第二十一話

 期せずして芒手のぎす血樽子ちだるこの両手が仲間に加わった西大寺衆だが、これは冬次叔父さんの手を掴んで離さないため、これで実質叔父さんは両手を封じられることになった。


 幸い、叔父さんは戦闘要員ではないので、生活に困るだけだ。


 それにしても死んでも人に迷惑をかけるとは厄介な女である。

 これが噂に聞く死んでから初めて発動するタイプの能力というわけだ。


「まあ気持ち悪い。とりあえずお祓いに行きましょう。」


 事態を把握した橘さんの提案で、一行はひとまず伊痩いせ神宮にお参りに行くことにした。


 十分後、流石に忍法とかキモいという理由でお祓いを断られた一行は「とりあえず豆でも投げつけてみたら」という東京からの観光者のアドバイスを受け、冬次叔父さんにしがみつく両手にひよこ豆を投げつけていた。


「ひよひよおおおおお」

「ひよひよおおおおお」


 ひよこ豆を投げつけられた両手は心なしか元気が無さそうに見えた。


 さて、早々に伊痩いせ神宮を後にした西大寺衆は、心を鎮めるという名目で周辺を観光することにした。

 伊痩いせ神宮の周辺には商店が立ち並び、まさに観光地といった風情である。


 そこで、千秋とお春殿、菅原さん、そして橘さんと南スーダン七本槍の仲良し女子高生グループは町カフェ『干ばつ屋』に入ることにした。


「七本槍元気してた?」

「七本槍は相変わらず鍛えているわ。」


 だが、町カフェ『干ばつ屋』では例年続く局所的な水不足により、店員は痩せこけた白髪の老人一人しかいなかったのだ。


「ようこそ…例年続く不作によって何も出せるものは無いのじゃ…すまんのう。」

「まあ、水も出てこないなんて図太いお店ね。」


 橘さんは店のサービスの不届きぶりに怒っていた。


「すまんのう…だが代わりにこの老人が面白いお話をしてあげよう。これは行きつけのジムトレーナーから聞いた筋肉鍛錬法なのじゃがな。」

「ほう、それはどんなトレーニングですかな。」


 お爺さんの話に食いついたのは、スポーツ大好き人間の菅原さんだ。

 菅原さんはスポーツがすきなあまり、銃声を聞くと世界陸上と勘違いして興奮してしまうのだ。


「ほう…この老人の肉体鍛練法に興味があるかね…そうさな…じゃがこれは闇の流派に伝わる外法なのじゃよ。お主のような前途ある若者に教えるわけにはいかんなあ。」

「えっじゃあ結構です。」


 これまでの旅に耐えてきたことからも分かる通り、菅原さんは精神力が強く、分別のある性格だった。


「外法で強くなっても興奮しないですからね…」

「そうか…ならば進むが良い。己の道を進んだ先に答えはあるのじゃ。」


 そうすると、お爺さんはひとりでに語り始めた。


「そう…これはこの老人が行きつけのジムトレーナーに聞いた外道の術じゃ…」

「ごくり…」


 千秋は帰りたくなったが、他のメンバーがトランプで七並べを始めたので参加することにした。


「そう…闇の外法…自らの肉体を融合させ、同一の生命体となる究極の術じゃ…これにより力が何倍にも高まる…」

「えっああそういう系なんですね。」


「その通り…暗黒系なのじゃ。この合体の術はそもそも足利尊氏が南北朝を統一するために編み出した秘儀とされる…南北朝の争乱のことは知っておろう?」

「南北朝時代ですね。とても古いお話なんですね。」


「然り…組織というものは一度安定すれば内乱でだいたい分裂するものじゃ…日本史はだいたいそんな感じじゃ。中でも南北朝争乱の最中、足利尊氏率いる北朝勢力が真っ二つに分断したことがある。」

「観応の擾乱ですね。」


「流石は高校生じゃな。観応の擾乱とは足利尊氏の弟、足利直義と足利尊氏の腹心、高師直が反目し、二手に分かれて争ったという日本史上でも類を見ないグダグダの戦いなのじゃ。

 高師直はなんかアレな人で、足利直義はそりが合わずに南朝側に寝返ったのじゃ。」

「観応の擾乱ですね。」


「そう…観応の擾乱じゃ…しかし、それこそが、足利直義を南朝側に寝返らせ、紆余曲折を経て後醍醐天皇に足利直義を南朝側の将軍に任命させようとする尊氏の策だったのじゃ。」

「観応の擾乱ですね。」


「その通り…観応の擾乱じゃ。尊氏は自らが北朝将軍、直義を南朝将軍となり、更には直義と合体することで、究極の南北朝合体を実現しようとしたのじゃ。」

「観応の擾乱ですね。」


「そう…観応の擾乱じゃな…尊氏と直義の合体。これが成されれば、究極の存在となった足利将軍に立ち向かえるものはいなくなる。じゃが、結局は直義も高師直も戦乱の最中死んでしまい、尊氏だけが室町将軍となった。」

「観応の擾乱ですね。」


「そうじゃ…観応の擾乱とは…しかし、足利直義を南朝将軍として担ぎ上げる勢力は未だに紀州各地に分散して存在するというお話じゃ。お主達も気をつけるが良いぞ…」


 その時だ。『干ばつ屋』の戸を蹴破り、マラカスを掻き鳴らすヤンキーとバンジョーを弾き語る遊牧民のコンビが店内に乱入してきた。


「ぐへへへへ。爺さん、さあ年貢の納めどきだぜ。」

「俺たち東突厥高校の残党コンビはシャンヤーハイアン様に服従することに決めたんだよ。」


 なんと東突厥高校の残党がまだこの地に残っていたのだ。

 警察と軍の連合隊に総攻撃を仕掛けられ、本拠地を失った東突厥本隊は忍杯戦争にも敗れ、藩主水戸黄門の判断で六本技ろっぽんぎへと引き返すことになった。


 しかし、このコンビのように、本隊からはぐれて個人行動に走る者はどこにもいるものである。

 そして、士官先を求めた二人は今や紀州を二分する勢力のシャンヤーハイアンの方に仕えることに勝手に決めたのだ。


「ああっ!勘弁してくだされ。この店は例年続く日照りのせいで米一俵もないのでございます。」

「そのような言葉がまかり通ると思うてか。この店内を家探しさせてもらうぞ。」


 そういうとヤンキーと遊牧民のコンビはマラカスとバンジョーを掻き鳴らしながら店内を物色し始めた。


 そんな乱暴者の彼らがお嬢様学校のお嬢様達に目が止まらないわけがなかった。


「おってめーらいい女だな。」

「だったらどうする。」


 千秋は軽く脅してみたが、ヤンキーと遊牧民にはまるで通用していない様子だった。彼らはアホなので人の感情の機微を見分けられないのだ。


「へっ!だからいって、俺たちは生涯に一人の女しか愛さないと決めた乱暴者よ。とはいえ美人に声をかけなきゃ男がすたるもんでね。」

「えっ…?あっ…そうか。」


「トランプ邪魔して悪かったな。そして俺たちは引き続き店内を物色するので結局邪魔させてもらうぜ。」


 美人扱いを受けた千秋はわりとこの乱暴者に高評価だった。


 その時、店内に醜女が来店した。


「おっちゃん。いつものプロテイン頼むわ。」

「はいよ。」


 さてこの醜女に乱暴者二人はどのように反応するのか。

 千秋の期待に遊牧民はバンジョーを掻き鳴らして答えた。


「おっすげえブサイクじゃねーか。だが俺たちは生涯に一人の女しか愛さないと決めた身。」

「でもよう兄貴、しかしといって、美人の相手をしないと決めたならば逆にブサイクは相手しないといけねえんじゃねえか。」


 マラカスを振るヤンキーの申し出に、バンジョーを掻き鳴らす遊牧民は額に手を当てた。


「こいつはいけねえ。ならこれからは美人以外の相手をしねえといけねえなあ。」

「おいそこのブサイクとさっきの髪型が微妙な顔が中の下顔の女、ちょっと俺たちと遊んでもらおうか。」


 千秋は切れた。


「てめーら!!さっきは私のこと美人のカテゴリーに含めてただろーが!!!」


 千秋は椅子でヤンキーの頭部を滅多打ちにした。ヤンキーは頭上で腕をクロスさせてこれを防御し続けた。


「いやさ、美人の相手はしねえと決めたら、中から上は相手をしねえ。

 だがブサイクの相手をすると決めたら、中の下から下の下くらいまではブサイクに含めても良いと思うのが人情ってもんだろうが。」


 このあやふやな判断基準に千秋の怒りは限界に達した。

 そして千秋を制止したのが橘さんである。


「落ち着いて千秋さん。私は千秋さんのそういうところが好きよ。」

「ちょっと待ってくれ橘さん。私が中の下ということは、お春殿も同じランクということになるじゃないか。」


 千秋の暴言に宝蔵院お春殿も切れた。


「いい度胸だ乱暴者ども。貴様らの狼藉は目に余っていたところだ。」

「ほう、やるのか。女。」


 ヤンキーと遊牧民は不敵に笑うと、なんとポンチョを脱いだ。

 二人の肉体は鍛え上げられ、屈強だった。


「お前たち、ただの東突厥高校の生徒ではないな。」

「如何にも。俺たちの本当の姿を見せてあげよう。」


 そう言い放つと、なんとヤンキーと遊牧民は光輝き、そのシルエットは境界が曖昧になって融合したのだ。


 ヤンキーと遊牧民は合体して日系の外国人になった。


「待たせたな。俺たちは合体することでシャンヤーハイアンの構成員になるのさ。」


 なんとヤンキーと遊牧民ははじめからシャンヤーハイアンの構成員だったのだ。


「我が名は林克明。外国籍を取得している日系人さ。だがネオ南朝幕府同盟の約定により、現在は和歌病わかやま県警刀狩署に出向している。」

「あれっ…ねえ、さっきまでヤンキーと遊牧民じゃなかった。」


「馬鹿め。俺たちは合体して初めて林克明になるのさ。」

「えっ個人のアイデンティティーって一体…えっ?」


 林克明は策士タイプの人間だった。その為、普段は合体しないことによって自らの正体を隠しているのである。

 なお、二人が合体すると生涯に一人の女しか愛さないという決意がなんかしょう二人になる。これは合体の特性上仕方ない。


 だが、この不条理を放っておけるほど、林克明はあやふやな男ではなかった。


「俺が合体したことで、俺は生涯に二人の女を愛することになった。この罪は俺自身の切腹を持ってしか償えぬ。この戦いの後、俺は自害しよう。誰か介錯をしてくれる奴はおらんか。」

「えっ…?いや、また分裂したら良いんじゃないですかね。」


「そうか。成る程な。また一つ賢くなったよ。」

「じゃあ物色再開したら。」


 林克明は策士タイプなので分裂した方が物色する手間が少なくて済むことに気づいていたが、ここは千秋が指摘してくれることを期待していた。

 千秋はトランプ遊びを再開した。


 さて、林克明は店内を物色したが、出てくるのは大量のドーピング剤やプロテインばかりである。そして掛け軸の裏にお札を張っている事に気がついた。


「このお札はもしかして呪いの封印的な何かなのか。」

「待て、それに迂闊に触るな。封印がとけてしまうぞ。」


 店主のお爺さんが止めたが、林克明は興味本位からお札を剥がしてしまった。

 すると店主が苦しみ出した。


「くうっ!その封印を解いてしまったね。仕方ない。こうなってはもはやこの老人の真の姿を表すしかないな。」


 そういうとお爺さんの顔面が歪み、骨格が変形していった。そして、来客者の醜女と合体した。

 次の瞬間そこにいたのは中年のヒゲの濃いおっさんだった。


「昔話をしてあげよう…南朝幕府は三種の神器を模した偽の神器を幾つか製造した。三種の神器を持っていたのは南朝側。そう、北朝に奪い返されないようにね。」

「観応の擾乱ですね。」


「そう…観応の擾乱。そして、偽の神器の一つこそが忍杯だったんだ。」

「えっどういうこと!?」


 この降ってわいた新情報に千秋はついにお爺さんの話に反応した。


「そう、観応の擾乱だね。はじめ忍杯が作られたのは、忍者の物語を作って忍法のアイデアを出す為だった。だが、いつしか忍杯は汚染され、歪み、我らの戦いはこのように無法図となった。」


 お爺さんは隙をついて林克明にしがみついた。


「なんだジジイ。何をする、話せ。」

「馬鹿め、この老人の本当の名前は根来蘇生。根来衆真の棟梁にして、ネオ南朝幕府将軍様の側近役。」


 根来蘇生は根来衆だが、ネオ南朝幕府の同盟によって現在はシャンヤーハイアンに派遣されていた。

 つまり、林克明と入れ替わる形でシャンヤーハイアンに出向したのが根来蘇生なのだ。


「これは根来の棟梁様だったとは。お初目につかまつる。」

「聞けっ!この老人はずっと調べていた。偽の神器について。シャンヤーハイアンもまた偽の神器を用いて闇の儀式を行おうとしている。人間同士を合体させるという秘儀を復活させようとしている。」


「この老人は気付いた。戦いの方法を間違っていたと。いますぐこの不毛な戦いを止めねばならない。出なければ取り返しのつかない被害となる。」

「何を今更。我らシャンヤーハイアンは必ずや偽の神器を用いて合体の秘術を復活させてみせる。」


「聞け!聞くのじゃ!この忍杯戦争は間違っている!何百年も秘密裏に忍杯戦争を操ろうとしていた我らネオ南朝幕府だったが、それは愚かな勘違いだったのじゃ。」

「たとえ間違っていたとしても…ぐふっ」


 林克明は根来蘇生に手刀で腹を貫かれた。


「僭称帝を用いてネオ南朝幕府に箔をつける作戦…思いついたのはお主ではないか…根来」

「ああ、山の民…地元住民が南朝伝説を都合の良い方便に利用したように…我らも利用すた。しかし、それこそが間違いだったのじゃ。」


 林克明は自らを貫いた手刀を掴んで離さなかった。


「離さぬぞ根来…貴様もろとも自爆してくれよう。」

「よく聞くのじゃ。この戦いを…我ら以外に起こした者たちがいる。戦いは無意味じゃ。」


「利用されていたというのか…」

「そうだ…忍杯戦争はいつから…」


 その時、『干ばつ屋』が崩壊を始めた。林克明が掛け軸の裏のお札を剥がしたことで、自爆霊が解き放たれたのだ。

 自爆霊とは建物に取り付いて備え付けの自爆装置を勝手に作動させる迷惑な霊である。


「早く避難しましょう。」

「千秋さんも早く。危険よ。」


 女子高生達は急ぎ建物から脱出した。

 だが、千秋は残った。重要情報を最後まで聴くためだ。


「忍杯戦争はいつから…このような形式になったのか。この老人は疑問を解決すべく、ある仮説を立てた。この戦いの裏では…」


 だがその時、根来蘇生の首が刃で貫かれた。

 刃で貫いたのは全身黒い甲冑に身を包んだ武士だった。


「な、南朝将軍…さま。」

「この方が…南朝将軍さま。」

「…」


 南朝将軍と呼ばれた男は無言で刀を引き抜くと、根来蘇生蘇生を抱きしめた。


「こうなることはなんとなく分かっておりましたぞ…南朝将軍さま…聞いてくだされ。忍杯戦争は間違っています。いますぐこの戦いを止めて下され。さもなくば取り返しのつかないこととなる。」


 そういうと根来蘇生は事切れた。林克明も既に息絶えていた。


「えっなにこれ。私は早めに退散した方がいいの?」


 千秋が聞くと、南朝将軍は頷いた。

 二人は口元をハンカチで押さえながら避難した。

 そうしているうちに二人に友情が芽生えたが、建物から脱出すると、南朝将軍は消えていた。


 だが、千秋の手にはいつの間にか巻物があった。

 それこそはネオ南朝幕府の人別帳だった。

 つづく





☆【紀州編】忍杯戦争関係者一覧☆


○西大寺衆

・千秋とお春一行

西大寺千秋

宝蔵院お春

西大寺冬次

薬師博士

太乃悧巧りこう

十津川勇蔵


・根来衆

×外道げどう一群斎 いちぐんさい

愚蘭坊グランぼう

乳出ちちで御児兵衛おごべえ


・伊賀組


・胡姫禁中宴の祭器達

別業なりどころ胡瓶こへい


・ドリームランド公国


・南郎組傘下忍道会

・南郎組傘下鶴詠会

・神兵衛南郎組傘下有門組


・裏正倉院



○和歌病県警刀狩署無刀課刀係

藤武蔵ふじむさし人魚にんぎょ

川上黄爺こうや

摩利まり香之介こうのすけ

林克明




○シャンヤーハイアン

織衛不要人

山田金烏

根来蘇生

西堂尾汽笛

コンスタンティン・龍(尊龍王)

ヨハン・ソン(尊孫王)

ジェット・ポー(尊武王)

シャオ・イェン(小燕)(尊燕王)


・死刑囚

竜田川龍之介

妙法寺太郎

他一名






忍杯戦争参加者一覧

×外道げどう 一群斎いちぐんさい

藤武蔵ふじむさし人魚にんぎょ

濃尾のうび透助ノ介すけすけのすけ

本堂ほんどう兵庫ひょうご

織衛おりえ不要人いらすと

未知判丸みちわかまる

×芒手のぎす血樽子ちだるこ

猿紅葉えてもみじ母宗ははむね

ゆき初蓮それん鎌槌かまつち

諸兄もろえ盤也たらいや

海蛍うみほたる

福雷ふくらい茶釜ちゃがま

すわり

別業なりどころ胡瓶こへい

     以上十四名

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