第十八話

 長く続いた東突厥高校との抗争もついに佳境、間もなく忍杯戦争は一つの節目を迎える事になる。


 千秋が望んだのは芒手のぎす血樽子ちだることの一対一の決闘だ。

 その為に、敢えて捕虜を申し出た血樽子ちだるこをわざわざ本拠地の伊痩いせへ連れてきたのである。


「確かに私たち東突厥高校を討ち倒せば、西日本全域にその力を誇示することができるわねえ。」

「いま大変なときだから話しかけないで貰える?」


 千秋は話しかけてきた血樽子ちだるこに辛辣に答えた。

 この女が捕虜を望んでから、ここまで、全てがこの女の望み通りに運んだような気がしてならない。


 西大寺衆が決死の禁鉄乗り換えを決行してより数分。

 戦線は遠ざかるどころか、未だ四教頭青龍と六本技六騎将水戸黄門の激闘は西大寺衆に追いつき、離れてを繰り返している。


「怖いわ。私はあくまで捕虜。つまりあなたの敵では無いのよ。そもそも、そんな私を倒すだなんて物騒よ。今ならまだ間に合うわ。」

「悪いが、遊牧民達を止めないとさらなる犠牲が出るんでね。」


「そうねえ。千秋殿の言ってることも分かるわ。私を倒して、その手柄と菅原グループの力にものを言わせるってところかしら。」

「まあそんなところさ。忍杯戦争にルールを導入して、これ以上一般人に被害がでないようにする。」


「ホワイト律を使うつもりね?」

「なんだと?」


 千秋が振り向くと、血樽子ちだるこはしてやったり、といった顔をした。


「やっぱり、そうなのね。私も忍者の端くれならルールくらいは知ってるのよ。でも、私が知ってるような事を皆が守らないのはどうしてかしら?」

「お前には関係無いことだろ。」


「そうね。私はその辺に興味無いわ。だから今はあなたと戦えればいいのよ。

 でもあなた、私に勝てるのかしら。」


「それは違うじゃろう。これが忍杯戦争ならば、戦うべきはリストに名の載る儂ではないか。」

一群斎いちぐんさい。」


 前方の外道げどう一群斎いちぐんさいは巻物をかざしていた。

 それに合わせ、芒手のぎす血樽子ちだるこもまた巻物を取り出す。


「千秋殿の意に沿うならば、やはりこのやり方が最も流れる血が少なかろう。お主とは幾度か交わったが、これが最後の戦いとなるだろう。」

「あらあら、良いのかしら。このやり方では結局、一般人を利用して戦わせていることになるのでは?」


「見くびるなよ。儂と妖怪腐れ佐藤さんはいわば戦友。刑務所より選りすぐった死刑囚三名の実力は折り紙つきよ。少なくともお主よりも強いわ。」

「あらあら。あなたが一番邪魔ね。」


 後方からは青龍とラテン系のオッサンと激闘を繰り広げる六本技六騎将水戸黄門が使役する助さんと格さんの幻影が絶えず襲いかかってくる。

 ドリームランド衆などはこれの迎撃に当たっており、手が回らない状況だ。


「そういうわけじゃ千秋殿、お春殿。しばらく儂とこの女は戦わせてもらう。」


 言うや否や、一群斎いちぐんさいは巻物を腰に当てた。巻物は即座にベルトになり、一群斎いちぐんさいは演出上全身タイツ姿に変身する。


「ほう、変身ですか。ならば私も変身しましょう。」


 芒手のぎす血樽子ちだるこもまた、巻物を腰に巻きつけ、演出上の全身タイツ姿に返信した。


 すると腰の巻物が光り、ロープの内側に二体の一般人が出現した。


「うべべべべ」

「ソーナンス!」


 今回は嵐山鈍牛豚の忍法の関係上、ソーナンスは後方、妖怪腐れ佐藤さん(本名:竜田川龍之介)は前方。

 東突厥高校との代表者決戦が幕を開けたが、これでは二体とも戦いづらかった。


「致し方あるまい。こうなれば儂の忍法『土耕し』で援護してやろう。」


 するとわりと前列にいた一群斎いちぐんさいは背負っていた土嚢から土を撒き始めた。


「うべべべべ」

「あっ卑怯な。では私も。」


 負けじと血樽子ちだるこは前方の千秋の背中を蹴り始めた。


「ちょっと何してんの。痛いんだけど。」

「ふふふふふ。さあ一群斎いちぐんさいさん。早く忍法を解かねば千秋殿が不快な思いをなされますよ。」


「ヌゥッ!卑怯な。」

「なんとでもお呼びくださいませ。これは仕方のないことなのです。」


 だがこれは地味に危険だった。

 全速力で走る関係上、これでコケたりしたらロープの輪から抜け、裏正倉院の二の舞になってしまうからだ。


「ふふふふふ。さあどうなされます?」

「卑怯な女め。後悔するが良い。」


 激怒した一群斎いちぐんさいは跳躍、そのままの勢いで見事にポケット的な青色のモンスターの頭上に着地した。


「ソーナンス!ソーナンス!」

「あっ!こら、それは止めなさい。」


「どれ、こやつの頭の上に土を撒いてやろう。」

「ソーナンス!」


 繊細なモンスターはこの行為にストレスを感じ、みるみるうちに弱り始めてしまった。

 だが、これが一瞬の隙となった。青龍の防御陣をかいくぐった水戸黄門が一瞬のみ一群斎いちぐんさいの視界を過ぎったのだ。


 それは青色のモンスターが片手に鏡を持ち、それを一群斎いちぐんさいの眼前にかざす事で、はるか後方の激闘を映し出した、という頭脳プレーの賜物だった。


「あっしまった!!!」

一群斎いちぐんさい!」


 思わず一群斎いちぐんさいは青色のモンスターの頭上で土下座をしてしまった。


「ソーナンス!」

「賢いわ。流石私の契約一般人ね。」


 人の頭の上で土下座をした一群斎いちぐんさいなど、ただのよく分からんおじいちゃん。

 しかも間の悪いことに、このタイミングで車掌さんが前方の車両から顔を覗かせたのだ。


 通常、特急デスアーバンライナーの最後尾車両は連結部が存在しないが、この列車は嵐山鈍牛豚とジョイントするためだけの特別仕様であり、最後尾車両に連結部を用意している。

 車掌さんは帽子を目深に被り、嵐山鈍牛豚に話しかけた。


「では特急券を拝見させていただきます。」


 嗚呼、何ということだろうか。

 嵐山鈍牛豚の忍法は電車と連結する忍法。

 つまり、彼が忍法を行使している以上、これは乗車扱いになる為、車掌さんは西大寺衆から特急券を拝見しなければいけないのだ。

 しかもよく考えれば伊賀組と裏正倉院は特急券を購入する為に伊牙いがでワチャワチャしてたのだった。


「特急券をお見せください。」

「うむ。ここにある。」


 鈍牛豚が全員分の特急券を見せたところ、なんと車掌さんは血塗れの魔剣インスタグラムをロープの車両に連結部に突き立てた。


「特急券をお預かりします。」

「あッッッ!お前は」


 そいつは正確には車掌さんでは無かった。

 よく見れば駅員服も袈裟斬りにされており、出血痕が見られる。

 その下には返り血に染まった囚人服。


 伊牙いがのおばちゃんの愛剣、血染めの魔剣インスタグラムを携えたその男は、西大寺衆の前から姿を消していた死刑囚の一人だった。


「バアァァァァア!!カ!俺だよ!トランプ使いの妙法寺太郎だよ!!」

「貴様なぜこんなところに。」


「喋るな。ロープを切るぞ。」


 妙法寺太郎は冷徹に言い放った。


「俺が何故こんなところにいるのかって?魔剣インスタグラムでSNSにアップした写真とかを見ればさあァァァァァア!?俺が"どうやって"ここに来たのかすぐに分かるよねーーッッッ?」


 魔剣インスタグラムは人間を切った瞬間を写真に収めてSNSにアップする機能を備えた魔剣だ。


「ずっとずっとこの機会を伺ってたのさ!訳わかんねージジイだぜ!せっかく人が刑務所で静かな余生を過ごしていたのに!死ねッッッ!」


 妙法寺太郎が魔剣インスタグラムで車両連結部のロープを切断すると、西大寺衆は僅かな予備動作をした後、完全に列車から切り離されてしまった。


「いかんッッッ!飛び移るぞ!」


 一群斎いちぐんさいは叫んだが、助さん格さんの対応に追われていた伊賀組とドリームランド衆が前方の車両に飛び移れず、線路に取り残されてしまった。

 それ以外は体力のある者が抱えるとかしてなんとか前方車両に乗り移った。


「俺は愉しみたいんだよ!!何が世の為人の為だ!お前達は俺の親なのか!?ああ!!」

「致し方あるまい。ここは儂の責任問題。儂が始末をつける。」


 だが、一群斎いちぐんさいの額から血が流れた。車両に飛び移る時、千秋や妖怪腐れ佐藤さん(本名:竜田川龍之介)を抱えていた為、魔剣インスタグラムの攻撃を防ぎきれなかったのだ。


「ああ、ここじゃあ人がいるなあ。お前達全員指定の座席に着かなきゃいけないけど、まあいいや。」


 言うが早いか、妙法寺太郎は更に前方の車両に向かって走り出した。


「待てい!」

「ソーナンス!!」


 青色のモンスター怒りの跳び蹴りが一群斎いちぐんさいの腹部に炸裂したのはその時だった。


「ぐふうううう」

「ソーナンス!」


 この一般人は先程の無礼な振る舞いに怒り心頭だったのだ。


「何い、まず貴様からやるか。」

「待ちなさい。一般人と忍者がやるのはルール違反よ。」


 血樽子ちだるこが巻物を腰から外すと、青色のモンスターは大人しくなった。


「隙ありいい良い!!」


 一瞬の隙を突いた妙法寺太郎は得意のトランプを血樽子ちだるこの巻物に向けて投げた。


「いかん!」


 迫り来るトランプを一群斎いちぐんさいは掴み、妙法寺太郎に投げ返す。

 本場忍者のトランプ手裏剣は、妙法寺太郎の右耳を切断した。


「あはははははは!」


 しかし、返り血に染まった狂気のピエロは魔剣インスタグラムを構えたまま、青色のモンスターを袈裟斬りにしたのだ。

 そして返す刀でトランプを持ち、一群斎いちぐんさいの切り上げた。


「馬鹿め、切れておらぬわ。」


 トランプは一群斎いちぐんさいの手元で跳ね返り、床面に突き刺さった。


「あははははは!あははははは!」

「何がおかしい。」


 一群斎いちぐんさいの腰に巻かれた巻物が煙を上げて燃えだしたのはちょうどその時だった。


「おかしいねえ。そいつは昨日俺がトランプを突き刺し、それでそこの青色のが蹴り飛ばした時でもう壊れていたのさ。これであんたは無力だ。」

「グフゥ」


 一群斎いちぐんさいは妖怪腐れ佐藤さん(本名:竜田川龍之介)に背後からメスで突き刺された。

 メスは心臓を貫通し、胸から佐藤さんの腕が突き出ていた。


「うべべへへ」

「何…佐藤さん…」


「巻物が破壊された忍者は契約一般人に殺されるんだよ。そんなことも分からなかったのか。」

「馬鹿な、儂がこんなところで…」


「うべへへへっへっへっへ…ヒャァァァァァァアーーーッッッハッハッハッハッハ!!!」


 妖怪腐れ佐藤さん(本名:竜田川龍之介)は得意のメス裁きで一群斎いちぐんさいを滅多刺しにし始めた。


「佐藤さん…」

「俺を佐藤さんと呼ぶなァァァァァア!!ー !!!ーー!!!」


 妖怪腐れ佐藤さん(本名:竜田川龍之介)は外道げどう一群斎いちぐんさいを食べ始めた。

 妙法寺太郎もまたトランプで八つ裂きにし、残りの死刑囚一人も死体損壊を始めた。


 さて、出発した電車は目的地の鳥婆駅へ到着した。


「何見てんだよ。早く行けよ。ほら、そこのへーきで人殺しそうな目をした女をぶっ殺すんだろ。千秋殿は。」

「何を…しているんだ。」


「おいしく食べてるんだよ。俺は食人家だからな。」

「お前達は許さないぞ…」


「何を訳わかんねーこと言ってやがる。お前なんかが俺たち犯罪者に手出しできるわけねーだろーがよ。どう考えてもここからは警察の出番だろ。消えろ。俺たちは逮捕されるのに忙しいんだ。」

一群斎いちぐんさいは…」


「食べた。消えろ。」

「千秋、ここは敵地のど真ん中だ。俺たちの戦力も減っている。こいつらは凶悪犯罪者だが逮捕されるつもりはあるようだ。冷静に判断しろ。」


「行きましょう?千秋殿。」


 血樽子ちだるこが心配そうに千秋の腕を引っ張る。


 冬次叔父さんのアドバイスで、西大寺衆は辛うじて駅を脱出した。

 じき、駅には人が集まり、死刑囚達は逮捕されるだろう。


 それから三十分、西大寺衆は徒歩と船を駆使してイルカ島へたどり着いた。


 イルカ島は警察と軍の総攻撃によって大破、炎に包まれていた。

 密かに軍と結託した和歌病県警は今回、遊牧民の大半がいないのを良い事に、総力戦を挑んだのだ。

 結果は警察の圧勝。遊牧民勢力は壊滅した。


 千秋達は菅原さんの口利きで包囲網を通してもらえた。


「あははははは!」


 だがこの時、異常ともとれる千秋の腕を引っ張って、燃えさかるイルカ島の建築内へ入って行くのは芒手のぎす血樽子ちだるこだった。


「何してるんですか!さあ!最後の決闘を始めましょう!」


 これを追いかけたのは冬次叔父さんと宝蔵院お春だ。


 建物内部には忍杯戦争初日の犠牲者達が天井に吊るされていた。

 千秋やお春はこれを見るためにここへ来たのだ。


 血樽子ちだるこに案内されたのはイルカショーのプールだった。

 そこには首の切断されたレポーターの死体が浮かんでいた。


「見て!この死体!これ、私がやったわけじゃないの!」

「…これは。」


「ずっと誰かにこれを見て欲しかったの!私がやったわけじゃないって!ねえ!人を殺した人は物語的には必ず死を迎えるでしょう?私は誰も殺してなんかいないの!」

「そうか。潔白を証明する為に。」


「それで、決闘よね?今は黄衣の王がいないから、他の忍杯戦争参加者もきっと見ているわ。さっきまでは見れば発狂するような状態だったけど、今は違うの。千秋殿は」

「戦いたくない。」


「私を殺さないの?」

「殺すつもりはない。倒して、それで二度と生意気な目に合わさないつもりだった。だが、今はそんな気分じゃない。」


「ねえ、千秋殿は人を殺したことが無いでしょう?見ればわかるわ。ねえ、それでも良いのよ。戦いましょう?」

「…言い出したのは、私か。」


 いつの間に持っていたのか、血樽子ちだるこはメスを握っていた。


「さあ戦いましょう。今から始めて人を殺すわ。」

「私はお前を殺さないよ。」


 血樽子ちだるこはメスを持ったまま、千秋の手を握った。

 それを庇った冬次叔父さんが、千秋を突き飛ばし、血樽子ちだるこに手を掴まれる。


「やっぱり、あなた達家族はこうするのね。ねえ、私が殺人者の集団に家族を殺されて、洗脳された、ただの一般人だって言ったら、助けてくれる?」

「冬次叔父さん!!」


 血樽子ちだるこはメスを冬次叔父さんの手に滑り込ませ、圧倒的な握力で叔父さんの手を自在に動かした。


「じゃあ見せてあげる。私の必殺の忍法」


 そのまま、血樽子ちだるこは冬次叔父さんの手で、

 自分自身の首にメスを突き刺した。


「ひっ…」


 千秋は血樽子ちだるこの目的と忍法が成ったことを始めて悟った。

 お春は間に合わず立ち尽くすばかりだ。


「『人殺し』…!」


 鮮血と共に倒れた血樽子ちだるこは冬次叔父さんに抱きかかえられ、首の傷を抑えられた。


「『人殺し』…!『人殺し』…!『人殺し』…!」

「これは助からないな。」


 周囲は警察と軍の総攻撃。助けなど間に合うはずが無い。

 その後、西大寺一家は何の罪もない一般人の助けを求める言葉を死ぬまで聞かされ続けた。

 第一章 完

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