まれていた。
「駄目だッ!摩利さん、その女の忍法は危険すぎる。みんな伏せるんだ。」
「せ」
神速すらも超える抜刀。それはひたすら抜刀のみを繰り返した者がごく稀に至る神の領域すらも超えた速さの抜刀術である。
あらゆるスピードを超えた世界において、抜刀の時間はゼロに等しくなる。
しかし、
忍者である以上、その抜刀術もまた忍法の領域に到達する。
というよりは、それが忍法であることは一目瞭然。
元より
にもかかわらず、抜刀とはいかなることか。
「り」
「忍法『
まことに不可思議な現象が起こった。
摩利香之介のセリフの途中で
まるで五感が研ぎ澄まされたかのような。
「ふ」
しかし、違和感はそれだけに留まらなかった。
留まらなかったというより、圧倒的に事後の認識になるのだが、西大寺千秋は臨戦態勢で地に伏していた。
西大寺千秋はいつの間にか、忍法の術中にあったのだ。
臨戦態勢で地に伏しる、とは、拳を構えた状態で大地に転がっていた、ということだ。
加えて頭部には激痛。
だが、臨戦態勢をとった状態で大地に転がっていたのは、千秋だけではなかった。
お春殿や菅原さん、西大寺衆からシャンヤーハイアン、一般の人達に至るまで。
その場の全員が、構えをとったまま、大地に転がっていたのである。
「何を馬鹿なセリフを。」
「駄目だッ!摩利さん、その女の忍法は危険すぎる。みんな伏せるんだ。」
先ほどと同じセリフが聞こえ終わる頃には、摩利香之介は胴から血を噴き出して絶命していた。
それに、摩利香之介のいた場所が、たった今の一瞬で数メートル移動しているでは無いか。
いや、それだけではない。よく見れば
「なんだと。」
「おやおや、それが貴方の忍法か。」
この場の中で、唯一の例外がいた。
摩利香之介の陰に隠れ、棒のように突っ立っていたのは刀狩署の構成員にして忍杯戦争参加者。全裸男性の
「全員だ。全員の位置が、先程までとは異なっているな。どうやら気づかぬうちに移動したようだな。俺以外が。」
「それらこそ、私も言いたい。効いていない。摩利香之介の鎖鎌をどこへやった?それがお前の忍法か。」
そうだ。全員の位置が変わっている。まるで自分達でも気づかぬうちに誰かと切り結んだかのように。千秋は数瞬遅れて気がついた。
だが、不思議だ。
この異常な状況下で、藤武蔵さんだけが棒立ちして、なんの影響も受けていない。
そもそも、何故摩利香之介が藤武蔵に密着しているのか。
まるでそれは、摩利香之介を即座に殺害出来るための位置取りを。藤武蔵が予め完了していた結果のように思えてならなかった。
「ああ。鎖鎌は危ないから仕舞ったのさ。これが俺の忍法『
「成る程な。私のは『
刀狩署の中で忍法の領域に至った者は三名。その全員が無刀流を開眼している。
幾たびもの抜刀を重ね、その速さを高めれば、理論上はどこかの時点で抜刀までの所作がゼロになる計算だ。
神をも超える速さを手に入れた剣士は、抜刀までの時間が限りなくゼロになる。
つまりその時点で刀は必要なくなる。
この理論を信じた
個人の修行ではなく、他者と対面しての"試合"である。
その為にあらゆる時間を犠牲にした。すべての時間を試合に費やし、やがてそれは理論と同じように、
繰り返すたびに一試合ごとの時間は短くなった。
あらゆる対戦相手との試合に臨む中。
やがてある時、
忍法『
この時点で、
その戦闘の時間はなくなる事になった。
その時間の中で意識を持って動くことができる人間は神速に順応した
たいていの人間は、あまりの速さに追いつかず、自分の体を切り刻んでしまうか、またはあらぬ方向へと転んでしまうか、あるいは関係無い他人同士が切り結んで自滅する。
それは殺意が強い程に、始末に負えない結果となる。
故に無刀。
