第二十六話

 なんだか難しい話が沢山飛び込んできて、情報が処理しきれない西大寺千秋だが、同じ片割れの宝蔵院お春を見ても大体同じ顔をしていた。


 やはり、話がややこしいのだ。


 一方、同級生の菅原さんや橘さんの方を見ると、彼女達はなんとも平然とした顔つきをしていた。


 南朝に伝わる大秘儀、そして尊燕王と名乗った小燕シャオイェン

 おそらく、差し迫った謎を取り上げるとこの二つが挙げられるのだろう。

 しかし、それ以外にも分からないことは多い。


 この戦いは分からないことだらけだ。分からないことに対して始めはイラついていた千秋も、もしかしてみんなも分かってないんじゃないかと最近は安心し始めた。


「ねえお春殿。橘さんとか菅原さんってこの話理解できてるのかな。」

「全体像を理解できている人間など存在しないだろ。」


 千秋がお春に聞いてみると、やはり予想していたような答えが返ってきた。


「甘いなあお嬢ちゃん達は。分かった風な奴らはなあ、分かった風な態度を取っているだけさ。それだけで周囲はストレスを感じるものさ。」


 見ず知らずの一般人が酒を煽りながら千秋達女子高生に話しかけてきた。


「だが、やはり分かりやすい方が圧倒的に良いのさ。」

「おじさんは中々達観されてますね。」


「そうだろぉ。いざという時に口数少なくするのが大物ぶるコツさ。」


 一般人のおっさんは千秋たちに微笑むと、難しい話をしている敵と薬師博士達を指差した。


「それみな、彼奴らを。一聞すれば彼らの会話は難しい用語が飛び交っているようにも思える。しかしだ。その実ポイントポイントで自分の知っていることを自信満々に小出ししているだけなのさ。」

「成る程です。情報交換の駆け引きなんですね。」


「そういうことさ。俺の見立てでは、彼奴らは腹の探り合いをしながら、妥協点を見つけようとしているね。どれだけ殺しあっていても、それは仲良くなる為さ。」

「仲良くなる為に人が死ぬの?」


「本当に価値があるからこそ、敢えて切り捨てるという手もあるわな。例えば真の狙いを隠す為だ。」

「仲良くなる為に隠し事をするの?」


「違うぜ。お嬢ちゃん達に隠してるのさ。だから彼奴らの同行を見逃さないことさ。」


 おじさんは千秋をみて不敵に微笑んだ。

 千秋は薬師博士やシャンヤーハイアン、そして摩利香之介達の会話を注意深く聞いていた。


「ギャンブルをすると、より周囲に気を配る。君も彼奴らを見て、身の振り方をしっかり考えるんだな。」

「そんなあなたは一体。」


 千秋が尋ねると、無名のおじさんは悲しそうに微笑んだ。


「忘れたかい。まあ良いや。おじさんは連れ二人とバックギャモンでもしているよ。」


 おじさんはそれきり、離れたところで仲間と賭け事に興じるようになった。

 何者かは分からないが、確かにおじさんの言う通りだ。


 シャンヤーハイアンだけではない。

 考えてみれば、ここ数日の薬師博士はかなり疑わしい。

 まるであつらえたように、シャンヤーハイアンの構成員との因縁が浮上した。それは、予め仕組んでいたことでは?


 見知らぬおじさんの言う通り。彼ら全員の一挙一動に注目すべきだ。


「足利尊氏の名前の意味を知っているか。」


 ふと目を離しているうちにうちに、いつの間にか、敵達の会話は日本史の授業と化していた。


「いや、全然知りませんけど。」


 日本史に興味のない薬師博士は随分と冷たく答えていた。


「生意気だね。そこの女子高生達は知らないのかい。」

「うわっ私たちに振ってきたわ。」


 橘さんが心底迷惑そうな顔をした。


「ほらっそこの頭の良さそうな奴、あんたら頭の良い学校に通ってるんだろ。知ってるだろ。」

「ごめんなさい。私、世界史専攻なんです。」


 菅原さんも申し訳なさそうに答えた。


「ちくしょう、すまないね。そいつは無茶な質問をしちまったね。」

「あ、私は足利尊氏の名前の意味なら知ってるけど。」


 千秋は手を挙げた。

 西大寺千秋は諸事情により高校に通えていないが、その分勉強に対する意欲が増し、四教頭に勉強や武術などを教えて貰っているのだ。

 それゆえ、四教頭の口からたまに出る歴史の雑学などをノートにしたためている。


 しかし小燕シャオイェンは千秋に気付かなかった。


「なんだいなんだい。どいつもこいつも揃いも揃って世界史専攻なのかい。もう良い、この小燕シャオイェン、いや、尊燕王自ら説明してやろう。」


 小燕シャオイェンは千秋を無視して勝手に解説を始めた。

 この辛い出来事に、千秋は表情を変えずに思案していたが、背骨を折られた宝蔵院お春殿が千秋の肩を叩いた。


「みんなの前で歴史オタクにならなくて良かったな。」

「次、歴史オタクとか言ったら背骨折るからな。鯖折りだぞ。」

「馬鹿め、もう折れてるよ。」


「待てええええい!貴様ら、もう歴史の授業は終わりじゃ。今からこの摩利香之介が本物の歴史を召喚してみせよう。」


 偽の神器、錆びついた円盤に自らの血液を垂らし続けていた摩利香之介がついに叫んだ。

 彼は大儀式を行う過程で自分の血液を媒介にしていた為、そろそろ血が足りなくなるのではと焦ったのだ。


「待ちな、摩利さん。俺たち四人の僭称帝の出所を明らかにしないと、こいつらも最低限何を言ってるのかすら理解できないよ。」

「何い、それは困るな。偉大なる歴史の復活を、民草が解せぬでは済まぬ。」


「そういうことだ摩利さん。手早く済まさせてもらうよ。俺たち四人の僭称帝はなあ、全員尊の字を含めた王としての名を名乗っている。

尊の字は南朝の始祖、後醍醐天皇の諱である尊治からとったものさ。足利尊氏の尊も実は後醍醐天皇から偏諱を受けたものなんだよ。」

「もっと掻い摘んで要点だけ喋ってくれ。儂はもう血が持たん。」


「そうかい。聞きな、女子高生達。そこらへんにいる一般人達もだ。誰か俺たちが尊の王を名乗る意味がわかる奴はいないかい!?」


 この尊燕王の心の叫びにより、新愚しんぐう市内の歴史オタク達が立ち上がった。彼らはSNSなどで南朝や後南朝に関す出来事や人物などをしらみ潰しに調べ上げ、そして一つの可能性に至ったのだ。


 千秋は改めて本物の歴史オタク達の造詣の深さとSNSの凄さに驚嘆した。


「まさかお前達シャンヤーハイアンは1457年に長禄の変で討たれた後南朝の指導者、自天王の子孫なのか。」

「何でそこまでわかるんだ。歴史オタクは怖いねえ。」


 こうして名もなき一般人達が立ち上がったことで、ついに謎の組織シャンヤーハイアンの正体に大きく近づいた。

 彼らは後南朝の指導者、自天王の子孫を名乗る者達だったのだ。


 後南朝の指導者、自天王って何だろう。


「後南朝っていうのはね、1392年の南北朝合一以後も反発を続けた勢力のことなんだよ。自天王っていうのはその指導者の一人だね。"尊秀王"とも言い、皇室の子孫とも呼ばれるが、その系図は現代に伝わっていないよ。」

「流石一般の歴史オタク!説明が上手いねえ。」


「あなた方は大方、自分達が南朝の後継者と主張する気なのでしょう。尊治、尊秀王、南朝、後南朝の指導者達と同じ字を用いることで正当性を演出するんですね。」

「そこは少し違うな。これはお前達一般の歴史オタクには理解できない領域さ。」


 小燕シャオイェンが後方にいる摩利香之介を顎で指した。香之介は先程から自分の利き腕から噴出する血を、古びた円盤に垂らしている。

 彼は儀式の最中だったが、事前説明の為にこれを中断していた。


 果たして人の理を超える事象をそう簡単に止められるかといえば、意外と簡単に止められたようだ。仄かに円盤は輝いていたが、儀式の生贄に連れてきた死刑囚達三人なども仄かに光りながら談笑し始めている始末である。


「早く説明をしてくれぇ小燕シャオイェンさん。儂の血液はもう限界じゃ。」

「えっ…なんであのお爺さん血まみれなんですが。救急車呼ばないと。」


 摩利香之介の現状に気付いた一般の歴史オタクは携帯で救急車を呼んでしまった。


「あああああ…余計な真似を。仕方ない。救急車が来るまえに儀式を終わらせてやる。小燕シャオイェンさん、早く説明を終わらせるんじゃあ。」

「おっおう。じゃあ摩利さんがやってる事、あれは分かるかい!?歴史オタクさん!」


 さしもの歴史オタクさんも新手の新興宗教に勧誘されたような顔つきをしたが、しばらくすると何かに思い至ったようだ。


「あれはもしや、奈良時代よりも古に伝わる呪いの隕鉄を用いた鏡なのでは。」

「なんでそこまで分かるんだよ。歴史オタクは怖いねえ。」


 この時、それまで話をしたそうで仕方ないそぶりをしていた、宴の祭器、眼鏡橋光器さんがついにしゃしゃり出てしまった。


「待ってください。そこからは私に説明させてください。」

「止めておいたほうがいいよ。」


「聞いてください。それは鏡なんです。後醍醐天皇が北朝に渡した偽物の神器のうち、鏡を模造したものなんですよ。

でも、素材には鉄ではなく、古代に飛来した隕石を用いました。これは当時の伊賀、甲賀、根来、そして陰陽師の要請で作り出したもの。」

「一気に需要情報を喋ったらダメだよ。みんな混乱しちゃう。」


「ならば一点だけ。その隕石こそが宇宙より飛来した金属生命体なのです。その金属生命体は人間の精神を模倣する。つまり、その鏡には個人の人格が保存されているのです。」

「良くぞちゃんと説明してくれた。ではこれよりこの摩利香之介がこの鏡に保存された人間を復活させてみせよう。」


 一応の説明が終わったと感じた香之介はついに儀式の最終段階に入った。

 いまいち詳細は分からないが、兎に角記憶保存に関する何らかの儀式のようだ。


 鏡は眩い光を放ち始めた。


「もう分かったろう。その鏡に寄生する宇宙金属生命体を用いて、我々四人の僭称帝は自天王以来の記憶を代々受け継いできたのさ。」

小燕シャオイェンさん、話は終わりだっ!この鏡に保存された古代超戦士を復活させる。この三人の死刑囚達を生贄にしてなあ。」


「古代超戦士だと。俺は聞いてないぞ。」

小燕シャオイェンさんは知らぬこと。この秘密は儂と根来蘇生殿が発見した新事実じゃ。この鏡には南朝よりも以前の、古代の超戦士の記憶が保存されておる。」


 いまや鏡は光そのものとなり、視認すら難しくなっていた。

 しかし、不可思議なことに千秋やお春殿まで輝き始めたのだ。


「えっなんで。私たちまで輝き始めてる。」

「そうか、その鏡に寄生する金属生命体はお春殿や千秋殿の戦闘スーツと同じ生命体を使ってるんだ。」


 薬師博士は一人納得した。


「薬師博士、貴様、貴様ーー!」


 千秋とお春殿は憤慨したが、時すでに遅し。鏡と千秋、そしてお春殿は眩い光を天空に向けて放った。


「おお…これが。」


 今や天空には巨大なハンバーガー頭の全身タイツ男の映像が映し出されていた。


「おはよう諸君。このプログラムは現地の生命体の感受性に自動的に調整している。君たちは今からL1500星系の銀河を救うための銀河エクササイズ戦士になってもらう。

これはL1500星系の銀河で大人気のエクササイズビデオの体験版だ。」

「何じゃこれは。」


「このビデオは宇宙の彼方の生命体達にエクササイズの楽しさを広めるために作成された無料体験版だ。私の名前はハンバーガーボーイと呼んでくれ。さあ、宇宙を救う銀河エクササイズ戦士になって、効率良くダイエットしよう!」

「ねえ、何なのじゃこれは。」


 古代に飛来した隕石の正体は宇宙の彼方で大流行りしているダイエット教習ビデオだったのだ。ちなみに宇宙の広大な距離感の関係上、この隕石が地球に飛来した時点で版元の会社は倒産している。


 生贄に捧げられた死刑囚達と千秋殿とお春殿は光輝きながら天空に映し出されたエクササイズ映像の中に閉じ込められてしまった。


「この映像は時空間短縮機能により、五千兆年分のダイエットプログラムを僅か一分で行うことができる画期的な機能だ。そして私はハンバーガーボーイ。君たちのエクササイズに付き合ってあげる楽しい仲間だよ。」


「嘘じゃ…儂と根来蘇生殿の五十年間にわたる研究がハンバーガーボーイだったなどと…嘘じゃあああああ」

「このダイエットプログラムを中断することは許されないよ。」


 騒ぎ出した摩利香之介は天空のハンバーガーボーイが放ったハンバーガー光線を浴びると顔面がホットドッグになってしまった。


「ぐあああああ」

「このプログラムを邪魔する現地人は一生その醜い姿で過ごしてしまうがいい。」


 天空に映し出されたハンバーガーボーイ映像が宇宙ラジオをつけると、軽快で楽しげなミュージックが新愚しんぐう市内全体に鳴り響き始めた。


「ではミュージックスタートだ。」

 つづく








☆【紀州編】忍杯戦争関係者一覧☆


○西大寺衆

・千秋とお春一行

西大寺千秋

宝蔵院お春

西大寺冬次

薬師博士

太乃悧巧りこう

十津川勇蔵


・根来衆

×外道げどう一群斎 いちぐんさい

愚蘭坊グランぼう

乳出ちちで御児兵衛おごべえ


・伊賀組


・胡姫禁中宴の祭器達

別業なりどころ胡瓶こへい


・ドリームランド公国


・南郎組傘下忍道会

・南郎組傘下鶴詠会

・神兵衛南郎組傘下有門組


・裏正倉院



○和歌病県警刀狩署無刀課刀係

藤武蔵ふじむさし人魚にんぎょ

ニャース

川上黄爺こうや

ホットドッグフェイス(摩利まり香之介こうのすけ)

×林克明




○シャンヤーハイアン

織衛不要人

山田金烏

×根来蘇生

西堂尾汽笛

コンスタンティン・龍(尊龍王)

ヨハン・ソン(尊孫王)

ジェット・ポー(尊武王)

シャオ・イェン(小燕)(尊燕王)


・死刑囚

竜田川龍之介

妙法寺太郎

他一名






忍杯戦争参加者一覧

×外道げどう 一群斎いちぐんさい

藤武蔵ふじむさし人魚にんぎょ

濃尾のうび透助ノ介すけすけのすけ

本堂ほんどう兵庫ひょうご

織衛おりえ不要人いらすと

未知判丸みちわかまる

×芒手のぎす血樽子ちだるこ

猿紅葉えてもみじ母宗ははむね

ゆき初蓮それん鎌槌かまつち

諸兄もろえ盤也たらいや

海蛍うみほたる

福雷ふくらい茶釜ちゃがま

すわり

別業なりどころ胡瓶こへい

     以上十四名

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