第二章(紀州)
第十九話
燃え盛るイルカ島を脱出した千秋一行は、鳥婆駅前で伊賀忍者、ドリームランド衆、そして青龍と長州征伐ロボシュバリエ一号に合流することが出来た。
一同は憔悴しきっていたものの、命に別条はなかった。
特に冬次叔父さんはあんなことがあったにも関わらず、毅然とした態度で千秋を支えていた。
むしろ西大寺千秋の方が精神的に疲弊していた。
西大寺衆の活躍により、東突厥高校の忍者、
だが、その犠牲は大きく、西大寺衆の根来忍者、
これで西大寺衆の忍杯戦争参加者は宴の祭器達だけとなった。
「裏正倉院は?」
「ダメだ、見つからなかった。」
青龍は残念そうに首を横に振った。
「それよりマズイぞ。水戸黄門を逃してしまった。」
「それって何かヤバいことでもあるの。」
宝蔵院お春はとりあえず聞いてみた。
「大いにマズイ。奴は六本技六騎将の一人だ。東突厥高校の征西本拠地であるイルカ島が壊滅したものの、その勢力の大半はまだ健在。このままではゲリラ化して我らを襲う可能性がある。」
西大寺千秋は嘆息しようとしたが、疲れていたので止めた。
懸念していたことがまさに現実となってしまったわけだ。
このまま西日本の治安を回復するには、一刻も早く周辺勢力に覇を唱える必要があった。
千秋は毅然として菅原さんの方を振り返った。
「菅原さん、急いでお爺さんに連絡を取ってほしい。」
「心配無いよ。もう既に動いていると思う。」
東突厥高校が壊滅した時点で、菅原グループは改めて忍杯戦争の各参加者にファックスを送信し、安寧と恭順を求めていた。
さて、これから一行はどのようにするか。
最善の方法は、やはり一度錦城高校に戻り、軍備を整えなおす事だろう。
しかし、六本技六騎将と遊牧民残党が残っている以上、迂闊に動く事はできない。
ひとまず駅のホームへ向かった一行だったが、そこは凄惨な血溜まりが広がっていた。
死刑囚三名が
しかし、そこに死刑囚の姿はなく、散らかされた老忍者の死体が転がり、警察官が一人ベンチに座っているだけだった。
警察官は地元の
そういえば、軍と協力して東突厥高校を壊滅に追い込んだのも、
警察官は
「
「何だお前は。」
お春殿はとりあえず聞いてみた。
「見て分からないか。俺は警察官だ。さっきこんなものを受け取ってね。」
警察官は手にファックスの用紙を持っていた。
それは菅原グループが先ほど忍杯戦争参加者に送信した恭順を求めるファックスだった。
「
「刀狩署だと。」
太乃長官が驚いたように声を上げた。
「刀狩署…!実在したのか。」
「如何にも。正確には
日本警察に帯刀を許されし組織が二つあり。
一つは西南戦争時に組織された警視抜刀隊。廃刀令の世にあって唯一、帯刀を許された警察官達である。彼らの能力は後に警察剣道の礎となった。
そしてもう一つが、
刀狩署は全てが非公式であり、県警が違法組織を誅するための、独自に保有する暴力部隊だ。
刀狩という架空の地名をあてがう事で、その非公式性を強調した名前となっている。
刀狩署の下部には、無刀課と呼ばれる課しか存在せず、さらにその下には刀係と呼ばれる係しかない。
その署員は全員が刀剣の達人であり、銃刀法違反者を取り締まることが表向きの目的となっている。
だが実際に行われるのは、法を破る者達への完全な誅殺だ。
過激性において他を圧倒する狂犬集団である。
「今回のイルカ島総攻撃を指揮したのは
「一体なぜ警察組織が忍杯戦争に参加している。」
千秋は忍杯がヤクザに暗殺された際、同席していた岡持刑事も凶弾に倒れた事を思い出していた。
「知れた事。我ら和歌病県警は紀州三勢力同盟の一つだ。根来忍者、そしてもう一つの組織とそれぞれ人材交換を行った。それで有資格者となったのさ。」
「待ってよ。忍杯と繋がりのある警察ならそんな事しなくても口利きしてもらえたんじゃないの?」
質問しながらも、千秋は最早一旦家に帰って休む事しか考えられなかった。
ちょっとさっき色々ありすぎて、感情が追いつかないとかそんなレベルではないのだ。
なのでこの新参者にも早めに会話を切り上げて帰ってもらいたかったが、どうも敵っぽいので気を抜けなかった。
というか、今気を抜いたらその場に崩れ落ちて泣くと思う。
「俺たちと
「えっ」
「そして、菅原グループが警察権力を買収したところで俺たちは止まったりはしない。
菅原琴美、貴様を逮捕する。」
警察官は立ち上がった。
この威圧感ある対応に、色々溜め込んでた千秋はついに決壊し、目から液体とかが止めどなく溢れだした。
「おうっおぉおァァァァァア」
「えっ…なんで泣きだしてんの君。」
千秋は泣きながら地面に崩れ落ちた。
「だっで…だってまさかこんなことになるとは思ってなくて…自分の想像力の乏しさが悔しいです…」
「ちょっ…待ってよ。俺そんなに酷いこと言った?」
「酷い…あんなの酷すぎるよ…叔父さんにあんなことするなんて。」
「落ち着け千秋。叔父さんは気にも留めてないから。大丈夫だから。」
流石に叔父さんの返答にはビビったが、とりあえず千秋はストレスが溜まってたので涙を継続することにした。
「でも…あいつのせいで叔父さんが…」
「待ってよちょっと。俺のせいで君のおじさんに何かしちゃった?」
事情を知らない
しかもなんか、女子高生のおじさんに酷いことをしたみたいな扱いを受けて、どうしたらいいか分からなかった。
「ちょっ…待て待て待って。流石にこんな反応されるとは思わなかった。思わなかったよ。俺は年頃の女の子の扱いを心得てないんだよね。泣かせてごめんね?」
「可哀想な人…きっと筋トレが足りてないのね。」
同じくどうしたらいいか分からない菅原さんは、とりあえず警察官に抵抗してみることにした。それで友人の涙が止まれば良かったと思ったのだ。
しかしこれは勝手に独断で女子高生を逮捕するとか言い出した
「何を…どうすれば。」
「とりあえず帰ってくれないか。」
宴の祭器達のアドバイスを受け、帰ろうとした
そう、もう分かるよね。政情不安から、東の方でええじゃないかが発生したのだ。
ええじゃないかの集団はここ鳥婆駅にまでやってきたというわけだね。
「ええじゃないか、ええじゃないか」
「ええじゃないか、ええじゃないか」
「いやよくねーよ。」
一体、自分がどんな悪いことをしたのか。
思案の末、辿り着いた答えは女子高生のおじさんが意図せず何か犯罪を成したのではないかという仮説だった。
これは実際、説得力の塊と言えた。
これなら警察官の前で女子高生が泣き出した理由も分かろうものだ。
そして、それは大体正解だった。
「聞け、女子高生。確かに罪には罰が与えられる。だがそれは法の範囲内でだ。俺は法の範囲外の専門家だが、もし君のおじさんが法の範囲内の人間なら、法の範囲内で保護されるべきだ。」
「千秋、この男の言う通りだ。叔父さんが気にしてないと言ったのは本心からだ。あの娘は物語論を語ってたな。殺人者は物語の中で死ぬべきだと。だが、そんなものは空虚な妄想だ。実際は人を殺してた因果は国内法の必罰によって裁かれるべきだと思う。」
冬次叔父さんは
それは真っ当な社会的生活を送る人間としての発想だった。
「確かにあの娘は可哀想な一面はあったと思う。だが、叔父さんにとっては千秋を守れたことがまず第一なんだ。」
「叔父さん…」
「人の死はいつ見ても慣れないものだ。だが、叔父さんは昔、家庭内で君のお父さんに守られていてね…だから、兄貴のことは俺が守ると決めたんだ。
兄貴の家族は俺が守る。千秋は俺が守る。」
「お父さんが…」
この叔父さんの大人な対応に、
「随分と…詩的な奴なんだな、あんた。」
「昔、小説家を目指していたことがあってな。」
なんだかかなり有耶無耶になってしまった気がするが、こうして新たな敵として和歌病県警刀狩署が立ちはだかったのだと、千秋は認識した。
「うん。アレだ。先に言っておこう。死刑囚だけど、他の組織の奴らが攫って行ったぞ。」
「えっ」
「よりにもよってあいつらに捕まるなんて最悪だよな。まあ、俺たち警察に逮捕されなかったのが死刑囚の最大の不幸さ。」
「待ってよ。あいつらって誰。」
「何言ってるんだ。お前らの根来衆にいるだろ。その組織からの出向者が。」
巨漢の
「俺、知ってる。でもアレ、組織じゃない。好き勝手したい奴らの集まり。シャンヤーハイアンと名乗ってる。」
「俺たち警察は奴らを『入国者』と呼んでる。」
それにしてもええじゃないかの人数が多いので、会話にも困る。
だがその時だ。
天空から飛来したヘリコプターが、突然のごとく駅のロータリーにホバリングしながら着地したのだ。
ええじゃないかの群衆はパニックに陥って散り散りになった。
「お待たせしましたわ!千秋さん!お春殿!こんな楽しそうなことを菅原さんにばかり任せるなんて意地悪ね!」
ヘリコプターから降り立ったのは黒人の女子高生数人の取り巻きを引き連れた、宝蔵院お春のクラスメイト、橘
「橘さん!どうしてここに。」
「ごきげんよう千秋さん。こんな楽しいお祭りを放っておく私たちではないわ。既に忍杯戦争全体が錦城高校生達の投機対象になっているのよ。」
「きっ紀州橘家のご令嬢か…?」
橘さんは、酷い顔ね、と言い、労うように千秋を抱きしめた。
つづく
☆【紀州編】忍杯戦争関係者一覧☆
○西大寺衆
・千秋とお春一行
西大寺千秋
宝蔵院お春
西大寺冬次
薬師博士
太乃
十津川勇蔵
・根来衆
×
・伊賀組
・胡姫禁中宴の祭器達
・ドリームランド公国
・南郎組傘下忍道会
・南郎組傘下鶴詠会
・神兵衛南郎組傘下有門組
・裏正倉院
○和歌病県警刀狩署無刀課刀係
他不明
○シャンヤーハイアン
???
・死刑囚
竜田川龍之介
妙法寺太郎
他一名
忍杯戦争参加者一覧
×
×
お
以上十四名
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