しかし。そんな忍法が藤武蔵に効いていないとは。
「ちくしょお。俺を舐めやがってえええ」
この異常事態の中、なおも元気に叫ぶのは、今や不死者となった妖怪腐れ佐藤さんだ。
「誰か俺を死刑台に上げろおおおお」
「なんだいこいつは。離しやがれ。」
妖怪腐れ佐藤さんは
しかし、その妖怪腐れ佐藤さんの脚を掴む者がいた。
「そこまでですよ。あなたはもはやこの世にいてはいけない生命体となった。」
「誰だ。お前たちは。」
それはこの賭け場にいた、千秋に助言を与えてくれたおじさんとその連れ二人だった。
「おやおや。一緒に旅をしてきた仲間をお忘れですか。」
「知らんな。人の名前はあまり覚えない主義なんでね。」
おじさんと連れの二人は、妖怪腐れ佐藤さんだけでなく、摩利香之介や錆び付いた鏡も腕で掴んでいた。
その三人の背後には超自然的な暗雲が立ち込め、さらに奥には校倉造の黒い倉庫が逆さ向きに、仄かに見えた。
「我々は裏正倉院の者たちですよ。お久しぶりですねて。千秋殿。お春殿。」
「あなた達は
「騙していたようで申し訳ない。実は我々裏正倉院の者達三人はこの世ならざる存在なのです。」
「いや、それは知ってたけど。」
裏正倉院の三人はこの世ならざる力で妖怪腐れ佐藤さんを締め上げていた。
「離せ、離しやがれ。誰か俺を死刑にしてくれ。俺を殺してくれ。」
「我らの任務は朝廷に仇なす物品の収集。今回はこの偽の神器を回収する為に…実に室町時代以来、ようやく探し求めてきた危険物を回収しに参りました。」
「俺はただ罪を犯しただけだ。正当に罰を受ける権利がある。それを寄ってたかってこんな目に。なんで俺がこんな目に。」
「薬師博士やマックス函館に餌を与えて泳がせておいて本当に良かった。あと、まあそこにいる宴の祭器さん達は現世の人間ですし、まあ我らの収集対象では無い。」
裏正倉院は宴の祭器達を一瞥すると、宴の祭器達は嫌そうな顔をした。
「生意気な口を利く生き霊どもだ。貴様らとは奈良時代よりこっち、ずっと仲良く出来んわ。」
「それはお互い様です。中国の仙人様達よ。」
その名で呼ぶなと言わんばかりに、宴の祭器達は裏正倉院達に手を振った。
「何か勘違いしておるが、我らは中国出身では無いぞ。それに仙人と呼ばれるのも癪だ。仙人は東洋の文化圏の言葉だからな。」
「ああ、済みませんね。もう時間が無い。
あと千秋殿。ヤクザ達もまだ生きてますよ。ただ、彼らを味方と呼ぶべきかは適切では無い。」
そう言うと、裏正倉院達は、妖怪腐れ佐藤さんと錆びた鏡、そして摩利香之介の死体を、校倉造の黒い逆さ向きの建物へと引きずり込んでいった。
「離せ!離してくれー!俺は人間だぞ!尊厳ある人間なんだぞ!誰か俺を助けてくれえええ」
「ヒヒヒヒヒ」
「あああああ」
死刑囚三人それぞれの叫びがこだました後には、最早何も残っていなかった。
つづく
☆【紀州編】忍杯戦争関係者一覧☆
○西大寺衆
・千秋とお春一行
西大寺千秋
宝蔵院お春
西大寺冬次
薬師博士
太乃
十津川勇蔵
・根来衆
×
・伊賀組
・胡姫禁中宴の祭器達
・ドリームランド公国
・南郎組傘下忍道会
・南郎組傘下鶴詠会
・神兵衛南郎組傘下有門組
・裏正倉院
○和歌病県警刀狩署無刀課刀係
ニャース
川上
×ホットドッグフェイス(
×林克明
○シャンヤーハイアン
織衛不要人
山田金烏
×根来蘇生
西堂尾汽笛
コンスタンティン・龍(尊龍王)
ヨハン・ソン(尊孫王)
ジェット・
シャオ・イェン(小燕)(尊燕王)
・死刑囚
×竜田川龍之介
×妙法寺太郎
×他一名
忍杯戦争参加者一覧
×
×
お
以上十四名
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます