第二十三話
叔父さんやドリームランド衆、他と合流した千秋達女子高生グループは、橘さんの用意したヘリに乗り上空を飛行していた。
「まずネオ南朝幕府とかいう連中と戦闘になったのが不味い。奴らはつまり、シャンヤーハイアンや刀狩署、根来衆など紀州の忍者組織を統括する立場にあるはず。」
「ならば尚のこと、このまま引き下がる訳には行かないだろう。」
狭いヘリの中で会議をしている声が響く。
まるで西大寺衆の身内のように会話しているのは、刀狩署の藤武蔵人魚と、黒甲冑の武士、ネオ南朝将軍。敵である。
こいつらは殆ど成り行きで西大寺衆と同行することになったのだが、かたや全裸の男気ある変態、かたや岩に頭をぶつけて記憶喪失の状態だった。
なぜこいつらが千秋達の仲間面をしているのか、そしてなぜ普通に佇んでいるのか、よく分からなかったが、千秋は先ほどの戦闘で重傷を負っていたので、あまり深くは考えないことにした。
「お前はどう思う、コンスタンティン殿。」
「…」
藤武蔵が意見を求めたのは、同じく敵方シャンヤーハイアンの刺客、コンスタンティン
この男は千秋に重傷を負わせた強者で、無言のおっさんだった。
この強者は殺気を込めた目で千秋を凝視するだけだったが、菅原さんが試しにプロテインを与えてみたところ、喜んで飲み干したので、多分筋肉とかは凄いのだろう。
「ちょっと他の人たちも何か喋ってよお。ネオ南朝幕府と雖も秘密組織としての性格が強いから同じ刀狩署内でも基本的に構成員同士は面識がないことが多いくらいなんだよお。
況や同盟他組織同士なら初対面の人なんだよお。」
「…」
藤武蔵の言葉は虚しく響いた。
ところで重傷を負った西大寺千秋だが、戦闘スーツの機能で自動的な回復が行われていた。
千秋の怪我をみた薬師博士は助からない患者を診た時の医者のような顔になったが、幸い千秋に別状はなかった。
薬師博士の開発した戦闘スーツが、最早人間の科学力を超えていたためである。
この戦闘スーツは変形を繰り返して調整を行い、布と鉄骨の二つの形態を取る。
つまり、右腕が千切られても、包帯と添え木に変形することで何とか繋いだりできるのだ。
あと、心臓と肺もダメになっていたが、これも何とかなった。
ただ、この怪我のせいで千秋の体の内部に戦闘スーツが食い込み、服を脱げなくなった。
あと、先ほどまでコンスタンティン
有体に言うと、臭いのである。
今や千秋からは
しかし、流石に千秋の怪我の具合を慮った一同はそれを口に出せなかったのである。
誰も喋らなければ、自然と場の空気が悪くなる。
すると、敵方が空気を読んで場を盛り上げようとするのは、どの時代でも同じであった。
「千秋、不用意に戦ってはいけない。死んでしまったらどうするつもりだったんだ。」
「ごめんなさい。叔父さん。」
叔父さんは消臭スプレーを振りまきながら千秋を心配していた。
千秋は申し訳ない気持ちになった。
「まあ千秋殿は肉体的には死んでるわけですが。」
薬師博士が小さめに呟いた。
「えっ!?どういうことですか、博士!」
「いや、流石に心臓と肺が破壊されて生きてるなんて言えないでしょう。驚くべきは戦闘スーツ『骨』と『皮』が傷を繋ぎ合わせ、欠損部位を補完した速度と判断力ですよ。」
千秋と冬次叔父さんは大きいに驚嘆していたが、薬師博士にとっては千秋の体調よりも自分の開発した戦闘スーツの方が興味があるようだった。
「いやあ、この戦闘スーツはサイボーグの時のお春殿のデータを元に作られてますからねえ。十全に扱えるのは千秋殿とお春殿しかいないんですよ。
実戦投入してみて、想定を遥かに上回っていることが分かって良かったです。」
「いや、肉体的には死んでるってどういうことなの。」
「流石に内臓がそこまで損傷したら数分しか持たないと思ってたんですけどねえ。肉体的には死んでるんですが、戦闘スーツが色々して、無理矢理生命活動を続けさせているんですよ。いわば死体のまま動いてるわけですねえ。」
「それって私死んでるんじゃない?」
「まあゾンビみたいなものですよね。でも想定では戦闘スーツで修復された傷は徐々に肉体本来の回復機能で塞がる筈なんですよ。だから多分、千秋殿も何年かしたら肉体的に生き返るんじゃないですかねえ。」
「なるほど、保証は無いんですね。」
「でもまさか戦闘スーツが自律的に思考してサイボーグ時代の人工血液を模倣するなんて。やはり全く知らない未知の技術を適当にぶち込んだのが良かったですね。」
「それってこの先どうなるか何も分からないってことでは。」
まさしく千秋の不安通り、この事態がどうなるかは薬師博士にも分からなかった。
不安だらけだが、今更あとには引けないので、どうしようも無い。
「最早これは人の業を超えている。私はこれを忍法『色直し』と名付けようと思う。」
「まあ、何とかなるんなら良いか。私は忍杯戦争を止められれば何でも良い部分もあるし。」
「それについてですが、千秋殿とお春殿は今更ながら、どういう動機で戦っておられるんですか?」
質問したのは太乃長官だ。
この戦いに協力して欲しいと申し出たのは太乃長官のくせに、随分と第三者目線というか、他人事のようである。
「いや勿論、元はと言えば野菜王国の秘宝を奪還して欲しいと依頼してのは私です。しかし、それが忍杯戦争と密接に関わっていたとしても、これはやはり忍者達の領域の話。あなた達が傷付き命をかけてまで関わるほどのこととは思えなくなってきたのです。」
「いやまあ、忍杯戦争がこんなことになったのも私とお春殿のせいですから。」
それを言うなら、盗み出された野菜王国の秘宝というのは、西大寺衆と行動を共にする胡姫禁中宴の祭器達そのものであることがほぼ確定視されるのだが、太乃長官は彼自身の目的について何もアクションを取らない。
そんな祭器達も今は千秋の体臭に鼻を摘んでいるのだが、そんなものを見せられるとティーンズとしてはかなり傷つくのでやめて欲しい。
しかし、長官の質問に答えたのはなんと菅原さんだった。
「長官さん、千秋殿とお春殿は、この戦いを通じてビルドアップを図っているのよ。」
「えっそうだったんですか。」
「そうよ。時には辛いことや悲しいこともあるわ。それを体験して、千秋殿とお春殿は自らを律してより強くなろうとしているの。だからこれは誰にも止めてはいけないのよ。」
「そうだったんですね。ならばこの太乃、最早何も言いません。」
太乃長官もまた趣味は筋トレだったのだ。
何か双方の認識に重大な齟齬がある気がするが、納得してもらったならそれで良いやと千秋は思った。
一方、お春殿を見れば、やはり彼女もそれで良いご様子だった。
ちなみに千秋とお春殿は戦闘スーツの機能で感覚をある程度共有しているので、千秋の痛みもある程度味わっていたのだ。
「ちょっと、あんたたちさあ。そっちの話が終わったんなら、こっちに来てこれからどうするのか一緒に話し合って欲しいんだよね。」
全裸で文句を言ってきたのはネオ南朝幕府配下刀狩署の職員、藤武蔵人魚だ。
藤武蔵は全裸で、冬次叔父さんの肩を組んでいた。
当初は手を握ろうとしたが、冬次叔父さんの手には今や
仕方なく、肩を組むことにしたわけだ。
「今更だけどあんた達敵でしょう。」
お春殿がついに言った。
「そうだよ敵だよ。俺としてもさ、あんた達みたいに他人に勝手にルールを強いるやり方は気に食わないから逮捕したいと思ってるよ。でもそれは俺個人の意見に過ぎないわけ。」
「どういうことだよ。」
「あんた達と最初に会った直後さ。ネオ南朝将軍様から指令が来たんだよね。西大寺衆と協調路線を取れとさ。」
「そうだったのか。なに言ってんのか全然分からんけど。」
「ネオ南朝幕府は秘密組織としての性格が強い。刀狩署も、入国者シャンヤーハイアンの連中も、組織としてのまとまりは実は少なく、上層部から指令を受けて個々人が動いてるって考えてくれ。」
「将軍そこにいるじゃん?」
藤武蔵は両手を上げる仕草をした。
「その将軍様なんだけど、どうも記憶を失ってるようなんだよね。俺も将軍様から直接指令を受けたことすら初めてだったしさあ。普段は署長を通してるから、正直何もわからない状態なの。」
「すまない、岩に頭をぶつけてから記憶が曖昧なんだ。」
黒甲冑の将軍は悲しそうに謝った。
「とりあえずさあ、将軍の名前だして、ネオ南朝幕府の構成員全員に戦いを止めろって伝えたら。」
「そうもいかないと思うよ。シャンヤーハイアンの連中が何かしようとしてるみたいだし。まずはそれを止めてからじゃないかな。」
成る程。
側近と思われる根来蘇生は、戦いの中止を将軍に進言していたが、そもそもネオ南朝幕府は潜在的に分裂の危険を孕んでいるのだ。
特にシャンヤーハイアンという連中はネオ南朝幕府の作戦を主に遂行する役目のようで、それが刀狩署としては気に入らないと言ったところだろうか。
「今更戦いの中止を告げたところで、シャンヤーハイアンの連中が止まるわけがない、か。」
「そういうことだ。ネオ南朝幕府は数百年もの悲願を抱え、そして遂に動き出した身。今更後には引けないのさ。」
「だが、話し合いの余地はあるだろう。ではとりあえずシャンヤーハイアン側の忍杯戦争参加者に詰め寄るというのはどうかな。」
提案したのは、宴の祭器の『白鹿』である。
白鹿は全身を包む黒装束の上からでもわかるほどの巨漢だった。
「シャンヤーハイアン側の参加者といえば、将軍様からもらった人別帳によれば
千秋は記憶を失う前の将軍様からネオ南朝幕府の人別帳をもらっていた。
「お前そんなの持ってたのか。後で写メを送ってくれ。」
「しかし、その
将軍様が疑問を提示したが、根来衆の
「俺、知ってる。シャンヤーハイアンの本拠地は
「
藤武蔵もまた情報を補強した。
「ならば紀州橘家の娘よ。一先ずはくじらのミュージアムを目指してもらえんか。」
「合点承知ですわ。と言いたいけど、いきなりこんなヘリが突撃したら向こうは慌てないでしょうか?」
橘さんの言い分ももっともだった。
西大寺衆は武装集団であり、相手も武装集団である。
なんのアポイントメントもなしに突撃すれば、衝突は避けられないだろう。
「ならばどうする。紀州橘家の娘よ。そこのコンスタンティン
「千秋さんが殺されるのは良くないですね…ならもっと話の通じる方がいらっしゃれば良いのですけど。」
確かに、コンスタンティン
「もしかしてその男は
「…」
藤武蔵は当てずっぽうで言ったが、これは略していうと「当てずっぽい」になると千秋は思った。
「そうだ。そうに違いない。ならば俺の契約一般人を見せてやろう。」
「あれ、藤武蔵さんって契約一般人はいないんじゃなかったっけ?」
「舐めるなよ。俺は
「ニャースー」
藤武蔵の巻物から額に小判を埋め込んだキモい猫が飛び出した。
「ニャースーーー!」
ニャースは一撃で負けた。
「くそう!やはり捕まえたばかりのポケモンでは武術の達人に歯が立たなかったか。所詮は畜生の類よ!」
「ちょっとそのおっさん強すぎない。前世はゴリラか何かなの?」
その時、薬師博士が突然立ち上がった。
「やっぱり今言ったら怒られそうだからやめとこう。」
薬師博士は着席した。
「薬師博士、怒らないから言って?」
「いや、それ絶対に怒る奴じゃないですか。」
千秋はコンスタンティン
「ねえ、薬師博士。あのおっさん、口からビーム出したんだよね。何か心当たりない?」
「い、いやあ。残念ながらサイボーグ技術はクーデター政権設立後に各方面にばら撒かれちゃいましたからねえ。そもそもこの技術自体が米軍が金を出して研究させていた内容なので、伝わるところには伝わると思いますよお。」
「でもさ薬師博士。確かあのビームって特定の忍法を再現するために博士が開発したんだよね。だからサイボーグと雖もビームを出せるのは薬師博士の技術だけだと私は推理するんだ。」
「い、いやあ。なまじそうだとしても記憶にないなあ。まさか千秋殿以前の実験台に使った人間達がどこから来たかも分からない胡乱な連中で、でもまあ良いやと改造したなんて。そんなことあるわけないじゃないですが。」
コンスタンティン
「僕は知らないぞ!何も悪くない!魔剣インスタグラムの時も偶然だ!決してこの忍杯戦争で僕の研究の成果が方面にばら撒かれてラッキーとか思っちゃいないー!」
「こいつ誰より危険じゃねーか!!」
「待ってくれ!コンスタンティン
「…」
「
薬師博士は必死にコンスタンティン
「頼む!ロン!喋ってくれー!尻でーーー!」
「おまえ、ころす。」
コンスタンティン
「奇跡だ!尻が喋った!」
「なんと透き通った聖なる声だ!」
ヘリの内部で喝采が湧いた。
あとヘリ内部が余計臭くなった。
コンスタンティン
「あ、そうだ。一人会話のできそうなシャンヤーハイアンを知ってるぞ。」
藤武蔵はいきなり話し出した。室内が耐えられないほど臭くなり、そこから気をそらすためである。
「ネオ南朝同盟で人材交換をした折、
藤武蔵の提案で、コンスタンティン
あと先ほどからニャースにすねを噛まれまくっているので、すごい痛かった。
つづく
☆【紀州編】忍杯戦争関係者一覧☆
○西大寺衆
・千秋とお春一行
西大寺千秋
宝蔵院お春
西大寺冬次
薬師博士
太乃
十津川勇蔵
・根来衆
×
・伊賀組
・胡姫禁中宴の祭器達
・ドリームランド公国
・南郎組傘下忍道会
・南郎組傘下鶴詠会
・神兵衛南郎組傘下有門組
・裏正倉院
○和歌病県警刀狩署無刀課刀係
ニャース
川上
×林克明
○シャンヤーハイアン
織衛不要人
山田金烏
×根来蘇生
西堂尾汽笛
コンスタンティン・龍(尊龍王)
ヨハン・ソン(尊孫王)
ジェット・
シャオ・イェン(小燕)(尊燕王)
・死刑囚
竜田川龍之介
妙法寺太郎
他一名
忍杯戦争参加者一覧
×
×
お
以上十四名
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