第二十四話
殺意の塊、コンスタンティン
千秋は彼に対し、そんな感想を抱いていた。
実際これはその通りである。
彼は己の五体のみで戦うことに激しく興奮する変態だった。だが、組織の命令で実験台として政府に潜入し、サイボーグに改造されるように命令を受けた過去があったのだ。
例え嫌でも組織の命令には従う。
鍛えた肉体のみで戦うことのみに満足したが、命令なので仕方ない。
せめてビーム発射台となった喉を任務に役立てよう。その覚悟で改造手術に臨んだ。
手術後、彼は尻で会話する体に改造されてしまった。
ビーム発射台を取り付けるのに喉は邪魔であり、仕方がないので肛門に発声機能を移動させたというのだ。
喉には、
それ以来、彼は戦いに興奮できなくなった。
それまでは血湧き肉躍る戦いでよだれを垂らして泣くほど興奮していたのだが、メッキリそんな反応を示さなくなってしまった。
命令にもそれほど忠実ではなくなり、問題行動が目立つようになった。
それが三、四年前の話で、当時まだ年端もいかぬ少年だった薬師博士に改造された恨みは未だに彼のトラウマだ。
そんな彼だが、菅原さんに差し出されたプロテインを見たとき、忘れかけていた何かが心の中に蘇るのを感じたのである。
プロテインとは筋トレの象徴。つまり、スポーツ大好き人間達にとっての麻薬のようなものである。
それで、大人しくプロテインを飲むことにしたのである。
「シャンプーって芸術だとおもわないか。」
菅原さんがいきなりそんなことを言い出したときには、さしもの
「どうしたの菅原さん、調子悪いの。」
隣にいた宝蔵院お春が菅原さんに声をかけた。
菅原さんがスポーツの話をしないなど、考えられなかったからだ。
菅原さんの語ることは概ねスポーツか真面目な内容であり、真面目な場面以外でスポーツの話題を持ち出さないことはありえない。
もしかしてこれは菅原さんの皮を被った別人なのかとすら思ったのだ。
この感受性は同じ錦城高校に通う宝蔵院お春だけが得られたもので、学校に通ってない西大寺千秋には無いものだった。
「心配してくれてありがとうお春殿。でも私は絶好調だよ。実は最近散髪のマッサージに凝っていてね。」
「ああ、マッサージの話か。」
ならば納得だ。
おそらく、菅原さんは散髪のシャンプーのマッサージのことを言っているのだ。
お春殿とコンスタンティン
散髪屋のマッサージは確かに気持ちが良い。
千秋やお春の場合は他人との会話が得意ではないので、散髪屋の人にも嫌われているが、これは実は髪質がヤバいからだ。
千秋とお春の髪質はヤバかった。ヤバいので、散髪屋の人も切りにくいと影で面倒くさがっているのである。
千秋に至っては「お客さん、髪の毛切りにくいですね。」と言われたことがあるが、返答に困って思いっきり無視してしまって以来、その散髪屋の人とは一言も会話していない。
なので、千秋とお春は散髪が嫌いだった。
「シャンプーは芸術だよね。散髪屋の外でガラス越しに他人のシャンプーを撮影するのが最近の趣味なんだ。」
「菅原さん、盗撮はスポーツじゃないよ。」
「大丈夫。盗撮はスポーツではないことくらい、私も知っている。だが、床屋さんはスポーツをする人の髪も切るんだよ。」
「ごめん、そうだね。」
お春は菅原さんが何を言ってるのか分からなかった。
「そうなんだよ。これは意外と気づきづらいけどね。運動部の散髪を見るのは本当に楽しいよ。」
「私は皆さんと会話してるのが楽しいですわ。」
上手いこと話題を逸らしてくれたのが橘さんだ。
橘さんは菅原さんと親しみを持ちたいといつも思っており、そのため共通の話題を探ろうとして、いつもだいたい話題が逸れていく。
「じゃあもっと楽しい話題があるよ。実はプロテイン入りのジャージを開発したんだ。」
「まあ、それは効き目がありそうね。」
橘さんはあまり良く分かっていなかったが、プロテインにジャージとくれば余程のスポーツ好きしか手を出さないだろうと当たりをつけた。
そして、橘さんは先ほどからプロテインを飲むコンスタンティン
「まあ世の中には色んな煎じ薬がありますことね。」
「そうなんだ。これは絞って煎じて飲めばそのままプロテインになるジャージなんだよ。」
三年後、プロテイン入りのジャージはスポーツ選手向けの食べられる保存食として爆発的な人気を得る。
さて、短い世間話に興じて気を安らげる女子高生たちを尻目に、なぜか成り行きで西大寺衆と行動を共にするネオ南朝幕府の者達は、無益な争いを回避するべく仲間達との連絡手段を確保しようと思案していた。
刀狩署の
「今判明しているのは、シャンヤーハイアンは偽の神器に込められた邪悪な力で何か壮大な忍法を発動させようとしているということだよね。」
千秋は一応知ってる情報を確認してみた。
「そうだ。だが、シャンヤーハイアンも刀狩署も、実態は個々人のエージェントが独自活動をするスパイ組織的な性格。組織的な意識は希薄なんだ。しかし、この藤武蔵は
すると藤武蔵はドヤ裸で
警官としての任務も、シャンヤーハイアンとしての仕事も全くしておらず、ただ根来忍者の根来蘇生の指導を受け、忍法の修業ばかりしているそうだ。
「俺の知る限り、刀狩署の職員で忍法を会得した者は三人!それぞれが別の忍者から忍法の手ほどきを受けている。
「忍法ってそんな簡単に使えるようになるものなの。」
「刀狩署は元々全員が抜刀術の達人だ。その実力は
ヤンキーと比べられるレベルと聞いた千秋は急にこいつらが弱そうに思えてきた。
「兎に角、
「ああ、
建物は現代風ですが、街が纏う雰囲気は西部劇の枯渇したアウトローの吹き溜まりをイメージしてください。
一応、
なんというか、街が寂れているんですね。
あそこには飲食店がびっくりするくらい少ないんですよ。
あと、田舎にありがちな"夜が訪れる"タイプの街なんですね。夜間が暗いんですね、あそこは。
というような偏見を西大寺千秋は抱いていたが、その妄想は概ね当たっていた。
タダでさえ寂しい街なので、夜に訪れても本当に何もないのである。街らしさとかが。
そんな西大寺衆はヘリコプターによる移動という利を最大限に発揮し、
所要時間にして約二時間である。
辺りは既に暗く、午前中に
さて、西大寺衆を乗せたヘリは特徴的な城跡に着地した。
「ああああ、この世の終わりだ。空から巨大な鉄の塊が降ってきただ。」
着地地点ににいたのは
しかし、彼女の裏の顔は
しかもこの女城主は
それらは全て金のためであり、そして新愚市民の代表選手のような彼女はヘリコプターという文明の機器を知らなかったのは当然と言える。
「慌てるな、
「へっお金!?」
「fuck.」
「ああああヘリコプターが七人の黒人の美女の姿になっちまっただ。終わりだ。最後の審判の時は来たれり。」
新愚市長、
そんな彼女が自分の常識だけでは測りきれない事象を観測して、世界の終わりを感得するのは、やはり田舎者特有の反応と言わざるをえない。
「
「なんだ藤武蔵だったのか。随分と久しぶりだな。自衛隊以来か。こんな夜更けにどうしたというのだ。」
知っている人間の名前を出された
「おう、おう。本の当に一体どうしたのだ。そこにいるのは西大寺千秋とかではないか。おお…政府の奴までおる。藤武蔵ともあろう者が敵方と連れだって何の要件だ。」
「お前が遊んでいる間に忍杯戦争も色々情勢が変わってな。」
七人の黒人の美女の間を掻き分け、ぞろぞろと西大寺衆の面々が出てきた。
「何やらその顔ぶれを見るに、並々ならぬ事情がありそうだなあ。将軍様までおられるではないか。」
「ではここで一つ
会話が面倒くさくなった藤武蔵が適当にせびってみると、
「では私の身につけた忍法を見せてやろう。それ。」
そう言うと、座禅を組んだ
これに負けじと藤武蔵もまた座禅組むと空中浮遊を始めたのだ。
「みたか。これぞ抜刀術を極めた者のみが至る忍法の境地。居合いとは座りながら攻撃するという意味。空中浮遊しながら抜刀をすることでこそ真の居合いというわけよ。」
「流石は
千秋はこの二人の実力がヤンキーと同じレベルだと思ったが、だがこれほど佇まいに貫禄のある二人なのだから、本当はもっと強い技とかを隠しているのだろう。
「成る程な。座禅を組んでの空中浮遊は基本というわけか。その先にこそお前たちの本当の忍法があるのかな。」
「ふふふ。」
空気を読んだドリームランド衆が聞いてみたが、二人とも不敵な笑みを浮かべるだけで返事をしなかった。
「さて、ここ
「そうだったのか。」
今更だが、
しかし、彼女の周囲では暗闇の中でLEDライトで照らされたアウトローやウィザードボーイ、ホームレス、悪人などが賭け事をしていたのだ。
「ところで
「よく聞いてくれた。私は実はこの
そう、ここは裏カジノだったのだ。
この裏カジノでは闘技場や賭博場、レースや御土産屋さん、金券販売など、様々な商売が行われていた。
「随分と楽しそうだな。お前の頭が。俺はシャンヤーハイアンに潜入中のお前に、奴らの本拠地に案内して欲しくてここに来たんだ。」
「おおあ。それなら、シャンヤーハイアンの連中はそこにいるぞ。」
「お願いします!返済期限を待ってください。」
「えっ…ちょっマジで気持ち悪んでやめてもらえませんか。」
「そんなこと言わずにお願いします!俺たちシャンヤーハイアンは実はTSUTAYAでバイトしてる外国人なんです!見逃してください!」
「いや、本当にやめてもらえませんか。人を呼びますよ。ちょっ誰か来て。」
「こんなに頼んでるのに!お金を待ってくれって言ってるんだ!」
「さっきから何度も言ってるじゃないですか。だいたいお金もないのに何でTSUTAYAでバイトしないでこんなところにいるんですか?」
そのご30分に渡って不毛な土下座を続けたシャンヤーハイアンの人はキレながらウィザードボーイに許してもらった。
「けっ…!何も分からねえガキが!こちとらいい歳してシャンヤーハイアンとか名乗ってねーんだよ!!」
「お前がシャンヤーハイアンか。」
藤武蔵がシャンヤーハイアンに声をかけると、謎の外国人は驚いた。藤武蔵が全裸だったからだ。
「えっ…なんでこの人裸なんですか!?キモい!誰か来て、誰かーー!」
「うわっヤベェ!みんな交渉は失敗だ。早く逃げるんだ。」
全裸の藤武蔵はウィザードボーイ達にスマホで写真を撮られ、全裸専用SNSなどにアップされる憂き目を負った。
しかしこの騒ぎを聞きつけたシャンヤーハイアンの付き添いの根来忍者が漸く事態に気がついたのだ。
「これはこれは。藤武蔵殿ではありませんか。」
「お前は…!摩利香之介ではないか。根来衆から刀狩署に派遣されたる我が忍法の師は、シャンヤーハイアンとは関係のない人物の筈。そんなあなたがなぜここに。」
「そうですねえ。彼女はシャンヤーハイアンの
何事にも例外というものが有りましてねえ。実は私こそが偽の神器の所有者。つまり邪器を根来蘇生様から預かっていたのですよ。」
「謀ったな。複雑な。」
よく分からないが、要するに刀狩署に派遣された根来忍者、摩利香之介はシャンヤーハイアンと通じていたということだろうか。
まさに個人主義のスパイ組織間でのみ成立し得る複雑な事情だ。
一触即発の空気が流れたが、この二人に割って入ったのは意外な人物だった。
「お待ちなさい。偽の神器とは片腹痛い。そのような物がこの場にあるなら是非見せていただきたいもの…ですが血を流すのは我ら西大寺衆の顔役が望まぬところでしてね。」
「何者だ、貴様。」
ここで初めて割って入った人物の纏う異様な雰囲気に気がついた藤武蔵が聞いた。
その人物は頭に被っていた黒子衣装を脱ぐと、彫りの深い、色白の顔面を露わにした。
「私は宴の祭器…いや、あなた達にはこう呼んだ方が伝わりますね。私は神器の一つ。『眼鏡橋』光器。
どうです?ここは賭博場。是非とも賭博で決着をつけましょう。」
「いや、どう見ても人間だろう。」
あんまり伝わらなかった。
つづく
☆【紀州編】忍杯戦争関係者一覧☆
○西大寺衆
・千秋とお春一行
西大寺千秋
宝蔵院お春
西大寺冬次
薬師博士
太乃
十津川勇蔵
・根来衆
×
・伊賀組
・胡姫禁中宴の祭器達
・ドリームランド公国
・南郎組傘下忍道会
・南郎組傘下鶴詠会
・神兵衛南郎組傘下有門組
・裏正倉院
○和歌病県警刀狩署無刀課刀係
ニャース
川上
×林克明
○シャンヤーハイアン
織衛不要人
山田金烏
×根来蘇生
西堂尾汽笛
コンスタンティン・龍(尊龍王)
ヨハン・ソン(尊孫王)
ジェット・
シャオ・イェン(小燕)(尊燕王)
・死刑囚
竜田川龍之介
妙法寺太郎
他一名
忍杯戦争参加者一覧
×
×
お
以上十四名
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